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秘密の会合

「ホーリィさん。この後の予定はどうなっているんですか?」


 城の中に入り、リルを抱えてシロと二人でホーリィの後を着いていく最中、鉄兵はホーリィに今後の予定を聞いてみた。ろくに旅行をした事も無い鉄兵にとって初めて入る城という建物の構造は非常に興味のあるものだったが、何はともあれまずは今後の予定の確認である。


「まずお二人には着替えていただき、二時間ほど後にシリウス王と謁見していただく手筈になっております」


 今の鉄兵の格好は白シャツにジーパンである。考えてみれば当たり前だが、どうやらこの格好ではカジュアルすぎて公式の場ではNGのようだ。謁見という舞台の格調に相応しい格好に着替えさせられるようだが、これから採寸して在り物の服を手直しするだけでも結構な時間がかかることが予想される。つまり2時間後というのはほぼ鉄兵の着替え待ちの時間のためであり、今日王都に着く事を連絡済だったという事実を考えに入れても、待ち時間も無く謁見に臨めるという事は、それなりにこの謁見が重要視されていると推測ができた。


 その事実に鉄兵はちょっと胸を撫で下ろした。一応シロのお膳立てで自分を英雄におだて上げてもらい、国王といえども鉄兵を軽くは扱えないような舞台を整えたわけだが、それでも重要視されないような事態であれば上がりに上がっている名声や鉄兵の力がこの国にあまり快く思われていないという事である。そうなれば自分の提案に難癖を付けてくる輩も現れるだろうから、面倒な事になるんじゃないかと思ったのだが、まずは第一関門突破のようである。王族であるアリスの肝いりなのでそれほど心配はしていなかったのだが、こうして実際に予定を聞いてみてようやく一安心といったところである。


 ちなみにシリウス王とは言わずもがなアリスの父親の事である。正式にはシリウス・クレイグ・ダルトリー・オズワルド2世という長ったらしい名前らしい。10年ほど前に7つに分けられた大陸の領土の一つであるこの地域一帯を統一した王様で、世間からは統一王と言われているらしい。今まで旅をしてきた中で見てきたものを考えるに、10年でこうも治安と流通を安定させている事を考えると相当優秀な王様のようであるが、さてどんな人物なのだろう? 楽しみでもあるが不安でもある。怖い人物じゃないと良いのであるが……


「まずはこちらでお着替えいただきます」


 ホーリィに連れて行かれて着いた先は、どうやら衣裳部屋のようだった。そこそこ広いスペースに所狭しと様々な衣装が飾られている中に、4人の職人と思わしき人達が恭しく頭を下げていた。


「では皆さん、よろしくお願いします」


 ホーリィが声をかけると職人の人達がメジャーと思わしき布を手に駆け寄ってきた。あっという間に囲まれて、気がつけば採寸が始まっていた。腕の中に抱えていたはずのリルがいつの間にか地面に下ろされていて、いつ下ろされたのか理解できずにいるリルがきょとんとしているほどの手際の良さである。恭しい態度ではあるものの、時間もそれほど無いので職人としても急いでいるようである。


「おっと、俺は良いぜ。謁見の場には出ないからな」


 あまりの手際の良さに鉄兵が思わず硬直していると、横からそんな声が聞こえてきた。採寸の邪魔にならないように身体を硬直させながらも頭だけをそちらに向けると、そこには手を前に出してやんわりと断りを入れているシロの姿があった。


「あれ、そうなの?」


「堅苦しいのは苦手でな。勘弁してもらうぜ」


「そっか。まあしゃあないか」


 何も言わずにここまで着いてきてくれたが、シロには本来関係の無い話なのである。シロはあくまで善意で鉄兵を見守ってくれているだけなのだ。そしてここから先は、鉄兵が一人で挑む必要のある戦いなのだ。そんな場所に同席するとなれば、それはいうなれば過保護すぎて試験会場の中にまで入ってくる親のようなものだろうか。これまでの行動も十分過保護といえたかもしれないが、さすがにそこまで過保護になる気はないようである。


