表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/48

クィーン・オブ・バンデッド(後編の上)

 あれからすぐにアリスとシロはイスマイルと兵士三人を引き連れて馬車を引いてた馬に乗って村を出て行き、鉄兵とリード(とリルとハルコさん)はお留守番となった。さて、みんなが出撃してしまったので少なくとも明日の昼までは暇である。今日の宿も決まってないからどうしようかなとか考えつつも、鉄兵はとりあえず火事の後始末を手伝う事にした。


 火事の残骸はとりあえず片付いたのでさて次はなにをするべきだろうと一緒に作業していた村の人に聞いてみたところ、家をつくるには材木が足りないので調達してきて欲しいとの事だった。エコ戦士な鉄兵としては木を切る事には少し抵抗があるのだが、これも人が生活していくには必要な事なのである。そう割り切って斧を借りて森に出て、カコーンカコーンと斧の一振りで木を倒していく。ほどなく村人兼建屋設計者の人からOKサインをもらったので、今度はそれを運ぶ作業に入ることにする。


 まずは余計な枝を刈り、丸太を作成する。水の魔法かレーザーでも使って一気に加工してしまおうかとも考えたが、範囲を絞れる自信が無かったので今回は自重する。まあどうせ一撃で枝も切れてくれるので、そんなにたいした労力ではない。


 肉体能力が強化されている事もあり、刈った木材を運ぶのはそれほど苦ではなかったのだが、重量的には気にならなくても自分の腕は二本しかなく、木材を運ぶにはそれなりに時間を要する。なのでそういえば魔法で物質を加工することが可能になったのだし、生命体ならば魔法に対して抵抗するとの事なので、これも実験、一石二鳥とばかりに木材を一つに加工すべく例の金属加工の応用で魔法をつかってみたのだが、それは意外と思えるほどに厳しい経験になった。


 簡単に言えば、生命体に対して解析と加工の魔法を同時施行することは、並々ならぬ苦痛を感じる事がわかった。


 もう切られている木とはいえ、切ったばかりの木は生命体として生きていた。その生命体として生きている木を加工して二つの生命体を一つにするという言わばキメラを作成するという行為は、魔力のロス以前に耐え難い苦痛を鉄兵に与えた。何が起こったかといえば、感情がフィードバックしてきたのだ。


 鉄兵には木の気持ちなど分からない。それにも関わらず、自分とは違う精神構造の生命体が発する拒否感。恐怖心などがもろに伝わってきてしまったのだ。


 解析という魔法は触れている対象の構造を理解する魔法である。その中には感情といわれるものまでもがある程度は含まれているらしく、その事を理解していない状態で不用意に魔法を行使した鉄兵は、なんともいえない拒絶感をもろに受けてしまった。酸素や水素、無機物の気持ちなどはあるはずもなく、そこは従順なものであったが、生命体にかけた際に伝わってきたそれは、精神的には常人である鉄兵には耐えられるようなものではなかった。


 とはいえ解析の魔法を使わなければ問題はない。魔力のロスがそうとう酷くなるだろう事は予測できるが、鉄兵的にはそこはなんの問題もなく、それこそ一瞬で加工できるだろう。だが、あの感覚を一度経験してしまった鉄兵としては今すぐにそれを実行する気にはなれなかった。


 魔法を使っていてそういえばと思い出したので、火事を消化した時にそれほど魔力を消費する魔法じゃないのに驚かれた事を、ちょうど良いのでリードに聞いてみることにした。大きな丸太を両肩に担いで火事現場に戻ると、リードは子供と一緒に細かい残骸を払いのけて更地にする作業をしていた。


「師匠。そういえばこの火事を消す時にちょっとした魔法を使ったらまた驚かれてしまったんですけど、なんでかわかりますか?」


「ふーん。どんな魔法使ったの?」


「そうですね。簡単に言えばこの家の火事を一気に止めるくらいの水を出したくらいですけど」


「……さすが魔法力240万の人は違うわね」


 なにやらその事実を知った時の恐怖が蘇ったのか、リードは少しそわそわして隠れる場所を探すようにちらっちらっと周りを確かめる。


「あー……いや、そうじゃなくて。消費魔力としてはそんなに大した事じゃなかったと思うんだ。多分リードなら楽勝くらいの魔力しか使ってないし、だからなんでなのかなって」


