ある工業大学生の日常と旅立ち
香坂鉄兵は非常に残念なイケメンである。
186cmという高身長に82kgの体重。やや重量級ではあるがそれは太っているというわけではなく、全身の筋肉が鍛え上げられているせいである。
かといってマッチョな体形をしているのかといえば、脱げばそれなりにゴツイ体格をしているものの、彼は作業着以外の普段着では自分の体形よりもかなり余裕のあるゆるい服装を好んできているために着やせして見える。見ようによってはモデルのようにも見えなくはない。
髪は巻き込まれると大変な事故になりかねない機械をよく扱う関係で短く刈り込んでいるが、クセ一つなく、長くすれば女性も羨む様な質のものになるだろう。
容姿は無論、非常に整っている。あえて言えばややタレ目でそのせいかいつも眠たげにみえるところが気になるものの、そのタレ目でさえ、人と話している時に小首を傾げる癖がある彼には、そのタレ目と仕草が天然の流し目になっていて、男の友人でさえも話しててたまにやばいと感じる程の評判である。一つ一つのパーツは無論美しく、絞まった表情は凛々しい。まさにイケメンと呼ぶに相応しいものである。
香坂鉄兵は非常に残念なイケメンである。
とはいえ、それは世間で言うところのようなヘタレであるとか性格が破綻しているかということではない。
ではなにが残念なのかといえば、有り体にいえばそのイケメンっぷりを発揮させるような環境にないことと、本人自身が自分の趣味と学業に夢中なためにそれを活かす事に関心がないところである。
小中学生の頃はチビで太っていたため注目されることもなく、ひたすら部活の剣道に明け暮れる剣道少年だった。
高校生になると身長が伸び始め、それに伴って腹の横にあった脂肪は身長に引きずられるように縦に筋肉となって今の容姿に落ち着いたわけなのだが、高校は男子校であり、モテはしたがそれは男にばかりであった(ちなみに高校でも剣道部に所属していたのだが、今の容姿に落ち着いた頃から先輩に妙な視線を投げかけられるようになったので身の危険を感じて辞めた。にも関わらずいつも竹刀を持ち歩いていたわけなのだが、それが結構な頻度で使用されていたことについては彼を哀れんで欲しい所である)
無論、町に出ればそれなりに注目もされていたのだが、結構な近眼である彼は本を読むときや機械を弄る作業をするとき以外は眼鏡を外しているのでその視線に気がつくことはなかった。
高校で部活を辞めて暇を持て余した彼は、家でゴロゴロしていたところを父親にとっ捕まり、時給250円という労働基準法に違反する賃金で父親の経営する町工場でこき使われ、灰色の青春を過ごす事になる。
とはいえ、それがつらく悲しいものだったのかと言えば本人的にはそうでもなく、町工場で旋盤を操っているうちに機械工学に興味を持ち、のめり込んで行った。あまり勉強をする方ではなかったが、実際にはかなり頭の良い彼は、興味が湧いた途端にみるみると成績を伸ばし、家から近い中では一番良い工業大学の機械工学科に進学した。
大学は共学であるが、悲しいかな工業大学であるために女生徒はほぼデザイン系の学科にしかおらず、機械工学科には50:1程度の割合でしかいない。それでも女性がいるにはいるのだが、そういう環境にいる女性はちやほやされるために色々勘違いをしているか、もしくは池袋辺りに生息している人種だけだった。
前者も後者も見目麗しい鉄兵に当然のように擦り寄ってきた。だが、姉が二人いるために女性の本性というものを嫌というほど知っていて女性に幻想を抱く機会すらも与えてもらえなかった彼は、前者には冷ややかな態度を取っていたために敵視され、後者とは敵対していないものの、妄想の餌食にされ続けている(彼女は漫画研究会に所属している。漫研に所属している男友達が一度ニヤニヤしながら会誌を持ってきて見せられた事があるのだが、彼はそれを絶叫しながらその場で破り捨てて部屋の隅で長いこと怯えていた)。
ともあれ、大学で彼はめきめきとその才能を発芽させ、水を得た魚のように活動を始めた。一度興味を持って勉強したことは忘れないという擬似的な完全記憶能力を自力開発した彼は授業では無論トップクラスの成績を収め、入ったサークルの機械工学研究会では気の合う仲間と無駄に本格的でお馬鹿な発明をしては笑い合い、製作過程と結果を動画にして公開しては注目を集めたりと充実した毎日を送っていた。
二年になる頃には、公開した動画を見て、いたく気に入られた機械工学研究会の顧問の教授にスカウトされて教授の研究室に入り浸るようになり、二年の後半になる頃にはもはや家に帰ることもなく大学の研究所に住み着いて暮らしていた。
三年になった今では院生の研究の手伝いをするどころか自前の研究を始め、教授が忙しい時には教授の代わりにゼミや講義を行うなど、もはや一介の学生とはいえないような生活を送っていた
