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決断の時

 シロが去った丘の上。


 鉄兵は一人月を眺めながら静かに、だが目まぐるしく頭を働かせていた。内容は無論アルテナ達山賊を助けるための方法である。


 シロとの会話で自分の考えの方向性に自信は持てた。自分の立てた計画も悪くないだろう。だが、その計画が上手くいくという保証はどこにも無い。


 残念ながら鉄兵は頭は良くとも社会経験というものが全然足りていない。おまけにここは異世界で、自分の考えがこちらの世界で通じるかなどさっぱり分からないのだ。ゆえにいくら計画を描き出したとしてもそれはまさに絵に書いた餅というもので、実現させるには少し心許ない。シロの背中には勇気をもらったが、改めて考えると自信がなくなってくる。


 とはいえ、自信が無いなどといっている場合ではないのである。


 思考の迷路に迷い込みそうになった鉄兵は、すくっと立ち上がって両頬を思いっきり掌で叩いた。


 バチーンと良い音がして、アルコールが入ってほんのり赤く染まっていた頬が真っ赤に染まる。


「よし!」


 景気付けに気合を入れた鉄兵は、即座に行動に移る事にした。明日の昼には王都に到着する予定なのだ。うだうだ悩んでいる暇があったらともかく行動あるべきだろう。


「アリス。話があるんだけどいいかな」


 というわけで宿営地に戻った鉄兵は、焚き火を囲んで皆と談笑していたアリスに声をかけた。一人で考えていてもろくな事にならないのは経験済みである。こうなったら恥も外聞も無くアリスに自分の考えを打ち明けて知恵をもらおうという狙いである。


「なんの話だ?」


 声をかけられたアリスが鉄兵に微笑みかける。


「できれば内密に話したいんだけど……」


 ここにはアルテナや山賊連中も揃っている。アルテナどころか山賊連中も、もはや仲間といっても違和感が無いほどに馴染んでいる。だからこそ、ここでそんな話はしたくない。


「……ハンス。アレを持ってきてくれ」


 鉄兵の言葉を聞いたアリスは何か勘付いた表情を見せ、なぜか兵士にそんな命令を下した。兵士Aが「ハッ!」と敬礼し、馬車の方に走っていく。アレとはいったいなんだろうか?


「話を聞くのは良い。だが、それはここでは言えないような話なのか?」


 兵士Aが走っていく様を見届けたアリスは、鉄兵に向き直ってそう言った。その顔からは微笑が消え、何の感情も読み取れない。これは……なんだろう。なぜか分からないが、試されているような気がする。


 ふと周りを見れば、思い思いに談笑していた他の連中も話を止めてこちらに注目していた。その誰もが、こちらを窺うような視線を投げかけている。無論、その中にはアルテナを初めとする山賊達の視線も含まれている。


 不意に鉄兵は金縛りにでもあったような感覚を受けた。そんな目で見られて初めて、鉄兵は自分が軽い気持ちで考えていたのかも知れないという事実を自覚したのだ。


 心では助けたいと思い、シロの前では実際にそれを口にした。でも、それは、なんの責任も伴わない無責任な立場だったからこそ言えた、思えた事だったかもしれない。今はまだ、何の責任も無い。だが、ここで口を開き、その一言を吐き出せばもはや後には戻れないのだ。


 当事者達の前で「助ける」等と口にすれば、責任は生じずとも、実行できない限り無責任な言動となる。ましてや人の生死がかかっている話なのだ。無責任では済まされないだろう。


 だが、責任を恐れて怯んでいては何も出来やしない。


「いや、そんな事はないよ」


 ここで揺らいだりしたら、多分一生後悔する事になるだろう。鉄兵は全身に気合を込め、呪縛を絶った。


 覚悟を決めて、口を開く。


「俺は、アルテナ達に死んで欲しくないと思っている。だから皆に力を貸して欲しいんだ」


 とうとう口にした言葉に返って来た反応は、しかし鉄兵の予想のうちにないものだった。


 ふー……


 鉄兵の言葉に対する反応は、重い重い溜め息だった。


「え、なんで!?」


 色々反応は考えていたが、総溜め息はさすがに予想外だった。何かまずい事を言ったのだろうか?


