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異世界の歩き方

 ここは恐らく異世界だ。


 その事実に目の前が暗くなり、意識が飛びかけた鉄兵だったが、それと同時に精神にあまりにも大きくかかった負荷を取り除くべく、環境に適応するための意識が働き始めた。


 ここは恐らく異世界だ。


 そう、まずは認めよう。ここはきっと異世界だ。


 まだ担がれている可能性は無きにしも非ずだが、気を失う前後の事やシロの反応を見る限りではその可能性が限りなく高い。


 少なくともこんな大掛かりで性質の悪い悪戯を仕掛けてくる友達はいないし、そんな行動力は奴等にはありえない。ついでにシロのような役者を雇ってくる金もコネもないだろう。


 まずは認めよう。ここは異世界だ。


 そうやって今現在自分の状況を認識すると、気の遠くなるような動揺が多少は和らぎ、それを胸の奥に無理やり押し込める事に成功した。


 そう、ここは異世界だ。だからなんだというのだ?


 いやそこまで開き直るのは無理があるだろう。という冷静な突込みが心の奥底から聞こえてきたが、とりあえず無視する事にする。


 とはいえ、異世界というならば「だからなんだ?」で済まされない問題は確かにあるだろう。


 さて、それならば、ここが異世界だとすると何が問題になるのだろう。


 鉄兵は再び思考に没頭しはじめた。


 ちなみにその横でシロは呆然とする鉄兵をやや心配そうに見ていたのだが、我に返ったかと思ったらまた考え込み始めたのを見て、腰の袋をごそごそと探り始めた。その中から煙草を一掴み取り出して、煙管に詰め込み人差し指をその先にそっと当てる。


 人差し指の先からポッと小さな火が現れて煙草に火が付いた。


 シロは旨そうに煙を吸い込むと、良く晴れた空に向けて輪っか状の煙を吐き出した。風が無いので煙の輪っかは崩れず、非常にのどかな景色が山深い街道の外れに流れる。


 そんな風に目の前でまさにここが異世界であると決定付けるような「魔法」と思しき現象が起きていたのだが、鉄兵はそれに気がつかず自分の考えにのめりこんでいく。


 ここが異世界であった場合の問題点を考える。


 とりあえず呑気なところでは、元の世界の問題だ。最近は家に帰ってないし放任されてるからしばらくの間は家族も心配しないだろう。大学の関係者は急に自分が姿を現さなくなれば心配するだろうが、一週間くらい高校時代の友人とぶらりと旅行に行く事もざらにあったので、こっちもしばらくは大丈夫か? いずれにせよそんなにすぐに帰れる気がしないので問題にはなるだろうが、まあ帰れてから考えても遅くは無いだろう。


 大学の授業はといえば、前期の必修は実験と製図。これは二回休むと問答無用で「不可」になる。他の単位は卒業に必要な分まで楽々足りているが、その二つの必修は取れないと4年に上がれないから留年確定だ。今日は木曜日で実験は月曜日、製図は水曜日の講義である。つまり11日以内に帰れないと留年確定である。そんな簡単に帰れる気がしない。最悪だ。留年がほぼ確定してしまった。


 就活はせずに研究者の道に進む事を決めてた事だけが救いだろう。そっちの道は一回くらい留年してたところで評価はあんまり変らない。とはいえ親にもう一年無駄な出費を出させて負担になるのは心苦しいので学長になんとか奨学金を受けれないか相談してみよう。


 さて、切実な問題はなんだろう?


 とりあえず食料問題だろうか。この世界の物質が自分の体が分解して吸収できる物質ならば問題ないが、そうでないなら一ヶ月も経たずにOUTだ。まあこれはどうしようもないから考えるだけ無駄だろう。さっき紅茶を飲んだ限り、水を飲めば喉が潤うことがわかっているだけ救いか?


 次はこの世界についてなんにもわからないことについてだが、言語は違うが幸いな事に話が通じるようだし、シロに聞けばどうにかなるだろう。あまり特殊な世界じゃないと良いのだが。


 お次はこの状況についてである。さっきの話を聞いたとおりなら、近くの町まで最低徒歩二日の距離らしい。時速4kmで一日10時間歩いたとして大体80km。食料など装備もないし、一人で歩こうと思ったら下手すれば野垂れ死にである。街道というからには道はあるのだろうが、地図もコンパスもないし、万が一道を外れでもしたらもう終了である。日本かぶれのあの格好からは怪しいが、どうやら旅に慣れている様子のシロに近場の町まで連れて行ってもらうしかないだろう。


 とりあえずの最後は先立つものが無いということだ。小銭くらいなら作業着に入っているが、貨幣が同じとは思えない。ようするに現在所持品0、所持金0の一文無しという状態である。多分公園にたむろってるホームレスの人達より悪い経済状況だろう。元の世界に返る方法を探すにもまずは生きて生活をしていかねばならない。町に着けば何か稼げるバイトがあるかもしれないが、それにしてもまずは資本が必要である。これもやはりシロに頼るしかない。


 ついでに元の世界に返る方法がさっぱり検討すら付かないのが一番の問題だが、元の世界の問題から考えて、緊急の問題からは一段下げて考えることにしたので、今は考えないことにする。


 とまあここまで考えて結論は出た。


 シロにたかろう。


 生きていく道は他に無い!


「シロ!」


「お? おう、なんだ」


 ぼーっと煙草をふかしていたシロはいきなり復活した鉄兵に声をかけられてちょっと驚いたようだった。


 そこでようやくシロが何も聞かずに鉄兵の気が治まるまでじっと待ってくれていた事に気が付いて、非常に良く出来た大人だなと感心をした。やはり良い人のようである。この分ならうまく厄介ごとを背負い込んでくれるかな?


「シロ、ぶしつけで申し訳ないんだけどお願いがあるんだ」


「金ならないぞ」


「それもあるけどそうじゃない」


「それもあるのかよ」


 露骨にいやな顔をされたがここで投げ出されるわけには行かない。残念ながら鉄兵はこんな状況にほっぽりだされて生活していけるほど特殊な環境には育っていないのだ。ぶっちゃけこの交渉には自分の生死がかかっている。なんとか言い包めねば。


「シロ、俺を助けてくれないか?」


「いいぜ」


 いいのかよ! と思わず素で突っ込みそうになるくらいあっさりとうなづかれて、鉄兵は逆に肩透かしを食らったようにポカンとシロを見た。


「いいの?」


「良いも悪いも、俺は一度おまえさんを助けているんだが。助けないほうが良かったのか?」


 鉄兵は慌てて首を振る。まさかそんなマゾではない。


「一度助けたなら身が落ち着くまでは助けてやるさ。でなけりゃ野暮ってなもんだろ?」


 ニッと笑うシロを見て、鉄兵はシロの背後から後光でも射されてるかのように眩しそうに顔を覆った。


「シロ、あんた良い人だ!」


 良い人だ。良い人過ぎる。これは……たかれる!


 腕に覆われてシロからは見えない鉄兵の表情がニヤリと変化したのは君と僕との秘密である。


 とはいえ旅慣れたシロが底抜けに人が良いだけの人物なわけはない。


 鉄兵の姿を見て感じるものがあったのか


「まああんまり厚かましくしたらほっぽってとんずらするけどな」


と、しっかり釘を刺すのは忘れなかった。

8/18:誤字修正

8/18:文章の順番を変更(内容に変更無し)

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