2日目③
「ハハ……魔道具の仕組みって、こうなってるんだ……魔道車は……へー、面白いな……ハハ……」
ウーノは空笑いをしながら、魔道具についての本を読んでいた。ラシスカ語は表音文字だし言葉は分るので、そこそこ勉強が得意な彼は文字もすぐに覚えることができた。
今彼は、役所に併設された図書館にいる。工学部男子としてずっと気になっていた、この世界の魔道具や魔導車の仕組みについて学べて、知識欲を満たせて満足だった。
それはそれとして、自分の人生が不意打ちで狭められてしまったショックは残っていた。いや、それよりは言葉を重ねても、ペット扱いなことが悲しい。
確かにミーシャも、貞淑な淫紋を刻んだ。自分だけが制限されているのでは無い。しかし、拒否権も無ければ十分な説明も無かったではないか。これでは対等な夫婦とは言えない。
モヤモヤしつつページをめくる彼の手には、灰色の長手袋がはめてある。儀式の後、不意の接触で刻印が発動しないようにするためにもらったのだ。
「ふふ、ウーノさんも男の子、ですね。私には、あんまり面白味が分からないですけど……」
ニコニコとしながら、ミーシャは魔物の生態の図鑑を読んでいた。仕事に活かすらしい。
この世界で男が稼げる仕事は3つある。1つは売春、もう1つは税金やら帳簿を付ける計算などの一部計算事務作業、そして最後が魔道具の作成と管理である。こちらでも女は感情的、男は理屈っぽい、という傾向はあるようで、そうした計算や論理的な仕事は、男性にも参加する余地があるのだ。
ウーノはミーシャに一方的に養ってもらう状態を脱却するために、自分の興味とも一致した魔道具方面で稼いでいきたいと思い、勉強しているのだった。
「まあ、そうなのかな?でも、女の人の方が、魔道具作ったり設計する仕事をしてる人、多いんでしょ?」
男性でも稼げる、とはいっても、そもそも男の社会進出が明治大正レベルなので、労働に従事している男性総人口がそもそも少ないのだ。
「でも、女の人が魔道具を作るときは、フィーリングでやることが多いって、聞いたことがあります。どうやったら魔力が伝わりやすいか、なんて考えたり勉強して作るのは、男の人っぽいって思います」
魔法は感情の世界で、フィーリングで使用する。道具に魔法を落とし込む魔道具の世界でも、感情とフィーリング、そして魔力量のごり押しで魔道具が作れてしまうのだ。
「まあ、そうなのかな?……よし、この本は終わり!次は……歴史の本にしようかな。ミーシャちゃんも、次の本、何か持ってくる?」
「私はまだ、読み終わっていないので、大丈夫です」
この世界の男女の違いについて思いを巡らせつつ、ウーノはノートに要点をメモすると、本を閉じて立ち上がった。
ミーシャは読んでいる図鑑を掲げて見せたので、彼は魔道具の本を元の書架に戻すと、歴史書のエリアに立ち入った。
「……あ、これが西での戦争についての本か」
ウーノの出身地と言うことになっている、西部新領。それはポツカ共和国と言うラシスカ帝国の西の隣国から、去年の戦争で獲得した領土のことだ。
誰かに聞かれたとき、説明できた方が良いだろう。興味を惹かれて手に取ろうとした時、横からも同じように手が伸びてきた。
横目でその手の主が女性だと気が付いたウーノは、慌てて手を引っ込めた。手袋をしているが、万が一がある。窮屈な話だが、肌触れてはいけないのだ。
女性はウーノが取ろうとしていた本を抜き取ると、優雅に一礼した。
「あら、ごめんなさい、ミスター。でも、殿方が一人で図書館だなんて、珍しいですね」
「い、いえ。妻も一緒にいます。俺は新しい本を取りに……」
ドリルツインテールという、如何にもな髪型をした淑女に指摘されて、ウーノは首を振った。
「あら、それは失礼。奥様のために本を探すなんて、できた奥さんですわね。こちらの本、先にお譲りしましょうか?」
「ん?ああ、いや、それは自分で読もうと思っていた本なので……お構いなく」
ウーノが申し出を断って、他に最近の出来事を書いた本がないかと探していると、咳払いが聞こえた。
そちらを向くと、淑女が扇で口元を隠しながら、どこか睨むような視線を向けていた。
「コホン……これは歴史書、特に軍事の本です。男性であるあなたが読むのは、はしたないですよ。恥を知りなさい」
「……は、はぁ?いや、本を読もうとしただけで、そんな……」
