1日目⑤
「長い……戦いだった……」
ウーノはミーシャから、長々と説教されていた。
自分の言動が周囲からどう見られるか自覚して、男として慎みを持ってほしいと、涙ながらに言われたのだ。
昼間、弱者扱いされたくない、と言う意見に同意したが、それとこれとは別。男は女にとって被捕食者であり、周囲の女はみんな狼なのだと、彼女は語った。
自分の認識が甘かったのは事実だし、すこし警戒に欠けるところがあるのは、自覚していた。
だからこそ、最初の方はウーノも只ひたすら頷いていたのだが……説教の方向性がだんだんと、本当は巨乳好きなのではないかと、自分はタイプではないんじゃないかと、ウジウジとした内容に変わっていった。
これはいけない。イネッサに『金目当て』と言われたときもムッとしたが、当の本人から疑われては敵わない。ウーノはミーシャを分からせてやることにした。
「……うるさい口だな」
「ちょっと、今は真面目な話……ん……」
「……ふう。やっぱり俺には、ミーシャちゃんが一番魅力的だよ」
「……本当ですか?胸の大きいイネッサより、私の方が、女として、魅力的ですか?」
「本当だよ。ミーシャちゃんが世界一!」
「じゃ、じゃあ……許してあげ……あんっ……」
ウーノの言葉は心からの物だった。実際に、イネッサと結婚していたら、格下扱いされて生活に不満があっただろうし。
ともあれ、ウーノはミーシャの心も体もほぐすことにセイコウし、静かな夜を手に入れたのだった。
コトが終わった後、ベッドの上では、ミーシャが死んだカエルのように白目をむいてひっくり返っていた。
尊厳もへったくれもない姿だが、それでも不思議と美しさを感じる。それはきっと、ただ愛による贔屓目なのではなく、本当にミーシャが美少女だからだろう。
美しい女性と結ばれた幸運を噛み締めながら、ウーノはモザイク必須の状態の彼女に毛布をかける。そして失われた水分を補充するべく、宿のキッチンへと行くことにした。
備え付けのタオルで体を拭き、念入りに服の消臭用の魔道具で身を清めた後、ローブしっかり身に着けて、部屋を出た。
「あ、もう終わったの?アイツ、イクの早すぎ……うわクッサ!誰が掃除すると思ってんの……」
扉を開けると、イネッサが部屋の前に立っていた。
「あれ、イネッサ……さん?やば、臭いますか?」
「アンタはともかく、ドア開けただけで酷い臭いがしてくるよ……早く締めて」
イネッサは鼻をつまみながらドアを閉めるように促した。ウーノは慌てて指示に従い、ミーシャを起こさないようにそっとドアを閉めた。
「す、すみません……あの、それで、何か用ですか?」
「敬語はいらないよ、年もそんなに離れてないでだろう?……さっきは悪かったねぇ。少し話さない?アイツの昔話、してあげる」
そう言ってイネッサはラウンジの方へ歩いて行った。ウーノはその後を付いて行く。
ラウンジにつくと、彼女はカウンターの下から酒瓶とグラスを取り出した。
「……あ、ごめん。俺、酒苦手で……それより、水が……」
未成年なのに挑発されて酒を飲み、アルコールで気が大きくなった結果滝壺ダイブ。直近でそんな失敗をしていたウーノは、当面は酒を断ろうと決めていた。
幸いにも、この世界で男が酒に弱いことは恥ではない。そして恋人でもない女性に酒を勧められても、男は断るのが普通だ。
女が男に酒を飲ませようとする、それは酔いつぶしてアレコレするのが目的だからである。
「えー?しょうがないなぁ……ほれ、飲みな」
イネッサが指を振るうと、虚空から水があふれ出し、グラスの中を満たした。
「ありがとう……ぷはっ……それで、妻とはどういう関係で?友達とか?」
ウーノが一気に水を飲み干すと、イネッサは呆れたように再び指を振って、開いたグラスに水を入れた。
そして自身は、酒瓶に直接口をつけてラッパ飲みした。
「んっく……ふうぅ……やめてよ、アイツと友達なんてさ。まあ、腐れ縁、ってやつ?この宿、アタシの両親が経営しててさ……流れ水の民のよしみで、アイツには少し安く、貸してやってたの。初めて来たのは、10歳かそこらの時だっけ?それ以来、偶に顔合わせてんのよ」
イネッサは後ろに一つにまとめた髪を振って、目を指さした。
「ああ、やっぱり君もか。黒髪で目が青い人は、みんな流れ水の民なの?」
イネッサは怪訝な顔をした。
「アンタそんなことも知らないで、ミーシャと結婚したのかい?そうだよ、普通は髪色と瞳の色は、魔力の属性に影響されて変化する。んで普通は黒髪ってのは属性なし、身体強化が得意な奴の色だ。でもアタシたち流れ水の民は目だけが青くて、黒髪なのに水と風の魔法が得意なのさ」
「ああ、だからやたらと、髪色がカラフルなのか……」
ウーノは納得がいった。この街の人は色とりどりの髪を持っていたのが、不思議だったのだ。自分と同じ黒髪もいたが、どちらかというと少数派だ。
「でも、ほんと、意外だよ……あの泣き虫ミーシャが、ね……」
そう言って、イネッサは酒瓶を仰ぐ。最初に口を付けた時はほとんど満タンだったそれは、すでに半分になっていた。
「その泣き虫ミーシャってのは……?」
