責任者の憂鬱・その6
「ほう、こいつは随分と快適になったな」
「だろ?」
「このシートの座り心地にも驚いたが、馬車自体の揺れもほとんど感じなくなっているな」
「まあね。結構苦労したんだぜ」
「このシート、ふかふかでなんだか眠くなる……」
「あ、師匠。それにリルも。よだれ垂らさないでくださいね」
「おぉ! 見て見て、すっげー跳ねるぜこれ!」
「こら、暴れるなって! うっ……気持ち悪くなってきた」
さて、いきなり何事かと思われたかもしれないが、上の台詞は完成した馬車に乗った一同の感想である。
酒場の一件から三日という時間が瞬く間に過ぎ、ようやく鉄兵達は王都へと向けて出発した。そこで改造した馬車の初御披露目となったわけだが、評判は上記の通りなかなか好評のようで、鉄兵としても鼻を高くしているところであった。
ここで馬車がどういう仕様になったのかについて一応触れておくと、タイヤはしっかりとチューブタイヤにして溝を入れ、サスペンションは結局シリコーンオイルを使って仕上げている。オイル式のサスペンションの作成にはμm単位の精密な精度が要求されるので多少苦労はしたが、解析魔法で分子単位の把握まで出来てしまう今の鉄兵にとってはまさに多少の苦労であった。
シリコーンオイルとはなんぞやと問われれば、簡単に言えばケイ素と酸素の化合物である。熱に強く、粘度が調整しやすいオイルで、グリースやらが一般的であろうか。ケイ素はそこらの鉱物の中に含まれている物体なので、魔法の原理に気がついた今の鉄兵には作るのは簡単であった。ついでにシリコーンオイルからの派生でワックスも作って磨いておいたので、馬車はピッカピカである。
ちなみにシートの牛革は、どうにも構造が複雑で上手く加工魔法が働かなかった。なので手縫いで仕上げたわけであるが、出来は上々である。裁縫なんて出来そうもなさそうな鉄兵であるが、意外な事にこれがかなり得意だったりする。
なぜ得意なのかといえば、父親の町工場に放り込まれて作業に注意を要する機械を操ってからは直ったものの、それ以前の鉄兵は結構なドジ属性の持ち主だったりしたからである。それ以前はしょっちゅうそこらに服を引っ掛けてほつれさせては母親に縫ってもらっていたのだが、あまりにもしょっちゅうの事だったので、不意に母親が見せた穏やかな顔でイラッと青筋を立てた顔色が子供心にトラウマになり、自分で縫うようになって無駄に裁縫の腕が上がったというわけである。
とまあ馬車に関してはこんなところである。なんだか今回は完全に趣味に走ってしまって自分にしか再現できそうに無いものを作ってしまったが、まあ技術力のデモンストレーションになるし、王都に着いたら元に戻せば良いだろうということで、鉄兵は思わず調子に乗ってしまった自分をごまかす事にする。これが若さゆえの過ちというやつであろうか。
さて馬車の説明が長くなってしまったが、前述の通り、鉄兵達は王都へと向けて再出発をした。
気がついた人もいるかとおもうが、その馬車の中にはアルテナも乗っている。他の山賊達はといえば、武装解除こそされているものの、各自馬に乗っての同行というこれまた比較的緩いと思われる措置を取られているわけだが、その中でもなぜアルテナだけがさらに緩く馬車に乗って楽をしているのかといえば、やはり人質だからという理由だそうである。一応。
なぜ一応が付くのかといえば、なんだかもう訳が分からないくらいアルテナは一行に馴染んでしまっていて、そんな感じがしないからである。作業を監督しているうちに仲良くなったのか、アリスは妹(というか弟)が出来たようにアルテナを可愛がっているし、リードにしても同世代の友人と接するようにかしましく話している。王都に着けば処刑台直行のはずの囚人とここまで仲良くなるというのは鉄兵としては異常な事の様に思えるのだが、それが正常なのか異常なのかはこの世界の住人として日が浅い鉄兵にはまだまだ計り知れぬところであった。いやどう考えてもおかしいとは思うのだが、変に厳しく扱われるよりは気が楽だったので鉄兵としては深く突っ込まない事にしていたりする。
