湯煙旅情変
「……テツよ。おまえさんいよいよ化け物じみてきたな」
遠い目でにやにやしながら元はナイフであった金属の塊をグネグネと加工して遊んでいたら、当然といえば当然だが、シロに気持ち悪いものを見るような目で見られてしまった。見れば他のみんなもポカーンとした表情をしている。なにやらまたやらかしてしまったようだ。
「化け物って……単に金属加工の魔法を使ってみてるだけだけど、どうしたんだ? 初歩的な魔法なんだろこれ」
「いやまあ金属加工は初歩的な魔法だが、そいつは俺の知ってる金属加工の魔法じゃないな」
呆れ顔でシロが言う。鉄兵としては本に書いてあった魔法をそのまま使っているだけなのだが、なにか違うらしい。
「金属加工の魔法って、ものすごく魔力をロスするからそんなにグネグネ加工なんて出来ないはずなんだけど……」
首を傾げる鉄兵におずおずと説明するリードは、もはや驚くを通り越して怯えているようだった。
とはいえリードの説明で納得がいった。現在鉄兵は解析の魔法を併用し、金属の構成要素を操って金属加工の魔法を使用しているわけなのだが、解析を行わないで構成要素を制御する事無く強引に金属加工の魔法を単体で行えば、魔力の消費は半端無いのだろう。
というわけでその辺りの事を説明したら今度は逆にみんなに感心されてしまった。リードはその話に興味を持ったようで「それ貸して!」とやや興奮気味に鉄兵の持ってた元はナイフの物質を強引に持ってった。
「ほんとだ! 簡単に曲がるー」
なにやらぶつぶつとリードが呟いたとたん、金属がグネリと曲がった。リードがきゃっきゃと声を上げながら楽しそうに金属を加工し始める。
「……なあアリスの嬢ちゃん、こいつは技術革命ってやつじゃないか?」
「そうだな……鉄兵の発想は恐ろしいものがある」
「そんな大袈裟……でもないのか?」
鉄兵としてはそんな大層な事だとは思っていなかったのだが、どうもこの世界にはそういう発想を閃いて試してみた人はいなかったようだ。コロンブスの卵というものであろうか? 考えてみればどちらかといえば言語学者的な魔術師が金属加工技術に並々ならぬ関心を持つわけが無いし、技術者である鉄兵ならではの発想だったのかもしれない。
とまあシロとアリスがヒソヒソとなにやら話し合っているのを横で聞いていたら、10分も経ったらリードがへばって倒れこんだ。慌てて駆け寄ってその身体を支えたらリードは「魔力がー」とうめきながら目を回していた。どうやら急激に魔力を消費すると精神的にも疲労するらしい。とりあえず魔力を賦与してみたら、リードは途端に元気になった。
「あれ、今のって?」
「前もやったでしょ。魔力賦与。楽になった?」
「……ありがと。楽になった。けど鉄兵は大丈夫なの? わたし普通の精霊族の10倍くらいの魔力があるんだけど、今ので魔力半分くらいになってたはずだし、そんなに大量の魔力を消費して鉄兵は気分悪くなったりしないの?」
「あー大丈夫みたいですね」
さすが知的職業の方である。逆に冷静に心配されてしまった。面倒なので適当にごまかそうと思ったら横槍が入ってその企みは失敗に終わった。
「リードの嬢ちゃん。テツの野郎は最低でも人間族平均の24000倍の魔力を持ってやがる化け物なのさ。心配するだけ無駄だぜ」
「わたくしの見立てでは軽く見積もってもその100倍はあると思います。力が大きすぎて正確な力は分からないのですが」
シロとイスマイルが交互にいらん事を言う。というか100倍とかなんですか?