「シロ様はテツ様とご一緒なさらないのですか?」


 その会話を聞いたホーリィが横から話しかける。


「先方もそんなこたぁ望んじゃいないだろうしな」


「でしたら、別室にて終わるまでお待ちなさいますか? ここにいても退屈でございましょうし」


「そうだな。そうするかな」


「それでしたらバルコニーなどにお茶とお菓子を用意させましょう。王都を一望できるこの城のバルコニーはこの国で二番目の絶景といわれております。できますれば休憩中の侍女達に曲など奏でていただければ勤めの励みにもなるのでございますが」


「それもいいな。頼めるか?」


 曲を奏でて欲しいと言われたシロが、明らかに乗り気でホーリィの言葉に頷く。


「かしこまりました。それではテツ様、しばし中座させていただきますがよろしいですか?」


「了解。このまま人形になってればいいんですよね?」


 特に異論がない鉄兵は軽く頷いた。これから堅苦しい席に臨む鉄兵に比べ、かたやシロは侍女と戯れに行くと考えると微妙に不公平な気もしたが、仕事というのはそんなものである。


「はい。こちらにもお茶とお菓子をお持ちしますので、採寸と衣装決めが済むまでしばしご辛抱下さい」


 鉄兵の言い回しにホーリィがくすりと笑う。


「ではシロ様。こちらへ」


 とまあとんとん拍子に話は進み、シロは一言「頑張れよ」と言い残してホーリィとともに出て行ってしまった。


 ところで話は変わるが、不意打ちというものは簡単に言えば相手の虚を突く事である。その効用は相手の防御を崩す。または素の対応を計る事にある。


 さてなぜこんな話をしたかといえば、だいたいの察しはつくであろうが、リル以外の仲間と引き離され、単身となった鉄兵はここで不意打ちを食らう事になったのだ。とはいえそれは前者のような戦いのそれではなく、後者のような人の真価を計る形のものではあるが。


 一人になってやや不安になりつつも、鉄兵は謁見の準備のために職人にされるがままになっていた。やがて採寸が終わり、続いて服を何着か持ってこられ、それに着替えさせられる。


 三着ほどとっかえひっかえ着替えさせられた後に職人達がうんと頷いた服は、紺に近い青色のスーツであった。袖口と襟元に少し派手な飾りが施されていたりシャツの袖にややひらひらとレースがついてたりするが、それなりにシックなものである。ネクタイ代わりの黄色いひらひらしたネッカチーフがネクタイに慣れてない鉄兵には少し息苦しかったが、着心地はそれほど悪くない。


 どうやら衣装はそれに決まったようで、そのまま寸法を合わせるために職人が服に針を入れ始める。そしてもう少しで作業が終わり、ようやく解放されるかと鉄兵が気を抜き始めた頃、不意に背後で扉の開く音がした。


 扉に背を向けている鉄兵には誰が入ってきたのかわからない。ホーリィが帰って来たのかとなとも思ったが、針を入れられている最中なので下手に動く事も出来ずにそのままでいると、不意に職人の作業が止まった。


 どうしたのかと思い、ちらっと目だけで職人を見てみると、職人はなぜか扉の方に向かって平伏していた。


「よい。普通にいたせ」


 背後から聞こえた澄んではいるがやや枯れた声は、どう考えてもホーリィの声ではなかった。よく見知った人物を思い出させるその口調に、はっとした鉄兵は慌てて振り返る。


 鉄兵が振り返ると、その人物はちょうど床で眠っていたリルを抱えあげているところだった。


「この子がリルか」


 寝ぼけ眼のリルがクンクンと匂いを嗅ぐ。どこかで嗅いだ事があるような匂いだったのだろう。警戒心も無くリルがその人物の頬をぺろっと舐める。


「はは、人懐こいのだな」


 リルに頬を舐められたその人物は、朗らかに笑みを浮かべた。


 ようやく目が覚めたのだろう。嗅ぎ覚えのある匂いながらもそれが別の人物だと気がついたリルがきょとんとした様子を見せる。


『あるじ、このひとだれ?』


 キャンと一声鳴いたリルの、その問いに対する答えを鉄兵は持っていた。


 まだ30の半ばといったところだろうか。その体格は勇ましく、歴戦の戦士達の横に並んだとしても決して見劣りしないだろう。


 燃えるような赤い目は強い意志を感じさせ、燃え上がるような情熱を映し出している。


 高貴さの中にしかしどこか野性味を感じさせる整った顔立ちは、神々しいまでの美を感じさせながらも、それが決して張子に書かれた虎などでは無く、この世に在ると強烈に印象付ける重厚な存在感を醸し出している。


