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癒神サクヤの願い

 困った事になったな。というのが鉄兵の現在の偽ることのない心境であった。


 目の前には自分を神ではないかと疑う神官。横にはあまりにもな状況について来れてないシロとアリス。聞いた話によれば、目の前で自分を神呼ばりした人物はこの国の城付きの大神官である。つまりはこの国で一番偉い神官なのだ。その人物が一目で本気とわかる表情で「あなたは神か?」と問うたのだから、シロやアリスがこれほどまでに動揺するのも無理はないのだろう。


 どうにかしてくれと何もかもをも放棄して 逃げてしまいたいような状況だが、自分に注目が向いている状況だからそういうわけにもいかないだろう。ならどうするかといえば。「あなたは神か?」と聞かれたのだ。素直に答えるしかないだろう。


「違います。人間です」


 鉄兵はうんざりとした表情を隠しもせずにそう答えた。この世界の神がどんなものかは知らないが、少なくとも鉄兵は自分が神だと思わないし、神だった事もないし、神になろうとした事すらない。それに謎の翻訳機能が自分と同じ種族のことを人間族だと訳したのだから、人間であることに間違いはないだろう。


「本当に。ですか?」


 きっぱりと否定したのだが、イスマイルはなおも鉄兵に詰め寄ってくる。いったい何を根拠にこの人はそんなに事をきいてくるのだろうか?


「本当です……よ。多分」


 そんなに何度も強く聞かれてしまえば、間違いのない事実でも疑ってしまう。鉄兵は何が真実か自信を失いかけてしどろもどろに答える。


「そうですか……」


 しかし、戸惑う鉄兵の姿を見て、返ってイスマイルは納得したようで、自分の有様に気がついて恥ずかしそうに顔を赤らめて立ち上がった。むさい顔が赤らんでも誰も得はしなかったが、妙に愛嬌があったので場の空気が和んだ。


「これは皆様、見苦しいものをお見せいたしました」


「よい。しかしイスマイル。いったいどういう事なのだ?」


「そうだぜ。大神官様が神呼ばわりたぁ穏やかじゃないな」


「それは……ですね」


 と、その時。イスマイルの腹が盛大に音を鳴らした。


「これはまた、はしたない所を……」


「とにかく食事にしよう。話は食事をしながらで構わないだろう」


 苦笑交じりにアリスが手を振り控えていた兵士に合図を送る。全員が席に着き、食事の支度が始まった。


「カティス町を救った英雄・鉄兵に。乾杯」


 まずは給仕によってワインが注がれ、全員に行き渡ったところでアリスが乾杯の音頭をとった。英雄とかマジ勘弁と言ったはずだが、やはりわかって貰えてなかったようだ。


 続いてオードブルが運ばれてきた。なんで詰所でこんな本格的に給仕されるのかとも思ったが、王女様が滞在しているのだから不思議でもないのかもしれない。


「さて、話は食いながらでもいいよな。さっきのアレはいったいどういうことなんだい?」


 オードブルのローストビーフらしきものを器用にナイフとフォークで丸めて口に運びながらシロが言う。鉄兵としても気になったので目線でイスマイルを促してみる。


「はぁ……あ、まずは自己紹介が遅れました。私はオズワルド王国でサクヤ教の神官を纏める任につかせていただいているイスマイル=マグナルカと申します」


「シロディエール。しがない竜人の旅人だ。シロでいいぜ」


「香坂鉄兵です。呼びにくかったらテツでいいです」


「シロ殿と、テ……テツ殿ですな」


 やはり鉄兵の名前は発音が難しいようで、イスマイルは何度か鉄兵の名前を本名で呼ぼうとしたが、どうにも発音できないようで諦めてテツと呼んだ。


「それで、どういうことなんだ?」


「はい。それはですね……」


 シロに促されてイスマイルが語りだす。


「実は私が大神官の任についていますのも、法力の事もさることながら、生まれながらに一つの能力がある事が関係していまして。その能力というものが、他人の魔力を目で見ることなのでございます」


「ほう。魔見眼とは珍しい」


「はい。それでテツ殿の姿を目にしてあれほどまでに動揺してしまったわけですが、はっきりと申しまして、テツ殿は異常というのも可愛らしい程の魔力をお持ちになっております。しかも今詳細に見させていただいているところ、どこから供給されているのやら、微量ながら常に増幅していっているようにも思われます」


「ふむ。そういうことであったか」


 納得が言ったというようにアリスが深く頷く。


 とりあえずは鉄兵も納得がいった。リルの件でわかったことだが、自分は少なくとも普通の人間の24000倍の魔力を保持しているのだ。魔力が見えるというなら、自分を見て驚くというのも実感は無いが理解できる話なのだろう。


 しかしそれでも神官と呼ばれるような人が軽々しく人の事を神だと思うものなのだろうか?