ちなみに村での三日間については、鉄兵としてはあまり思い出したくない思い出なのかといえばそうでもない。あの酒場の一件以来、次の日も、その次の日も、あの手この手でシロに挑んでは試合に勝って勝負に負けるという勝負を繰り返したりしたのだが、勝負の後に罰ゲームのように聞くシロの歌う恥ずかしい詩も何度も聞けば慣れてしまい、仕舞いには酒場のおっさん達と杯を片手に仲良く肩を組んで盛り上がったりと、なかなか良い思い出になっていたりする。
さらにちなみに結果的に鉄兵はシロに良い様に遊ばれたわけだが、それで鉄兵の評判が下がったかといえばそんな事は無い。竜人族は誰もが文字の通りの一騎当千の強者で、千人の人間族を相手にしても負ける事が無いような種族である。そんな人型形態の時でさえタイマンで人間族が勝つ可能性は皆無と言われているような種族を相手に、魔法を使えば一泡吹かせ、生身の状態でも見劣りしない肉体能力を示した鉄兵は、シロの歌う詩が誇張されたものではないのだと自ら裏付け、さらには一緒に盛り上がる事で親しみやすい庶民派である事を印象付けたりと、むしろ評判はうなぎ登りのようである。
さてさて、ここでようやく冒頭の場面に戻るが、鉄兵達の旅は非常に順調に進んでいた。
武装が解除されている状態とはいえ一見して20人近い護衛のような一団に守られた王家の馬車を襲撃するような命知らずは現れなかったし、自然動物も人の気配の多さになりを潜めて出てくる事は無かった。とはいえ人数が増えたので足がやや遅くなったのだが、そこはどうしようもない事である。
そんな訳で非常にのんびりとした旅になったわけなのだが、その馬車旅の間中、馬車の中で鉄兵が何をしていたかというと、まずはのんびりと時計作りをしていたりした。作りたいなとは思っていたのだが、それよりは(個人的に)緊急性が高い馬車改造にかかりっきりになってしまっていて延び延びになっていたのだが、ようやく作業に入れるようになったというわけである。
というわけで鉄兵は鼻歌を歌いながらのんびり時計を作り始めた。ちなみに作るのは腕時計ではなく懐中時計である。なぜ懐中時計かといえば、それは高校時代の時にばらして遊んだ思い出があり、一番構造的に慣れ親しんでいたからというだけである。
時計といえば、大雑把に分類して機械式とクォーツ式があるわけだが(簡単に言えばアナログとデジタルの違い)、クォーツ式の時計は水晶振動子という水晶の圧電効果(圧力をかけると電気が、電気を通すと圧力が発生するという原理)を利用したものである。そして水晶といえば思い当たるのは闇玉・光玉である。圧電体と闇玉・光玉の特性はあまり似てはいないものの、そこら辺が関係あるのかもしれないななどと思いながら鉄兵は鋼を粘土のようにちぎって時計の部品をこしらえていく。闇玉・光玉については時計を作った後で解析してみようかなと思った。
揺れる馬車の中ではさすがに時計を組み立てる事は出来ないので、とりあえず材質を調整したりしながら部品だけを作っていく。組み立ては昼夜の休憩時間のお楽しみである。とはいえ時計を作る上での一番の問題はこの世界の一日の正確な時間が分からない事なので、正確な時計は正直出来上がりそうに無い。正確な正午の時間でも分かれば二つほど時計を作って調整していけば正確な時計が作れるのだが、さてどうしたものだろうか。
と、そんな事を考えていたら、その横で耳をひょこひょこさせながら興味津々に鉄兵の作業を見入っているアルテナの姿が眼に入った。現代人である鉄兵と違ってアルテナは野生児である。獣も混じっているわけだからひょっとしたら野生の勘でわかったりしないかな? などと失礼な事を思ってしまった。
というわけで一応聞いてみる。
「ところでアルテナさん」
「……ん?」
相変わらず集中力は抜群のようで、やや遅れて自分が呼ばれた事に気がついたアルテナは鉄兵を見て不思議そうに首を傾げる。
「太陽が一番上に来る瞬間ってわかったりしないか?」
「ん? まあ大体なら分かるけど……」
どうやら正確には分からないらしい。
まあそりゃそうですよねーと思ってコツコツやるかと諦めかけた鉄兵だが、その視線の脇に今度はすーすーと穏やかな鼻息を立てて寝入っているシロの姿が映った。なんだかんだで万能なシロの事である。ひょっとしたら分かるのではないだろうか?