もう大学院に進む事も決めていたし、このまま人生を送れば院生・研究生・準教授・教授と工学に身を捧げる人生が待っているのは明らかだったし、彼もその道に疑問を感じてはいない。
だが、この話の主人公である彼には無論そんな人生など待っているはずもない。
転機が訪れた鉄兵のその日の行動はいつも通りであった。
いつものように講義を終えた鉄兵は、サークルに寄って同期の仲間と
「次の発明どうするよ?」
と無駄にレベルの高いバカなアイデアを出し合って駄弁ったり
「いいからこの漫画は見ておけ!」
と同期にお勧めの漫画を熱く語られたり借りてみたり
「おまえのイケメンは残念すぎる」
とおちょくられたり
「おまえの漫画も裕子(漫研所属・池袋系同期)に描いてもらおうか?」
とやり返したはずが結局その相方は自分になることに気がついて猛烈に自爆をし、双方ともに悶絶したりしていたら、研究室のゼミ生が訪ねてきた。
どうも研究でわからない所があるから院生に質問したら
「忙しいから鉄兵に聞いて来い! あ、あとそれ終わったらこっち来て手伝うように言っといて~」
と言われたらしい。これは結構よくあることなのでサークルの仲間も慣れている。
仕方がないからゼミ生と一緒にサークルを出た鉄兵は、ちょうど飯時だと言う事に気がついて
「先輩! お腹空きました!」
と図々しく夕飯をねだっておごってもらいながら質問に答える。ちなみに体育会系出身の鉄兵は先輩に甘えはするが従順なので先輩方には結構受けがいい。
夕飯が終わり、ついでに夜食用にカツサンドをテイクアウトしてゼミ生達と研究室に戻ったら
「おう、鉄兵。いいところに戻ってきた。ちょっと手伝ってくれ~」
という院生に攫われて研究用の倉庫で手伝いをした。その手伝いが終わると
「どこが悪いんだろな~」
と研究室のテレビで教授には隠しているスーファミを取り出してマリカーで対戦しながら討論を重ねた。
そんなこんなで夜も更けて十時を過ぎると院生も帰っていき(ゼミ生はとっくに帰った)、鉄兵は自分の作業を始めることにした。
鉄兵は自分の卒業研究を早くも進めているが、三年ということもあり、焦るようなものでもないのでのんびりと進めている。そんなこんなで気がつくと日が変わっていたので卒研の方はこれまでとし、少し休憩する事にした。
研究室に戻って夜食用に買っておいたカツサンドを取り出し、夜の大学をてくてくと闊歩して研究用倉庫に戻る着いでにペットボトルの紅茶を買う。ちなみに夜の大学は基本立ち入り禁止だが警備員の人達とは顔馴染みでもはや見逃されているし、成績が良く大学に利益をもたらすことがほぼ確定している鉄兵は学長からこっそり研究室棟と研究用倉庫の鍵をもらっていたりするので問題はない。
研究用倉庫に戻った鉄兵はカツサンドを頬張りながら趣味の研究の方に移ることにした。
勝手に大学の設備を使って行っている研究は、簡単に言えば似非ニュートリノ検出器である。とはいえまだまだ一介の学生である鉄兵にそんなものが作れるわけもないし、そんな設備があるわけもない。こんな感じか? と一応理論にだけは則っている、簡単に言えば「適当に似たようなものを作ってみた」系の、まさに趣味のミニチュア模型である。
昨日の段階でほぼ完成していたので、鉄兵はカツサンド片手にちょくちょくと微調整を行い、ちょうど一つ目のカツサンドが食べ終わった頃に完成した。
「ふむ」
完成したそれを見て鉄兵は満足気に頷くと、二つ目のカツサンドを手に取りながら連動しているPCを弄くってさっそくスイッチを入れてみた。
低いうねりを上げて機械が動き出す。
「うし!」
それを見て、鉄兵は小さく喝采を上げた。
なんの意味もない機械だが、やっぱり正常に動くと気分が良い。一応製作過程の映像はとっているのでこれもネタ動画として公開するか? とか考えながらPCモニターを見た鉄兵は、そこに異変が起きていることに気がついた。
PCモニターを見ると、何かを検出したようだった。
無論、ニュートリノのはずはない。というか検出されたらされたで大変な事になる。
そんなバカなと思いながらPCモニターに目を寄せ、その正体を見定めようとした鉄兵は、そこで意識が飛んだ。
その身体が煙のように掻き消え、鉄兵が手に持っていたカツサンドだけが床に落ちた。
ふいに機械がショートを起こして動作を止め、PCはエラーを起こしてモニターはブルーバックを映し出した。
しかし、それを見るものはなく、研究用倉庫は朝になって院生が来て散らかった倉庫内を見て怒り出すまでは無人のままであった。
11/18:報告いただいた誤字修正
「工業大学の機会工学部に進学した」→「工業大学の機会工学科に進学した」
11/25:同じところをさらに修正
「機会」→「機械」
これは恥ずかしい……
12/29:指摘いただいた誤字修正
機械を弄る作業をするとき意外は
→以外は