2日目①
翌朝、目が覚めるといい匂いのミーシャが横にいた。しっかりとシャンプーをして、髪もサラッサラに艶やかである。
あまりにサラッサラなので、ウーノが彼女の髪を撫でていると、ミーシャが目を覚ました。
「あ、ごめん、起こしちゃった?おはよう」
「ん、くぅ……おはよう、ございます……」
寝起きでポヤポヤしたミーシャをそっと抱きしめる。しばらくその体温を楽しんでいたら、ちゃんと目が覚めたのか、彼女はギュッとウーノを抱きしめ返した。
「お、しっかりした?今日はどうしようか?俺はまず、服とか買いたいな」
パンイチでこの世界に着たウーノは、そのボロボロになったパンツの他、ミーシャから渡されたローブしか着ていない。頑丈だがゴワゴワしたそれは、あまり着心地が良くないのだ。
女性に服を買ってもらう、というのに抵抗が無くはない。しかしその分は、おいおい恩返ししていこうと割り切って、彼は妻におねだりして見せた。
「そう、ですね。素材を売って、お金もあるので……まずは服を見たり、買い物して……お昼を食べたら、役所に行きましょう」
「よし、じゃあ、俺風呂入ってくるから。ミーシャちゃん、朝ごはん先食べてて良いよ」
「もう、待ってますよ。と言うか、お風呂の前で待ってます。イネッサがいる場所でウーノさんを一人にしたら、また何か起こりそうですから」
ジト目のミーシャに送られて風呂に入り、さっぱりした後。イネッサの用意してくれた朝食を食べる。食事中、彼女はずっと何か企んでいるようなニヤニヤ笑いを浮かべていた。
その様子が気になりつつ、食事を終えてさあ出かけよう、というところで、イネッサが二人を呼び止めた。
「ちょっと待ちな、お二人さん、これから結婚届、出しに行くんだろう?でもウーノ、アンタ記憶喪失だとかで身分証とか管区外移動許可証とか、持ってないんだって?それだと手続きが面倒だろうから、アタシが色々と、偽造……コホン、代筆してやったから、これ使いなよ。西部新領の住民票さ」
渡された紙束を確認すると、それはウーノのことについての書類だった。
架空の住所に架空の親族が記された書類に、承認ハンコ付きの申請書の数々。リアルティを出すためか、一部の書類はワザと日焼けしたようなシミや虫食いがついていた。
「なあ、これ、公文書ぎぞ……」
「ダ イ ヒ ツ、な?」
ウーノの言葉を遮って、イネッサは強調するように言った。笑顔だが、有無を言わせぬ迫力がある。
「……まあ、ありがとう。それにしても、ぎぞ……代筆できるコネがあるんだね。それもこんな昨日の今日で」
「へへ、ウチは創業100年、虎の王城、だよ。それくらいのお付き合いはあってしかるべき、だろ?」
「……まあ、ありがたいけど、なんでそんなに、良くしてくれるんだ?」
イネッサにとって、ミーシャは妹分みたいな存在かもしれない。まあ、その妹分の夫を寝取ろうとしていた訳だが……それにしたって、ここまで手を尽くしてくれるのが不思議だった。
「まあ、何、女神サマの御心のままに、ってやつさ」
イネッサはミーシャにワザとらしく目配らせをしてから、去っていった。遠くから、『クッサ!』と聞こえてきたので、借りた部屋、103号室の掃除をしてくれるのだろうか。
ウーノは首をかしげつつ、ミーシャに手を引かれて宿を出た。結婚届を出す、というイベントに張り切っているのか、ミーシャの手を握る力が強い。
そんな彼女に、ウーノは気になる単語を質問した。
「ミーシャちゃん、女神さま、っていうのは何のことなの?」
「えっと、それは愛と純潔の女神、アモリアのことですね」
「アモリア?」
首をかしげるウーノだが、ミーシャも自信がないのか、困ったような表情を浮かべていた。
「えっと、私も流れ水の民なので、他の信仰に詳しくないんですけど……結構広く信仰されている、神様です」
「へえ?でも、イネッサも流れ水の民なんでしょ?自然崇拝とか、そっち系じゃ?」
ウーノの問いに、ミーシャは一瞬ビクリと硬直した。どうかしたのか、そう聞く前に、ミーシャは再び歩き出す。