「いえ、話はそれだけではありません。そのテツ殿の魔力なのですが、その性質が非常に我等にとって馴染みのある魔力波長をしているのです」


「……そいつはつまり」


「はい。つまりは我等が神であるサクヤ様と非常によく似た魔力波長をテツ殿はお持ちなのです」


「…………」


 部屋が沈黙に支配された。鉄兵には何が凄いのか良くわからなかったが、なにやらものすごく重大な事だったらしい。


「……なるほどな。サクヤ嬢か。どうりでテツとあった時に懐かしい気がしたわけだ」


「嬢!? ……あーいえ。シロ殿は竜人でしたな。面識がおありでしたか」


「まあな。サクヤ嬢を最初に見つけたのは俺だし……ってか、そういやサクヤ嬢もテツと同じように川に流れたな。状況がかぶってないか?」


「なんと! あなた様が伝承にあるサクヤ様を導きし子供の白竜様であらせられましたか!」


「導いたってな大袈裟だぜ。俺は近くにいただけさ……」


 なにやら話が盛り上がってきたようだが、鉄兵は置いてきぼりである。そろそろ説明を促すべきであろうか?


「あのー……質問良い?」


「あ、はい。失礼いたしました。なんでしょうか?」


「サクヤさんって誰ですか?」


 イスマイルの表情が凍りついた。なんだかとても怖い。


「サクヤ様を知らないとは……」


「あーこいつは他の大陸から来たらしいからな。まだサクヤの力が知られてないんじゃないか。というかあれだ。テツよ、おまえさんもひょっとして異世界から来たんじゃないのか?」


「……いや、なんの話やら」


 異世界から来たと言われてぎくりとしたが、鉄兵はとんでもない厄介事に巻き込まれそうな気がしたので、本当になにがなにやらわけがわからないという表情をして誤魔化した。どうもシロには誤魔化しきれなかったようだが、アイコンタクトで黙らせる。


「ふむ。サクヤ様の恩恵にいまだ与れていない大陸があるとは哀れなものだな。イスマイル。説明を頼む」


 ついでにアリスにも誤魔化しきれてなかったようで、疑いの目を向けられてしまったのだが、アリスは空気を読んでくれたようだった。アリスに促されてイスマイルが我を取り戻す。


「あ、はい。了解いたしました。そもそもサクヤ様は……」


 というわけでイスマイルに簡単な説明をしてもらった。ちなみに当初イスマイルは小説3冊分くらいある、非常に詳細な説明を始めようとしていたのだが、途中で気が付いたシロとアリスの二人に止められるという一幕があったのはご愛嬌。誰でも自分の専門になると口が止まらなくなるものだ。


 イスマイルに説明してもらったサクヤ教の話を要約すると、以下のような事らしい。






 時は800年ほど前。この大陸が未だ戦国時代にあり、竜人族達が大陸の端の山脈に細々と暮らしていた時代の事。黒目黒髪の見目麗しい少女。サクヤと名乗るその人物が最初に歴史に姿を現したのはそんな時代のある竜人の集落であった。


 異世界から来たと訴える少女。計り知れぬ魔力を持ち、その全てを癒しの力に特化させたその少女は、戦乱の世を憂い、強引とも言うべき方法を用いて戦乱を治めてしまう。つまりは竜人の心を揺り動かし、その圧倒的な力を持って中央を占拠し、拡大する一方であった戦局を縮小させ、統一を促すという方法である。


 少女の願いは竜人に受け入れられ、竜人は少女に従った。少女もまたその自身の能力を極限まで活かし、少女の願いはその内容とは裏腹に、奇跡のような損害で成し遂げられた。


 竜人は枯れた種族であるがゆえにその統治は不正も無く、拙くはあるもののそれ以前のものよりは格段に優れた治世と言えた。


 だが、そうは言っても国を奪われてその支配に甘んじぬ者も少なくは無く、難民は増え、領土拡大の夢絶たれた領主達は残った領地を巡り争い、戦いはそれ以前よりも過酷で激しいものとなった。