「決断が遅いのよ! 馬鹿!!」


 いち早く溜め息の渦から抜け出したリードが、感情的な言葉とともに手に持っていたコップを鉄兵に投げつけた。その言葉の意味に最悪の展開を思い浮かべた鉄兵は、リードが放ったコップを避ける事も受ける事も出来ずに顔面で受けてよろけて倒れる。


 決断が遅いとはどういうことだろうか? もはや手遅れという事なのか?


 そんなネガティブな思考が鉄兵の脳裏を過ぎる。


 だが、そんな鉄兵の不安は次の瞬間にはきれいさっぱり取り払われる事となった。


 地面に横たわり、最悪の事態を想起して硬直する鉄兵の耳に届いたのは、間の抜けた格好でひっくり返った鉄兵を笑う、爆笑の声だったのだ。


「ごめん、大丈夫?」


 慌てて駆け寄ってきたリードの手を借りて身体を起こす。


「ごめんね。避けるか弾くかすると思ったから……」


「いや、それはいいけど、どういうこと?」


 申し訳なさそうなリードに質問すると、リードはきょとんとした顔を見せた。いやきょとんとしたいのは鉄兵の方である。歓喜の声すら混じっているこの喧騒を見るに、どうやら手遅れという最悪の事態ではなかったようだが……いったいどういうことなのやら?


「不思議そうな顔をしているな」


 声のした方を見ると、アリスが立っていた。手に丸めた一枚の紙を持って、なんとなく悪戯を企んでいる子供を思わす微笑を浮かべている。


「状況がさっぱり理解できないんだけど……」


「その答えは、これを読めば分かる」


 そう言って、アリスは手に持っていた丸めた紙を差し出した。さきほど兵士Aに取りに行かせたのはこれだろうか?


 とりあえずそれを受け取り、中を確認する。


「……なるほどな」


 そしてその紙の内容を理解した鉄兵は、この騒ぎの理由を理解して思わず苦笑した。


 鉄兵が渡された紙は、減刑嘆願書であった。署名欄にはあの村の村長に続き、村人達の署名がずらりと並んでいる。この書類が取り上げられればアルテナ達山賊は死刑を免れる事ができるだろう。


 とはいえ、それは甘いだけの話でもないのだが。


「こんなもの、いつのまに?」


 とりあえず気になったのはそこである。いや内容を考えればあの村にいる時以外には考えられないわけだが、その時の鉄兵はまだ自分の考えを外にもらしてはいないのである。どうしてこんなものを用意する気になったのだろうか?


「あの事件の次の日にシロに頼まれたのだ。鉄兵の性格ならいずれ必要になるだろうと言われてな。私もそう思ったから用意しておいた」


 どうやら本当に何から何までシロの掌の上だったらしい。見透かされたのは癪であるが、今はシロに感謝である。


「って事はこの条件もシロのアイデア?」


「そういう事だ。この書類も鉄兵が言い出すまでは隠しておくように言われていた」


「決断が遅いってのはそういう事か……」


「そういう事。ほんとにアルテナ達が処刑されちゃうんじゃないかってドキドキしてたんだから!」


 怒るリードに苦笑しつつ頭を下げる。なんというか、全くもってシロらしい話である。


 ついでに先程話題に上った条件というのもシロらしい。


 減刑嘆願書にはそのための交換条件も書かれていた。それはすなわち四日間の無料奉仕と多額の賠償金である。ここでなぜアリスがあの村での奉仕を三日程延ばしたのかという理由がわかったわけだが、問題はその次の項目である多額の賠償金についてである。


 その賠償金は鉄兵が払うと記述されている。人を助けたいなら最後まで責任を負えと言うシロからのメッセージであろう。まあ、金で済むのなら楽な話といえるだろう。問題はその金がない事であるが。賠償金の金額は、具体的に言えば鉄兵の所持金の3倍程の値段である。


「えーっと、アリスさん。借金する事は……」


「もちろん、出世払いで相談に乗ろう」


「ありがとうございます……」


 アリスに非常に良い笑顔を向けられてしまった。その言葉に鉄兵はほっとしたが、同時に甲斐性の無い自分自身にちょっと凹む。選択肢がなかったから仕方なかったものの、他の人ならさておきアリスに借金をするのは気分的に非常によろしくない。王都についたらバリバリ働いてさっさと返そうと心に誓う。