ウーノが反論しようとすると、女性は扇をピシャリと叩いた。
「お黙り!まったく、最近の男性は、身の程をわきまえなくて、困ります。良いですか、男が生涯で読むのは、3冊の本だけで十分です。アモリア教の経典と、父から受け継いだ料理のレシピ本と、算術の教科書だけです。それを、歴史書なんて……」
「あ、あの、夫が何か……?」
スイッチが入ってヒートアップしたように捲し立てる女性を止めたのは、言い争うような声を聞いて駆けつけてきたミーシャだった。
年上の不機嫌そうな淑女相手に、怖気づきながらも、ウーノと女性の間に割って入った。
「あら、あなたが旦那さん?ちょっと、奥さんの教育、しっかりした方がよいですよ?ピシッと言わないと、男性というのは非力なくせにすぐにつけ上がるんですから」
「え、えっと、ごめんなさい?あの、何かご無礼を……?」
「無礼というか、こんな本を読もうとしてたんですよ。あなたの奥さんは。ちゃんと注意なさい」
そう言って、淑女は自分が抱えていた本をミーシャに見せた。
「え?そ、それだけ、ですか?去年の戦争の本を、読もうとしただけ?」
「それだけって、あなた……男なんてのは、家計簿の付け方と、魔道具の直し方さえ知っていれば、それで十分です。それ以外のことを学ぼうとするなんて、分不相応です」
今すぐにでも女性の胸倉を掴んで怒鳴ってやりたい気分だったが、ウーノは歯ぎしりするしかできなかった。
胸倉を掴もうとしても、すぐに投げ飛ばされるか、魔法で痛めつけられるだけだ。
魔力で強化されている女性の肉体には、男性は勝ち目がない。年下で小柄なミーシャにすら、押し倒されて肩を抑えられたら、抵抗できないのだから。
「……べ、別に、良いじゃないですか。ウーノさんは、夫は、私にはもったいないくらい、素晴らしくて、立派な男性です!良く知りもしないくせに、口を挟まないでください!」
「ミーシャちゃん……」
そんなウーノの悔しい気持ちを代弁するように、ミーシャはピシャリと言い切った。しかし緊張しているのか、首筋には冷汗が垂れている。
コミュ障な彼女が初対面の相手に、自分のために無理をして強気に話すことに、ウーノは感動と感謝を覚えた。
「……はぁ。胸が小さいから、そんなはしたない男に捕まるんですよ」
女性はミーシャを相手することを諦めたのか、捨て台詞を吐いて立ち去っていく。
「む、胸は関係ないですよね!?」
ミーシャはその言葉に怒り心頭といった具合だったが、ウーノはミーシャが自分のために怒ってくれた、という事実が嬉しくて、そして情けなくて、彼女を後ろから抱きしめた。
「……ミーシャちゃん、ごめんね」
「う、ウーノさん!?だ、ダメですよ、ここは図書館ですから、こういうのは、部屋に戻ってから……あ、でも、静かにしないといけない場所でというのも……」
「さっきのミーシャちゃん、すごくかっこよかった。でも、無理させちゃったね、ごめん」
何やら変なことを考えているミーシャを無視して、ウーノは感謝と謝意を伝えた。
その声音に何か感じ取ったのか、顔を赤くしていたミーシャは平静になると、前に回されたウーノの手を優しくなでた。
「もう、謝らないでください。私たちは、夫婦なんですから、助け合うのは当然です。それに、ウーノさんの勉強熱心なところ、私は大好きですよ。ま、周りの人が、何を言ってきても、気にしちゃだめです!何かあっても、私が、守ってあげますから!」
「うん、ありがとう……」
そう励まされても、ウーノは気分が晴れなかった。
ミーシャが言い返した言葉は、本来では自分が言うべき言葉だったのだ。
それを、話すのが苦手なミーシャに代弁させてしまったことが、悔しくて、無力感を覚えてしまう。
そんなウーノに気が付いたのか、ミーシャは抱きしめられたままごそごそと体の向きをかえ、ウーノと向き合った。
そして彼の頬を両手で挟んで、微笑んだ。
「それで、もしも私が困ったり、弱ってたら……ウーノさんが、私を助けてください!守ってください!」
その言葉に、ウーノは救われたような気持になった。
ミーシャが自分の想いを、対等でありたいという願いを汲んでくれたのが、たまらなく嬉しくて、満たされた思いだった。
「ありがとう、ミーシャちゃん。俺、ミーシャちゃんと結婚できて、良かったよ」
「……はい!私こそ、です!」