 鉄兵の言葉を聞いたリードは思い当たる事があったようだ。しばらく興味深げに腕を組んでなにやら考え込んだ後、鉄兵はリードにしげしげと顔を見られてしまった。


「鉄兵ってホントに化け物なのね……あ、ごめん。規格外? なのね?」


 などと非常に失礼な事をリードが言う。ちなみに言葉を言い直したのは『化け物』という言葉を聞いた時に少し傷ついた鉄兵の表情を察しての事だろう。リードの言葉は素直なために鉄兵としては結構傷つくのだ。


「もう規格外でいいです。で、なんなんですか?」


 原因が不明な要素で差別されるのは

 などと多少投げやり気味にリードに尋ねると、なかなか興味深い答えが返ってきた。


「あのね。魔法は規模が大きくなればなるほど魔力のロスが大きくなるの。だから確かに減衰を考えないでそれくらいの魔法を使えたとすれば消費魔力はそんなでもないんだけど、減衰を考えると雪ダルマ式に消費魔力は大きくなるからそんな大魔術は私のパパくらいじゃないと使えないの。でも、鉄兵は消費魔力についてそれほどでも無かったって言うし、それはその減衰を感じてないってことなんでしょ? やっぱり規格外だと思うの」


 それは確かに規格外な話である。実際、鉄兵は生命体に干渉する魔法以外にはほとんど魔力のロスというものは感じていない。無詠唱でも体内に宿る精霊にイメージが伝えられる翻訳機能の副産物だろうかとも思ったが、それなら生まれ持って魔力に干渉する能力のある精霊族にしても魔力のロスはないはずである。これは聞いてみるべきか?


「精霊族なら自分と同じくらい魔力のロスが少なくて済むとかないの?」


「精霊を介さないで魔法が使えるからその分減衰は少なくて済んでるみたいだけど、やっぱり大きな魔法だと結構減衰が激しいみたい。私のパパは精霊族だけど、たまに王様に大きい魔法を使わされるとしんどそうに帰ってくるし」


 宮廷魔術師長さんは結構こき使われているようだ。自分も王都で働くようになったらこき使われるのだろうか……


 それはともかく、ならばイメージの問題なのかな? と鉄兵は思考する。自慢ではないが鉄兵は高校時代からの工業漬けで設計も加工も叩き込まれているから三次元的構造のイメージ力に優れている。なのでそこら辺が関連しているからかなと思いつつも、現時点ではこれ以上は不明なので理由については保留する事にした。推測に推測を重ねるのはあまり宜しくないだろう。


 丸太を運び終わったら、次の仕事は材木への加工である。作る家は丸太小屋なので両端を平らに削る。切断面はなるべく平らな方がいいので、ここはレーザー加工を行うことにした。丸太の両端を木片で固定して、まずは弱い赤色レーザーでポイントを確かめ、ずれていない事を確認してから出力を上げ、さっくりと両端を削っていく。さすがにそんな事をしたら村人に怖がられるかなと思ったが、今まで散々火事を消火したり一撃で木を切り倒したり両肩で丸太を持ち運んだりと驚異的な事を軽々とやっていたので村人達も慣れたらしく、特に何も言われなかった。


 両端を平らに削った後は組み合わせられるように溝を掘っていく。とまあ延々と機械的にそんな作業をしていたらやがて日が暮れてきて、今日のところはこれで終了という事になった。宿の事など考えずに火事の後始末に没頭してしまったのでさて宿はどうしようかリードと困っていたところが、すでにアリスが手配してくれていたらしく、村長さんが迎えに来てくれて、そのまま村長さん宅に案内されて滞在する事になった。