 そしてそれらにもまして、その人物が鉄兵の思い当たった人物で間違いないだろうと思わせる特徴は、その身に纏うオーラとも呼べる雰囲気にあった。王者の風格、あるいは覇気とでもいうのだろうか。どこまでも駆け上がって行く上昇気流を思わせるような気風がその人物からは吹いているように感じられるのだ。


 その人物の容貌、風格、言動の全てが一つの事実を伝えている。想像していたよりもかなり若々しいが、リルを抱え上げたその人物の正体を、鉄兵は間違えられる気すらしなかった。


 今目の前に立っているこの人物の正体。それは他でもないアリスの父、シリウス王その人だろう。


「ガルムの特異体。フェンリルとあれは名づけたそうだな。その身の丈は100mにも達すると聞いたが真か?」


「はい、本当です」


 王様がこの場所に現れるなどとは夢にも思わず、まさに完全な不意打ちを食らった鉄兵は、しかしそれでも気を強く保ち、なんとかシリウス王の言葉に応える。


「そのような恐ろしげな魔物の正体がこのような可愛らしい子供の狼とは。愉快な話だな」


 シリウス王が穏やかな笑みを見せた。その微笑の中にアリスの面影を見た気がした鉄兵は、少しだけ緊張が解けたような気がした。


「馬車の細工を見せてもらった。まずは見事と言っておこう」


「……あ、ありがとうございます」


 思いがけない言葉に鉄兵はきょとんとしてしまったが、それでもはたと思い出して返事を返した。改造馬車は元の仕様に戻す時間も無かったので無論そのままである。そのうち技術力のデモンストレーションにでも使えるかなとは思ってはいたが、ここでその話題が出るとはちょっと想定外であった。


「この子を手懐け、山賊を捕縛した事も見事だったな。それによりそなたは力と知識と人徳を示したわけだ」


「はぁ……」


 一応褒められているようであるが、どうにも先行きの見えない会話に少しだけ不安になる。いったいこの人は何をしにここにきたのだろうか?


「まず国を動かす人材としては優秀と言っておこう。だが、その後の対応はいただけないものであったな」


 なにやら不穏な話題になってきた。胃の下の辺りが重くなってきたような気がする。


「そなたの提案はまあ良いだろう。だがその提案を出したタイミングはよろしくない。元よりそなたはその腹案を持ちながら、行動に移すべきかぎりぎりまで迷っていたと聞く。その話を聞くに、決断力には問題があるように思える。いくら優れた施策を思いつこうと、時期を逸すれば意味はないというのは理解しておるか?」


「はい……」


 自覚しているだけに痛いところである。それにしてもさらに不穏な会話になってきたが、もしや決断が遅くなったせいで問題が発生しているのだろうか。


「さて、そなたに聞こう。力はある、知恵もある、人望も厚いが、だが決断力の無い青二才の小僧。お主ならそんな人物を国の要職に就けられると思うか?」


 明らかな挑発の言葉が鉄兵の胸を打つ。羞恥心に思わず血が上りそうになる。


 だが、鉄兵は努めて自分に冷静である事を強要した。


 ようやくシリウス王がこの場に訪れた理由が分かった。今この時こそが決戦の時なのだ。


「確かにそのような人物に重要な事は任せられないと思います」


 霧散しそうになる集中力をぐっと歯を噛締めて呼び戻す。


「ですが、青二才の小僧だからこそ昨日と今日では違います。その小僧も自分の欠点に気がついたのならば同じ過ちは繰り返さないでしょう」


 シリウス王が何を求めているかは分からない。だからこそ、鉄兵は自分の心意気を率直に伝える事にした。


 確かに自分は無様だったかもしれない。だが、自分はいつだって成長しているつもりである。同じ間違いは二度と起こす気など無いし、同じ間違いをする自分を許す気も無い。まだ未熟な小僧かもしれないが、そんな自分でいる気なんてさらさらないのだ。