別にミーシャ以外の女性と触れ合えなくたって、良いじゃないか。だって、こんなに自分を分かってくれる人は、他にいないだろうから。
まあ確かに、ちょっと束縛気味でこちらの意見を聞かずに強引にことを押し進める所はあるが……それでも、この世界では分不相応な、『妻と夫で対等な関係でありたい』と言う願いを、汲んでくれるのだ。
ミーシャは、こちらが望む妻の在り方になろうと、寄り添ってくれている。ならば、自分も彼女が望むであろう夫の在り方に、寄り添わなくては。
「俺、ミーシャちゃんのこと、愛してる」
ウーノは初めて、ミーシャに愛してると伝えた。大好きから一歩進んだ、さらに深い言葉を、今、初めて。
「……わ、私だって!ウーノさんのこと、世界で一番、愛してますから!ふふ……愛してます、愛してます……!」
ミーシャは心底嬉しそうに、ウーノの胸にグリグリと頭をこすりつけた。そんな妻が愛おしくて、ウーノは彼女の頭を優しくなでた。
愛してる。それは強引に押し倒されて始まった、この関係を心から受け入れる、ウーノの宣言だった。
切っ掛けはどうであれ、この世界で一番、自分を大切に思ってくれる女性は、ミーシャで間違いない。ミーシャが、自分にはウーノしかいない、といったように、自分にはミーシャしかいない。
ウーノは自分の下腹部に刻まれた刻印を、心の底から受け入れることができたのだった。
「……まあ、そんな感じで、俺はこの刻印を受け入れることにした。だから、許すよ、うん」
宿に戻ってきたウーノは、魔導車を取りに行っているミーシャを待つ間。ニヤニヤとしているイネッサに図書館の話をした。
しかし最初は面白そうに聞いていた彼女だが、最後の方になると何とも言えない顔である。
「そうかい……いや、何ていうか……ミーシャにDV彼女の素質があったとは、驚きだねぇ。昨日私に禁術を撃とうとしたことと言い、意外と心の奥底には凶暴性があるのかねぇ」
「DV彼女の素質……?いや、まあ確かに、魔法で脅されたりしたけど……刻印の時とかまさしく。でも図書館では守ってくれたし、でも俺の対等でいたいって言う俺の願いに寄り添ってくれたよ」
「チョロいね!いいかい、DVってのは、何も彼氏を暴力で縛るだけじゃないんだ。暴力で恐怖を植え付けつつ、その後で時間を置かずに優しくするんだ。そこで男に、やっぱり優しい人だ、って錯覚させて、関係性を自分で肯定させるのさ」
「う、うーん……俺が?加害者じゃなくて、被害者になるのか?いや、この世界だとそうかもだけど……」
『お前、彼女作ったらモラハラDV彼氏になりそうだな』。昭和気味の男女観を持っていたウーノは、男子高時代に、同級生からそう揶揄われたことがある。
その言葉は、割と彼にガチ効きし、DVやモラハラについて調べたことがあるのだが……あれ?俺もしかして、DV被害者の弱い女性ポジションになってる!?
儀式の時にも『これはDVだ』と反応したが、まさか根本的に関係性からしてDV状態だったとは……
「まあ、ミーシャの奴、風呂場で話した時に、アンタがアタシの居乳に釘付けだったって話したら、すごく不安がってたからねぇ?そこら辺、アンタがちゃんとミーシャに一途だったら、こんなことになってなかったかもしれないけど……」
「そ、そうだよね。うん、俺のせいでミーシャちゃんはちょっと思いつめちゃっただけで……」
「おいおい、アタシが誘導したとはいえ、彼女が乱暴なのは自分が悪いって考えるとは、アンタもDVされる素質があるねぇ。ここまで典型的だと、笑えてくるよ」
「……はっ!確かに!うごごご……いや、ミーシャちゃんは、俺に守って欲しいと、言ってくれたし……」
「優しくされた時の一言にすがって、相手を肯定する……すごいよアンタ、DVチェックリストフルコンプしそうじゃないかい?それに、守るって言ったって、アンタに何ができるのさ?泣き虫ミーシャと言えども、それでもアイツは魔法使いだ。そのいざと言う時が来たとして、アンタに出来るのは、せいぜい励ましの言葉をかけて精神的に支えてやるだけ。それで守る、お互いに支え合う対等だって、言えるのかねぇ?まあ、アンタがそれで納得できるならそれでいいけど?アタシか言わせれば、表面上の言葉でアンタを満足させただけに思えるけどねぇ」
最後のより所まで論破され、ウーノはノックアウトされた。なんてこった、まさか自分がDV被害者になるとは!