「えっと、桁、間違えてない?」
シロとイスマイルを交互に見て、リードはちょっと困ったような顔をして小首を傾げた。その気持ちは鉄兵にもちょっと分かった。「私の戦闘力は240万です」とフ○ーザさんに言われたようなものだ。インフレも行き過ぎてて我が事ながらあほらしい。
「イスマイルは魔見眼の持ち主だ。その言葉に嘘偽りは無い。リード、鉄兵は規格外だから驚くだけ無駄だぞ」
見兼ねたアリスが口を出す。相変わらず容赦の無い言葉でちと酷い。
「ごめん鉄兵。鉄兵はやっぱり化け物だと思うの。ちょっと怖いよ」
とうとう怖がられてしまいました。アリスやシロは魔術に疎く、イスマイルはサクヤの魔力を感じているせいでそこまで極端な反応はしなかったのだが、本職から見るとすごいを通り越して怖いらしい。
しかもリードは怖いといってるくせに真っ直ぐな目でこちらを見据えながら怯えてるので心理的に結構堪える。
「師匠、ひどい……」
「あ、ごめん」
なので本気でちょっとショックを受けてがっくりとうな垂れたら、リードに頭を撫でられてしまった。見た目からすれば立場が逆のはずなのだが、案外鉄兵の精神構造は単純だったようで不覚にもちょっと癒されてしまった。ついでに話もそらせられたみたいだからまあいいか。
「しかし、鉄兵の考案した金属加工の魔法もやはり膨大な魔力が必要なようだな」
「うん。随分楽にグネグネ加工できるようになったけど、やっぱり魔力のロスは半端ないやー。2つの魔法を併用するわけだから技術もいるし」
アリスの言葉にリードが鉄兵の頭を撫でるのを中断して答えた。ついでなので鉄兵も頭を上げて会話に加わる。
「そっか、やっぱ一般的にはなりえそうにないな」
鉄兵が魔力を賦与した感覚ではリードの魔力は半分程になっていた。600秒で人間族平均150人分の魔力を消費するらしい。なら平均的な人間族は2秒使うと倒れる計算である。これはちょっと普遍的な手法とはなりえないかなとか思ったが、イスマイルに言わせればそうでもないようだった。
「いえ、そうでもありません。私の見立てではリード殿は人間族平均で言えば300人分、一般的な魔術師の30倍ほどの魔力の持ち主であります。それを元に計算してみたところ、一般的な魔術師でも20秒は連続使用が出来るということになります。今の術を見たところ、例えば金属鎧のへこみや破損をなどをものの数秒で修復できるわけですし、魔法の使用に慣れればロスは減る事でしょう。十分に実用に耐えられる技術と思われます」
イスマイルの発言に鉄兵はなるほどと感心した。確かに1から全てを加工する技術としては一般的になりえないが、限定的に使用するには十分実用的なようだ。これもまた現場を知っている人間(巨人族だが)独自の発想なのだろう。
「ふむ。人材を育成する価値はあるという事か。これも父王に提案してみよう」
なにやら文明レベルに影響を与えてしまった気もするが、余り考えない事にしよう。それほどの発想でもないし、そのうち誰かが気がついたはずだ。
ともあれ、鉄兵的には最強のチートを手に入れた気分であった。簡単な蝶番程度はあるが、本格的な金属製のネジも工具も、ましてや旋盤なんて無い世界である。しかしこの魔法を使えば自在になんでも作成可能なのだ。これは技術屋の血が騒ぐ。
