クィーン・オブ・バンデッド(後編の下)
決闘は始まった瞬間に勝負がついた。
技量の差は圧倒的で、鉄兵は何一つ反応する事ができずにヨハネの剣をその身に受けた。だがヨハネの剣は鉄兵に届かず、鉄兵の肉体の皮の上で刃を止めていた。
ヨハネは剣が届かなかったと悟るや、動かぬ鉄兵を見て元の位置に戻り、再び剣を構えた。
精霊の説明の通り、物理防御は完璧だ。相手の剣をその身に受けても自分は死なない。いくら切られても自分は死なない。そう、死にはしない。だがそれでも、打ち込まれる剣は怖く、鉄兵は心が折れそうになった。
なんとか心を立ち直らせ、剣を構えなおす。再び決闘が始まった。
やはり次も一瞬で勝負がつき、淡々とヨハネが元の位置に戻る。
次は萎縮している心を奮い立たせ、鉄兵は攻撃に転じた。触れるだけで一撃必殺になる刃を基本通りに振り下ろす。
しかし、その刃をヨハネは一歩横に動くだけで軽く避け、剣を振るった。やはりヨハネの剣が鉄兵に触れ、ヨハネが元の位置に戻る。
決闘が始まり、勝負が着き、ヨハネが元の位置に戻り剣を構える。何度と無くそれを繰り返すうちに、鉄兵は自分が山賊達の策略に乗ってしまっている事に気がついた。
鉄兵の狙いは、敵の心を折ることにある。圧倒的な力を見せつけ、勝てないと思い込ませ、1対1の戦いにおいて完膚なきまでに叩き潰して抵抗しないよう心を折る事が目的なのだ。
だが、この計画にはどうやら無理があったようだ。この作戦で心を折るには、山賊の心は強すぎたのだ。漫画に出てくるような下っ端山賊であったならこの作戦で良かったかもしれない。しかし敵は元騎士。さらには十数年の年月を山賊に身を落としてまで団結し、生き伸びてきた生え抜きである。あっという間に鉄兵の甘い考えは見透かされ、どうやら対応されてしまったようだ。
鉄兵の狙いに気がついた山賊は、それを逆に利用してきた。山賊も狙いを鉄兵と同じ、相手の心を折る事に定めたようだ。圧倒的な技量差を見せつけ、力だけでは勝てないと思い込ませて心を折り、自滅を待つ。そのために、まず倒れない戦い方をする事にしたのだろう。
ヨハネが決闘の決着が着く度に元の位置に戻って仕切り直しをするのは、恐らく騎士道精神とかフェアプレイの精神からとかではないだろう。勝負が決まった後もむきになって切り付けてくれたならば、鉄兵でもなんとか一度くらいは相手の身体に刃をかすらせる事ぐらい出来るはずだ。そして今の鉄兵の力なら掠っただけで戦闘不能にできるだろう。しかし、仕切りなおせば偶然は無くなる。さらには仕切り直す度に鉄兵は自分の未熟を思い知らされ、心にダメージを蓄積していく。元騎士を相手に決闘という形をとってしまった以上、もはや戦法を変えることは出来ないし、つまり鉄兵は圧倒的優位な状況で戦いに挑んだにも関わらず、考え一つで状況を操られ形勢を完全に五分以上にされてしまったのだ。
こうなったからには1対17の戦いだった。鉄兵が17人の山賊からなんとか一本を取るか、山賊が鉄兵の心を折るのが早いかの戦いである。技量以外では圧倒的に優位なはずなのに、絶望すら覚えてきた。だが、今鉄兵がそう思った事すらも、相手の考えのうちかも知れない。鉄兵は覚悟を決め、無心で敵に相対する事にした。
ヨハネとの決闘は果てしなく続いた。いくらやっても鉄兵の剣はヨハネに届かない。だが、可能性が0%でないならば、それはいつかは成功するという事を証明するように、何十と戦闘を重ねた結果、ようやく息が上がってきたヨハネの身体に木刀を掠らせる事に成功した。
それだけでヨハネは吹っ飛び、意識を失い戦闘不能となった。
「アンドレア=オルキス。私は貴方に決闘を申し込む!」
ヨハネが倒れるやいなや、二番目の挑戦者が名乗りを上げた。
「香坂鉄兵。貴方の決闘を申し受ける!」
そしてまた無間地獄のような戦いが始まる。死にはしない。でもどうにもならない技量差に鉄兵は数秒に一度剣を叩きつけられてまたそれを繰り返していく。