椅子に深く座り込む。そんな彼を、ケタケタ笑いながら見ているイネッサ。
しかしそんな彼女のムカつく笑顔は、一瞬で引きつることになる。
ミーシャが戻ってきたのだが、落ち込むウーノと楽しそうなイネッサを目撃した彼女は、完全に臨戦態勢になっていたのである。
「イネッサぁ……私のウーノさんに、何かしたんですか?」
「おいおい、暴れんじゃないよ?ラウンジはホテルの顔なんだ。客室と違って、荒らされた困るんだよ。と言うか、コイツが落ち込んでんのはアタシのせいじゃないさ。むしろアンタに原因があんだから」
イネッサはウーノが据わる椅子をズイと、ミーシャに向かって押し出した。
「うおっ……あー、ミーシャちゃん……ハハ、何でもないよ、はぁ……」
愛してる。そう彼女に囁いた言葉に嘘は無い。しかし、うーん……今まで一緒に過ごしてきて、自分に選択肢があっただろうか?
そう考えると、愛する妻になんと言って良いか分からず、ため息も出てしまう。
しかし、その反応を見たミーシャは泣き顔だ。イネッサの『お前のせい』が煽りでも嘘でもないと、判明してしまったのだから。
「う、ウーノさん。あの、私何か、やっちゃいました?気が付かないうちに、ウーノさんに、嫌な思いをさせちゃったんですよね?ごめんなさい、気が付けなくて……な、治しますから、教えてください!」
……既視感がある。そうだ、街に来る途中の草原でも、こんなやり取りしたな。
ウーノは必死に縋りつくミーシャを見て、申し訳ない気持ちになった。
確かにミーシャの言動は、DVと言えるかもしれない。しかし、自分が悪かったと涙目を浮かべる彼女を見ると、どうしても彼女を加害者とは思えない。
イネッサの言うとおり、ミーシャが魔法を向けてくるのは、不安だからなのだろう。ウーノは納得がいった。
巨乳に気を取られた時はもちろん。刻印が嫌だったのかと髪を揺らした時も、胸がどうこうと口走っていた。やはり巨乳が良いのかと不安だったのではないだろうか?
逆に、草原の時や今こうして、涙ぐんで不安がっているのは、胸では無く自分の言動が理由だと考えているからか。
……本当に、本当に胸がコンプレックスなんだぁ。それさえ刺激しなければ、気弱で優しい、自分の好みの美少女なのだ。
しかし、それはそれとして、ミーシャの脅迫癖は直さなくてはならない。
「ぐにー……」
「はの、ふーほはん?ほっぺ、ほっぺいはいです」
強めに頬を掴んで伸ばす。痛いと言うが、言うだけで力づくで離させたりはしない。紳士的、いや淑女的な対応だ。
やはり胸に言及しなければ大人しいようだ。
それにやはり……自分がDVされているとは自覚したところで、妻を嫌いになることはできなかった。
ならば、自分がやるべきことは、決まっている。DVを受け入れるでも、逃げ出すでも無い。男らしく、立ち向かうまでである!
「ミーシャちゃん、今のほっぺ引っ張りは、今までの仕返しだ」
「は、はい!すみませんでした!そ、それで、どれの事でしょうか……」
「押し倒した時も、デートでレストランに行った時も、そしてさっき役所で刻印を結んだ時も!俺の事、魔法で脅したでしょ!」
「……は、はい?あ、そう言えば、感情が高ぶって思わず……魔法を、使おうとしたような、してないような……」
「自覚無かったの!?こっれは重症だ……いいかい、ミーシャちゃんを不安にさせた俺にも、問題はある。それは謝ろう、ごめん。でもそれはそれとして、魔法で脅されると、俺はとっても悲しい気持ちになる。分かる?この罪の重さ?ミーシャちゃん、俺が夫婦として対等でいたいと言って、頷いてくれたよね?でも、魔法で脅されると、完全に力関係が出来てしまう。俺は、とても裏切られた気持ちになる、なった」
「うぅ……ごめんなさい……」
シュンとしょげるミーシャ。こうして素直に受け入れてくれるから、憎めないのだ。思わず頭を撫でてしまう。
「よしよし……で、ミーシャちゃんは何で、俺を脅しちゃうのかな?貞淑な淫紋だって、無理やりだったし」