ちなみに肉体が強化されてたり、無限の魔力を持ってたりするのも十分チートだとは思うだろうが、その事に関しては、鉄兵的にはそんな風に考えてなかった。個人がそれらの事を出来たとしても、世界に一台しかない複製不可能な機械を手に入れたようなもので、誰もが使用できる普遍的な技術で無いと意味は無いという技術者的な発想がもはや根本に染み付いているためである。
とまあそんな事があったおかげで鉄兵が非常識だという共通認識をアリスと共有したようで、さきほどと比べてリードの緊張はやや解けたようだった。その日は特に何事もなく(あえて言えば馬車のマットが硬くて鉄兵がちょっとグロッキーになったぐらい)、夜が来て小川の横で野営となった。
ここで以前の鉄兵なら薪を拾いに行った後でぼけーっと役立たずの見本のように食事が出来るまで火を眺める作業をしていたのだが、今回は薪も十分に積み込んであったので、本当にただの役立たずであった。まあ今回は御者兼世話役の兵士が3人ほどついてきているので、他の4人も特に作業をする事無く、のんびりと過ごしていたわけであるが。
ちなみに兵士の一人はハンスである。未だ会話もした事がないがよくよく縁があるらしい。ここはアイダ領という事だし、王様の直轄地ではないようだが、そこの兵士を勝手に連れ出しても平気なのかなとか思ったが、誰も問題にしてないようだし大丈夫なのだろう。
というわけで鉄兵はぼけーっとリルを撫でながら食事の支度に奮闘する兵士の様子を眺めていたのだが、ちょっとした事を思いついた。
鉄兵は元の世界では夕食の前に風呂に入るのが生活習慣だったのだが(正確には部室棟のシャワー室を利用してシャワーを浴びていた)、こちらの世界の風呂はサウナが主流のようであり、旅の間はせいぜい濡れタオルで身体を拭くくらいのもののようだったので風呂桶につかる形式の風呂は諦めていた。だが、魔法を使えば結構簡単に風呂を作れるのではないだろうか?
というわけで試してみる事にした。
まずはそこら辺に転がっていた石を拾って解析の魔法をかけて見る。成功。石の構成式が頭に浮かぶ。
次に金属加工魔法を応用して石の構造を弄ってみる。これも成功。粘土のように石が加工できる。これならばどうにかなりそうだ。
「どうしたテツよ」
ニヤニヤしながら風呂桶の構造を考えていたら、シロに見咎められてしまった。
「いや、ひとっ風呂浴びようかと思ってね」
「風呂? こんな野外でか?」
「うちの国形式のをね。まあ見てなって」
鉄兵は立ち上がって小川の方に歩いていった。大き目の岩は無いが、幸いな事に川原には砂利がいっぱいある。鉄兵はこつこつと砂利を加工していってまずは石製のスコップを作った。次にそのスコップで砂利を一箇所に集め、こつこつとそれを加工して一つにまとめる。それなりの大きさの岩が出来上がったところでついでにスコップも取り込ませ、箱状に加工していくと、やがて縦横3m、高さ80cm、厚さ5cm程度の石製の風呂桶が出来上がった。
「なにこれ?」
作業をしていたらリードとアリスも寄ってきた。どうも何を作っているのかわからないらしく、二人とも首を傾げている。
「湯浴み用の桶だな。そういや古い友人がこんな風呂の事を話してたっけか。湯で身体を流すだけじゃなく、熱湯につかって汗をながすんだそうな」
どうやらシロは日本式の風呂の事を知っていたようだ。古い友人とはサクヤの事だろうか? 800年前といえば鎌倉幕府の頃だろうか。この形式の風呂は一般的ではなかった気がするが、サクヤはいいとこのお姫様だったのだろうか?