「……まあ、イネッサの家系はずっとこの街に住んでいるので、色々あるんじゃないですか?それよりほら、あれが目的の服屋さんです!」
もっともらしい理由をつけて、ミーシャは話題を強引に変えた。ウーノはそんな分かりやすいミーシャを訝しんだが、深くは詮索しないことにした。
夫婦に嘘は無し、しかし多少の隠し事はあってしかるべきだ。イネッサが自分の記憶喪失の話を知っていたことから、ウーノは昨日の夜、風呂場で女同士、裸で色々話し合ったのだろうと察した。
女には女の世界がある。ウーノはそう結論付けて、ミーシャのエスコートのまま、立派な構えの服屋へと入っていった。
「ミーシャちゃんって、お金持ちだったんだね。正直、驚いたよ」
服屋での買い物後、二人はレストランに来ていた。ドレスやスーツで着飾った紳士淑女が上品に食事を楽しむ、この街一番の高級店だ。
そんな周囲の客層に、自分たちが混じっていることに違和感を感じながら、ウーノは前菜のサラダを口にした。
見たことない野菜に、知らない匂いのドレッシングがかかっている。高級店だけあって、そんな初めて尽くしの食材でも美味しく感じた。
「ふふ、そうですよ!今朝言ったじゃないですか、貧しい思いはさせません、って。あ、ナイフは使い終わったら、そこに置くんですよ!」
ミーシャは得意げに言って、首元の緑色の宝石が付いたブローチを撫でた。
それだけではない、今の彼女は全身に高価なアクセサリーを身に着け、濃紺のドレスに身を包んでいた。
そして高級店に相応しいだけのテーブルマナーも心得ているのか、ウーノに色々と作法の指導をしていた。どこか家母長的な、教えてあげます!感が出ている。
そんな偉そうで威張っているようなミーシャを見ても、もうウーノは『分からせねば』とは思わなくなっていた。ミーシャの方が生活力も稼ぎもある、素直にそう認められるからである。そこ以外の部分で、特にベットの上で、取り戻せばよいのだ。
「ああ、はいはい……まあ、言ってたけどさ……こんな贅沢して、本当に大丈夫なの?服とか買っておいてもらってあれだけど……会計の時は、本当に驚いたよ」
指示された場所にナイフを置くと、ウーノは被り慣れない紳士帽のツバを弄った。
このレストランに来る前、ウーノとミーシャは服屋で爆買いした。
ウーノの方は、下着類と靴、それに普段着と外出着を1着ずつ、と考えていた。しかし、初デートで夫に良いところを見せようとしたのか、ミーシャは値札を見ずに自分の分も含めてポンポンと服や装飾品を購入していった。
最終的な会計金額は、平均的な家庭の1か月の稼ぎに相当するものだ。
「ふふ、ドンと任せてください。私はBランク冒険者、人呼んで『森の掃除屋』ですから!」
「『泣き虫ミーシャ』じゃなくて?」
胸を叩いたまま、ミーシャの表情は凍り付いた。
「……イネッサですか?」
「ああ、そうだよ」
答えると、ミーシャはギリギリと歯ぎしりをしていた。ここにいないイネッサを呪い殺すつもりなのか、虚空を睨みつけて何やらブツブツと呟いている。
一通り呪詛を吐き終えて満足したのか、ミーシャは深くため息をついてから、気を取り直すようにグラスのジュースを一気飲みした。
「プハっ……せっかく格好つけようと、思ってたのに……台無しです……」
空になったグラスを見つけたのか、ウエイトレスがすぐさま歩み寄ってきて、ミーシャのグラスに飲み物を注いだ。
高級店だけあって、気の利く店員だ。
「『森の掃除屋』もあまりカッコ良くない気がするけど。小さな昆虫とかミミズとかのことだし……あ、ありがとうござ……デカッ!?」
ウーノは自分のグラスにも継ぎ足してくれたウエイトレスに、礼を言おうと思って顔を向けた。しかし、言っている途中でそのウエイトレスの巨乳ぶりにすっかり気を取られてしまった。
高級店だけあって、胸の大きくて顔の良い者を採用しているようだ。胸の上にグラスはもちろん、ピッチャーまで乗せられそうなサイズ感だ。
「あはっ♪ごゆっくりどうぞ!」
胸に視線を吸い寄せられているウーノに、店員は茶目っ気たっぷりにウインクすると、次のテーブルに給仕をしに行った。胸だけでなく、尻も大きい。