「それは、多分……その、ウーノさんが、他の女の人と私を比べてると思うと、不安で、カッとなって……それと昨晩、イネッサから、『男を盗られるのが不安なら良い物がある』って言われて、これしかない!って思ったんです。その……わ、私は、ウーノさんを、無理やり……押し倒してしまったので……イネッサとか、胸の大きい女の人と比べて、ちゃんと愛してもらう自信が、どうしてもなくて……保証が、欲しくって……」
「うんうん。俺が巨乳に釣られるのが不安だったと?」
ウーノがそう聞いた瞬間、ミーシャの髪がわずかに揺れた。しかし直ぐ収まる。我慢してるらしい。
「う、うぐぅ……はいぃ……」
「うん、分かった。まず第一に、俺が世界で一番好きなのは、愛する人の胸、つまりミーシャちゃんの胸だ。それは、レストランでも話したね。でも言葉だけじゃ、信じられなかった。ちゃんと、保証が欲しかったと」
「は、はい……その、言葉だけだと……嬉しかったですけど、でも……やっぱりウーノさん……嫌、でしたか?……解除、しますか?」
上目づかいで、泣き出しそうにクシャッと顔を歪めて、夫の服に縋りつく。
そんな彼女の頬を、ウーノはムニムニと揉んだ。
「嫌だったよ。本当に、ちゃんと説明して欲しかった。そしたら、俺だってしぶしぶ受け入れてたのに」
「あぅ……しぶしぶ……」
「そりゃそうさ。だって俺は、ミーシャちゃんが浮気するかもとか、考えてなかったから。必要性を感じないしね。まあでも、そういう意味では、俺が君を不安にさせてたわけだし、反省する。だから、事後承認だけど……良いよ、刻印を受け入れる。俺には、君しかいないから。愛してるよ、ミーシャちゃん」
そう言って、ウーノはしっかり、不安そうにしていた妻を抱きしめた。しっかり、力強く。
愛ししてる。全てを受け止めた上で、2度目のささやき。
それにミーシャは、すっかり蕩けて。涙の浮かんでいた瞳をパァッと見開いて、しっかりと抱き着き返した。
「私も、愛してます!大好きです!世界で誰よりも、深く強く、愛してます!」
キャッキャッと跳ねて喜ぶミーシャを宥めて、ウーノは彼女の鼻先に人差し指を立てて言った。
「それじゃあ、もう不安に思う必要はないね。これからは力づくは無しだ。いいね?」
「はい!」
軽い調子で約束するミーシャ。刻印も受け入れられて愛してるとも言われて、浮かれてご機嫌なのである。
ウーノとしては深刻な確認のつもりだが、相手がこの調子では不安が残る。少し冷や水をかけてやることにした。
「もしもまた、ミーシャちゃんにDVされたら……俺は誰かに、相談しようと思う。君に内緒で」
ウーノはそこで、『誰に』とは明言せず。ただチラリとイネッサの方を見た。彼女は満面の笑みで投げキッスを飛ばす。
それにミーシャも気が付いて、喜びのピョンピョンジャンプから一転、一瞬で背筋が伸びてピンと硬直してしまった。
「わ、分かりました!分かりましたから!もう二度と、絶対にウーノさんを脅かしません!だからほら、さっさとこんな宿を出ましょう!さあ早く!」
「こんな宿とはご挨拶だねぇ」
「うるさいですよイネッサ!二度と私の夫にちょっかいかけないでくださいね!」
グイグイとミーシャに押されるウーノ。しかし彼には一つ、気になったことがあった。
「……異性との交流を過度に禁止しようとするのも、DVに入るっけ、イネッサ?」
「ああ、そうだね。代表的な例さ」
二人の会話を聞いて、ミーシャは悲鳴を上げた。
「待ってくださいウーノさん!分かりました!他の女の人とお話しても遊んでも良いです!でもイネッサだけは!イネッサだけは止めてください!」
「うーん……しょうがないなあ」
「本当に、イネッサだけはダメですからね!?それ以外の人とだったら、私もう絶対にうるさく言いませんから!イネッサだけは止めてください!」
イネッサはダメ、イネッサだけは止めろ。そう連呼しながら、ミーシャはウーノを宿の外に押し出した。その光景を見ながら、残されたイネッサはクツクツと小さく笑っていた。
「クフッ……やれやれ、泣き虫ミーシャが完全に手玉に取られてら。あの調子じゃ、DVだなんだはもうないね。相変わらず、からかい甲斐のあるやつだ」
イネッサはこの時代では珍しく一人っ子。そんな彼女にとって、年下で気弱なミーシャは、良くも悪くも愉快な妹分なのだ。
そんな妹分の無様が面白く、彼女は思い出し笑いをしながら、ラウンジの掃除を始めるのだった。