「んじゃシロは?」
「ん……呼んだか?」
というわけで聞いてみると、寝入っていたはずのシロは鉄兵に呼びかけに機敏に反応し、何事も無かったかのように眼を覚ました。ちなみにシロとアルテナ以外の面子はシートの座り心地の良さのためか、すっかりと寝入っている。試しはしないが、この面子ならリード以外なら話しかけたら何事も無かったかのように起きそうな気もする。
まあそれはともかく本題である。
「シロは太陽が一番上に来る瞬間って分かったりしないか?」
「分かるが、そいつがどうかしたのか?」
ひょっとしたらと思ったが、本当に分かるらしい、さすがはシロである。伊達に長生きしていない。
「ちょっとね。今度協力してくれないか?」
「よく分からんが、まあ了解しとくかね」
やや不審そうな顔を見せたものの、無駄に探りを入れたりしないよく出来た大人であるシロは用件が終わった事を悟るとさっさと目をつぶって夢の世界へと帰っていった。ともかくこれで時計完成の目処は立ったようである。
そんな感じで時が過ぎ、昼の休憩を終えた後も鉄兵は耳をひょこひょこさせながら見物しているアルテナの横でコツコツと時計の材料を作っていたわけだが、ここでちょっと問題が発生した。いや問題というと失礼なのだが、午前中一杯は寝て過ごしていたリードの眠気が完全に覚めてしまったらしく、暇を持て余してなんか面白い事教えろーと迫ってきたのだ。
別に勉強を教えるのは良いのだが、正直なところ鉄兵の興味は時計に向いている。なので今日一日くらいは放っておいて欲しかったのだがさてどうしたものか。と思案を凝らしていた鉄兵は、ふと良い事を思いついた。鉄兵はこの前、元素からのイメージが魔力のロスを減らすのじゃないかという推測をした。これは自分では試せない事なので、丁度良いしリードに試してもらおうという話である。
「それより師匠。ちょいと実験に付き合ってもらえませんか?」
「実験? なにするの?」
「上手くいけば、魔法使用時の魔力のロスが限りなくゼロになるかもしれない方法を思いついたんです」
「!? なにそれ、ほんとなの!!」
「ほんとかどうか確かめて欲しいんですよ」
なかなか胡散臭い話ではあるが、いままでも常識外れな事をやっている鉄兵を見てきたリードである。やや半信半疑ながらも興味津々のようで、実験に付き合ってもらえることになった。さて、どんな事を試してもらったのかといえば、手始めに水は酸素と水素という極小の物質で構成されている事を教え、後はひたすら水を解析魔法で解析してもらい、その存在を確認してもらっただけである。
最初は半信半疑のリードだったが、解析魔法の下りを聞いたところで顔色が真剣なものに変わり、真面目に取り組み始める。どうやら解析魔法一つをとっても鉄兵はこの世界とは違う常識で魔法を行使していたらしく、通常の解析魔法は鉱石の中になにがどれくらい含まれているのかとか、この水に毒素は含まれてないかとかの表面的なものを調べるためだけの魔法だったらしく、そこまで詳細に解析するという発想は無かったようである。
というわけでリードはコップに注いだ水に手を突っ込み真剣な表情でムムムと唸るちょっと滑稽な作業に没頭し始め、鉄兵は時計の部品作りに戻る事にした。
やがて夕暮れが差し掛かり、野営の準備のために馬車を止めた頃には鉄兵の作業も終わり、リードも何かを掴んだようだった。
「それじゃ師匠。試してみましょうか」
「うん……」
山賊達や兵士ABCがてきぱきと野営の準備を進める中、鉄兵とリードは完全に仕事も無くやる事が無いので、若干後ろめたさを感じながらもさっそく実験の成果を確かめる事にした。
「その前に、師匠は水の魔法はどれくらいのが使えるんですか?」
「んー……この前鉄兵がやった家一軒の火事を消しちゃえる魔法の半分くらい?」
人より随分と多い魔力を持っているのにその程度とは意外であるが、大規模魔法を使うにはそれほどロスが大きいという事なのだろう。
「んじゃ、とりあえずその10倍くらいを目標に試してみましょうか」