それでも相手の体力は有限であり、こちらの体力は無限である。息の上がったアンドレアの一瞬の隙を突いて放った鉄兵の一撃がわずかにアンドレアに振れ、なんとかアンドレアを降す事に成功した。
「ゲハルト=イリアム。私は貴方に決闘を申し込む!」
三人目との戦いが始まる。ゲハルトは先の二人と比べると少し技量が落ちるようで、そうなると剣筋が見えてきた。それでも十回近く剣を打ち込まれたが、鉄兵はゲハルトを下す事が出来た。
「アルマ=ファイ。私は貴方に決闘を申し込む!」
休むまもなく四人目との戦いが始まる。精神的に疲れてきた鉄兵は動きが鈍くなってきたが、逆に動きに無駄が無くなってきた。それが功をそうしたのか、十数回の決闘の繰り返しの末になんとかアルマに勝利した。
「ルイ=ベロー。私は貴方に決闘を申し込む!」
五人目との戦いが始まる。そこで鉄兵はふと新たな戦法を思いついた。敵は鉄兵の身体に直接切り付けなければ一本取ったと証明できないが、鉄兵はなにも相手の身体に直接攻撃を当てる必要はないのだ。攻撃してくる相手の武器にぶつければ、そこから力が伝わって武器か相手の身体が吹っ飛ぶはずである。考え付いた戦法を即座に実行する。攻めるのではなく敵の武器の動きを察してそこに一撃を叩き込む。狙いは見事に的中し、敵の武器は砕け、ルイの身体が吹っ飛んだ。
「シャルル=ルーズ。私は貴方に決闘を申し込む!」
六人目との戦いが始まる。続いて同じように武器を狙おうとしたのだが、鉄兵の戦法は即座に対応されてしまった。狙い落とそうとした一撃はフェイントで、空振りしたところに剣を突きたてられた。その後も何度と無くフェイントに躍らせれて苦戦したが、何十という勝負の末になんとかシャルルを降すことに成功した。
「エンド=オーガスタ。私は貴方に決闘を申し込む!」
七人目との戦いが始まる。今度は先ほどさんざん苦しめられたフェイントを、逆にこっちが試してみる事にした。今までが一直線な戦い方だったのが功をそうしたのか、敵は見事に引っかかり、もろに一撃を与える事に成功した。
加減の無い一撃を与えてしまったので慌てて鉄兵は彼の容態を確かめた。生きてはいるものの、衝撃で全身の骨が折れていて虫の息になっていた。即座に治療をしなければ命が危ういので、決闘の一時中断を山賊のリーダーに申し込むと許可された。急いで治癒の魔法でエンドを癒すとなんとか間に合ったようだった。
「ロラン=アイズ。私は貴方に決闘を申し込む!」
八人目との戦いが始まる。今度もフェイントを試してみたが、鈍りまくっていた鉄兵の剣術の腕前では簡単に癖を読まれてしまったようで、もはやフェイントは通用しなかった。それでもやや敵の動きを鈍らす事が出来たので、数回程度の勝負で鉄兵はロランの肉体に木刀を掠らせる事に成功した。
「フランツ=ビート。私は貴方に決闘を申し込む!」
九人目との戦いが始まる。フェイントを混ぜて敵の動きを鈍らせる事に成功した鉄兵は、少し余裕が出来たのか、ふと思いついた事があった。どうも剣道の時の癖でフットワークを小回りにしてしまっていたのだが、そこにこだわる必要が今は無い事に気がついたのだ。間合いを取り、強化された脚力で縦横無尽に動き回り敵を撹乱する。鉄兵の余りの速さに目がついていけず、ふと隙を見せた瞬間を狙い突進し、体当たりを食らわせて吹っ飛ばす。突進を受けたフランツは車にでも轢かれたかのように吹っ飛び、意識を失った。
「ジョセフ=トインビー。私は貴方に決闘を申し込む!」
「グリエル=マルコー。私は貴方に決闘を申し込む!」
十人目、十一人目との戦いは楽勝であった。敵はまだ鉄兵のフットワークに対応できずにいたので、なんなく一撃を与え、ジョセフとグリエルを降す事に成功した。
「ウィリアム=ドラクロワ。私は貴方に決闘を申し込む!」