「にいちゃん」


 凹む鉄兵の耳にアルテナの声が届いた。見れば、いつのまにかアルテナを中心に山賊達が横一列に並んでいる。


 山賊達は片膝を立てて跪き、頭を垂れて騎士の礼を示した。


 突然の山賊達の行動に躊躇う鉄兵を他所に、アルテナの凛とした声が響き渡る。


「我らの命を救っていただいたこと、心より感謝いたします」


 普段はおちゃらけているアルテナの口から出たそんな真摯な言葉に、鉄兵はアルテナ達が本当に元騎士なんだなぁと少しずれた感想を思い浮かべた。目の前で繰り広げられている光景は、もはや元の世界では映画の中くらいでしか見られない光景なのだ。それが目の前で、しかも自分に向けられている。そうなると少し現実味が無い気がして、言葉の内容よりも鉄兵はその光景に圧倒されてしまい、そんな感想を思い浮かべてしまった。


「この嘆願書を出せば、罪一等が減じられて懲役10年で済むだろう。よかったな」


 その光景に圧倒されてしまい、反応出来なかった鉄兵に代わり、アリスがその言葉に応えた。


 が、そのアリスの一言が鉄兵を冷静に引き戻した。


 とにもかくにもアルテナ達は処刑を免れる事が出来るだろう。しかし、どうやら嘆願書が通ったとしても、懲役10年と言う裁定が待っているらしい。それは非常に真っ当で素晴らしい話なのだろうが、鉄兵としてはそれだけで終らせるつもりは無いのだ。


 正味な話、減刑嘆願書の存在は鉄兵の頭の中に無かった事なのだ。これにより鉄兵の目指すところには到達しやすくなったが、山賊達を10年間牢獄に閉じ込めるという結末は鉄兵の思い描く結末には存在していない。


 鉄兵が嫌がっていたと言うのに鉄兵と争ってまでシロが鉄兵の英雄譚を歌い続けたのは、恐らく鉄兵の名声を高めるための情報工作だろう。それは減刑嘆願書を通りやすくするためという理由もあったのだろうが、それだけではないだろう。本当の目的は、鉄兵が思い浮かべた計画を実行に移しやすくするためのアシストのはずである。


 そして鉄兵は、そのシロのアシストを無駄にする気はさらさら無い。


「感謝のついでに、俺に忠誠を誓ってくれないか?」


 だから、鉄兵は一歩前に踏み出す事にした。ここまではグダグダとしてしまったが、ここから先は自分の行動を揺らがす気はないし、一歩だって引く気はないのだ。


 鉄兵の言葉に、マーティンをはじめとする山賊達一行からざわめきが起きる。


「どういう事なんだよ。にいちゃん」


 流石は頭目と言ったところだろうか。幼いながらも一団を率いる立場にあるアルテナは、鉄兵の言葉にも動じずに質問を返してきた。その眼は非常に鋭い。予想はしていた事だが、忠誠を誓えというのは重大な事なのだろう。


「まずは話を聞いてくれ。正直なところ、俺はあなた達のために借金を負う気は無い」


「つまり、にいちゃんは俺達を助ける気なんて無いって事か?」


 冷静なアルテナの声が静まり返った宿営地に響く。裏切られたと思ったのだろうか、アルテナの眼には殺気すら浮かんでいる。


 とはいえ殺気だけなら問題はなかったのだ。鉄兵はアルテナ達を助ける気持ちに満ちていたし、次の一言で格好良く決めれば誤解は解けて全ては上手くいくと思っていた。


 でも、問題は発生した。


 その問題とは、アルテナの目から殺気だけではなく、焚き火の揺らめく炎によって光る液体まで滲み出て来てしまった事である。


「違う違う! 助ける気満々だって! だから泣かないで!」


 鉄兵は慌てて弁解を始めた。なんというか、女性の涙だけ頂けない。こちらまで泣きたくなってしまうし、心底申し訳ない気分になってしまうのだ。


「な、泣いてなんかないぞ!」


 鉄兵の言葉に自分が泣いている事を自覚してしまったのだろう。気丈にもそれを否定したアルテナだったが、自分の言葉と相反するように、それを契機に嗚咽の声が大きくなり、やがて泣き出してしまった。


