1日目②
「クチュン!」
「ああ、さっきシャワー浴びた後、体拭いてなかったでしょ。ほら、朝ご飯作ってるから、シャワー浴びてきなよ」
しばらく抱き合っていた二人だが、ミーシャの可愛らしいくしゃみがその時を止めた。
「ぐず……は、はい」
鼻をぐずらせるミーシャを送り出し、ウーノは途中だった調理を再開した。
異世界食材は見慣れないものばかりである。扱いが分からないものは避け、知恵の実で知った食材、卵と野草、干し肉を混ぜて簡単な卵焼きを作ってみた。父子家庭だったので、家事には慣れている。簡単な料理なら文字通り朝飯前だ。
パンを切り分け、皿を準備したところでミーシャが戻ってきた。
風呂から出てきたら温かい食事が完成している。そのことに感動しているのか、驚いた顔の中に感動が見て取れた。
「さあ、出来立てだよ。冷めないうちに召し上がれ」
「は、はい。あ、じゃなくて、う、うむ!」
「うん?……じゃあ、いただきます」
「うむ!」
なんだか今までと違うギクシャク感のあるミーシャ。そんな彼女に首を傾げながらウーノは食事に手を付けた。
自分には合う味だが、果たしてこの世界の住民にはどうだろうか?そう考えつつミーシャを見ると、目を潤ませて小さな口でハムハムと一所懸命食べていた。可愛い。
「どうかな、口に合うと良いんだけど」
「は、はい!とっても美味しい…あ、う、うむ!合格点!」
口の中身を慌てて飲み込んで、コクコクと頷くミーシャだが、やはりどこか様子がおかしい。
「……どうしたのさ、さっきから。戻ってきてから口調変わってない?」
「え、えっと……亭主関白です!」
こっちでは女性が亭主、男性が女房ならぬ男房である。
どうやらミーシャは、結婚したからには自分が一家の大黒柱。前に立ち夫であるウーノを庇護しなければならないと考えて、それらしい振る舞いを心掛けているようだ。
この世界の男女観は、昭和を通り越して大正明治の価値観だ。男性が就けるのは一部の限られた職種だけで、夫婦であるからには男は女の所有物である。
故にミーシャの亭主関白宣言はこの世界では別段おかしくないのだが、現代日本の古めの価値観、『昭和的』男女観の持ち主のウーノには、受け入れがたい言葉だった。
ここでこの態度を許せば、これからずっとこんな関係が続く。矯正するなら今だ。
しかし、ウーノは頭を悩ませた。どうあがいても力では勝てないし、収入面でも敵わない。現代知識で金儲けも、直ぐにできることではないし、何より女社会に進出するにはミーシャの助力が必要だ。どうしてもこちらが『頼む』立場にならざる得ない。
「ウーノさん……じゃなくて、ウーノ、茶!」
ついさっきまで全裸土下座で結婚してくれと懇願してきたとは思えないほど、ミーシャ調子に乗っては亭主関白ごっこをしていた。
普通こういう男女の力関係の綱引きには加減がある。しかし幼少期は母親と二人旅暮らし、ここ数年は村からのけ者にされて一人森に住むミーシャは、その『加減』が分かっていなかった。
そんな加減が分かっていないミーシャの態度に、ウーノは少しムカついた。そしてムカついた拍子に、自分が妻に勝てる分野があることを思い出した。
「はぁ……ベットの上ではあんなにクソ雑魚ヨワヨワだったくせに……それを忘れてその態度、恥ずかしくないの?」
「な、な……よ、弱くないです!私はツヨツヨです!」
「でもさあ、後半動いてたの、ずっと俺だったじゃん。ミーシャちゃん、最初の方こそ威勢良く、『私がリードしてあげます』とか言ってたけど、3,4回スクワットしたら、すぐヘニョってたじゃん」
ウーノの言葉に、ミーシャは顔を真っ赤にした。怒りよりは羞恥心に見える。
そう、ミーシャはクソ雑魚だった。昨夜も最初はウーノを組み敷いてリードしようと頑張っていたが、直ぐにビクンビクンになっていた。
ウーノも本と動画でしか行為を知らなかったが、その彼が自分はとんでもないテクニシャンなのでは?と誤解してしまいそうになるほど、ミーシャはクソ雑魚だった。初めての行為に元気なウーノに対して、後半戦のミーシャは完全に壊れていた。