「熱湯につかる? なにやらスープの具にでもなる感じだな。あまり良い印象は受けないが……」
「入ってみりゃわかるよ。きっと病みつきになるぜ」
日本式の風呂がアリス達にも受け入れられるかは不明だが、まあ外国の人達にも日本の風呂はそれなりに好評のようだし、悪いようにはとられないだろう。
「しかしテツよ。風呂なら湯をいれにゃならんわけだが、どうやって湯を沸かすんだ?」
「それはまあ力技」
そう言って鉄兵は出来上がった風呂に手を突っ込んで魔法を使った。氷を出した時と同様に空気中の酸素と水素を集めて水にすると、すぐに水は溢れんばかりに風呂桶に溜まった。次に水に手を突っ込んで解析の魔法をかけ、水の構成を把握し、水分子の動きを加速させると水はすぐに温まり始め、程よい温度になった。
「おや、魔法ってのは便利だねぇ」
「こんな事出来る人は余りいないからね。誤解しないように言っておくと……」
この程度でもまだ十分非常識だったようで、リードの呆れた様子の視線がちょっと痛い。
それはともかく風呂である。
「そんじゃお先に」
鉄兵はさっさと服を脱いでトランクスいっちょになるとザブンと風呂に飛び込んだ。身体を洗わずに入るのも、衣服を身に着けたまま入るのもマナー違反だが、洗い場も無いしアリスやリードが側にいるわけで、この際は許してもらおう。
「あー生き返る……」
久々に入る風呂は格別だった。元の世界でもほとんどシャワーで済ませていたが、やはり風呂桶につかるのが一番である。自分はつくづく日本人だなぁと感じる一瞬であった。
「鉄兵は常識を学ぶべきだと思うの……」
「ん?」
なにやらリードが呟いたので見てみたら、リードは顔を赤らめていた。
「私は兵士の裸を見慣れているが、リードには刺激が強かったようだな」
アリスに微笑まれてしまった。家でも大学でもパンツ一丁でうろついても特に何も言われなかったのだが、考えてみれば妙齢の女性の前でパンツ姿になるのはあまり常識的とはいえないのかもしれない。
「そいつは失礼。リードやアリスはまずいけど、シロも一緒にひとっ風呂どうだ? 広めに作った事だし」
「そうだなぁ。試してみるかね。ついでにイスマイルも誘ってみるかね」
「あ、それなら身体拭く布と変えの服もついでに持ってきてくれる?」
「へいよ」
軽く手を上げてシロが去っていく。
「私達は食後にでも試させてもらうとするか」
「んー……そうね」
鉄兵があまりに気持ち良さそうに湯につかっていたので女性陣も興味が湧いたようだった。後で一回栓を抜いた後で洗い流して湯を張りなおさないとななどと考えながら、そういえば栓を作ってなかった事に気がついたのでちょいと魔法を使って風呂桶を加工する。
というわけで女性陣が去り、代わりにイスマイルが来て男三人の非常にむさい風呂模様が展開された。お食事中の方には申し訳ない光景である。
「これはなかなか良いものですな。筋肉がほぐれるような感覚を受けます」
「だろ? 疲労回復には風呂が一番らしいよ」
3mの巨体を横に倒し、肩までどっぷりつかったイスマイルが気持ちよさげに息を漏らす。シロを見れば頭に布を乗せてヘリによっかかり、鼻歌を鳴らしている。どうやら二人とも日本式の風呂が気にいったようである。
「こいつは湯につかりながら一杯やりたくなるねぇ」
「露天風呂だしそういう楽しみ方もありかな?」
この世界には日本酒なんてなさそうだし、飲むとすればあのビールみたいなお酒かな? けど温いビールは微妙だからよく冷やさないといけないけど、どうやって冷やそう。いや川があるならひたしとけば冷えるかな?
とまあそんな話をしながら三人はのんびりと食事が出来るまで風呂に使っていた。
その後食事になり、詰所で食べてたような夕食が出てここはどこのレストランだと心の中で突っ込みながら食事を済ますと、鉄兵はアリス達のために風呂の湯を張りなおすことにした。結構湯が汚れていたので湯を流した後で掃除する事にした。丸めた手のひらからホースのように水を出して流していたわけだが、これは傍から見ると結構間抜けそうだなとか思いながらしっかりと水で汚れを流す。