 村長さんの家は国のお偉いさんが村に滞在する事になった時の宿も兼ねているらしく、かなりでかい家だった。内装などもそれなりに気を使っているようで居心地の良い家だったが、住んでいるのは村長さん夫婦と娘さんだけで、お手伝いさんなどはいないようだった。10部屋くらいある家なので常に部屋の状態を維持していくのは大変そうだったが、家政婦さんの一人も雇っていないという事は、村長だからといって得をしているわけではなく、むしろ厄介事を一任されている気がする。事実がどうかはわからないが、だからこそ村長を任されているのかなとか鉄兵は思った。


 家に着いて部屋に案内されるとすぐに夕食となった。山賊を追っ払った事もあるが、多分王女様の知り合いという事もあり、食事の時には村長さん夫婦と娘さんには当初激しく接待をされてしまってやや辟易としたが、あまりそういう接待を好まないと理解してくれたのか食事は徐々に穏やかな感じになり、村長さんの話術が巧みだった事もあり、なかなか楽しい食事となった。


 その夕食の席で先ほどの山賊の話が出てきたのだが、なかなか有名な山賊のようだった。今頃アリス達はその山賊達のアジトに乗り込んでいる頃だろうか? そう考えるとどんな山賊だったのか気になったので少し話を聞いてみる事にする。


「山賊について、詳しく聞いてもいいですか?」


「はい、私も詳しいわけではないのですが、噂によれば十数年ほど前に滅んだ国の騎士団崩れのようでして、今の頭目は騎士団長の娘が率いていると聞いております。頭目が女性の山賊というのも珍しいので恐らく間違いは無いでしょう」


 なるほど騎士崩れというならあの統率力も頷ける。それにしても自分が見た時にはフードをかぶっていたのでわからなかったが、リーダーは女性だったらしい。二代目とはいえ元騎士、それも現山賊を率いているという事は腕も立つのだろう。どんなごつい女性なのだろうか?


「あ、その話わたしも知ってる。それって噂の山賊姫でしょ? あれ、でもこんな王都の近くにいるんだっけ? もっと辺境の方で活動してるって聞いた気がするけど?」


「それは、どうやら王国に仇なすつもりらしく、先遣隊が向かっているという情報は入っておりましたが、まさか山賊姫その人がその先遣隊を率いているとは思いませんでした」


 リードの口調を聞くに、かなりの有名人のようだ。それに王国に仇なすという事はかなりの勢力なのだろう。その頭目が先遣隊に混ざっているのはどうかと思うが、それだけ自信があり、行動力もあるという事なのだろう。


 と、そこで気がついたことがあった。つまりは山賊姫の先遣隊というのは強行偵察兵といったところなのだろうが、そんな集団がアジトなど持っているのだろうか? この世界の常識はわからないが少し不自然に思える。


「あのさ、そんな辺境に拠点を構えてる集団の偵察部隊がアジトなんて持っているもん?」


「「え?」」


 村長さんとリードから間抜けな声が漏れる。どうやら二人ともその事に思い至っていなかったようで、少し考え込む。


「言われてみればそんなわけないよね」


「そうですね。考えもしませんでしたが少しおかしいですね」


 どうやら二人とも鉄兵と同じ結論に至ったらしい。という事はやっぱアジトなどないのだろう。アリス達は罠にはめられたようだ。アリス達は敵が山賊姫だという事を知っていたのだろうか? 知っていたとなればシロ辺りはそれぐらいの事、気がつきそうなものなのだが。


「アリス達は敵が山賊姫だって知ってるの?」


「いえ、そういえばお話しておりません」


 やはり知らなかったらしい。少しアリス達の事が心配になったが、まあシロもイスマイルもいるのだし、どうにでもなるだろう。今からではどうにもならないのであまり気にしない事にする。夕食はそこで興が削がれてしまい、歓談はそこまでとなり、鉄兵は腹ごなしに少し外に出ることにした。


