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責任者の憂鬱・その7

 結論から言うと、シロの推測は正しかったようである。


 やや心配しながらシロと一緒に宿営地に引き上げたら、そこにはにへら~っとこれ以上無いくらいに表情を緩ませて恍惚の笑みを浮かべているリードの姿があったのだ。宙をぼーっと見つめていたと思ったら、その様子を心配して擦り寄るリルをガシッと捕まえて思いっきり頬擦りしたりと非常に楽しそうである。可愛らしくはあるのだが、薄気味悪い事もこの上ない。


 捕獲されてキャンキャン吼えるリルには悪いが、鉄兵としては今のリードには正直近づきたくなかった。というわけで心配した事すらアホらしくなった鉄兵がさっさととんずらこいて時計作りに戻ったのは余談である。


 翌日にはリードの様子は元に戻っていた。いや元に戻るどころかパワーアップしていたという表現のが正しいだろうか。


 具体的に言えば、


「もっと元素っていうのについて教えて!!」


 と断るのが非常に難しいと感じさせるキラキラとした目で迫ってきて鉄兵を悩ませたのである。


 とはいえ昨日の一件があったのでこれ以上教えて良いものかは自分の判断では下せない。そこでアリスに聞いてみたところ、許可は意外にもあっさりと下りた。あまりにもあっさりアリスが「構わないぞ」というものだから、鉄兵としては逆に驚きである。なので理由を聞いてみたところ、答えは以下のようなものであった。


「今更というのが一番の理由だな。リードはすでにその真理を知り、学習法を学んでしまっている。遅いか早いかだけの違いならば大差はなかろう。

 ただし、くれぐれもリード以外にその真理を教えてくれるな。リードはオスマンタス師の娘で、次期宮廷魔術師長として迎えれば問題は無い。だが、もしリードがオスマンタス師の娘でなかったら、私はあの時その場でリードをこの手にかけねばならなかった。

 その事実は忘れないで欲しい」


 とまあそんな理由らしいのだが、理由のついでに今更ながらに薄氷の上を渡っていたという事実を思い知らされてしまったりもした。まだ見ぬリードの親に感謝である。


 そんなわけで鉄兵は黒板モドキとチョークをそこらの物体から作り上げ、それを使ってリードの家庭教師に専念する事になった。もはや師弟関係が完全に逆転しているわけだが、毎度の如くそこは気にしたら負けだろう。時計も組みあがり後はシロに協力をしてもらって一日毎に微調整をするだけなので、そろそろ闇玉・光玉の構造の研究をしたいとも思っていたのだが、これがリードの出世に繋がるとなれば、まあそっちの優先順位は下げても良いだろう。


 ついでにアルテナが興味津々にリードの横で鉄兵の話を聞いているのだが、なぜかその様子をアリスも見ているというのに気にしていない様子なのでそれも気にしないでおく事にした。アルテナは魔法を使えないし、怖い話だが墓の下に直行する予定なので良いということだろうか。それにしても何にでも興味を示す娘である。


 そんな感じに時は過ぎていき、三日後の正午。昼の休憩時間には無事正確な時間を刻む懐中時計が二つほど出来上がった。


「ありがとシロ。助かったよ」


 さっそく出来上がった懐中時計を昼飯を摘みながらニマニマと眺める鉄兵であったが、それを見る周りの反応は少し冷めたものである。良く分からない丸い物体を眺めてにやけているのだから当然といえば当然ではあるが。


「まあそれは良いんだか、そいつは何なんだ?」


 冷めた集団の代表として、シロが問う。


「ん、こいつ? これは時計だよ」


「時計? これがか」


 鉄兵の言葉に反応したのはシロではなくなぜかアリスだった。


「そう時計。ほら、ここの長い針と短い針と細い針で今の時間を表してるんだ」


 自分の気に入っているものに興味を持ってもらえれば嬉しいものである。というわけで鉄兵はちょっと前のめり気味にアリスに説明しはじめた。とはいえただの時計なので説明はすぐに終わったが。


