1日目③
ウーノの中の『魔導車』という単語の知識は、魔導具を組み合わせた乗り物、というものだった。そのためウーノは、魔導具が動力の自動車をイメージしていた。
しかし、ミーシャに案内された家の裏の車庫にあったのは、6本足の巨大な馬だった。騎乗用の鞍と鐙が取り付けられているのは、ミーシャ2人分ほどの高さの場所だ。頭のてっぺんはミーシャ3人分くらいの高さ、全高はざっと4か5mはある。
「ま、魔導車って……馬じゃない、これ?馬の……魔物?」
「はい、これは、馬の魔物『グラニ』を元にして作られた、魔導車です」
「へえ……元にしたっていうのは、形とかデザインを寄せてってこと?」
「あ、そこら辺の常識も忘れてしまっているんですね。ふふ、魔導車っていうのは、魔物の生け捕りにして、頭の中とか筋肉を魔導具に入れ替えて作る、『サイボーグゾンビ』なんですよ!夏場は冷やして保管しないと、腐っちゃうんですけど、普通の馬とか牛より、頑丈で力強くて、疲れ知らずなんです」
『サイボーグゾンビ』。剣と魔法の世界に似つかわしくない、サイバーパンクな単語だ。
その響きに、ウーノは男心をくすぐられていた。機会があれば、メンテナスか何かで、構造を覗いてみたい。
「なるほど……ってうお!?」
そんな風に興味津々になっていたところで、ミーシャはウーノを風で持ち上げた。突然のことでみっともなくアタフタしていると、すぐにミーシャも浮かび上がって来た。
「こっちですよ。ふふ、手を引いてあげます!……はい、ここに座って、足はそこに置いてください」
そう言ってミーシャはウーノを抱き寄せると、鞍に座らせて鐙を教えた。ウーノに色々教えるのが楽しいのか、彼女は少し笑っていた。すっかりウーノに気を許したのか、いつの間にか吃音も消えている。
それはそれで夫として嬉しいことなのだが、どことなくミーシャが亭主関白ごっこをしていた時のような、得意げな雰囲気が気になった。
「こ、こう?」
「はい、そうです!じゃあ、行きましょうか」
とはいえ、初めての乗馬体験におっかなびっくりのウーノには、それを指摘する余裕が無かった。
ミーシャはウーノがちゃんと座ったのを確認すると、手綱を打って馬……ではなく魔導車の操縦を始めた。
6本足の巨躯は森の中の細道を、倒木や小さな木を粉砕してなぎ倒して、どんどんと進んでいく。ウーノが振り返ると、売却用の素材が満載された荷車が通った後は、深い轍が刻まれている。
落馬したら最後、車輪に巻き込まれて無事ではいられないだろう。
「う……お、落ちない?揺れる……高い……」
歴史上の偉人たちの少なくない死因の一つが、落馬である。
自転車やバイクよりもはるかに高い場所に座り、酷く揺れる乗馬は、初体験のウーノにとってとても怖いものだった。それもただの馬ではなく、巨大な6本足の魔物の馬に乗っているのだから、なおさらだ。
恐怖のあまり、前に座るミーシャの小さな背中に力いっぱい縋りついていると、彼女は上機嫌な様子で振り向いた。
「ふふ……仕方ないですね、ウーノさんは。ちゃんと掴まってくださいね? まったく、怖がりなんですから……ふふ」
ウーノに頼られて必要とされるのが嬉しくてたまらないようで、ミーシャは鼻歌でも歌いだしそうなほどだ。
「そ、そうだね。でもミーシャちゃん、なんか調子乗ってない?大丈夫?俺結構根に持つタイプだよ?街についたら覚悟……イタっ、し、しひゃかんだ……」
ドキドキしているウーノを『リード』していることが嬉しいのか、何やら上から目線というか、お姉さんぶっているように感じた。
ウーノはまだ出会って24時間も一緒に過ごしていない妻の性格が、何となく分かってきた。普段は臆病で引っ込み思案だが、気を許した相手には見栄っ張りで調子に乗りやすい。ただ大人しいだけの美少女では無いのだ。
これは定期的に体に分からせねば……と思った矢先、馬の揺れで舌を噛んだ。
「ふふ、もう。おしゃべり注意、です」
仕返しに胸でも揉んでやろうか。そんな風に考えたが、運転手にいたずらを仕掛けるのは明らかな自殺行為である。ウーノはぐっと我慢して、後で覚えてろよ、と復讐を誓うのだった。
森を抜け、村を通り過ぎてしばらくしたころ、草原の中に引かれた街道の途中で、ミーシャは魔導車を停めた。