そんなこの世界ではモテモテであろう強者女性の後ろ姿に気を取られていたウーノの耳に、怖気のする呟きがしてきた。
「ウーノさん……?ねえ、ウーノさん?……ふふ、やっぱり、胸が大きい方が、良いんですか?私の、小さな胸じゃ、満足できませんか?ふふ……夫婦の間に嘘は無し、でしたよね、ウーノさん?そうおっしゃいましたよね?ふふふ……私が一番魅力的、っていうのは、その場を乗り切るための嘘だったんですか?私を騙してたんですか?ふふふふ……」
ミーシャの髪が、フワリと揺れた。ウーノは何か鋭いものが頬を通り抜ける感触がした。
思わず頬に触れるが、指を見ると血はついていなかった。代わりに切られた髪が数本、付着していた。
「ミーシャちゃん、落ち着いてくれ。いいか、思いだして欲しい。2夜連続で、俺がどれだけハッスルしていたかを。ほら、行動が証明しているでしょ?俺は巨乳が好きなんじゃなくて、ちょっとびっくりしただけだから。ミーシャちゃんだって、街中で高身長の男が歩いていたら、おっきいなあ、って思うでしょ?それと同じだから」
必死の説得にも関わらず、ミーシャの視線はジトーッとしたままだった。
「……思いません。私の目に映る男性は、ウーノさんが初めてで、最後です。まともに喋ったのだって……」
「そっかあ、思わないかあ」
ウーノは天を仰いだ。天井に吊るされたシャンデリアが美しかった。
「……別に、いいんです。私の胸が小さいのは、事実ですから。でも、まだ成長の余地はありますから、まだ可能性はありますから。ええ、そうですとも。だからさっき買ったブラジャーだって、つける機会はありますから」
ミーシャはそう言って、自分の胸をモミモミした。別にいい、とは言っているが、やはり悔しそうに唇を嚙んでいる。
ウーノは別に女性の胸の成長について詳しくないが、しかし16歳と言う年齢はすでに成長期と呼ぶにはいささか過ぎており、ぺったんこがぺったんこなままであろうことは、想像がついた。
低い可能性に賭けてワンサイズアップしたブラを購入したミーシャは、本人もそれが無謀だと理解しているかのように、元気が無い。
そこまで気にしているからには、ちょっとやそっとの軽い慰めではダメだろう。ウーノの公衆の目前で恥を捨てる覚悟をした。
「うん、そうだね。でもさ、覚えておいて欲しいんだ。確かに、俺は巨乳な人を見ると視線が奪われる。それは認めよう。だけど、俺が一番好きなのは、愛する人の胸、つまりミーシャちゃんの胸が、一番好きなんだ。ミーシャちゃんの控えめなサイズの胸は、それだけ見ると巨乳よりインパクトはないかもしれないけど、胸の下に広がる肋骨のラインや、シャープなクビレはとってもセクシーだよ。そう、大事なのは胸のサイズじゃない、全体のバランスなんだ!その点、ミーシャちゃんは本当に美人だよ!」
話している途中で熱が入りすぎて、立ち上がってしまった。日中の高級店で、少し声が大きすぎたかもしれない。隣卓の婦人が咳払い、ウェイトレスが肩を震わせて笑いを堪えた。
周囲の視線を集めてしまったことに気恥ずかしさを覚えながら、ウーノは着席した。
しかし、恥をかいた分だけの効果はあったようで、彼の性癖開示により、ミーシャの機嫌は直ったらしい。
「も、もう……ウーノさんは、仕方がない、ですね。わ、分かりました。ウーノさんが、私の胸、大好きだって、ちゃんと信じてあげます」
ミーシャはテレテレしながら、喜んでいることを誤魔化すように、再びグラスの中身を一気飲みした。
また先ほどの店員が来るが、ウーノは鋼の意志によって視線を正面に固定した。
「良かったよ。というかさ、ミーシャちゃんこそ、結婚相手、俺でよかったの?ミーシャちゃん、自己評価低いみたいだけど、顔は可愛いし、お金持ちだし、なんだかんだモテるんじゃないの?」
泣き虫ミーシャ、なんて二つ名が広まるほど、ミーシャの臆病さは筋金入りのようだが……その臆病さは別として、冒険者としては稼いでいるわけだし、胸は小さくとも容姿は整っている。その部分を評価して好意を抱く男性がいても、おかしくないのではないか?