「ふむ。これは便利だな。私も一つ欲しいところだ」


 説明を聞いたアリスは大いに興味を持ったようだった。この世界の時計と言えば日時計くらいしかなく、王都でも日の高さに合わせて教会が鐘を鳴らす程度のサービスしかないようである。なので機械が太陽の代わりを果たし、天候に左右されないこの機械式の時計は、考えてみれば画期的なものなのだろう。しかも一日の86400分の1という単位で正確に時刻を知る事ができるわけだから、アリスが興味を持つのは当然と言えば当然なのかもしれない。


 それはさておき時計は二つある。鉄兵は一つあれば十分なので、一つは余っているわけである。余っているという事はいらないと言う事とニアリーイコールなわけで、欲しいならあげようと思うのが自然の発想であろう。


「いるならあげるよ?」


「いいのか?」


 というわけで非常に気軽にそんな事を言ったのだが、鉄兵の言葉はアリスにとって予想外の事であったようだ。王族であるわけだし、プレゼントなどもらいなれていそうなので結構意外な反応である。


「いいよ。二つあるし」


「そうか。これはありがたい」


 口調こそ固いものの、アリスは鉄兵の眼を見て本当に嬉しそうに微笑んだ。そんなアリスを鉄兵は思わずぼけっとみつめてしまったりする。こうも素直に喜んでくれるとこちらまで嬉しくなってきてしまった。女性に貢ぐ男の気持ちがちょっとだけ分かってしまったのはここだけの話である。


「しかし、これは商人達に需要がありそうなものだな。大量生産はできないのか?」


 少し見つめ過ぎたようで、恥ずかしそうにアリスが話題を逸らした。鉄兵も慌てて話題に乗る。


「大量生産か。出来ない事は無いだろうけど時間がかかるかな?」


 いまだこの世界の加工技術に触れていない鉄兵には少し予測は立て辛いが、なかなか厳しそうな気もする。とはいえ加工技術が低かろうとも工夫次第で引き上げる事は可能だろう。元の世界には時計職人という職業もあったわけだし、案外面白い産業が発達するかもしれない。


「商人で時計……ねぇ」


 そんなことを考えていたら、不意にボソッと呟くシロの声が聞こえた。シロにしては珍しく、遠い眼で思い出し笑いをしている。


「どうしたシロ。なんか気持ち悪いぞ」


「ん? あぁ。いや、ただちょいと昔の連れを思い出しちまってね。あいつもネズミだ蛇だと変な言い方で随分時間を気にしてたなってな」


 鼠や蛇で時刻を表すとは、十二支による不定時法のことだろうか? なんとも時代を感じる話であるが、間違いなく東洋系の時間表示である。昔の連れとは噂のサクヤさんのことであろうか?


「そういやあいつも最初に会った時は川を流れてやがったな。サクヤ嬢といい、あいつといい、テツといい、川を流れてくる奴は変な奴ばっかだねぇ」


 これもシロにしては珍しく、楽しそうに昔話をポロリと零した。


「変な奴言うな……って、ん?」


 ツッコミをいれようとした鉄兵は、思わずスルーしそうになったシロの台詞を拾い上げ、その違和感の意味を考えた。


 シロは今、サクヤと自分の他に『あいつ』といった気がする。という事は川を流れてシロに拾われたという奇特な人物が自分とサクヤの他にもいたということではないか? しかも、その人物は東洋系の時間表記を主としていたという話である。


 不意に砕けたパズルの最後のピースが集まったような感覚を受けた。


 言われてみればおかしなところは色々あった。サクヤが現れたのは八百年前と言われているが、八百年前といえば鎌倉幕府の時代である。シロが着ている着流しは江戸時代の商人文化が発祥のはずであるし、茶道が誕生したのは安土桃山時代のはずだ。あとついでに大漁旗も江戸時代くらいからだったはずである。


 考えてみればすぐに気がついたことなのだが、サクヤが教えたにしてはシロの知識は時代にあっていない。そして先程のシロの発言から予想できる答えは一つだろう。


 つまり、自分とサクヤの他に、日本人的な人物がもう一人いたのではないだろうか?