「や、優しくしてあげただけ、です!つ、次は容赦しませんから!」
「ふーん……?じゃあ、試してみる?」
「え?あの、何を……んむっ!?」
ウーノはミーシャの差し出していたカップにお茶を注ぐと、自分の口に含んだ。そして彼女のあごをクイっとして口づけをした。口内の茶を口移しで飲ませる。
その勢いのまま、互いの舌を絡み合わせる。好いた相手とのキスは幸福感に浸れるが、今回のウーノの目的は単なる身体的コミュニケーションではない。
キスをしたまま、ミーシャの腹部にサワサワと手を触れる。核心部分に触れる前に、彼女の体はビクッと震えた。
口を離せば、彼女の目はトロンと溶けて、荒く息を吐いて体をグッタリと背もたれに預けていた。
ミーシャは今もまた、キスをして少しお腹を撫でただけで無力化されてしまっていた。
「ふぅ……やっぱりミーシャちゃん、ヨワヨワじゃん。あまり調子に乗らないでね、弱いんだから。じゃあ、亭主関白は無し。対等な関係で行こうか」
「ふぁ、ふぁい……あ、あの……その、続きを……」
「ああ、夜になったらね」
もはやクソ雑魚でヨワヨワと言われても何の反論もせず、モジモジと餌をねだる子犬のようなミーシャ。そんな彼女にウーノは努めて平坦な声音で突き放した。
「うう……はい……」
お預けに対してシュンとする妻を見て、ウーノは格付け完了したことに安堵するのだった。
気を取り直して食事を再開しつつ、二人は改めて自己紹介をした。
お互いの年齢すら知らないまま、体を重ね結婚してしまっていたのだ。まだまだ相互理解が足りていなかった。
「えっと、えへへ……ミーシャです。それで今は森で魔物を狩って、素材を村や町で売って生計を立てる、冒険者をしています。あ、年は先月16歳になりました」
日本の法律だと男女ともに18歳で結婚可能。でもちょっと前まで16歳からOKだったし、まあセーフ。それに責任を取る?ために結婚してるし、許されるだろ。
ウーノは心の中で、少しほっとしていた。この世界では12歳から結婚可能なので、別に誰かに言い訳する必要は元よりないのだが、何となくウーノは安堵していた。小柄で童顔なミーシャは年齢が分かっていなかったので、もしかしたら自分の倫理観的にアウトではないかと心配していたのだ。
別に現代日本でも、早いカップルは16歳未満でもズッコンバッコンしているが、昭和堅気な父で硬派に育てられた彼にとっては、大切なことだった。
「そっか……そう言えば、お母さんは今はどこか別の国にいるんだっけ?」
「はい。お父さんは私が生まれる前に死んじゃったらしくて……ずっとお母さんと二人旅をしてました。それで、6年前、お母さんは『もう一人で生きていけるでしょう』って言って、この家を作ってくれた後、どこかに行っちゃいました。それからは、ずっと一人ぼっちで……あ、一応言っておくと、別にお母さんのこと、恨んでないんですよ。旅を好む流れ水の民だと、良くある話らしいので」
なんともエキセントリックな母親に思えたが、まあ本人が気にしてないなら、自分が何か言うのも無粋だろう。郷に入れば郷に従え、ウーノは言葉を飲み込んだ。
「これからは、俺も一緒だからさ。一人ぼっちでは無いよ」
「は、はい……!えへへ、ふふ……これからは、二人ボッチ、です!」
代わりに手を握りながら、クサい台詞を吐いてみる。気恥ずかしさもあるが、ミーシャは感動したように華やいだ笑顔を浮かべてくれるので、言った甲斐があるというものだ。
しかし、二人ボッチという言葉を言うあたり、ミーシャは社会というものに参加する気は無いのだろうか?ウーノは疑問に思った。彼は別に陽キャではないが、普通に剣道部で男臭い青春を過ごしてきたし、コミュニケーションが嫌いというわけでもない。妻と二人で人里離れた森の中で生きていくのもオツなものだが、いざという時に寄る辺がないのは不安でもあった。