 山賊の頭目をしていたとはいえアルテナも年相応の女の子という事だということだろうか。いや、部下を助けたいと願う頭目だったからこそか……いやそれも違うのかもしれない。そういえば昔の人は感情や感受性が非常に豊かで大の大人や武将でさえ感情のままに号泣する事もあったとかいう話を聞いた事がある。メディアに囲まれた現代人の鉄兵は鈍感になり過ぎているだけで、これがこの世界では普通なのかもしれない。


 ともかく、泣き出してしまったアルテナをマーティンはじめ山賊達に混ざって必死になだめる。アリスやリードの眼が非常に寒いがこれは自業自得というものだろう。それに裏切られて泣いたと言う事は、アルテナは自分をかなり信頼していたと言う事なのだろう。その事自体は嬉しいが、それで傷付けてしまった事は非常に申し訳ないように思えた。


「それで、どういう事なのだ?」


 嗚咽交じりながらも、ようやくアルテナが泣き止んだところですかさずアリスが鉄兵に話を向ける。


「……ようするに、自分の借金は自分で払えって事だよ」


 どうにも決まらないが、格好付けてもったいぶった言葉を口にする愚を今回の件で学習した鉄兵は、単刀直入に自分の計画を皆に説明する事にした。


 説明をする鉄兵の言葉を聞いて、アルテナの表情に見る見る生気が戻っていく。鉄兵の説明が終る頃にはアルテナはすっかりいつもの笑顔を取り戻していた。


「なんだよ、そういう事なら先に言ってくれよ。恥ずかしいところ見せちゃったじゃんか!」


 さっきまでの泣き顔が嘘のような満面の笑顔でアルテナが鉄兵の背中をバシバシと叩く。多分照れ隠しなのだろう。本気で叩いてくるので背中が痛いが、これで機嫌が戻ってくれるなら御の字である。


「で、アリス。この計画は上手くいきそう?」


「そうだな。先に私から父王に話を通しておけば問題は無かろう」


 アリスが神妙に頷く。どうやら鉄兵の計画は的外れではなかったようであるが、流石に事前の根回しはしておくべきだったようである。相談して正解だったようだ。


「頼める?」


「任せてもらおう」


「皆もそれで良い?」


 鉄兵の言葉に山賊達は一斉に頷いた。


「それじゃそういう事で。一応この話は他に漏らさないようにね」


 再び今度はその場の一同全員が頷き、この場は解散となった。


「アリス」


 恐らく何がしかの通信機で王様に話をつけるために馬車へと向かうアリスの背中に声をかける。振り向いたアリスと眼が合った。


「ありがとう」


 心からの一言が通じたのだろうか。アリスは歯まで見せて口元を綻ばせ、再び背中を向けた。


「にいちゃん」


 アリスの背中を見送っていた鉄兵は、アルテナに声をかけられてそちらを見た。


「ありがとな」


 今さっき自分がアリスに投げかけた言葉。その言葉になんともむず痒くなる。アリスが先ほど口元を綻ばせた気持ちが理解できたような気がした。


「なにいってんだよ」


 照れ隠しに鉄兵はアルテナの頭に手をやり、ガシガシと撫で回した。


「なんだよ。やめろよー」


 そういいつつもアルテナは鉄兵の手を振り払おうとはしなかった。そのまま焚き火を囲む皆の輪の中に入り込み、前祝いとばかりに盛大に騒ぐ。


 良い仲間と出会えたな。と、ふとそんな考えが自然に浮かんできた。


 シロにはじまり、アリス、イスマイル、リード、アルテナ、そして兵士と山賊達。その誰もがこの世界に来ていなければ出会えなかった人々だ。原因も分からず異世界に来たと分かった時には絶望したが、今ではそれも遠い過去の記憶に思える。


 鉄兵は焚き火によって赤々と照らし出される皆が繰り広げる騒ぎを眺めながら、この世界に来れた事を感謝した。

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