「シロ、あいつって誰の事なんだ?」


 好奇心を抑えきれず、それでもなんとか感情を抑えて鉄兵はシロに聞いてみた。


「ん、キヘイの事か?」


「キヘイ……? シロはキヘイ・アーカシャとも知己であったのか?」


 シロの口から漏れた名前に一番に反応したのは鉄兵ではなくなぜかアリスであった。


「昔ちょいと世話した事があってな」


 シロの返したそんな返事にアリスだけではなくその場にいる全員が感心しているようだった。どうやらかなりの有名人らしい。それにしてもキヘイは日本人っぽい名前だが、アーカシャといえばどことなくインド圏っぽい気がする。ひょっとしたら勘違いだったのだろうか?


「有名人なの?」


 とにもかくにも聞いてみたら、その問いに答えたのはアリスではなくイスマイルであった。


「キヘイ・アーカシャといえば200年ほど前に大陸外から流れ着いた人物であり、竜人族により隔てられた6つの領土の一つを統一した国・アマテラスの建国者です。独特の文化を持った国とだけ噂は流れてきておりましたが、なるほど。シロ殿のその流儀はアマテラススタイルだったのですな」


「まあな。そういう事さ」


 説明を聞くに、キヘイという人物はかなりの人物だったようである。余所者が一国を統一してしまうとはもはや御伽噺のような話にしか聞こえないが、それよりも神様になった人やら一国の建国者やらを世話してるとか、シロは一体何者なんだと突っ込みたくなってしまったのはここだけの話である。


 それにしても……


「アマテラス……ねぇ」


 アマテラスと言えば日本人の鉄兵の頭に浮かぶ漢字は天照しかない。天照大神といえば日本の土着信仰である神道の主神である。まさに日本由来の名前だが、その国名を付けた建国者の名前がアーカシャとはこれいかに?


 と、そこまで考えたところで一つ思い浮かぶ事があった。シロに自分の名前を教えた時、シロは香坂鉄兵をコサカテヘイと訛って発音していた。つまり、キヘイ・アーカシャというのも訛った発音なのかもしれない。アカーシャだから明石屋とかだろうか? シロの着流しや時計の話からの流れを考えるに、どうも元商人だったっぽいし、ありそうな話だ。


 さて確かめてみたいところだがどう聞いてみたらいいものだろうか? 


「ところでその名前、発音あってるの?」


 他に聞きようも無かったので単刀直入に聞いてみる。妙な食いつき方をする鉄兵になんとなく事情を察しているシロ・アリス・イスマイルの三人以外はやや不審なものを感じたようだったが、そこは努めてスルーする事にした。


「多分あってねぇな。キヘイもテツと同じように最初は難しい発音の名前を名乗ってたからな」


 事情を察しているシロがなんでもない事のようにさらりと返事を返す。こういう時のシロの空気を読む能力は本当にありがたい。


 それはともかくやはり訛っていたらしいが、てそれならばどうやって本当の名前を特定したものか。


 少し考えた結果、ものは試しとばかりに鉄兵は黒板を持ってきてそこに自分の名前である『香坂鉄兵』という字を書いてみた。


「これ、俺の名前。これで香坂鉄兵ってのが正しい発音と文字なんだけど、こんな文字に見覚えは無い?」


 この世界の文字は英語のようなアルファベットに近い文字で形成されている。ただし文字数は24文字とアルファベットより少しだけ少ないのだが。ともあれ今重要なのはそこではなく、漢字は明らかにこの国では使われていない文字と言う事である。そして一度でもそのキヘイとやらが漢字を書いたことがあるならば、シロならそれを覚えているんじゃないかなと思っての行動だったが、それは狙い通りの効果を表した。