十二人目との戦いが始まる。今度もフットワークを使って敵を翻弄しようとしたのだが、どうしても直線的になってしまう鉄兵の動きはもはや読まれてしまったようだった。それでも他に手はないので、鉄兵は全力でフットワークを使ったが、いくら動き回っても敵は隙を見せない。そこでふと思いついてフットワークにもフェイントを織り交ぜて見たら敵に一瞬の隙が生まれた。その隙を逃さず全力で突っ込み、なんとかウィリアムを吹っ飛ばす事に成功した。
「サミュエル=シモンズ。私は貴方に決闘を申し込む!」
十三人目との戦いが始まる。今度もフットワークとフェイントを使用して一気に勝負を決めようかと思ったのだが、早くも対応されてしまい、敵に隙は生まれなかった。敵は至極冷静で、フットワークを最大限に使用して動き回っているにも拘らず、少しでも隙を見せたら剣を突きたてられてしまう。連続して動き回るのは肉体的にも精神的にも苦痛であり、あまりの苛立ちに魔法で皆殺しにしてしまおうかという考えがふっと咄嗟に浮かんでしまったが、それをやらかしたらこれまでの苦労が水の泡、敵にも自分にも負けた事になる。垂れ流しのアドレナリンを抑えるべく、魔法の代わりに鬱憤晴らしの意味も込めて思い切り蹴りを入れたら、今まで武器でしか攻撃していなかったため想定外だったのか、意外な事にもろに敵は蹴りを喰らい吹っ飛んだ。
今度も手加減無しの一撃だったので、生きてはいたもののサミュエルの状態は酷いものだった。山賊のリーダーの了解を取り、決闘を一時中断して慌ててサミュエルを癒す。
「オリバー=ヒューズ。私は貴方に決闘を申し込む!」
十四人目との戦いが始まる。肉体的にも疲れ果ててきた鉄兵は、もはや切られるという事を考えない事にした。死なないとはいえ、剣を打ち込まれるという恐怖は並大抵のものではないが、それによる筋肉の萎縮が肉体的にも精神的にも疲労させる。なのでもはや開き直り、休憩の意味も込めて武器だけ構えて棒立ちになり、しばらく相手の動きを見る事に徹する事にする。そうなると不思議なもので、敵の美しい動きが良く見えるようになってきた。十数度ほど敵の動きを見据えた鉄兵は、次第に自然と身体が動き、ふとした敵の攻撃の準備動作の癖に反応し、頭になぞった攻撃の起動の要となる部分に木刀を突っ込んだ。起動の要点を抑えられ、動けなくなったオリバーは、剣を地面に突き刺し負けを認めた。
「ダンテス=ラッセル。私は貴方に決闘を申し込む!」
十五人目との戦いが始まる。オリバーとの戦いで何かコツを掴んだ鉄兵は、敵の身体全体の動きに注目する事にした。強化された動体視力はダンテスの筋肉の動きの一つ一つを詳細に捉える。技を繰り出す時の身体の動作を見て盗んだ鉄兵は。とにかくそれを真似てみる。付け焼刃の技は何一つとして通用しなかったが、それでも良くなった鉄兵の動きに反射的に反応してか、ダンテスは鉄兵の攻撃を避けるのではなく剣で受け止めてしまった。ダンテスの剣が砕け、砕けた大きな刃の破片がダンテスの顔を直撃した。幸いな事に致命傷にはならなかったが、衝撃で倒れたダンテスの顔から念動魔法で破片を取り除き、跡が残らぬよう治療する。
「マーティン=ヒューリー。私は貴方に決闘を申し込む!」
十六人目との戦いが始まる。相手はこの戦いが始まる前に鉄兵の物理防御を試した山賊だった。剣は折れていたためにオリバーが地面に突き刺した剣を引き抜き、構えている。
今までの十五人ですら鉄兵の剣道の師匠を超えていると思えるような実力の持ち主だったが、この男はさらに別格だった。動作には無駄が無く、剣技は荒々しくも美しく、全てが必殺の威力を秘めている。繰り出してくる技には何一つ同じものが無く、鉄兵はひたすらその動きを見て学習し、真似ていった。
やがては一撃を与えられなくても、ついには敵の動きを先読みして攻撃を受け流せるほどまでにはなった。受け流すついでに力を込めて体勢を崩そうとしたのだが、敵は巧みにその力を受け流し、隙を出してはくれない。