 少女はその状況を憂い、竜人の長に少しでも被害が減るように、少しでも理不尽が減るように、竜人による世界の見回り活動を申し出た。


 少女の願いは叶えられ、多くの竜人が任務を帯び、諸国を漫遊するようになった。


 そして少女もまた旅に出る。少女は数多くの怪我人を、病人を救い、旅を続けた。


 しかし、人一人に出来る事などは高が知れている。


 少女は力の足りぬ自分を責め、疲労し、疲弊し、やがて姿を消した。


 そして少女が姿を消して数ヵ月後の事である。この大陸で奇跡が起こり始めたのは。


 その奇跡は、傷つき、死に行く者達の死の床に臨み、癒したい、救いたいと切に願う者達の元に起こった。


 つまりは、治癒の奇跡の具現である。


 治癒の奇跡を起こした者達は、誰一人例外なくある言葉を聞いていた。


 それは、一人の少女の「その人を救って」という悲痛な叫びである。


 サクヤという名の少女の身に何が起こったのかを知る物はいない。だが、その少女が何を考え、何を望んでいるのかは、少女の声を聞いた者であれば誰一人知らぬ者はいない。


 その切な願いを聞いた者は例え魔力を持たぬものであってもサクヤの魔力を分け与えられ、強力な治癒の魔術を使えるようになった。


 人はそれを魔力ではなく法力と呼び区別して、サクヤを神と敬い、その声を聞く者を神の願いを代行する者。つまりは神官として崇めた。


 かくしてその声を聞いた者はサクヤ教という教団を作り、今に至るというわけである。






「これがサクヤ様に関する言い伝えでございます」


 話し終えたイスマイルは微妙にテンションが下がっていた。その気持ちは、鉄兵もなんとなく分かる。食事はデザートに移り、皮の剥かれたグレープフルーツらしきものが食卓には並べられていたが、鉄兵はどうにもそれに手をつける気になれなかった。


「私も巨人族であるがゆえほとんど魔力を持ちませぬ。しかしサクヤ様のお力により、この体躯が持つ破壊の力ではなく、人を癒し、平和を築く力を与えてもらえたのです。ですが……」


「イスマイルさんよ。それ以上は言わなくても良いと思うぜ」


「はい……」


 シロとイスマイルの気持ちはなんとなく分かる。本当になんとなくである。イスマイルは癒しの奇跡を行うたびに少女の悲痛な叫びを聞いている。しかも大神官とまで呼ばれる存在なのだから本当に彼女の真に迫る声を聞いているのだろう、シロに至っては800年来の知り合いが未だそんな悲痛な声を上げているのだ。彼らの胸の裡はどれほどのものなのだろう。


「で、テツよ。俺達に言う事はあるかい?」


「ん? ……そうだな。シロってすごい爺さんなんだな」


 シロとアリスの口から盛大に溜息が漏れる。盛大に呆れられてしまったようだが、こちらにも事情がある。容貌や名前、能力などから察するに、認めたくはないがどうにもサクヤという人は自分と同じ世界から来た人の可能性が高い。けど、それをこんな誰が聞いているか分からない状況で暴露して面倒事に巻き込まれるのはごめんである。なので聞いている兵士がいるとアイコンタクトすると、どうやらシロもアリスも分かってくれたようだった。


「……そりゃまあ人間族に比べれば爺様だがな。俺はまだ若い方だぜ」


「ふむ。そういえば竜人は一万年生きると聞いたことがある。本当なのか?」


「いや、五千歳くらいでくたばってやるさ。竜人は何年生きちまうか分かったもんじゃないから、去り際になったら竜の墓場で即身成仏になるのさ」


 非常に下手な誤魔化しの会話が目の前に繰り広げられる。言葉だけだとわからないが、実際のところ、二人の会話は相当ギクシャクしている。下手な演技に溜息が隠せない。どうもこの茶番の意図を察してしまったらしいイスマイルは顔色が青白くなってきたし、側に仕えていた兵士もやはり事実に気が付いたようで、意識が朦朧としているようだった。察しが良すぎる人ばかりでこまる。