『あるじ、かまって!』


「あは、こらこら」


 外に出ると、待ち構えていたかのようにリルに襲撃されて押し倒された。ちなみに村長さんはリルを家に上げていいといっていたのだが、リルは家の外の方が良いらしく、トイレの事なども考えるとやっぱり外のが良いよなと思い外にいてもらうことにしたのだ。


 しばらくリルをかまっていたら、突然リルが小首を傾げた。耳をひくひくさせ、やがて一声吼えた。


『あるじ、うまがいっぱいくるよ』


「あれ、アリス達が帰ってきたのかな?」


 おかしいなと思いつつ、鉄兵は聴力強化の魔法を使ってみた。確かに馬がいっぱいこちらに迫ってきている。だが、アリス達が帰って来たにしては数が多い。続いて視力強化の魔法を使って音のする方を見てみたところ、その正体に鉄兵は愕然とした。


 こちらの向かってくる一団の正体は例の山賊達であった。


 冷静に考えればわかったことである。アジトの情報は嘘であり、捕らえた山賊はこの村にいる。しかも脅威となる戦力の大部分が罠にひっかかっているとなれば、襲ってこない方が嘘であった。


 山賊の一団は恐らく後10分もしないでこの村に到着するだろう。


 冷静に状況を考える。結論はすぐに出た。これはまたも蛮勇を奮わねばいけない事態のようである。


 追い払うだけならばリルを巨大化させて脅威を感じさせればいい。でも、それだと鉄兵達が出て行った後で山賊達はこの村を襲うだろう。そういった方法で追い払ったならば、相手が手練れの山賊だという事もあり、鉄兵達がこの村を出て行くまで姿を現さないだろう。だが、鉄兵達はいつまでもこの村にいることは出来ない。そして、鉄兵達が去った後で山賊達はこの村を襲うだろう。


 なら、どうしなければいけないかと言えば、ここで確実に山賊達を取り押さえなければならないのだ。しかも、自分の手で。


 山賊達は一つミスを犯している。昼間の件で自分が魔術師である事は分かっているであろう。恐らく偵察もしていて自分がこの村に滞在している事は知っているはずである。にも拘らず村を襲いに来たと言う事は、いくら強力な魔術師であろうとも多勢に無勢であるならば勝てると思っていることだ。


 ちょっと身が震えた。


 この世界に来た初日の頃ならいざ知らず、この世界に来て8日目の今日では自分の能力も十分に理解している。だからこそ確信が出来る。自分は負けないと。


 小中学校とひらすら剣道をしていた。高校時代には変態な先輩につけ回されて無駄に実戦も経験している。だからこそ自分の今の力を図れるが、冷静に解析して、今の自分は最強である。別に荒事が好きなわけじゃないが、いざ戦うとなったら覚悟もあるし、例え技術で大幅に上回る相手を敵に回そうが負けるはずが無い。


 そう、まず負けるはずは無い。負けるはずはないのだが、でも、怖いのだ。


 なにが怖いかといえば、ここで人を殺してしまうかもしれないという事だ。と言えれば少しはかっこいいのかも知れないが、実際には自分が死ぬかもしれないということだった。


 多分負けない。いや、絶対に負けない。それでも現実には確定が無く、自分の知らぬ要因により自分の身に死が訪れる事はどんな場合であろうと有り得る事なのだ。


 鉄兵は戦士ではない。だから自分が絶対に死なないと思い込んで戦いに赴く事なんてできない。


 鉄兵は技術者である。だからどんな小さな可能性であろうとそれは無ではなく、有り得る事だと思ってしまう。


 だが、それでも覚悟は決めた。覚悟を決めた以上はやるべき事をやるだけである。


 情報を整理する。どうすれば山賊達を一人として逃がす事無く捕らえる事ができるだろうか?