「……そうだね。それでミーシャちゃんはさ……」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください。えっと、私の話より、ウーノさんのこと、教えてください!」
「俺の?」
「はい!だって、私なんて、暗い森の中で一人でおっかなびっくり魔物を狩ってるだけの、寂しい人生でつまらない話で聞く価値なんて無い……うぅ……」
「自分で言って泣かないでよ……慰め方が分からないじゃないか」
いきなり自爆して涙目になったミーシャにウーノは呆れつつ、頭を撫でてやった。
すると現金なもので、ミーシャは直ぐにコロッと笑顔を浮かべた。
「えへへ、ごめんなさい。それでともかく、ウーノさんの話もしてください!ずっと気になってたんですよ、いきなり下着姿で、魔物の前に飛び出してくるんですから!しかもずぶ濡れで、言葉も通じないですし!」
「はは、そう言えばそうだったね。えーっと……あー……」
ウーノは口を開こうとして、再び閉じた。違う世界、逆転した価値観の世界から来たと、どう説明したものか。
悩んだ末に、ウーノは便利な言葉を思い付いた。
「ウーノさん?」
「ああ、ごめんごめん。実は、俺はちょっと記憶喪失でさ。気が付いたら下着姿で、川辺に漂着してたんだよね。覚えてるのは、自分の名前と家庭環境くらい、かな?」
「き、記憶喪失、ですか?」
「そうそう。覚えてる範囲で説明すると……ウーノ・ソーヤー、18歳。父子家庭で、男は強くあるべし、って言われて育てられたから、ちょっと『男らしくない』ところがあるかもしれない。だから、ミーシャちゃんからすると言動や価値観に違和感があるかもだから、直してほしいところがあったら言ってね」
「わ、分かりました。あ、でも、私も女らしくないので、そこはお相子ですね。ふふ、ウーノさんも私の言動で気になるところがあったら、言ってください」
「まあ、それで言うと、さっきの態度は……」
「あ、あれは張り切ってたんですよ!もう……気を付けます……って、違う違う!え、それくらいしか覚えてないんですか!?最初話してた言葉とか、アレは何語なんですか?それにウーノさん、苗字持ちってことは家柄も良かったり……それも覚えてないんですか!?」
曖昧な表情のウーノに、ミーシャは目を見開いて身を乗り出した。
「まあ、うん……実を言うと、ここが何処かも、良く分かってなかったり……」
知恵の実の用途は、言語獲得が主だ。価値観や常識の理解は、例文として理解しているに過ぎない。
ここが剣と魔法の異世界で、男女の価値観が逆転している。文明レベルは近代か近世くらいなイメージ、ということを、ぼんやりと理解しているにすぎないのだ。
「そ、そうだったんですね……。そういえば、流れ水の民のことも御存知無かったですし、常識が色々抜け落ちて……うーん……あ、一応言っておくと、ここは『ラシスカ帝国』の、タイガ森というところです。近くの村は、『タイガ森寄り村』ですね」
「あ、そうなんだ。ありがとう」
色々軽い調子で頷くウーノだが、一方でミーシャは不安そうな表情のままである。
「うーん……うーん……あ、あの、苗字があるってことは、やっぱりウーノさんはやんごとなき身分だったり……も、もしも記憶が戻ったら……国に帰ったり……そ、それなら、わ、私もつい行きますからね!も、もう、夫婦なんですから……絶対に、絶対についていきますからね!」
ミーシャの懸念は、自分を置いて夫がどこかに行ってしまうのではないか、というものだった。
ウーノはその妻の不安に対して、自然と言葉が出てきた。
「当然だよ。俺たちは夫婦なんだから。逆にミーシャちゃんがどこかに行くときも、俺はついていくからね」
大切な女性を放り出してどこかに行くなど、言語道断。そんな男らしくないことはしない。
この世界で、夫が妻を守る、というのはおかしな話だが、それでもウーノは、いざという時はミーシャの盾になる覚悟でいた。