 ありったけの思いを込めて、そんな自分の心情を言葉とともに眼力でもってシリウス王に応えた。


「ふむ。世間擦れもせず、向上心も上々のようだな。ま、及第点としておくか」


 鉄兵の言葉を聞いたシリウス王が、急に砕けた口調になった。


「え……」


 厳格そのものの表情がぱっと今にも舌でも出しそうな悪戯が成功した子供のような表情に変わるのを見て、鉄兵は思わず顔を引きつらせる。


「服の方はもう良いか?」


「はい、後は詰めるだけでございます」


 シリウス王の言葉に職人が応える。鉄兵がシリウス王と話している間にも職人の人達は針を動かしていたようである。


「よし。ホーリィ、そっちも準備はいいか?」


「はい、整っております」


 ぱたりと扉が開き、ホーリィが顔を出す。どうやら扉の外に控えていたようである。


「では移動するぞ。さっさと着替えろ」


「え? は、はい!」


 なにやら急展開であるが、急に人が変わったシリウス王にさっさとしろと目で促されて慌てて服を着替えなおす。


 ホーリィの先導で慌ただしく案内された先は、テーブルと数個の椅子だけ用意された窓も無い小さな個室であった。


「あれ、イスマイルさんと……ひょっとしてオスマンタスさんですか?」


 部屋の中には二人の人物が先に席についていた。一人はイスマイルだが、もう一人は見た事の無い人物である。とはいえホーリィを先に見ていただけに、リードとホーリィをそのまま大人にしたようなその人物が噂に聞く宮廷魔術師長のオスマンタス師である事は容易に推測できた。


「はい、オスマンタス・ウィードです。娘がお世話になったようで、感謝いたします」


「あ、いえ。そんな大した事はしてませんので……」


 やはりリードの父親だったらしい。これが精霊族というものなのだろう。事前にシロから聞いていた情報どおりに耳が尖っている他にも眼がやや大きくアーモンド形をしているが、肉体構造からして人間族とはやや違うらしいが、こうしてみてみると思ったよりも違和感は感じられない。なんというか、はじめて見る外国人的特徴といったところであろうか。精霊族の特徴として寿命が長いために老いが遅いらしく、はた目にはホーリィやアリスの少し年の離れた兄としか見えないのだが、多分こう見えてン百歳とかなのだろう。その口調はなんとなく老成している印象を受けた。


 さて状況を整理しよう。ホーリィは入室しなかったのでここにいる人物は王様、宮廷神官長、宮廷魔術師長。それに鉄兵とリルの4人と1匹である。場所はこじんまりとした小さな部屋で、この部屋にはなんとなーく魔法がかかっているような気がする。多分防音とかそんな感じの魔法だろう。


 なにやら秘密の首脳会議でも始まりそうなシチュエーションだがどういう事なのだろうか? いや、きっとそういう事なのだろうが。


「挨拶は後だ。台本は出来ているか?」


「はい、こちらに」


 オスマンタスが手に持っていた紙の束を皆に回す。軽く目を通すと、なにやらト書きでこの場にいる人物の台詞が書かれているようである。


「えっと……これは?」


 状況がいまいち読み込めない鉄兵がシリウス王に尋ねる。


「イスマイル。説明いたせ」


「はっ。まずは先に要点を説明いたします」


 シリウス王がイスマイルに話を振る。とりあえず説明はしてくれるようなので一安心だ。


「昨夜のアリス様からの報告の後、城で協議した結果、テツ殿の提案は最優先で処理されるべき案件として採択されたとの事です。

 具体的には通称・山賊姫、ようするにアルテナ殿ですが、これを処刑・服役させた場合、南方に拠点を置くアルテナ殿の山賊団が反乱及び奪還のための軍事行動を起こす可能性が高く、それを回避するにはテツ殿が昨夜提案した内容を実行するのが一番的確だろうとの結論に至った次第です。

