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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま


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8/11

2日目②

 食事を終えて、レストランを出た二人は、いよいよ役所に結婚の手続きをしに行くことにした。


「……それにしても、ミーシャちゃん、そんなことされたのに、なんでまだイネッサの宿を使ってるの?」


 役所への道を歩きながら、ウーノはイネッサから渡された書類を片手に、ミーシャに問いかけた。

 イネッサが男を集めて、ミーシャの悪口大会を開催させた。だいぶ意地悪なその行動は、普通だったら絶交級な気もするが、それでもミーシャが虎の王城を利用している。不思議だ。


「……私、話すの苦手ですし、人見知りだし、流れ水の民だし……新しい宿を使うのが、怖くて……仕方がなく……」


 酷いことされた相手と付き合うより、新しく人付き合いを始める方がストレス、ミーシャのコミュ障具合は中々だった。


「ああ、そうなの……まあ、今度からは俺もいるから、そういう交渉事とか、任してくれてもいいよ」


 ウーノも決して陽キャのコミュ強ではないが、ミーシャよりは話せる自信があった。

 しかし、夫に情けないところを見せたくないのか、ミーシャは首を振ると、背筋を伸ばした。


「だ、大丈夫ですよ!私だって、やるときはやるんですから!さあ、あれが役所ですよ!私に任せておいてください!」


 ミーシャは張りきった様子で、この街で一番大きな建物、役所へと足を踏み入れた。手を引かれたウーノも一緒に入ると、中の光景に目を奪われた。現代日本の役所を想定していたウーノにとって、それは全くの別物だった。


 統治権力の威信を示すように、役所は大きな建物だったが、その内装も見事なものだ。

 円柱の柱には上から下までビッシリと彫刻が施され、それが等間隔で並んでいる。天井には色とりどりの石がはめ込まれていて、双頭のドラゴンの紋章が作られていた。床には赤い絨毯が敷かれ、壁には美しく鮮やかな絵画がかけられている。


 役所というより、宮廷の大広間と言われても違和感がないくらい、豪勢な空間だった。

 先ほどのレストラン同様、中にいる人々も正装に身を包み、社会的地位の高さを誇示してる。ミーシャがドレスにスーツまで買いそろえたのは、レストランに行くために服を買ったのか、と思っていたが、この役所に入るためだったようだ。


「す、すごいね……なにこれ……」


「ふふ、びっくりしましたか?こっちですよ」


 あっけに取られているウーノを、ミーシャはチョイチョイと引っ張った。

 迷いのない足取りで受付へと進んでいくミーシャに、ウーノは不覚にも頼りがいを感じてしまう。

 交渉事とか任せて、なんて言っていたのが恥ずかしい。


 受付につくと、髪を結ったドレススーツに身を包んだ受付嬢が、頭を下げた。


「ごきげんよう、ご婦人。本日はどのようなご用件で?」


「えっと、あ、あの、結婚届を、出したくて……イネッサ経由で予約を……あ、ミ、ミーシャ、の名前で、予約が入っていると思います!」


 たどたどしくも、ミーシャは何とか受付に要件を伝えた。そんなミーシャに、受付は笑うことなく、慇懃いんぎんに一礼すると、奥へと引っ込んで行く。


「お待たせしました。ウーノ様、身分証や管区外移動許可証のご提示を、お願いできますか?」


「えっと、これです……」


 ウーノが緊張しながら書類を渡すと、受付は一枚一枚確認しながら、紙をめくっていく。

 偽物文書を見せるのはドキドキしていたが、どうやらばれなかったようだ。トントンと角を整えると、受付は書類を返してくれた。


「全ておそろいですね。それではミーシャ様、奥様の苗字を使用する、と言うことで、よろしいのですね?」


 亭主と男房のように、この世界では男が奥さん、女が旦那さんである。よって奥様はウーノのことだ。

 まさか自分が奥さん呼びされる日が来るとは思ってもみなかった彼は、奥様が誰のことを指しているのか、一瞬分からなかった。


「はい!ふふ、ウーノさん、これで私も、今日からミーシャ・ソーヤーですよ!」


 嬉しそうに腕に抱き着くミーシャ。しかし、ウーノは内心で、やらかした!と思っていた。そう、この世界では、苗字より先に名前が来る。本来はソーヤー・ウーノ、と名乗るべきだったのだ。しかし、今更実は……とも言い出しにくい。ウーノはこの秘密を胸の内に仕舞っておくことにした。