「は、はい!えへへ……ずっと一緒、どこに行くにも一緒……えへへ……」
ウーノの返事にミーシャの不安は吹き飛んだようで、ずっとニコニコ笑顔である。
「さて、じゃあ片づけようか。お皿洗ってくるね」
ウーノは食べ終わった食器を持って、シンクへと向かった。
ミーシャの関白宣言を粉砕したものの、当分は家計の稼ぎは妻に依存するのだ。せめて家事はしなくては、対等ではない。そう考えての行動だったが、ミーシャはウーノにトテトテと歩いて付いてきた。
「あ、食器洗い、私がやりますよ。えへへ、私は流れ水の民ですから、水と風の魔法が得意なんです!洗いも乾燥も、お手の物なんですよ!」
「あ、そうなんだ……あれ?俺は何をすれば……」
家事すらしないのであれば、それは只の穀潰しである。それでは男らしくない。何か仕事が無ければ落ち着かないのだ。
手持無沙汰なウーノに、ミーシャは善意&好意100%の甘えた笑顔を浮かべた。
「ウーノさんの仕事は、私の男房であることです!」
これなら亭主関白の方が良かったかもしれない。
せめてもとミーシャが乾燥させた食器を棚に戻しながら、ウーノは歯がゆい気持ちに襲われた。
しばらくして、食器洗いを終えた二人は並んでベットに腰かけ、食後の余韻に浸ってのんびりしていた。
「ねえ、ウーノさん?」
「何?」
二人の身長差は、座った状態ではちょうど頭一つ分ほどだ。
ミーシャはウーノを見上げて、嬉しそうに微笑んだ。
「えへへ……呼んだだけ、です」
ニヘラと幸せそうに緩んだ笑顔をするミーシャを見て、ウーノは思わず苦笑した。
「まったく……ねえ、ミーシャちゃん?」
「あっ……ふふ、えへへ……はい?」
「結婚って、何か役所に届け出とか必要なの?」
ズコーッ
呼んだだけ、と言われることを期待して。だらしない笑顔で待ち構えていたミーシャは、ずっこけた。
しかし、ウーノにとってこれは大事なことなのだ。知恵の実で得られるこの世界の常識には限りがある。結婚を含む行政手続きがどうなっているのか、彼には見当がつかなかった。
「あ、あれ?え、えっと……そ、そうですね、書類書いたり、色々……」
「でもさ、俺、戸籍とかないよ?どうすればいい?」
ウーノが知る限り、この世界の文明水準は1900年代初頭、のイメージだった。電子機械に該当する存在は影も形もないが、魔道具という個人の魔法技術に頼らずに、だれでも魔法の恩恵にあずかれる道具が広まっている。そして政府が紙とペンによって、国民の個人情報を管理する体制が確立している、そんな時代だ。
国籍不詳の人間は、街に紛れて生活することはできても、結婚したりなんだりと書類を誤魔化すのは大変なのだ。
「ああ、それなら、燃えちゃったことに、する、とか……?あ、でもでも、そんな手続きなんかしなくたって、私たちが夫婦であることは揺らぎませんよ?街までいかないと書類手続きとかできないですけど、『魔導車』でも半日くらいかかりますから、面倒ですよ?ね、止めときませんか?」
魔導車は魔導具で作る車だ。馬より早く、現代の車よりは遅い。それに乗っても半日かかるのだから、それなりの距離がある。
「まあ、無理にとは言わないんだけど……魔物の素材、街に売りに行くこともあるって言ってたよね?そのついでに行くのも嫌かな?」
「嫌というか、何というか……ウーノさんに会わせたくない人がいるというか……」
イジイジと指を突き合わせるミーシャ。ボッチの彼女にもボッチなりの付き合いがあるようだが、それを夫に見せるのが嫌なのか、煮え切らない態度である。
「まあ、いわゆる事実婚、ってやつ?それも、一つの関係ではあると思うけどさ……俺たち、二人とも家族に会えないしさ。俺はこの国に、もちろんまだ友達いないし、ミーシャちゃんもその……友達いないでしょ?」
「い、いい、います!いますもん!」
ウーノはミーシャの受け答えのイントネーションに聞き覚えがあった。そう、『ど、どど、童貞ちゃうわ!』である。