湯を張りなおした後、ついでにもう空も暗いので作っておいた光玉を10個ほど湯船に沈ませてみたのだが、湯が波立つときらめいてなかなか綺麗だった。
「風呂沸いたよー」とアリスとリードに告げ、女性陣のバスタイムとなったわけだが、二人の入浴中の警戒は異常なまでに徹底されていた。
風呂の周りに天幕を張って隠したうえにその三方には少し離れた場所から兵士が護衛につき、鉄兵とシロは馬車に押し込まれてイスマイルによって監視される。鉄兵は随分と大袈裟だなとイスマイルに笑いかけたのだが
「万が一姫の肌を目撃してしまった場合は蛆の群れを一週間見続けさせ、目に焼き付けさせた後で目を抉りますので安全のための処置です」
と真顔で宣言されてしまって笑う気力も無くなった。覗きは随分と重罪になるらしい。残念ながらハプニング展開はなさそうだ。
「あがったよー」
その後たっぷりと二時間近く待たされて湯が冷めてしまっているんじゃないかと心配になってきた頃、ようやく風呂をあがったらしい満面笑顔のリードが馬車に顔を出した。
「果たしてどんなものかと思ったが、これは良いものだな。また頼む」
ついでアリスが顔を出す。こちらも満面の笑顔で顔が仄かに赤く上気していて色っぽい。
「あいよ。そういやこの形式の風呂は美容にもいいらしいぞ」
まあアリスもリードも十分綺麗なのであんまり関係ないなと思いつつ軽口を叩いたら、二人の顔が興味深げに輝いた。幼かったり男勝りだったとしても、女性は女性のようである。
とまれようやく馬車から開放された鉄兵は、兵士のためにまた湯船を洗って湯を張った。兵士も三人まとめて入ったのだが、評判は上々のようだった。
そんなこんなで夜も更けて就寝の時間である。夜の警戒は兵士が行うという事だったが、昼は御者をし、食事などの用意までこなす兵士ばかりを働かせるのも悪いので、3交代の夜番の真ん中の二時間を無理を言ってやらせてもらう事にした。
そんな訳で鉄兵は現在鋭意夜番中である。ちなみに現在の時間はシロと自分の二人が夜番だったのだが、シロはどうにも警戒心が薄いようでうとうとし始めている。まあシロは旅慣れているため少しでも異常があれば目を覚ますのは、リルと派手に戦った晩のその後に実証していたりするので問題はないのだが。
そういう事で実は夜番も必要なかったりするのだが、引き受けた以上はちゃんとやろうと思っているものの、闇夜の中を一人だけ起きているのは結構きつくて、気を抜くとうとうとしてしまう。
これはやばいなと頬を叩いて辺りを警戒する。と、未だ光玉を入れたまま放置しているので光っている風呂桶が目に留まった。
「シロ、風呂入ってきていい?」
「ん? おう」
どうせ飾りの歩哨だしと、鉄兵は風呂に入って目を覚ます事にした。一応シロに声をかけたら目をつぶったまま返事が返ってきた。器用なものである。
身体を拭く布だけ持って風呂桶に近づく。栓を抜いて適当に水を流すと湯を張りなおして今度はすっぽんぽんになりザブンと湯に使った。やはり下着着用と裸では開放感が違う。
「あーやっぱ風呂だな」
などとわかるようなわからないような独り言を呟いて風呂を堪能していたら、なにやらがさがさ音がして近づいてくる者があった。
「やっぱり鉄兵だ。また入ってるの?」
「師匠。どうしたんです?」
近づいてきた人物は寝巻き姿のリードであった。
「おしっこ行ってきたの」
……どうやら花を摘むために起きたらしい。リードは22歳の知的職業についている人物のはずなのに、たまに言動が幼いのはなぜだろう。やはり肉体が幼いために精神もそちらに引っ張られてしまうのだろうか?
「師匠、もうちょっと奥ゆかしい言葉遣いをした方が良いと思いますが……」
「ちょ、ちょっと寝ぼけてたの!」
鉄兵の発言に自分の失言を把握したのだろう。リードは眠気も醒めたように顔を赤らめた。
「まあいいや。師匠もどうです?」
「え……どうしよう」
冗談でリードを風呂に誘ってみたのだが、あっさりと断ると思いきや、案外乗り気なようで少し考えているようだった。よほど風呂を気にいったんだろうか?