そう思って尋ねたところ、ミーシャの顔にスッと影が差した。
「……私なんて、お金以外にとりえのないツマラナイ女なんです。怖がりで頼りがいのない、口下手で話が面白くない、胸も小さい女は、お金で釣るしか男の人から相手してもらえないんです」
まるでトラウマを刺激されたかのように、ミーシャは今度は深い悲しみに包まれていた。怒ったり喜んだり悲しんだり、百面相で忙しい女である。
「そ、そんなことないんじゃない?」
ウーノがそうフォローするが、ミーシャは静かに首を振った。
「前に、イネッサに聞いたことがあるんです。どうやったら、そんなに男の人と付き合えるのかって。べ、別に男をとっかえひっかえしてるイネッサに、嫉妬したわけじゃないんですよ!?嫉妬じゃない、それだけははっきり伝えておきます!純粋な学術的興味、知的好奇心からです!」
「ああ、うん」
嫉妬したんだな。共学校に進学して彼女を作った中学時代の同級生に嫉妬した過去があるウーノは、生暖かい目になった。
「で、言われたんです。『アンタみたいなのは買春する以外に、男とヤルのは無理だろうねぇ』って。そんなことは無い!って反論したんですけど、『現実を見せてやる』って言われて……」
「それで……?」
「私が話したことがある男の人……冒険者ギルドの受付の人とか、お店の店員さんとか……そういう人をイネッサが宿に集めたんです。で、物陰に私が隠れているところで、イネッサが私のことをどう思うか、みんなに聞いたんです」
「……あっ」
ウーノは察した。
「別に、仕事の関係しかないのは、分かってましたし。私だってその人たちのことを、異性として意識したりなんて無かったんですよ?でも、みんな口々に、私のことを情けないとか頼りにならないとか、ケチョンケチョンに言って……お金を持ってるから、不愛想にするわけにもいかなくて面倒とか……ううぅ……わ、私だって、仕事で必要だから話してるだけで、口説こうとか付き合いたいなんて、これっぽっちも思ってないのに……年下でも女として無いわー、って。私だって別に異性として意識して無かったのに……誰もかれも、普段はそんなそぶり無いのに……陰で私のこと馬鹿にして……12歳の時のことです。それ以来、私は仕事の付き合いでも、男の人と会話できなくなりました……」
語り終えて、ミーシャはガクリと項垂れた。思いだすだけでもストレスなのだろう。
一方でウーノは、今でのミーシャの言動に納得いった。ミーシャに押し倒されたときも、つい先ほども、ミーシャは騙したのか、嘘だったのか、と怒っていた。よほど裏で陰口をたたかれていたのが、応えたらしい。
「……ミーシャちゃん。俺はね、ミーシャちゃんが例え貧乏でも、ミーシャちゃんを愛してた、自信を持ってそう言える。むしろ、ミーシャちゃんがお金持ちじゃない方が、嬉しかったかもしれない。そしたら、俺が養ってあげられるしね。……とにかく、俺はミーシャちゃんの性格とか、可愛さに惚れたんだ。そこは、信じて欲しいな」
ウーノが真面目な顔で言うと、自分の言葉で瀕死の重傷を負っていたミーシャは、一瞬で回復した。
「も、もう!もう!ウーノさんったら……わ、私だって、ウーノさんに、夢中ですからね!というか、ウーノさんの私への想いより、私のウーノさんへの想いの方が、強いんですからね!私は他の男の人に、目移りしたり、しませんから!ウーノさん一筋ですから!は、反省してください!」
反省しろ、そういいながらもミーシャは嬉しすぎるのか、バタバタと足をゆすって頬を抑えていた。デレデレである。だらしない表情だが、それでも可愛い。
ウーノはキザなことを言っている自覚はあったが、これだけ喜んでくれるなら、言った価値があったな、と満足した。
巨乳のウエイトレスが前菜を運んできて、ウーノが再び胸をチラ見してしまっても、ミーシャはご機嫌なままなのであった。