「そいつはアマテラスの皇族文字に似てるな」


 ダメ元だったのだが、シロの反応は鉄兵の思っている以上のものだった。どうやら漢字はアマテラスとやらの国の皇族専用文字になっているらしい。


「ほんとに!?」


「ああ。皇族文字で書くならあいつの名前はこうだったかな?」


 とシロが鉄兵から黒板を受け取りささっとそこになにやら書き込んだ。


 そして書き終わった後にひっくり返してこちらに向けられた黒板に妙に流暢に書かれた文字は……


『赤井桔平』


 であった。これは、間違いなく日本人だろう。


「やっぱり……」


 思わず熱中してその正体を探ってしまったが、こうして事実を目の当たりにすると逆にちょっと頭を抱えたくなってしまった。シロが会った一人目の日本人っぽい人が神様になり、二人目は一国の建国者にまでなっているとはある意味出来の悪いジョークである。


「で、テツよ。説明してくれる気はあるのか?」


 苦悩する鉄兵の耳にそんなシロの言葉が聞こえた。気がつけば一人苦悩する鉄兵に皆の注目が集まっている。シロ達三人以外の人達も事情が分からないなりに何かを察したようで、じっと鉄兵の動向を窺っている。


 さて、サクヤもキヘイもほぼ同じ日本からこの世界に来た事は確定的である。それは薄々みんな……少なくともシロとアリスとイスマイルは感づいている事であるが、ここで公表して良いものであろうか?


「……そのキヘイって人も、やっぱりすごい魔力を持ってたの?」


 その問いに答える代わりに、鉄兵は質問でそれに返した。とはいえその問いは答えを言っているものと同義なのだが、すでにほぼ見破られている身としては大差が無いだろう。


「いや、キヘイは普通の人間だったな。人間としちゃ優れてたと思うが、少なくともサクヤやテツのような能力は持っていなかったな」


 シロの答えは中々鉄兵を迷わせるようなものだった。ここで桔平という人物が強大な魔力を有していたとなれば、原因は分からないものの事象としてはほぼ確定的にこの世界に迷い込んだ日本人が強大な力を手に入れていたという事実を証明した事になる。だが、それが違うとなれば話は別だ。


「……それなら、俺に言えることは無いかな」


 色々考えた結果、鉄兵は推論を自分の胸のうちに押し留める事にした。少なくともサクヤとキヘイの二人が日本圏から来ている事は確定的だが、状況を考えるにそれが自分と同じ世界から来たとは確定が出来ない。それをカミングアウトする事により自分にかかる影響が大きいと思われる以上、そこはまだ判断を保留するべきであろう。というのが鉄兵の判断である。


「そうか」


 鉄兵の言葉に対するシロの対応はさらっとしたものだった。他の面子はそれでも話を聞きたそうな感じであったが、シロのあっさりとした態度に制されて言い出せないでいるようである。ここは自分の考えを押し通すべきだろうし、せっかくのシロのさりげない態度というアシストを無駄にする手はないだろう。


「それより、キヘイってどんな人だったんだ?」


 というわけで鉄兵は話題を逸らす方向に行動する事にした。


「キヘイの事ねぇ……まあ、良い奴だったぜ」


 すかさずシロが鉄兵の話に乗り、昼食の話題はシロが語るキヘイの話へと無事にシフトした。


 シロが語ったキヘイの話は簡単にまとめると以下の様な話だった。


 川に流れていたところをシロに救われたキヘイは今の鉄兵のようにしばらくシロに助けられて旅をしていたらしいが、やがて商売で成り上がり、その傍らで孤児院などを経営していたらしい。そんな風に地に根付いて暮らしていたらしいのだが、人柄の良さと腕っ節、ついでにお人好しが高じて自警団的意味合いのマフィアのボス的存在にしたてられてしまったらしいのだ。そこから色々あって軍を起こす事になり、三国志の劉備を地で行くような微妙な活躍をしつつもあれよこれよと知略を巡らし、ついには一国を平定してしまったという話である。ちなみにキヘイの好物は文字焼きとやらだったそうな。鉄兵の知識の中にその食べ物の名前はなかったが、語感からするともんじゃ焼きみたいなものであろうか?