「ハハ……そうだね、うん。ハハ」


 笑顔が少し硬直してしまったが、喜んで飛び跳ねているミーシャは気が付かなかったようだ。

 受付嬢が少し怪訝けげんな顔をしたが、特に気にすることでもないと思ったのだろう。彼女はコホンと咳払いをして、改めて宣言した。


「それでは、届け出を受理させていただきます。ご結婚、おめでとうございます!」


 そう言って彼女はにっこり笑った。偽造やらなにやら、無事に潜り抜けられたことを示すその笑顔に、ウーノはほっと溜息をついた。


「ありがとうございます……」


「ふふ、ありがとうございます!」


 一方でミーシャは特に心配していなかったのか、ご機嫌な様子であった。


「さて、予約では、アモリア様の加護の儀式を、純愛過激派の方式で行う、とされていますが、お間違いないですか?」


「純愛過激派……?」


 こうして今回の小旅行の目的は終わり!と思っていたウーノは、知らない単語に首を傾げた。

 アモリア様、は分かる。結婚したので、愛と純潔の女神に何か誓う、という儀式があるのも、理解できる。しかし純愛過激派という単語が分からなかった。純愛の意味も過激派の意味も知っているが、それが合わさると訳が分からない。


「はい、それでお願いします」


 しかし、ミーシャの方はそれが意味するところを理解しているのか、元気に頷いていた。


「奥様の方も、よろしいですか?」


「え?俺?いや、何が何だか……」


 戸惑うウーノだったが、ミーシャが背伸びして耳元にささやきかけて来た。


「ウーノさんは、私がいれば、他の女なんて、いらないですもんね?私が最初で、最後の女ですもんね?それなら、何も問題はありません。ただ、うなずいてくれればいいんです」


「アッハイ。ナニモモンダイアリマセン」


 やけにネットリとしたミーシャの声音に、ウーノは思わず頷いてしまった。

 そんな彼の返事に受付嬢は、まるで悲壮な自己犠牲の覚悟を決めた偉大な戦士を見るような視線を向けた。いったい何があるというのだろう?


「かしこまりました。この儀式を執り行うのは、久しぶりですね……神官の方も、張り切っておいでです。後程お呼びしますので、あちらのソファに掛けてお待ちください」


 案内に従って、二人はフカフカのソファに腰かけた。

 何が始まるのか理解していないウーノは、何が起きるのか知っていて楽しみで仕方がない様子のミーシャの肩をゆすった。


「ねえ、ミーシャちゃん、儀式って何なの?俺何も聞いてないんだけど?」


「ふふ、大丈夫ですよ。これをするって、決めた時は、少し不安だったんです。ウーノさんに嫌がられたら、どうしようって……でも、さっきのレストランで、言ってくださいましたもんね、私のお金じゃなくて、私そのものを愛してるって。それで、決心がついたんです。ふふ、これで、一生、ウーノさんは私の物で、私はウーノさんの物ですからね……」