「あれ?どうしたのミーシャちゃん?」
それなりの高さから、ミーシャはひらりと飛び降りた。
魔法を使ったのか、服と髪が舞い上がり、ふわりと着地した。
「そろそろお昼の時間、なので。結局、シーツ洗いが大変で、パンしか持ってこれなかったですよね?だから、ウサギでも狩って、おかずにしようと思ったんです。はい、ウーノさん。キャッチしてあげますから、飛び降りてください」
「え、ここから?」
下馬の仕方が分からず戸惑っていたウーノは、ピシリと顔を強張らせた。
乗っている魔導車の高さは、ミーシャの身長二つ分、1階の天井くらいの高さだ。地面が草で覆われているのを加味しても、着地してケガを負わずに済むギリギリ、と言ったところか。高所恐怖症ではないが、飛び降りるには随分と勇気が必要だった。
キャッチする、と言ってミーシャは手を広げているが、それでも怖いものは怖い。魔法の力で何とかしてくれるだろうが、それはそれ、これはこれ、である。
「ふふ……ウーノさんったら、怖がりですね……大丈夫ですよ?私がしっかり、受け止めてあげますから」
グズグズするウーノに、ミーシャはフフンと薄い胸を張った。
年下の女の子にここまで言われては、ウーノも男の面目が立たない。
「くっ……言わせておけば……男は度胸!」
勇気を振り絞り、ウーノは飛び降りた。しかし、着地予測ポイントはミーシャから少しずれてしまった。
彼は衝撃を覚悟してギュッと目をつむったが、彼を迎えたのは固い地面ではなく、何かふんわりとしたクッションであった。
目を開けると、昨日も体験した風のクッションに包まれていた。フヨフヨと少し動いて、手を広げたミーシャへとポスンと落とされた。お姫様抱っこ、いや、王子様抱っこである。
「ふふ。ウーノさん、おっちょこちょい、ですね。今度一緒に、下馬する練習、しましょうね」
細身の体からは想像できないほどしっかりと、ミーシャはウーノを王子様抱っこしていた。
腕の中の夫に、彼女は鼻の穴を膨らまして、エッヘンと威張ったように微笑んだ。
「……くっそぉ。ありがとうね、練習して、一人で降りれるようになるから、絶対」
悔しく思いながら、ウーノはミーシャを見返すべく、努力することを誓うのだった。
しかし、ミーシャのターンはまだ続いた。
彼女が指を振って草原に風の刃を走らせると、高く伸びた草が宙に舞い上がり、隠れていた小動物の姿が露になった。
突然のことに驚いたそれらが再び草の中に隠れようとしたところを、その中の一匹のウサギが、ミーシャが呼び出した水の塊に捕まった。
水球の中に閉じ込められたウサギは、外に出ようともがくが、徐々に抵抗は弱まり、最後は溺死した。水の中に、必死にもがいて抜けた毛が舞っていた。
それだけでもウーノには十分ショッキングな光景だ。しかし、さらに衝撃を受けたのは、その後のミーシャの行動だった。
水球に手を突っ込んで、傷一つないウサギの死体の耳をつかむと、再び指を振って風の刃を生み出し、ウサギの腹を捌いたのだ。
透明だった水球は、流れ出した血で真っ赤に染まる。野犬のような魔物相手に腰が引けていたミーシャは、血を恐れるでもなくチャパチャパと水音を立てながら、ウサギを魔法で解体していく。
「……うわっ!」
力を入れすぎたのか、血の混じった水滴がウーノの服にかかった。布の上に、じんわりと赤いしみが広がる。
「あ、ご、ごめん、なさい……ふふ、でも、やっぱりウーノさんも、男の子、ですね。血が怖いなんて、可愛いです」
「うっ……反論できない……ミーシャちゃんのくせに……」
ウーノは悔しく思いながらも、ミーシャに屈服するのだった。
その後、火を通して塩を振っただけの簡素なウサギ肉をおかずに、二人は持ってきたパンを食べていた。
食事中、ウーノは憮然としていた。ミーシャにいいとことを見せようと、火おこしをしようとしたが、木が草原で見つかるわけもなく。うろうろしている間に、ミーシャが魔導具ですぐに終わらせてしまった。では解体を、と思っても、ミーシャが血抜きから骨の分離まで全て終わらせている。
ベットの上でこそウーノは優位に立っていたが、それ以外のところ、家事含め日常生活のすべての面で、ミーシャに敗北しっぱなしだった。