 そんな小話を交えつつも鉄兵の旅はまだまだ続く。


 さてそれからの旅は順風満帆と言ったところであった。問題があったとすれば、以前一度会った綿商人のニコライさん辺りが噂を言いふらしたのか、鉄兵は行く先々で顔が知られてしまっており、熱烈な歓待を受けてしまった事くらいであろうか。特に山賊に襲われた村から三つほど行った村からは、これは飯の種になるだろうと敏感に察した吟遊詩人がシロの詩を覚えて先回りして演奏して回っているらしく、奏者のシロと英雄扱いの鉄兵はアリスをも凌ぐVIP扱いをされてしまい、注目される事になれていない鉄兵は辟易としてしまった訳である。


 王都が近くなれば村や町は次第に増えていくわけで、最後の方はほぼ毎日のように演奏を願う人々によって足止めされてしまったのが弊害といえば弊害であろうか。気分はもはや歌手のツアーをやっているような感じである。


 さらには恐れ多くも王家の馬車を護衛代わりにしようと企む商人やら旅人やらが鉄兵達の馬車の後ろからぞろぞろ着いて来て騒がしい事この上ない。それによる弊害は少ないし、アリスも特に気にしていないようだったが、問題は風呂に入る時であった。どんだけ人がいようとも鉄兵達野郎勢は裸で行水しようが問題は無いが、アリス達女性陣にとっては大問題である。


 流石にそんな状況ではアリスを天幕一枚隔てただけで入浴させるわけには行かない。というわけで鉄兵は毎日コツコツと石造りの軽い掘っ立て小屋を作る羽目になったのが弊害と言えば弊害だろうか。その作業自体はめきめきと力を付けてきているリードが手伝ってくれたりとそれほどでもないのだが、そのために早いうちから野営の準備を始めるわけでますます足が遅くなってしまうというわけである。


 そして鉄兵的に一番の弊害は、アリス・リード・アルテナの三人が入浴している最中の事であった。


 取り巻きが増えたために石造りの掘っ立て小屋まで作っているわけだが、それでも安心ができないと言うわけで、いつもは馬車に押し込められて見張られていた鉄兵達も護衛に駆り出され、山賊達に混じって数時間ぼけーっと歩哨の真似事をするはめになったわけである。


 それだけなら鉄兵にとっては苦労でもなんでもないのだが、取り巻き連中には300m内は立ち入り禁止にしているのでそれほど聞こえないだろうが、50m内という範囲で警備している鉄兵には入浴中の三人の会話や物音が聞こえてきてしまってなんとなく恥ずかしいのだ。何度も言うようだが鉄兵も年頃の男の子なのでそこは理解していただきたい。


 それにしても、人質のはずのアルテナもアリスと一緒に風呂に入っているわけで、もはや人質と言う言葉の影も形もありはしない。風呂場から聞こえる楽しそうな三人の声を聞くと非常に微笑ましい気分になるわけだが、それだけに鉄兵としては色々と悩ましいところであった。


 簡単に言えば、重罪人というイメージと山賊達のイメージが本気で重ならなくなってしまったのである。


 これまで一人でどうにかしたいものだと悩み続けていた鉄兵だが、そんなかしましい三人の声を聞いているとなんだか馬鹿らしくもなってきてしまった。今日の護衛のお供は山賊達の副頭領的存在。オールバックの執事的紳士、マーティンさんである。そんな事も働いて、これまで我慢していた質問を鉄兵は思わず聞いてしまった。