「10倍!! ちょっとハードルが高くない……?」
「大丈夫、ロスが無くなってるならそれくらい出来るはずですよ」
「えーと……わかった。やってみる。倒れたら助けてね」
倒れるというのは魔力が枯渇すると気を失うという事なのだろう。前にもやったが魔力賦与で魔力を分け与えれば意識は戻るはずである。
「了解。それじゃ、かるーく試してみてください」
「う、うん……」
なぜだか気後れしているリードだが、ようやく意を決したようで目を閉じてイメージ作りに集中し始める。
「水の精霊、水をいっぱい作り出して!」
やがて集中を終えたリードはカッと目を見開き、森に向けて指差し、高らかに叫んだ。やや間抜けな言葉に聞こえるが、これが体内の精霊に意思を伝える言葉なのだろう。自動翻訳が働いている鉄兵にはそう聞こえたが、本来これは精霊語で詠唱されているはずである。
途端に森を覆わんばかりの巨大な水の塊が宙に生まれ、地面に落ちて森を濡らした。地に落ちた水が森と地面に吸収され切らずにこちらまで跳ね飛んできて足もとを濡らしたのは誤算だったが、どうやら実験は成功のようである。
「お見事!」
自分の理論が実証されて鉄兵は上機嫌だった。やっぱりそういう事だったのかなどと鉄兵はのんきな感想を漏らしたのだが、周囲の反応は鉄兵の予想を遥かに超えて深刻なものだった。
まず鉄兵が気がついたのはリードの変化だった。
「どうですか師匠。魔力のロスの感触は」
その状況に気がついてない鉄兵は、軽い気持ちでリードに話しかけた。が、リードは反応をしない。そこで少し様子がおかしい事に気がつきリードの顔を覗き込むと、そこには鉄兵の予想だにしない反応が起こっていた。
「……師匠?」
リードの表情を見て鉄兵が戸惑いの声を上げる。リードは泣いていたのだ。
放心したように水が生まれ出た場所に目を彷徨わせ、声も出さず、身体をピクリとも動かさず、両の眼の端から静かに一筋の跡を作っていた。
なにが原因か分からず戸惑う鉄兵は、助けを求めるように周囲を見回す。
すると、そこでも鉄兵の予想とはやや違う反応が起こっていた。
周囲はシーンと静まり返っていた。皆一様に動きを止め、こちらに驚いた様子で注目している。そこまでは分かる。いきなり大魔法を使ったわけだから驚くのは当然だろうが、それにしても反応がおかしい。なんというか、剣呑な雰囲気なのだ。
「姫様……」
「わかっている」
そんなやり取りをイスマイルと交わしたアリスがこちらに寄ってくる。なにやら表情が酷く硬くて鉄兵に不安を呼び起こさせる。
「鉄兵。今のはどういうことなのだ? なぜリードがあのような魔法を使えるのだ?」
「それは……」
詰問口調のアリスに鉄兵はたじろいだ。これほど怖い表情を見せるアリスははじめてである。なにやらやばい事になっているようだが、鉄兵としては他に対応の仕様も無いので素直に実験の内容を話す。
「そうか……鉄兵。すまんがこれは緘口令を出させてもらう。皆の者もいいな!」
話を聞いたアリスはやや憂鬱そうに宣言した。兵士達は敬礼し、山賊達も厳しい表情で頷いている。
場の雰囲気。そしてアリスのその一言で、鉄兵はようやく大体の事情を察した。
「早すぎる知識……って事か」
「……そうだな。そういう事だ。リードがオスマンタス導師の娘でよかった」
鉄兵は山賊すら無傷で捕らえ、その結末を思って心を痛めているような人畜無害な人物である。この世界ではある意味へタレの代名詞のような人物ではあるのだが、だからこそアホみたいな魔力を持ってたり常識外れの大魔法を使ったりしてもこの国にとって問題は無いと思われ、許容されている状態である。もし鉄兵がアリスの国に害するような存在であったならば、当然アリスは容赦しないだろうし、国を挙げて討伐すべき敵対者として扱われていただろう。
とはいえアリスも以前認めた通り、今の鉄兵は国を挙げても討伐できるかどうか定かではない力を持っているのである。そして鉄兵ほどではないが、魔法を使えるものなら誰もが大魔法を使えるようになってしまってはどうなるだろうか?