 アルテナ殿率いる前身が元ワイヤール王国の騎士団である山賊団は、代替わりはしましたが前頭領は健在。現頭領と18名の精鋭を捕らえはしましたが未だその勢力は侮れず、前頭領を主導とした反乱を起こされた場合、地方経済に大きな打撃を受けるものと推測されます。

 ゆえに、アルテナ殿とその一味を処刑するでもなく服役させるでもなく、緊急時には人質として使用も出来るテツ殿の提案が最善の手段として採択するとの事です」


 ……要するに、なんだかんだいってアルテナの山賊団は大勢力であり、その頭領を処刑したり監禁したりすると報復が面倒だったりするらしい。それでも国の体面としては処刑せざるを得なかったが、そこで差し出された鉄兵の提案は渡りに船というものであり、是が非でも成功させたいようである。


「あのな、分からないかもしれないが、俺は結構お前の提案に感謝してるんだぜ」


 不意にシリウス王が横から口を出した。もはやアリスを思わせる口調は微塵も残っていないが、恐らくこちらの口調こそが本来のシリウス王の物なのだろう。


「俺がこの地域を統一してから10年。今は上手く回っていて平和に見えるかもしれないが、まだまだ薄氷の上ってやつだ。

 俺に不満を持つ残存敵対勢力は少なくねえ。アリスやお前みたいな若い奴等にゃぴんとこねえのかもしんねえが、こんな一件でさえ国の崩壊に繋がっちまうかも知れねえんだ。

 別に俺が上に立っていたいからって頑張っているわけじゃねえ。

 そりゃ、王族と生まれたからにゃなんも考えずに領土を取る事に専念してきたさ。

 でもな、国を統一した今となっちゃ、新しい目標に向かってるんだ。

 今、俺が何で頑張っているかっていや、それは他の地域から聞こえて来るようなこの先って奴を見たいからなんだ。

 争いが起きれば容赦はしねえ。でも、俺はもう争いよりも平和な国が見たいんだ。それにはこの一件はなんとしても穏便に済ませたい。

 だから、おまえにも力を貸して欲しい」


 それに、とシリウス王の言葉が続く。


「俺が思うに、おまえは『この先』ってやつを作れる奴なんじゃないか?

 ……俺に、そいつを見せてくれないか?」


 ズン。と腹に響くようなものを感じた。


 ここで正直に言ってしまうと、鉄兵の『提案』というやつは、鉄兵にとって都合が良いように描いて書いた詐欺に近い提案である。だから、この世界に住みこの地域の事を一番に思うシリウス王の話を聞いて鉄兵は本当に自分が情けなくなった。


 でも、ここでそれを漏らして楽になってしまおうなどと考えてはいけない。


「……話は分かりました。もちろん協力させていただきます。

 でも、なんでそこまで話してくれたんですか?」


 苦労話も理想話も酒でも入れば誰でもする話である。


 でも、なんとなく分かってしまった。


 今シリウス王がした話は、恐らく気心がしれた身内にしか漏らさないような内容なのだろう。王が戦いを避けたがっているなんて噂が流れれば、それこそ弱みに付け込んだ反対勢力が勢力を強めそうなものである。自分を引き入れるためだといわれれば一応は理解が出来るが、でもそんな話を自分に聞かせた真意を、鉄兵はそれ以外にもあるように感じのだ。


「それを聞きますか……」


 溜息に近い発音でイスマイルが声を漏らす。


「アリスは俺の娘だ」


「リードはわしの娘なんだが」


「アルテナ殿は南一番の権力者の娘です」


 なんとも凍りつきそうな雰囲気がその場に流れた。なぜか一生が決められてしまいそうな雰囲気に鉄兵はガクブルする。


「あ、あーっと! それはともかく、もう一つだけ聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


 起死回生の一言とばかりにぐるぐると頭を回転させた言葉に、なんとかシリウス王が食いついてくれた。


「シリウス王の地ってどっちなんですか?」


 今のシリウス王が地だと先ほどは思ったが、今考えてみればアリスに口調が移るくらいに初対面の時の言葉遣いも使っているのだろう。どちらも自分を偽っているようには思えなかったし、少しだけ気になっていたのだ。