「あ、あの、おいしい、ですか?」
「ああ、おいしいよ」
「わ、私が、捕まえて、捌いたんですよ?」
「うん、そうだね。ありがとう、ミーシャちゃんはすごいね。はぁ……」
ミーシャの言葉に、ウーノは生返事をしていた。
この世界では女尊男卑、女が男を守るのが常識で、男は女に従うのが当然だ。しかしこの世界に来て間もないウーノには、年下の女の子にお世話になりっぱなしの自分自身が情けなくて、苛立ちを覚えていた。
対等な立場でいよう。ミーシャにそう言ったは良いが、力で負け稼ぎもなく、おまけに家事すら下位互換だ。
それは親と子の関係であって、対等な夫婦の関係ではない。
「……ご、ごめん、なさい。ウーノさん、わ、私、何か気に障るようなこと、しちゃいましたか?」
俯いてモゴモゴとパンを頬張っていたウーノは、口を止めて正面のミーシャを見た。彼女は今にも泣きだしそうな表情で、ウーノを見つめていた。
自分の生返事で、不機嫌が伝わってしまったのだろう。
ミーシャが偉そうだ、そう感じたのは、彼女を薄っすら侮っていたからだろう。年下の女の子、というだけで、そのような偏見を持っていたのだ。この世界では女が男を従えるのが、普通だというのに。
ミーシャは魔物蔓延る森の中、一人で生きてきたのだ。自分より強者である。
ウーノは自分の認識を反省して、そして落ち込んだ。
「……んっく。別に、何もないよ。ただ、俺が自分のこと、嫌になっただけで……」
しかし頭ではわかっていても、心が割り切れるかは別問題なのだ。
ウーノはミーシャの問題ではない、と首を振って見せたが、ミーシャはそう考えなかったようだ。何か自分に原因があるはずだと、彼女は前のめりになった。
「わ、私、ただ、ウーノさんに……女らしくて頼りになるところ、見せたかっただけで……い、威張ってたり、図に乗ってました……ごめんなさい……わ、悪いところあったら、直しますから……だ、だから、嫌いに、ならないでください……」
「ミーシャちゃん……」
妻の涙ながらの言葉に、ウーノは頬をひっぱたかれたような衝撃を受けた。
「……ウーノさんと、結婚出来て、本当に、嬉しくて……ウーノさんに、褒めて欲しくて、必要とされたくて……で、でも、私……友達いなかったので、どうしたら褒めてくれるか、分からなくて……ごめんなさい……」
臆病で口下手な割に、調子に乗りやすく見栄っ張り。そんなミーシャの性格は、長い孤独と初めての異性により、混乱していたから、かもしれない。
「俺の方こそ、勝手に不機嫌になってて、ごめんね。ミーシャちゃんが悪いんじゃないから、本当に。俺が俺の都合で、ちょっとイライラしてただけだから」
本当に情けない話だ。勝手にいじけて、その上に妻を泣かせてしまった。
この世界で、ミーシャは『守られるべき女性』ではない。しかし、女を泣かせるなんて、男らしくない。この世界で自分の思う『男らしさ』を体現するのは難しくても、それでも最低限、『男らしくない』ことは、してはならないのだ。
ウーノは泣かせてしまった妻を笑顔にすべく、ミーシャの前髪を横にずらして、顔を覗き込んだ。
青ざめた白い頬に垂れる、涙の跡。零れ落ちそうなほど長いまつ毛に囲まれた、揺れる青い瞳。
ああ、やっぱり可愛いな。そんな風に思いながら、ウーノは大切な妻に対して、とっておきを披露することにした。
「ウーノさん、私……」
「行くよ、ミーシャちゃん……ハッ!」
眉毛をハの字にして、舌を突き出す。白目をむいて、鼻の穴を広げる。
男子校時代に友人たちと開発した、一撃必殺の変顔である。
どうだ!?反応を確かめるべく眼球を戻すと、ミーシャはポカンとしていた。
「……え?あの、え?」
不発!何たることだろう、渾身の変顔は効かなかった。
「くっ……よし、次だ!」
しかし、ウーノにはまだレパートリーがあった。次の変顔に移るべく、顔の筋肉を動かし始めると、ミーシャがポツリと呟いた。
「あの、もしかして……慰めてくれようとしてたんですか?」
「へ?あ、うん……」
次の変顔を披露しようとしていたところでミーシャに問われたウーノは、素の状態に顔を戻しつつ頷いた。
しばらくの沈黙の後、ミーシャはどこか呆れが混じったように、しかし確かに声を上げて笑い始めた。