 恍惚こうこつとした笑みを浮かべるミーシャは、完全にトリップしてしまったようで、話が通じなかった。

 ウーノの問いに何も答えないまま、ただひたすらとウットリと夫の手を握りしめてさすっている。


 そんな妻の様子に嫌な予感がしながらも、今更逃げ出すこともできない。がっちりと手を握られてしまっているし。

 そんな確実に何かが起きると分かっているのに、何もできない無力さを歯噛みしていると、受付から名前を呼ばれた。


「さあ、ご夫婦様、準備が整いました。こちらへいらしてください」


 後をついて扉をくぐると、そこはステンドグラスがはめ込まれた小さな小部屋だった。床には複雑な魔法陣が描かれている。


「よお、待ってたよ、お二人さん。いやーめでたいね」


「あれ、イネッサ?どうしてここに?」


 そんな二人を出迎えたのは、純白の法衣に身を包んだ中年女性の神官と、正装の黒いドレス姿のイネッサだった。

 ウーノの疑問に、イネッサは愉快でたまらない、といった笑みを浮かべた。


「へへ、私は立会人兼、証人ってやつさ。さあ、神官さん、始めてくださいな」


「ええ、では、アモリア様の教えにもっとも純粋な、我ら純愛過激派が、この度の婚姻の儀式を行わせていただきますぞ」


 神官が大仰に頷くと、分厚い本をめくり、その内容を読み上げ始めた。今のところ、いたって普通の、愛についての説法である。


「ね、ねえ、ミーシャちゃん、これって普通の祝福の儀式、だよね?」


「ふふ、そうですよ。愛する二人が、永遠に結ばれるための、普通の儀式です」


 なんだかそのまま昇天してしまいそうなほど幸せそうな表情のミーシャを見て、ウーノは不安で仕方がなかった。

 誰かに結婚を認めてもらいたい、そう言いだしたのはウーノの方だ。ミーシャがこうした形式的なことにこだわっているようには、思えなかった。

 祝いの言葉を掛けられて、ただ言葉で誓い合って終わり。それだけでミーシャが喜ぶとは、考えられない。


「……さて、それでは、誓いの刻印を、入れましょうぞ。お二人とも、おへその下が見えるように、服をまくってくだされ」


「……んん?」


 愛とは何か、そんな一般的な説法が終わると、儀式の雲行きは怪しくなった。

 なぜへそを見せる必要があるのだろうか?


 ウーノが疑問に思っていると、ミーシャは豪快にスカートを腹までたくし上げた。セクシーなランジェリーが見えてしまっている。


「ふふ、ほら、ウーノさんも……あ、手伝ってほしいんですか?」


「い、いや、良いよ、自分でできるから」


 何が何だか分からない、そう思って固まっていると、ミーシャがカチャカチャとウーノのベルトに手をかけた。流石に人前でズボンを下ろされるのは恥ずかしかったウーノは、自分でベルトを外し、シャツをまくり上げた。


「それでは、刻印を……種類は、『貞淑な淫紋』ですな。もっとも厳格な刻印になりますぞ」


「い、淫紋?」


 エロゲでしか聞いたことが無い種類の単語に、ウーノは目を白黒させた。しかしそんな彼にお構いなしに、神官が祝詞を唱えると、床の魔法陣が光り始めた。

 しばらくすると、髪の長い女性のような影が、魔法陣から現れた。

 事態を飲み込めずにいるウーノに構わず、その人影はウーノの露出した下腹部に触れる。瞬間、触れられた場所が火傷したように熱い痛みを帯びた。

 同じようにミーシャの下腹部にも触れると、人影は消えてしまった。


「はぁぁ……これで、ウーノさんと私は、ずっと……」


 お腹の中の我が子を撫でるような、そんな愛おしさを込めて、ミーシャは下腹部を撫でていた。そこには、手のひらサイズの文様、八角形が重なり合った中に翼のようなものがハート形に重なった文様が、黒く刻印されていた。

 ウーノが自分の下腹部を見ると、同じデザインの刻印がされている。


「え……なにこれ?」


「こほん、さて、日常生活の注意点をさせていただきますな。この刻印、『貞淑な淫紋』は、夫、あるいは妻以外の異性と肌を触れ合うと、さきほど刻印を受けていただいた時の痛みと共に、刻印が広がりますぞ。そして最終的に全身に刻印が広まると死にますので、気を付けてくだされ」


「……はい?」


「はい!」


 ウーノが疑問符を浮かべるのに対して、ミーシャは嬉しそうに頷いている。


「この異性、の定義は厳しく、例え自身の両親であっても対象ですな。お子さんの場合は、精通前、初潮前であれば、触れても大丈夫ですが……まあ、お子さんが8歳を超えたら、素肌で触れ合うのは自重してくだされ」


「……え?」


「分かりました!」


 未だにウーノが訳が分からなかった。音が聞こえているのに、単語は理解できるのに、それが文章になると全く消化できなくなっていた。


「両者の合意の元であれば、刻印を消すことは可能ですが……そのためには、命を懸けるくらい極めて強い想いの籠った魔力が、必要ですな。死別してしまいますと、刻印が白く変色しますな。そうなると、事前に髪にでも想いの籠った魔力を溜めておくなど、対策しておかないとどうしようもなくなりますので、互いの健やかな生活のため……」


「え、ちょ、え?つまり、ミーシャちゃん以外の女の人に触ると、激痛が走って、最終的には死ぬってこと!?」


 ウーノはやっと、今自分の身に何が起きたのか理解した。

 ミーシャがずっと嬉しそうだったのは、『最初で最後の人』というプロポーズの言葉を確実にするための儀式ができるからだったのだ。


「さようですな。これこそが、最も尊き愛の形、純愛の極致を成すものですぞ。いやー、最近の若いカップルは軟弱で、刻印を施すことすら、嫌がるものですが……親はもちろん、我が子ですらロクに触れなくなるこの『貞淑な淫紋』を選ばれるとは、我は感動しましたぞ!お見事な決意ですぞ、御両人!」