 作戦はすぐに整った。またもやかなりの力技だが自分の性格的にこれが一番合っている。


「リル。お願いがあるんだ。今から言う事を良く聞いてね」


 作戦の実行にはリルの手助けが必要だった。リルを穏やかに撫でながら役割を伝えていく。


『あるじ、しぬの?』


 鉄兵の説明を聞いたリルは、世界の終わりと言わんばかりの悲しげな声で一言鳴いた。


「死なないよ。でも死ぬ事も考慮に入れてるだけだよ。だからもし死んだら頼んだよ」


『りる、わかった。でもしなないで、あるじ』


「リルを置いて死ぬ気はないよ。だから、お願い」


 クーンと一声鳴いてリルが鉄兵に擦り寄り、鉄兵の命令を実行すべく去っていった。鉄兵も準備をすべく行動を開始する。


 バタンと急いでドアを開け、用意された自分の部屋に直行する。自分の部屋に入ると鉄兵はいつぞや作った出来の悪い木刀を手に取った。フンと気合を入れて魔法を行使し、記憶にある自分の木刀と同じものに加工する。


「鉄兵、どうしたの?」


 ドタバタとやっていたせいでリードが異変に気がついたらしく、鉄兵の部屋に入ってきた。


「リード。落ち着いて聞いて。あと10分足らずで昼の山賊がこの村を襲いに来る」


「……え?」


 途端に絶望の色がリードの表情に現れた。魔法使いとはいえリードはただの学者なのだ。死の予感を感じてリードが立ち竦む。


 鉄兵にしろ魔法使いでただの学生だが、それでもリードを守る力がある。リードの表情を見て改めて悟ったが、だからこそ鉄兵は戦いの地に赴こうと思ったのだ。そこは得意な戦場ではない。でも、リードを守る力が自分にはある。


 がたがたと震えだしたリードの手をそっと掴む。鉄兵も恐怖を感じているが、リードほどではない。だから自分は戦えるし、リードを守りたいと思った。


「リード。リードは僕が絶対に守る。僕が守れなくてもリードが大丈夫なように手は打ってある。だから、安心して」


 震えるリードに鉄兵は優しく微笑んだ。内心はそれどころではなかったのだが、不思議と自然な演技が出来た。それでもリードの表情は緩まなかったが、震えは止まった。


 木刀を持ち、リードに背を向け部屋を出る。


「鉄兵!」


 と、部屋を出ようとした時、背後からリードの絶叫にも近い声で呼び止められた。


「無事に帰ってきてね。絶対だよ!」


 やはり完全に不安は取り除けなかったようで、リードは再び不安そうな顔で震えていた。なので鉄兵はもう一つ演技をする事にした。


「あっはっは! 大丈夫。僕が規格外なのを忘れたの?」


 指を立て、無詠唱で巨大な炎を一瞬出した。それを見てリードは少し安心したのか少しだけ表情が緩んだ。


「それじゃ行ってくる」


 リードの緊張が解けたのを確認し、鉄兵は素早く家を出た。


 家から出ると鉄兵は山賊の進入経路に当たるポイントに急ぎ足で駆けつけ、山賊たちが来るのを待った。やがて山賊が現れ、鉄兵が待ち構えていた事を確認すると馬を止めた。戦いの開始である。


 山賊達は無言で鉄兵を警戒している。その沈黙を受けて、鉄兵は作戦を開始すべく口を開けた。


「リル、大きくなって」


 鉄兵はリルに合図を送った。途端に指示通り山賊達の背後に回り込んでいたリルがフェンリル形態になり、山賊達を圧倒する。さすがに丘のような大きさのリルを見て山賊達は怯んだようである。それはそうだろう。もしかすると山賊は鉄兵を殺す手段を考え付いているかもしれない。でも、リルを倒す事ができるものなどこの中にはいないだろう。この時点でこの村とリードを守るという目標は達成された。