傍から見たらほぼ互角、しかし実際には敵は『受け』を封じられているために実力差は圧倒的な勝負が延々と続く。そして勝負はまさに延々と続く戦闘の時間によって決着が着いた。
鉄兵の体力は無限だが、常人はそれほど長時間、激しい戦闘を続ける事など出来ないのだ。
積み重なる疲労と足りなくなる酸素。さらには掠るだけで勝負が決まってしまうという緊張感のためか、とうとうマーティンの動きに致命的な隙が生じた。
すかさず鉄兵はそこに木刀を叩き込む。それでも敵は流石なもので、致命的な隙を突いたというのに防御を間に合わせる。さらには上手く力を逸らし、鉄兵の木刀を払い落としたが、逸らし切れなかった力が剣の耐久度を越えてボキリと根元から折れた。
「……負けました」
刀身の無い剣を見て、マーティンは溜息を吐きつつ負けを認めた。
「申し訳ございません、お嬢様」
「いいさ。よくやったよ」
とぼとぼと下がり、膝をついて謝罪の言葉を告げるマーティンの肩を軽く叩き、いよいよ頭目が鉄兵の前に出てきた。
「どうやら心を摘むつもりが貴様を鍛え上げてしまったようだね」
苦笑交じりに頭目はそう呟くと、顔と身体を隠していたフードとマントを取り払った。
その頭目の正体を見て、鉄兵はこんな状況にも拘らず、不覚にも和んでしまった。
頭目の正体は、可愛らしい少女であった。確かに体つきはがっしりとしていて豊満で、短めの明るい茶毛に褐色の肌はいかにも活発そうで山賊には相応しいが、可愛らしい容姿は右頬に薄く長い傷跡がある以外は山賊というには相応しくない。
それよりもなによりも鉄兵が注目し、思わず和んでしまったのは、少女の耳に付いていたのがネコ耳だったからだ。
褐色の肌とは対照的な真っ白なネコ型の耳。恐らくこれが半獣人というものなのだろう。だが、こんな緊迫した場面でまさかそんなものをお目にかかるとは思わず、そのギャップに緊張感が吹き飛んだ。さらには今はリルを飼っているので犬派だが、鉄兵は元々猫派である。なのでネコ耳を見て思わず和んでしまい、ちょっと気持ち悪く口元が緩んでしまった。
「俺に惚れたか? なら見逃してくれればやらしてやるぜ」
口元が緩んだ鉄兵を見て勘違いしたのか、意地悪そうに少女が言う。シナを作ったりしているが、からかうようなその表情を見る限り、馬鹿にしているのだろう。
「そっちこそ、女性とは戦いたくないんだけど、出来れば降参してくれないかな?」
馬鹿にされたので鉄兵は少しカチンと来て、何を勘違いをしているやらと言わんばかりに軽く溜息を吐いてジト目でそんな事を言ってみた。
「見縊るなよ。俺は女を捨てている」
想像以上に少女は激昂し、両腰に挿していた剣を同時に抜き去った。少女は細剣の二刀流のようである。
「そっか。なら遠慮は無用だな」
鉄兵も木刀を握り締め、互いに剣を目前に構える。
「アルテナ=ヘル・ガイナ。私は貴方に決闘を申し込む!」
「香坂鉄兵。貴方の決闘を申し受ける!」
剣を構えた瞬間、先ほどまでの浮ついた気持ちなど一瞬で吹き飛んだ。目前で構えるアルテナの脅威度は、アリスと互角にも思えるほどのものだった。
アルテナが攻めてきた。
二本の細剣を巧みに操り、まさに猫のようなしなやかな動きで鉄兵を急き立てる。今までの相手とはまるで別系統な剣術に鉄兵は翻弄され、あっという間に首元を掻き切られた。
今までの相手と同じように元の位置に戻って仕切り直すのかと思いきや、アルテナの対応は違っていた。ぼけっとしていた鉄兵の腹を思い切り蹴っ飛ばし、油断していた鉄兵を吹き飛ばす。そのまま細剣を捨てて馬乗りになるや、腰に挿していたナイフを抜いて鉄兵の首を掻ききった。
無論、物理防御が聞いている鉄兵は傷一つ無い。だが、それは今までで一番リアルな死に様を鉄兵に想像させた。
「……この!」
鉄兵は激情に任せて木刀の柄で殴りかかった。アルテナはひらりと綺麗にバク転してナイフを捨てて地面に着地する。