「マーティンさん……一つ聞いていいですか?」


「なんなりと」


 これから言う言葉はある意味非常に失礼な事である。だが、今まで悩み続けていた鉄兵にはその疑問がどしても押さえつけられなくて、思わず聞いてしまったのだ。


「アルテナはほんとに罪も無い人を殺すような悪人なんですか?」


 鉄兵の言葉を聞いたマーティンは「ふむ」と一声だけ漏らし、深いため息をついた。


「テツ様。どうやらあなたは少し勘違いをされているようですね」


 やがて呼吸を整えたマーティンが口にした言葉は、鉄兵の予想とはかなり違っていた。


「私ども山賊は確かに国の法に従えば重罪人ですが、あなたが想像しているものとは少し違います。

 具体的に申し上げますれば、我々は確かに無辜の民から搾取をしておりますが、罪無き堅気の方々に手をかけたことはございません」


 青天の霹靂とはこの事であろうか。マーティンの台詞は、これまでアルテナたち山賊団に対して持っていたイメージを180度変えてしまうものであった。


「それって……」


「我々は確かに生きるために脅迫に近い形で日々の糧を手に入れております。

 とはいえ我らは腐っても元騎士。我らが生きながらえるために民衆を苦しめるとするなればそれは本末転倒と言うものでございます。

 ゆえに普段は民の平穏を守ると言う条件と引き換えに対価をいただいているのですが、今回の件に関しましても、やむ無く村を襲ったまでなのです」


 なにやら難しい言葉で言われてしまったが、簡単に言えば『俺達は堅気に手を出したりしないから誤解しないでね。ただあの時は緊急事態だったから徴発したけど』ってところであろうか?


 とりあえず一つ一つ解決していく事にする。


「えっと。それはつまり、普段は用心棒的な事をして報酬をもらってて、無闇に略奪行為はしていないって事?」


「さすがは聡明なテツ様で御座います。仰られたように我らは本来、領主どもの手が回らぬ地を非合法的ながら収める事により対価を戴いております。我らは元騎士であり、慕われていた民衆に匿われつつ生きながらえている存在と言うのが正しいでしょう。

 ならば、罪無き民から無法に略奪を行えば今まで生きながらえていなかったと言うのは分かっていただけると思います」


 これはつまり『国が敗れてゲリラ的になってるけど、元領民の好意によって生きながらえてます。だからその人達から略奪するような馬鹿な真似をするわけないじゃん』ってとこだろうか? 自由気ままな山賊家業が繰り広げられているのかと思ったら、なかなか世知辛い話である。なんだろう。アルテナ達の組織は山賊と言うよりか、日本的に言えば戦国時代的にいえば野武士、現代風に言えば昔気質の任侠集団のようなもののようである。


「それじゃ、なんであの村を襲ったの?」


「それにつきましては……申し上げにくい話ではありますが、我ら18人はアルテナ様を保護に参った部隊なのです」


「はあ」


 いい加減長いのでここからは要約をまとめる。保護というから少し緊張したが、マーティンの話を聞くに、アルテナがただ単に家出をして王都見物にきたのがそもそもの話らしい。そこで親馬鹿な山賊団の元首領兼アルテナの親父さんが親馬鹿っぷりを発揮して山賊団で最強の18人もの集団を送り出してアルテナの捜索に当たらせたらしい。


 マーティンはアルテナを無事確保して説得にも成功し、本拠地に戻るところだったらしいのだが、そこで一つ問題が発生した。その問題が何かと言えば、山賊団精鋭の一人であるゲハルトが病にかかってしまったのだ。


 ゲハルトは例の決闘の時に一番簡単に鉄兵が倒した相手であるのだが、その事実になるほどと頷く。結局ゲハルトの病は何とか治ったのだが、治療費や滞在費などで路銀がそこを尽き、手っ取り早く稼ぐためにあの村で山賊家業を働いたと言うのが事の事実であったようである。


 話を聞いてみれば納得できる部分も大いにある。あの村の住人に怪我人はいなかったし、家を一軒燃やしたのは最小限で最高の恫喝効果が得られるためであり、むしろ下手に被害を出さないための配慮であったらしい。


 18人分の旅費と言えば大層なもので、生半可な脅しで下手な事をすれば却って隠したがるほどのものらしい。とはいえ農民に限らず、どの階級でも蓄えというものは隠しているもので、あの襲撃はそのへそくりを出させるためのものだったとの事である。


 まあ略奪を徴発と言う言葉に変えれば、この文明レベルの世界なら普通にやってそうな話である。とはいえそれでも罪は罪だが、鉄兵の世界の法で言えば銀行強盗を働いたものと同じようなレベルであろうか。この世界では死罪かもしれないが、元の世界では人が死なない限り死刑になるようなものではない。まあそれでも重罪だが。


 ここで一つだけ分かったのは、この山賊団は鉄兵の基準で言えば死罪にあたるような事はしていないと言う事である。そしてそれは鉄兵を悩ませる最後の呪縛を解くものであった。