 上手く誤魔化されてやると言わんばかりにシリウス王が微笑みを見せる。


「統一王の俺も武帝の俺もどっちも俺さ。俺は、どっちの俺も否定する気は無いぜ」


「武帝とは統一王になる前のシリウス王のあだ名です」


 シリウス王の言葉にイスマイルが解説を入れる。


「……分かりました」


 分かるようなわからないような言葉ではあるが、鉄兵はその言葉を正しく理解した。


 国を統一した現在、格調やら様式やらがあり、そこで使うべき言葉と人格は統一王という名の仮面の一つなのだろう。そして、それ以前に使っていた言葉遣いは武帝という名の仮面である。


 どちらが本当の自分かといえば、それはどちらでもない。統一王・武帝の両方をどちらか一方だけ捨てる気は無く、どちらも仮面ではあるが、どちらも同じ自分であるというのが回答のようである。


「それじゃ、話は戻しますがこの台本はなんなんですか?」


「それについては私から説明しましょう」


 話がそれたところで話を本筋に戻すと、イスマイルがそれに乗ってくれた。


「見ていただければ分かると思いますが、これはこの後行われる謁見のための資料です。今回の件はなんとしても成功させなければいけませんが、これまでの経緯を鑑みるに台本もリハーサルも無しに謁見を行った場合、テツ殿がどこかで失言を生じる可能性が高いとみたようです。なのでオスマンタス殿が昨夜のうちに用意しておいてくれたようです」


「えーっと……すいません」


 自分で話を戻したものの、いざ説明を聞いてみると的確すぎて羞恥心に顔が赤くなった。どれだけ信用が無いのだとも思ったが、謁見の場について散々不安に思っていた鉄兵には正直ありがたい話である。


「謝るなよ。おまえは俺に言ったよな。青二才の小僧だからこそ昨日と今日では違うってな」


 シリウス王がにやりと笑う。最初というのは誰にでもある。だから最初は場を整えてやるが次はないぞ。と、そんな意思が否応もなく読み取れた。


「んじゃ、猿芝居の稽古を始めるぜ」


 シリウス王の言葉に鉄兵は台本を手に取り目を向けた。


 謁見の時間まではおよそ一時間。誰にとっても得になるか否かは鉄兵及びここにいる面子が台本通りに事を運べるかにかかっている。


 とはいえ、鉄兵は擬似完全記憶というある意味チート的能力を持っているのでこの程度の台本ぐらい丸暗記するのも軽い事である。


 全ては台本通りに事が進むとは限らない。


 でも、少なくともここに書いてある台本の趣旨通りに話を運ばせればフォローが入るわけで、台本を覚えればもはや仕事は終ったも同然なのである。


 ぱらぱらっと台本をめくり、一瞬にして内容を覚えた鉄兵は、もはや安堵を隠す事も無くほっと大きく息を吐いた。

 オズワルド家のファミリーネームはLizreelさんから、シリウス王の名前は瀧江様から頂きました。ありがとうございました~。


2011/1/13:指摘いただいた部分修正

「それを回避するためにはテツ殿が昨夜提案した内容を実行する事が一番可能性が高いという結論に至った模様」

→「それを回避するにはテツ殿が昨夜提案した内容を実行するのが一番的確だろうとの結論に至った次第です」


「まだまだは氷上の上」

→「まだまだ氷上の上」


「若い奴等にゃぱっとしねえ」

→「若い奴等にゃぴんとこねえ」


「それもはいいな。頼めるか?」

→「それもいいな。頼めるか?」


2011/11/16:指摘いただいた誤字修正

燃えるような赤い目[]強い意志を感じさせ

→燃えるような赤い目[は]強い意志を感じさせ


国の要職に[付けれる]と思うか

→国の要職に就けられると思うか

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