「ぷふう……アイツの冒険者としての二つ名。格下の魔物にすらビビッてるから、つけられたの。魔物だけじゃなくて、人間相手ならただのチンピラに絡まれても泣いて逃げ出す、真正のビビりなんだよ。実力はあるし仕事も丁寧だから、金は稼げるのに、ビビりなせいで、全部台無し!……なのに、アイツはさっき、私に魔法を、しかも禁術を撃とうとしたんだ。驚きだよ」
イネッサの意外、という言葉は、ウーノと結婚したことだけでなく、自分に牙を剥いたことも含まれていたようだ。
「禁術……?」
「確実に命を奪う魔法、だよ。魔法使いは普通、ちょっと体を焼かれたり腹を貫かれたくらいじゃ死なない。回復魔法があるからねぇ。でも禁術は、回復魔法が効かないんだ。さっきアイツが使おうとしたのは、『忌まわしい影の汚水』って魔法。黒い水が相手の体に入り込んで、中から暴れて体中をズタズタにするのさ」
「うわぁ……」
想像しただけで玉がヒュンとする。ウーノは顔を青くした。
「自分が傷つくのも、誰かを傷つけるのも、苦手なアイツが、さ……逃げてばっかりのアイツが……アンタを取られたくないからって、この私に歯向かってきたんだ。本当に、人間どうなるか、分からないもんだねぇ」
少しうれしそうに話す彼女からは、ミーシャへの複雑な感情が見えた。
腐れ縁と呼んだり、ミーシャを馬鹿にするような言動はあるが、なんだかんだ言って年下の同胞のことを、気にかけているのかもしれない。
「……そうなんだ。まだ、ミーシャちゃんのこと、知らないことばかりだな……」
「アンタたちは、どれくらいの付き合いなの?前にアイツがここに来たのは半年前だけど……その時は男の話なんてなかったから、最近でしょ?」
イネッサの問いに、ウーノは頬をかいた。
「えー、知り合って1日、結婚したのは今日の朝……」
しばらくの沈黙。目を丸くしたイネッサは、机を叩いて立ち上がった。
「はあぁ!?噓でしょ!?1日で結婚……犬だってもっと相手を選ぶさ!んでもって今朝結婚した……!?」
バンバンとテーブルを叩くものだから、残り少なくなった酒瓶が倒れてしまう。
ウーノは転がって落ちそうになったそれを寸前でキャッチして、テーブルに戻した。
「おっと……いや、まあ、はい……」
「ちょっと待ってよ……アンタがビッチって、マジの話じゃん。アタシ間違ってないじゃん……馴れ初めは?馴れ初めはどんなの?」
目を輝かせて迫るイネッサを、ウーノはどうどうと抑えた。
「えーっと、俺が色々あってミーシャちゃんが住んでる森に飛ばされて……彷徨ってたら、ミーシャちゃんがいたんだけど……魔物に襲われてる、って勘違いしたんだ。それで魔物とミーシャちゃんの間に割って入って、庇おうとしたら、ガブリ。手当てしてもらって……その晩に、まあ、俺も悪いんだけど、押し倒されてベッドイン。翌朝……というか今朝に、ミーシャちゃんから、ごめんなさい、結婚してください、で今に至る……って感じ」
自分で話していても、展開が早すぎると感じた。昨日の夜から今までで、この24時間ちょっとで、1年分くらいのイベントをこなしたような気がする。
「……んん?今、押し倒された、って言った?」
イネッサはこめかみを抑えて、半目でウーノに問いかけた。
「まあ……助けてくれたお礼とか、色々含めて親し気に接していたら、ミーシャちゃんに押し倒されたんだ。最初はそんなつもりじゃなかったんだけど、なんか『嘘つき!』って言われて怖い顔してさ、魔法を使われそうになったから、流れでこう、合体!って感じで……」
「……え!?アイツに私を責める資格なくない!?魔法で脅してない分アタシの方が健全じゃないかい?しかも一日違い!?」
イネッサは再び立ち上がって叫んだ。
「いや、まあ、ミーシャちゃんも、だから水に流す、って言ったんじゃないか?自分も似たようなことしてたから……」
興奮収まらないイネッサは、その場でぐるぐると歩き始めた。
ウーノはどうしたらいいか分からず、とりあえず水を飲んだ。
「に、二度目は……許しませんから、ね……?」
そうしていると、膝をガクガク笑させたミーシャがラウンジに入ってきた。まだ行為の後の余韻が残っているらしい。
イネッサの叫びで目が覚めたのか、横にウーノがいないことに気が付いて探しに来たようだ。
そんな情けないコンディションながら、髪をユラユラさせて臨戦態勢のミーシャを発見したイネッサは、興奮気味に彼女に飛びついた。
「ちょうどよかった……ってクッサ!雌と汗の臭いでクッサ!」
「え、ちょ、ちょっと、何を……」
想定外の反応にミーシャは目を白黒させた。
「ウーノ!アンタの亭主、アタシが借りてくから!オラ、風呂場行くよ!裸にひん剥いて、色々聞いてやるからねぇ!」
「え?え?」
イネッサはミーシャを引きずって、廊下へ消えていった。
「ていうか、アンタ、イクのマジで速すぎじゃないかい?雑魚過ぎない?あんなんじゃウーノが満足しないでしょ」
「ちょ、見てたんですか?私は別に弱く……」
廊下の角を曲がったところで、二人の言い争う声は聞こえなくなった。
「あ、俺も風呂……まあ、明日の朝でいいか……先に寝てよ……」
ウーノは考えるのを止めて、部屋に戻った。
ベッドの上は昨晩の自宅のベット同様にひどい有様だったので、掛け布団を敷いて寝ることにした。