「ふふ……あふ……ふふ!な、慰めようとして、へ、変顔するのって……ふふ、ウーノさん、確かに『男らしくない』かもしれないですね!ふふ!そんな、体張って慰めてくれようとするだなんて!」
変顔そのもので笑いが取れなかったのは不本意だが、泣き顔を笑顔にするのは達成できた。
「はは……良かったよ、笑ってくれて。そのさ、ミーシャちゃん。俺はミーシャちゃんより、色々と劣ってるからさ」
「そ、そんなことないですよ!」
ウーノが自嘲気味に言うと、ミーシャは笑顔を引っ込めて慌てて否定した。
「いや、劣ってるよ。対等でいたい、って言ったのに、何にもできてないからさ。せめて体張るくらいしか、俺にはできないから」
「ウーノさん……そ、そんなことないですよ!酷いことをした私を、笑って受け入れて……私が自分で嫌いなところも、肯定したりそんなことないって励ましてくれて……本当に、本当に救われた気持ちで!だからウーノさんは、私の側にいてくれるだけで……!」
必死に言い募るミーシャを胸の中に抱きしめて、ウーノは耳元でささやいた。
「ミーシャちゃんのこと、大好きだよ」
その瞬間、抱きしめている妻の体温が上がったことが、服越しにも伝わってきた。
「……わ、私も、大好きです!世界で一番!」
ミーシャは思いを伝えようと、ウーノの胸元に縋りついた。
考えてみると、大好き、と言ったのは、これが初めてだった。
結婚した夫婦なのに、好きという思いを今初めて伝えたという事実に、ウーノは可笑しな気持ちになった。
「ありがとう。俺さ、自分が不甲斐なかったんだ。ミーシャちゃんを守りたいのに、ミーシャちゃんを養いたいのに、ミーシャちゃんに、教わってばっかりだったから」
ウーノはミーシャの頭を撫でながら、自分の心境を吐露した。
「そ、そんなの……わ、私は女なんですから、妻なんですから、守るのも養うのも、私の仕事で……!」
ミーシャはウーノの言葉に、どこか焦ったように、そして不満そうに、唇を尖らせた。
「そうだね。それが普通なんだろうけど……俺、お世話になりっぱなしは嫌だったんだ。ミーシャちゃんの方が、強くて稼ぎ方だってちゃんと知ってるし……ミーシャちゃんが外で稼いできて、俺は家を守るってのが『普通』なんだと思うけど……君にだけ、危険な目に合わせて大変な思いをさせて、家で待ってる、なんて嫌なんだ」
「で、でも、ウーノさんはそんなこと気にしないで良いのに……」
ミーシャの言葉は、とても優しい言葉だ。弱くてもいい、弱いままでいい。貴方さえいてくれれば。しかし、ウーノは自分の弱さを、肯定したくなかった。弱いままでいるのは、屈辱だった。
「いいや、ダメなんだよ、それじゃあ。ミーシャちゃんはそう言ってくれるけど、それを受け入れたら、俺は俺ではなくなってしまう。俺はペットじゃ無い。君の、夫なんだ」
ミーシャの目を見て、ウーノははっきりそう言った。
想いが伝わったのか、ミーシャは目を伏せた。一度引っ込んだはずの涙が、目じりにたまっていく。
「……分かりました。ごめんなさい……ウーノさんが、そう思ってたのに……私、ウーノさんを、守らないといけない、弱い人、みたいに扱って……」
夫が不機嫌だった理由が、はっきりと分かったのだろう。ミーシャは申し訳なさそうに呟いた。
そんな彼女の頭を、ウーノはわざとらしくぐりぐりと乱暴に撫でた。
「ちょっと謝らないでよ!て言うか、また泣いてるの?他の変顔披露した方が良いかな?」
「……ふふ!いいえ、結構です!と言うか、慰めようとしてくれるのは嬉しいですけど、変顔見るくらいなら今みたいに頭を撫でてくれた方が、嬉しいです!」
「えー?結構自信作なんだけどな……。ごめんね、嫌な態度取って。さ、お昼、食べちゃお!そんで馬の乗り方……ていうか、魔導車の乗り方とか、操縦方法とか、教えて欲しいんだ。それで帰り道は、俺に運転させてほしい」
「……はい!ふふ、じゃあ、頑張ってくださいね。難しくはない、ですけど……コツがありますから!」
急造夫婦なので、これからも色々と課題はあるだろう。
だけど、ちゃんと話し合えば、全部乗り越えられるはずだ。これから、分かり合っていけばいい。ミーシャとウーノは、二人とも同じ気持ちを抱えながら、ワイワイと街への道を進んでいった。