鉄兵は立ち上がった勢いで少女に突進した。怒りに任せた力任せの攻撃が無論アルテナに効くはずも無く、アルテナはひらりと軽くかわして鉄兵の後ろに回りこみ、器用に右腕を首に回して蛇のように首を締め上げた。アルテナが力を入れた瞬間に首に力を入れたから良かったが、もし遅れていたら首の骨を折られていたかもしれない。
首絞めが効かぬと見るや、アルテナは思い切り良く鉄兵から離れ、地面のナイフを拾って鉄兵の顔面めがけて投げつけた。視界をナイフに集中させられた鉄兵が慌ててナイフを叩き落すと、その後ろにはいつの間に拾い上げたのか、鉄兵の目を狙って細剣を突きつけられた。無論、物理防御に守られた鉄兵には刃は届かない。だが、まさに文字通り目の前に刺し出された細剣は恐怖そのもので、そのまま頭蓋骨まで突き刺されて死ぬリアルな死の想像を鉄兵にさせた。
アルテナが離れ、再び軽業のような徹底的に致命的な攻撃を繰り広げる。何度も繰り返される真に迫った死の想像を掻き立てられるアルテナの攻撃は鉄兵の精神をこれまで与えられたダメージと同等以上に削っていった。
「チッ!」
だが、思わず口走ったのだろう。アルテナの小さな舌打ちが鉄兵を冷静にさせた。落ち着いてくれば状況が見えてくる。
アルテナは焦っていた。それはそうだろう。いくらアルテナが攻撃したところで鉄兵が死ぬ事はまずない。そしてアルテナが倒れればこれで勝負は終わりなのだ。その後は部下ともども、無残な縛り首が待っている。だからこそ徹底的に鉄兵をいたぶり、一刻も早く心を折らせようとしているのだが、そう考えれば対処方法も思い浮かんだ
アルテナは心理効果が大きいように死角から急所を狙ってくる。そこを突いて、鉄兵は冷静にアルテナの細剣を打ち払った。
さすがは山賊の頭目であり、細剣に木刀が当たる直前にアルテナは細剣から手を離し、致命傷を免れた。
しかし、種が分かれば負ける気がしない。それが鉄兵の目にも表れていたのか、アルテナは鉄兵を見て最早これまでかと憂いの表情を映し、されど気力を振り絞り鬼のような表情を浮かべ、気合の言葉とともに細剣一本で鉄兵に切りかかってきた。
卓越した技術があっても投げやりになれば意味が無い。冷静なアルテナの一撃だったら鉄兵には受けられなかったかもしれなかったが、今の無駄な力が入りまくったアルテナの攻撃は、鉄兵には手に取るようにその軌道が見えた。
鉄兵は木刀をしっかりと握り、冷静にアルテナの攻撃を叩き落とした。やはりアルテナは咄嗟に細剣から手を離したが、少しタイミングが遅かったのか、剣風に引っ張られるように地面に叩き落された。
「お嬢様!」
地に伏したアルテナにマーティンが駆け寄る。鉄兵もそこに歩み寄ってアルテナの具合を見た。見た感じではたいした怪我は無かったが、頭を打ったのか、額から血を流して意識を失っている。
鉄兵がアルテナに治癒の魔法をかけると、アルテナはすぐに意識を回復した。
「俺の勝ち、でいいよな。満足してないならまだ相手になるが」
「いや、俺達の負けだ。これでも元騎士だ。決闘に負けたなら潔く負けを認める」
アルテナが気丈に言い放つ。後に待つ運命を思えば恐怖も感じているのだろうが、その表情は誇り高いものだった。そんなアルテナを感極まったようにマーティンがそっと抱きしめる。
「そっか」
長い長い戦いが終わった。そう悟った鉄兵は最後の気力が抜けていくのを感じ、そのまま意識を失った。
9/20:御指摘いただいた部分を修正
「鉄兵には火を見るより明らかにその軌道が見えた」→「鉄兵には手に取るようにその軌道が見えた」
10/24:ご指摘いただいた誤字修正
「いくらやっても鉄兵の件はヨハネに届かない。」→「いくらやっても鉄兵の剣はヨハネに届かない。」(件→剣)
12/18:指摘いただいた誤字修正
怒りに任せた力任せの攻撃が無論アルテナに聞くはずも無く、
→効くはずも無く、
2011/9/11:ご指摘いただいた誤字修正。
フランツは車にでも引かれたかのように
→轢かれた