「そのガルムは僕の従者です。あなた方が逃げ出そうとしたり、村人に危害を加えようとしない限りは貴方方を襲う事はありませんので安心してください」


 それがリルに指示した内容であった。逆にリルに指示した内容はあともう一つしかない。


 鉄兵は身体が震えるのを感じながらも、作戦の第二段階に移行することにした。


「僕は貴方達に決闘を申し込みます」


 脅迫のような絶対的に逃げられない状況を作り、元騎士というプライドを揺さぶり1対1に持ち込み、誰も殺す事無く納得して縄についてもらう事。それが鉄兵の作戦だった。


 もし、山賊を皆殺しにするという選択肢を鉄兵が選択できたなら自分の魔法でもリルに任せてもそちらの方が簡単に片がつくだろう。でも、鉄兵には自分が人を殺せると思わなかったし、リルにも人を殺して欲しくなかった。だから考えた末に出た作戦がこれだったのだ。


「先に言っておきます。僕の身体にあなた方の剣が届く事はまずありません。ですからこれは僕個人の能力を使うと言ってもフェアではありません」


 鉄兵はそう言うと己が身を守る魔術を展開した。魔力コーティングによる分厚い物理防御の魔法。試してはいないが体内の精霊の説明を聞くに、例え今の本気のリルに踏み潰されたところで傷一つつかない強度だという。


 続いて鉄兵は右手に持った木刀に魔力コーティングを施し、思い切り地面を叩いた。軽い擬似的な地震が起こり、地面に小さなクレーターができる。


「見ての通り、僕の力は常人を逸しています。ですから僕を力ずくで取り押さえようとしても無駄です。それを考慮のうえ、僕に剣が届かない事を試してみてください」


 鉄兵の派手なパフォーマンスにも山賊達は動揺した様子はなかった。元騎士であり、現山賊である彼らの肝はそうとうずぶといようだ。


 山賊のリーダーが仲間の一人に手を向け、鉄兵を指差した。手を向けられた山賊はつかつかと鉄兵の前に歩み寄り、剣を抜き放ち「ふんっ!」と一声あげて渾身の力で鉄兵に剣を振り下ろした。


 ガキーンとまるで金属同士がぶつかったかのような音が鳴り、山賊の剣は鉄兵を切り付けてしっかりと振り下ろされた。だが、その剣の先には刀身が無く、少し遅れて折れた刀身が落ちてきて地面に突き刺さる。


「貴方方が生き残る道は唯の一つです。つまりは僕と決闘をし、僕を殺す事です。その場合のみ、ガルムには手を出さないように指示してあります。ただし、もし僕が死んだ場合はこの村を守るように指示してありますのでこの村の事はあきらめてください」


 リルに指示した最後の命令。それはもし自分が死んだ時はこの村を守って欲しいという事だった。死ぬ気はないが、これでこの村は確実に安心である。リルにしても野生に帰るならいずれは討伐されてしまうかもしれないが、一つの村の守護者としてならば生きながらえていけるだろう。


 後は相手の出方を待つだけである。


 それが長かったのか、それとも一瞬の事かは緊張感から時間の感覚が麻痺した鉄兵にはわからなかった。


 だがやがて頭目の指示も無く一人の男が前に出た。


「ヨハネ=アウルス。私は貴方に決闘を申し込む!」


「香坂鉄兵。貴方の決闘を申し受ける!」


 決闘の作法を鉄兵は知らなかったが、相手が名乗りをあげ、剣の平を向けて目前に構えるのを見て、鉄兵も同じように木刀を構えた。


 そして決闘が始まった。

12/18:指摘いただいた誤字修正

多分リードなら楽勝くらいの魔力しか使ってないし、たからなんでなのかなって」

→だから

宿の事など考えずに家事の後始末に没頭してしまったので

→火事の後始末

しばらくリルをかまっていたら、突然リルが小首を傾げた。耳をひくひくさせ、やが一声吼えた。

→やがて一声吼えた。


2011/2/2:指摘いただいた誤字修正

小中学生とひらすら剣道をしていた

→小中学校とひらすら剣道をしていた


2011/11/07:指摘いただいた誤字修正

昼[間]では

→昼までは


踏み潰されたところ[に]傷一つつかない

踏み潰されたところで傷一つつかない


2012/7/22:指摘いただいた誤字修正

すでにアリスが手配してくれていた[らくし]

→すでにアリスが手配してくれていた[らしく]


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