「うーん。入りたいけど裸になるのはなぁ……あ、このまま入っちゃえば良いか」
「へ?」
まさか。と思った次の瞬間には、えいっとばかりにリードが寝巻きのまま風呂の中に飛び込んできた。
「きもちいい……」
リードは肩までしっかりと湯につかり、幸せそうに花を飛ばしている。緩みきったその表情は小動物的可愛らしさを感じさせた。先ほどまでは鉄兵の裸にさえ顔を赤らめていたのにまさか混浴するとは……げに恐ろしきは日本風呂の魔力であろう。幸い横にいるので自分が下着すらつけてないのは気がついてないようである。このことに関しては言わない方がいいだろう。
微妙に困った状況になったが、鉄兵はもう開き直って風呂を楽しむことにした。
満天の星空の下、小川のせせらぎを聞きながら入る風呂はなかなか乙なものである。水面は光玉が発する光で光輝き、空にはどちらが地上か分からなくなりそうな、吸い込まれそうなほど無数の星がきらめいている。上に下に光り輝き、その中で湯につかって感じる浮遊感はまるで天上の国にでも迷い込んだかのようなものだった。
「……鉄兵ってさ」
「ん?」
ゆったりと風呂を楽しむ中、リードがポツリと言葉を漏らす。
「鉄兵って何者なの?」
裸の付き合いは人を素直にする。多分それがリードの心底からの疑問なのだろうが、鉄兵には答えられる言葉は一つしかなかった。
「ただの学生……なんだけどなぁ」
それが本当の事なのだ。けどなぜか異世界に飛ばされて強大な魔力を持っている。使えるようになった魔法も併用してその原因を探っているところだが、今のところリードの問いに答えられる言葉はそれしか持っていなかった。
「そうなの?」
「そうなんです」
「そうなんだ」
「そうです」
「そっかぁ……」
嘘偽りのない言葉である。多少は鉄兵の心情が伝わったのか、リードはそれ以上言い返してこなかった。
「あ、替えの服持ってこなくちゃ。今行って来ちゃおうかな」
不意にリードが立ち上がった。リードの上半身が湯から離れる。
鉄兵も男なので、咄嗟に女性のそんな姿を見れば、対象が守備範囲外の幼女体形でもついつい胸元に視線が行ってしまう。
「…………」
そこに見えたものに鉄兵がちょっと固まった。我に返った鉄兵は慌てて顔をそむけて見たものをリードに伝える。
「師匠」
「ん、なに? 急に横向いちゃって」
「透けてます。服」
慌ててリードが胸元を確認し、手で隠した。鉄兵の服は安物なのでそんな事は無かったのだが、リードの寝巻きは高級品の白い薄い生地だったので透けてしまっていた。ノーブラだったので幼い胸元の突起がばっちりと確認できてしまった。
来いよアグネス的な状況だが、彼女は22歳なのであしからず。もっとも肉体年齢は13.5歳だが。
「き……」
「き?」
「キャー!!!!」
リードの悲鳴とともに鉄兵は身体に痺れを感じ、気が遠くなっていった。こういう時に咄嗟に雷魔法が使用されるというのは太古からの慣わしであろう。
リードは詠唱をしていなかったし、この雷魔法はリードの無意識魔法なのかもなとか割とどうでも良い事を考えながら鉄兵の意識はブラックアウトしていった。
ちなみに風呂桶に浸かっていたリードも自分の魔法で感電したわけで、二人仲良く感電して湯船にプカプカ浮いていたのだが、悲鳴を聞いて飛び起きたシロとアリスによって無事に救出されたというのは後日談である。
ついでに次の日の事。リードはけろっとしていて鉄兵に質問攻めを開始したわけなのだが、なぜかアリスは機嫌が悪く、その日は一日口をきいてくれませんでしたとさ。
9/11:御指摘いただいた点を修正。水素(H)とヘリウム(He)を間違えるとか超恥ずかしい!
12/18:指摘いただいた誤字修正
ちなみに風呂桶に使っていたリードも
→浸かって
2011/10/18:指摘いただいた誤字修正
掃除する事にした[す]
→掃除する事にした
2011/12/19:指摘頂いた誤字修正
鉄兵[を]質問攻めを開始した
→鉄兵[に]質問攻めを開始した