 確かにアルテナ達は罪のある行為をした。だが、この世界の法ならともかく、鉄兵の倫理的にはぎりぎりセーフで助けても良心の呵責には囚われないものなのだ。


 この結論に達するまで、長い間時間がかかってしまったものである。ここでやはり一人で問題ごとを抱えていてもろくな事が無いと悟った鉄兵だったが、そのあとで色々と思考を巡らしアルテナ達山賊を助ける筋道を考え込み、その道筋を見出した結果、本当に問題ごとは一人で抱えるもんじゃないなという事実をしみじみと考えさせられてしまったりした。


 アルテナ達を救うには法を破って脱走させるか、特例を作らせるしかない。特例を作るには主に二つの方法があり、一つは権力者の腕力である。だがそれは民衆に不満を残し、後の争いの種になるものだ。つまりは、いつの時代でも平和的な解決方法はもう一つの方法しかない。それはつまり、民衆の支持を得る事である。それには色々と工作が必要なわけであるが、気がつけばそれはすでに用意されていたのだ。


 そんな訳でいよいよ明日は王都に到着するというその日の夜。鉄兵は自分で考え付いた山賊救済プランの答え合わせのためにとある場所を訪れた。


 青く包み込むような月の光が落ちる丘の上。涼やかな風が草を揺らしてささやかなお喋りを囁くその場所に、穏やかにギターを鳴かせ、月見に興じるシロの姿がそこにあった。


「よう。どうした?」


 静かに近づく鉄兵に、振り返りもせずにシロが問う。


「ちょっと相談があってね」


「ほう。相談ねぇ」


 鉄兵はシロの横に並んで座り、持ってきた杯を一つ差し出した。ちらりとそれを見たシロはそれを受け取り、鉄兵が持ってきた瓶を傾け杯を満たす。酒の種類はワインではなく、とっておきであるアルコール度の高い蒸留酒である。


 シロに返礼をもらい杯を満たした鉄兵は、軽くそれを口にあて、滑らかになった口を開く。


「実は俺、アルテナ達を助けたいと思ってるんだ」


「そいつは難儀な事を考えたもんだな」


 シロはちびちびとを飲みながら、いかにも他人事と言わんばかりに軽い調子で相槌を返した。


 やがて互いに杯が乾き、瓶を傾け互いの杯を満たす。


「どうしたらいいと思う?」


「さてね。お願いでもしてみりゃいいんじゃねえか? 王様によ」


「そんな簡単にいくと思うか?」


「簡単かどうかはわからんが、やってみなけりゃなんだって始まらないさ」


 くいっとシロが杯を空け、無造作に差し出す。


 その杯に、鉄兵は無言で瓶を傾けた。


「テツよ。一つだけ言っておくぜ。

 人を本当に助けるなら、それは助けたやつの人生をそのまま背負い込む覚悟を持つべきだ。おまえさんにはその覚悟があるのか?」


「……あるって決めた」


 シロはその答えを聞くと、再びくいっと杯を干した。干した杯を地面に置き、そのまま立ち上がり背を向ける。


「ならば、後は進めばいいさ。他の事なんて気にするもんじゃねえよ」


 背中越しに軽く手を振りシロが去っていく。


「シロ。ありがとう」


 その背中に、そっと鉄兵は呟いた。

 国名「アマテラス」は公募からでゅら様にいただきました。

 なお、今回分かる人しか分からないお遊びを入れておりますが、この作品はフィクションであり実在の団体・名称及び他作品との関連性は(以下略


12/14:指摘いただいた誤字をいっぱい修正

12/18:指摘いただいた誤字修正

鉄兵は自分で考え付いた山賊救剤プランの答え合わせのためにとある場所を訪れた。

→山賊救済


12/29:日時計が不定時法という誤った記述を修正


2012/7/17:指摘いただいたボケ修正

アルコール度の高いスピリッツとでもいうべき蒸留酒である。

→アルコール度の高い蒸留酒である。

スピリッツ=蒸留酒でございましたorz

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