 貞淑な淫紋。純潔と愛の女神アモリアを信仰するアモリア教の教徒の中でも、最も原理主義的な宗派、純愛過激派を象徴する、神聖な刻印だ。しかし、文明が発展し、信仰にすがらなくてもいい程に豊かになりつつある現代で、不便すぎるこの刻印は廃れつつあった。

 それゆえに、貞淑な淫紋はその崇高さをかつてよりもいっそう深めていた。


「ふふ、ありがとうございます!」


 嬉しそうに語る神官に、ミーシャはこれまた嬉しそうに頷いた。一方でウーノは放心状態だった。

 確かにミーシャは可愛いし、結婚できたのは嬉しい。浮気しようとも思わない。しかし、浮気まではいかずとも、ちょっとくらい妻以外の異性と会話したり交流しても良いだろう。そんな風に考えていた。

 しかし、これからはそうもいかない。ミーシャ以外と触ると、痛いし最悪死ぬのだ。自分の娘でもである。


「え、ちょ……えぇ……?」


 しかし、やっぱり取り消して、と言うと、どうなるだろうか?

 こんなにも嬉しそうなミーシャに、『他の女の子ともイチャイチャしたいからやっぱりなしで』と言えるだろうか?


「ふふ、ウーノさんも、嬉しいですよね?これで、私は絶対に、ウーノさん以外の男の人と関わらないし、ずっとウーノさんだけの物なんですから!それに、ウーノさんだって、私以外の女に惑わされなくなって、不幸にならずに済むんです!ね、嬉しいですよね?」


 完全に目が逝ってらっしゃるハイテンションミーシャに、言えるだろうか?

 言えるわけがないのだ。


「……ハハ!嬉しいに決まってるよ!ハハ!」


 ウーノが喋れる言葉は、感謝と受諾だけである。やけくそだ。


「めでたいね、いやーめでたい。……ところで、神官サマ?私はこのように、悩める新婚夫婦に、純愛過激派の儀式を斡旋したわけだから、約束通り……」


「うむ、純愛の使徒である其方が、不貞を働くわけはあるまいな。例の不倫の疑義の申し立ては、却下しておこう」


 陶酔しきったミーシャに深く抱き着かれたウーノは、聞き捨てならないやり取りが聞こえてきた。


「……おい、イネッサ?待てよ、なんだ不倫って?」


「まあ、ちょっとね?最近知り合った人夫がいるんだけど、仲良くなり過ぎちゃってさ。その人の旦那から、不倫してるんじゃないか、って疑われてて、困ってたんだよ。それで、私はそんなことする人間じゃない、敬虔けいけんなアモリア様の純愛の使徒だ、って証明するために……ね?ミーシャもほら、アンタがアタシの胸に夢中だったこと話したら、不安がってたから、こういうのもあるって教えてやった訳よ。いやー、良いことしたな」


 女だけの世界、というのもあるだろうと思い、詮索せんさくしなかったわけだが……昨日の夜、風呂場でされたのはこの儀式の打ち合わせだったのだろう。ちゃんと確認しておけばよかった。知っていたところで結果は変わらなかっただろうけど。ウーノは歯ぎしりした。


 つまるところ、イネッサは他人の夫に手を出したことで訴えられており、それを誤魔化すために……ついでにミーシャの不安解消のために、ウーノを売ったのである。文書の偽造をしてまで書類を整えたのは、全てこのためだったのだ。


「……俺を売ったのか!?売ったんだな!?チクショウこの野郎……女郎?め!やりやがったな貴様!」


「おやおや、心外だねえ。アンタだって、ミーシャと深く結ばれて、嬉しいんじゃないのかい?それともアタシの胸に、一度くらい触れたかったのかい?なあ、ミーシャ、どう思う?」


 ウーノの叫びに、ミーシャは泣きそうな顔をしながら、髪をユラユラとさせた。目が濁っている。


「ウーノさん……嫌、だったんですか?胸ですか!?さっき私の胸が好きだと言ったのは、嘘だったんですか!?」


「テメっ……!?覚えてろイネッサ!そしてミーシャちゃんも!ことあるごとに魔法使おうとするの止めない!?DVだよこれは!?もちろん、嬉しいハッピー感謝感謝だから!ねっ、落ち着こうな!?」


 ウーノはこうして、一生ミーシャ以外の女とまともに触れ合えない体にされたのだった。

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