「……ミーシャちゃん、俺たちは夫婦だ。嘘はいけない。大丈夫、俺はどんなミーシャちゃんでも、馬鹿にしたりしないから」
恐がりでコミュ障な、守りたくなる美少女……なだけではなく、意地っ張りなところもあるようだ。しかし、年下の新妻に浮かれ切っているウーノにとっては、アバタもエクボ、それもまた可愛らしく思えた。
「……本当に?本当の本当に、馬鹿にしないですよね?笑わないですよね?」
やたらと念押しするミーシャに、ウーノは真面目な顔で、昨日のことを引き合いに出した。
「マジマジ、ほら、ファーストキスの時、歯が当たっても、笑わなかったでしょ?」
「そ、それは、言わないでください……恥ずかしかったんですから……いませんよ、いません!私は、友達ゼロ人、です!それで!?私が、寂しい人間であることが、何だって言うんですか!」
強がって嘘を言った手前、余計に羞恥心があるのか、ミーシャは半ギレだった。
ウーノは頭をかいた。真面目な話をするつもりだったのに、なんだかおちゃらけた空気感になってしまった。
「……それでさ、俺たちが結婚したことを、だれも祝福も承認もしてくれないわけじゃん。それならせめて、ちゃんと法的に、夫婦だって、国に認めてもらいたい、と思ってさ」
法制度が整った現代日本育ちであることも理由かもしれないが、結婚をちゃんとした『契約』として、形に残したいという思いがウーノにはあった。
押し倒して無理やり結婚した夫が、自分たちの関係を真剣に考えてくれている。その事実が嬉しかったのか、ミーシャは触れられてもいないのに目にハートマークを浮かべ、ウーノの肩にマーキングするように頭をスリスリとこすりつけた。
「えへへ、ふふ……そうですね……私たちは夫婦、ですもんね」
まるで発情期の猫である。まだ掃除していないベットには、昨晩の戦いの残り香がした。それもあって、なんだか昼前から一戦始まりそうなムードだ。
一度はお預け宣言したものの、流され押し倒されると拒めない。ウーノは下半身に問いかける。
行けそうか?
まあ飯も食ったし、一発くらいなら……
「そ、それでどうかな?ミーシャちゃん?」
ミーシャはクソ雑魚だ。一発で昇天することだろう。覚悟を決めたウーノはミーシャに問いかけると、彼女は青い瞳に予想外に理性の光を取り戻して頷いた。
「……分かりました!まだ昼前ですし、今から家を出れば、夜になる前に、街につくと思います!私、売りに行くつもりだった素材、まとめておくので、それが終わり次第、出発しましょう!戸籍のことは、何とかなると思います。ちょっと前に西の方で戦争があったらしいので、それで逃げて来たってことにすれば、誤魔化せるはずです」
肩透かしを食らった気分だったが、まあ出かける前に余計な体力の消耗が避けられたのは幸いだ。
ウーノは頷きつつ、一戦交える代わりに、ミーシャが欲しがっていたであろう言葉をかけてやることにした。
「あ、そうなんだ。それなら、うん。そうしようか……ところでミーシャちゃん」
「はい、何ですか?」
「呼んだだけ」
ミーシャは一瞬、キョトンとした後、満面の笑みをさらにデロデロに溶かして、ウーノの胸にグリグリと頭を擦り付けた。
「もう……えへ、えへへ、ふふ……ウーノさんったら、もう……ふふふ……」
「おー、よしよし。さあ、じゃあ、お弁当とか、作ろうか……あっ」
引っ付き虫のミーシャをいなしつつ立ち上がったところで、ウーノは他に仕事が残っていたことに気が付いた。
「どうかしました?」
「……シーツ、洗ってくるね」
「あっ……せ、洗濯も私が!」
「いや、ミーシャちゃんは荷物をまとめるんでしょ?俺がやっとくからさ」
このまま放置したら、帰宅したときにはあの体液まみれのシーツはキノコが生えてくるかもしれない。
弁当作りは置いておいて、ウーノはやっと料理以外の仕事を見つけられたことに安堵しながら、戦いに向かった。