魔法を使える人物が全て善人というのはありえないだろう。そして悪人が力を手に入れれば、そこに待っているのは世の混乱というやつである。
力というものは制御できなくては意味が無い。力を持つ者の暴走が予想され、治安を預かる国にそれを制御する術が無い現状では、鉄兵の見出した魔法の真理の一部であるこの知識は早すぎたというわけだ。ましてやコップ一杯の水に手を付けて数時間ウンウン唸ってればいいだけという、誇大広告も真っ青な非常にお手軽な方法で魔法の威力が何倍にも跳ね上がってしまう真理など、危険過ぎて一般に開放など出来るはずが無い。
研究者としての性か、どうにも理論の真偽が気になってしまい、後の影響を考えない早まった行動をしてしまったようである。反省する事しきりである。
「ごめん、ちょっと考え無しだった……」
「過ぎた事だ。次からは事前に相談するのだぞ」
アリスの表情から強張りが取れ、労わるような笑顔が現れた。
実感はないが、鉄兵はあわや世の中を大混乱させるかもしれない失敗を犯したのだ。そんな人物にかける言葉としては優しすぎて、逆に鉄兵はその笑顔にますます落ち込んでしまった。
落ち込む鉄兵を置いて、呆けたリードを連れてアリスが去っていく。リードの様子も気になったが、鉄兵はそれ以上に自分の失敗に落ち込んでしまい、とても動けそうにはなかった。まだリードの魔法でぬれている地面に頭を抱えてへたり込む。
「よう。頭が良いのも大変そうだな」
どんよりと落ち込んでいると、アリスと入れ違いにシロがやってきた。背中越しに話しかけられる。
「……頭が良いどころか、今回は間抜け過ぎた」
「あっはっは。なんとかと天才は紙一重ってやつか。今回はなんとかの方に偏っちまったようだな」
慰めに来たのかと思ったら、どうやら止めを刺しにきたらしい。睨んでやろうかとシロの方を見たら、そこにはいつも以上にわざとらしくニッと笑っているシロの姿があり、単純な鉄兵はなんだか毒気を抜かれてしまった。怒ろうとしていただけに、湧きだしたその気力分が空元気へと変換されて少し元気が出てしまい、再び落ち込めなくなってしまう。
仕方ないので鉄兵は落ち込む事をやめ、仰向けに寝転がって空を見上げた。空には先程の魔法の影響か、薄く虹がかかっていて、ますます癒されてしまう。地面は濡れていて、背中は酷い事になっているだろうなぁとは思ったが、それすらも大地の感触が心地よくてなんだか何かに満たされていくような感覚を受ける。
というわけで基本的に落ち込むのが下手な鉄兵は、早くも復活してしまった。アルテナの問題はまだ未解決なので頭が痛いが、今回は今後気をつければ良いだけのことである。
元気が出たら、次に気になったのはリードの事だった。
「リード、泣いてたな」
「そうだな」
「なんで泣いてたか、シロにはわかる?」
「さてな。俺はリードの嬢ちゃんじゃないからわからないさ」
シロの言葉はつれない。シロはその言葉を最後に鉄兵に背を向け宿営地の方に歩いていく。このままツンだけで終わるのかと思ったら、シロは最後に少しだけデレた。
「ただまあ、リードの嬢ちゃんの親父さんは精霊族の宮廷魔術師長なんだろ? その娘は半精霊族でいくら頑張っても父親の足元にも迫れない実力しか持っていなかった。
それが親父さんを超えるような魔法を使えるようになったんだから、泣きたくもなるんじゃねえか?」
背中越しにシロが語る。その発想は鉄兵の中には正直なかった。だが、言われてみるとそんなものなのかもしれない。そうであれば良いのだが。いやそうであって欲しい。
「そんなもんかなっと」
その言葉にますます元気が出てきた鉄兵は、足を高く上げて振り下ろし、その反動で起き上がった。魔法で濡れた服を乾かし、染み込んだ土を分解して払う。
「さてな。ま、そのうち分かるさ」
まあとりあえずはリードの様子を見てみない事には何もわからないだろう。鉄兵はその言葉には何も応えず、シロと並んで歩き始めた。
12/10:ご指摘いただいた誤字修正
「依然認めた通り」→「以前認めた通り」