「そういえばイスマイルさんは国の重臣なんですよね。なんでこんなところにいるんですか?」


 仕方が無いから自分で話を逸らす。そうしたら予想外なほど強烈な話が返ってきた。


「は……あ、はい。それは姫様の見合いのためです」


「見合い!?」


 晴天の霹靂であった。鉄兵もいい年の男の子なので、そんな関係ではなくとも美女が他人の者になると思えば動揺してしまうのは攻めないでやって欲しい。


「はい。残念ながら姫様を取り押さえて城に戻す事が出来るのは今のところ私しかおりません。ですから見合いの度に城にはいない姫様に対する使者の役目が回ってくるのです」


「はぁ。イスマイルさんは強いんですね」


 リルほどではないが、アリスの脅威度は例の森の中での出来事で思い知っている。他には聞いた話でしか知らないが、アリスの腕は確かなようだし、それを取り押さえられると言う事は、イスマイルというこの人物は神官という職業ながらどうやら凄腕のようだ。


「いや、武力では姫様には敵いません。ですが姫様も私に対して致命傷になる攻撃はしてきませんので、いつもは適当に刺された所を強引に取り押さえて自分を治癒しながら国に帰っております。まさにサクヤさまさまというのが情けない事ではありますが、それが我が国の現状です」


 本当に情けないし少女サクヤの願いを何だと思っているのかと思ったが、それは大人なので発言は控えた。まあとりあえず話が逸れたから良いとしよう。


「また見合いか。今回は都合が良いから王都に赴くが、いくら見合いを組まれようと私より弱い男に組み敷かれる気は無いぞ」


 溜息を吐きながらのアリスの言葉。この口調だとどうやら今までも何回か見合いを組まれて実力で押し切っているようだ。相手の男には素直に同情する。


「またそのような事を。姫様より強い人間族などこの国にはおりますまい」


「そうでもないぞ。私より強い男はいっぱいいる。例えば鉄兵とかだな」


 そういってアリスが自分を指差す。なんかもう嫌な予感しかしない。


「昨日の夜。鉄兵はあの巨大なフェンリルを折伏した。私も一部その手伝いをしたわけだが、その手際を見たところ、私は鉄兵に敵う気がしない。伴侶とするならば鉄兵ぐらいの実力者を私は望んでいるだけだ。それは立場を考えれば贅沢な事であろうが、不可能な事ではあるまい」


「何を仰いますか!」と猛烈な反撃に合う事を予見していたのだが、予想と反し、イスマイルの口から出たのは「ほう」という低い声であった。もう本当に嫌な予感しかしない。


「そう……でございますか。あ~ところで姫。リル殿に関する事はもうテツ殿に話しましたか?」


「いや、まだだったな」


「では、お早めにご報告を差し上げた方がよろしいかと」


「う……うむ。そうだな」


 アリスがイスマイルに促され、こちらを向く。アリスの表情は分かりにくいが、なぜか嬉しそうにも見えた。


「リルの件だが、父王のお言葉によれば鉄兵が飼う事に異存は無いそうだ。ただ、個人的な興味によりリルと鉄兵を見てみたいそうなのだ。なので私と一緒に王都に赴いてもらうが異存はないな?」


「……了解」


 話自体はそう大した事ではない。むしろそれくらいでリルを飼う権利を認めてもらえるのだから喜ばしい事だろう。


 だけど、なぜだろう。蜘蛛の巣に引っかかり、じわじわと糸に身を巻かれている様な感覚を受けるのだ。今までの会話の中に、この本能に訴えかけてくるような危険な予感の鍵が隠されていたのだろうか?



「こちらもまだやる事があるから出発は二日後になるが、構わぬか?」


「了解いたしました……」


 心地よいのか気持ち悪いのか。自分でも理解不能な予感に蝕まれつつも、原因の分からぬ鉄兵はただ頷いた。自分では自分は頭が良いと思っていたのだが、この予感の正体に思い当たらぬのだから、自分はそんなに頭が良くないのかもしれないとちょっとショックを受ける。


 ちなみにさっきから会話に参加していないシロだが、ワインをちびちびやりながら、こちらを見てなぜかニヤニヤしている。どうしてか分からないが、後で一発ぐらい引っ叩いても文句は言われない気がする。


「まあ飲めよ」


 シロがワインのボトルを突き出す。


 鉄兵はどうにも納得がいかないながら、解けぬ問題に悩む頭を誤魔化すようにシロにグラスを突き出した。

8/31:文章修正

「どうもイスマイルは」→「どうもこの茶番の意図を察してしまったらしいイスマイルは」

「死に行く者達の死の床に」→「死に行く者達の死の床に臨み」


2011/10/18:指摘いただいた誤字修正

そして少女が姿を[姿を]消して

→そして少女が姿を消して

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