3日目①
家に帰ってきて次の日の朝、ウーノはすっきりした気分で目覚めた。
DVやら元の世界への未練やら。色々と心を騒めかせる問題はあるが……愛する妻と一晩燃え上がると、色々すっきりするものだ。問題が消えたわけじゃない。でも、一人じゃないと思えるだけで、前に進める気がした。
そうして気持ちを切り替えて。街で買った部屋着を着て、キッチンで朝食の準備を始めたウーノは、床を鳴らす不規則な足音に気が付いた。
「……おはよう、ございます」
「あ、ミーシャちゃん、おはよう!……あれ、体調悪い?やり過ぎたかな、ゴメン」
寝起きのミーシャはどこか悲しそうな、残念そうな顔でお腹をさすっていた。
昨晩ハッスルしすぎたか?ウーノが少し申し訳なさそうな顔をすると、ミーシャは慌てて否定した。
「ち、違うんです……!あの、私の方こそ、謝らないと、いけなくて……その……」
「謝るって……何かあったの?」
言いよどむミーシャに、ウーノは首を傾げた。
「それは……えっと……」
「……まあ、何か分からないけど、話しにくかったら、別にいいよ。何があっても、俺はミーシャちゃんを、愛してるから!」
「うっ……わ、私も、愛してます……」
ウーノの言葉に、ミーシャはまるで仮出所中の殺人犯が、事情を知らない遺族の子供に屈託なく話しかけられたような、途方もない罪悪感を感じているような悲痛な面持ちで、愛を返すのだった。
ウーノはそんな妻の様子に一瞬心配したが、ちょっと考えて思い当たることがあった。今の状況、ミーシャに襲われた後の朝と同じである。くんずほぐれずした翌朝、自分が朝食を作っている。今更ながら、再び罪悪感を感じたのだろうか。
まあ、自分が気にして無いのだから、問題ない。ウーノは調理に戻って朝食を完成させた。
街で買った調味料を駆使して作った、魔物肉の炒め物だ。
「さあ、いただきます。ミーシャちゃんは、今日はどうするの?森で狩り?」
「いただきます……あの、そのことなんですけど……私、ちゃんと村の人に、結婚報告、してみようと思うんです」
朝からどこか悲し気な表情を浮かべていたミーシャは、一転して覚悟を決めたようなキリッとした顔つきをしていた。
コミュ障で村人との交流を避けてきたミーシャが、それを決めるなんて、いったいどんな風の吹き回しだろう。街で婚姻届けを出して、誰かに結婚を認められる、という経験が、思いのほか嬉しかったのか?
ウーノは疑問に思いつつも、首を縦に振った。
「分かった。俺も一緒に行くよ。だけど、そうだな……こういう時、何か挨拶の品も、持っていった方が良いのかな?」
ウーノの疑問に、ミーシャはハッとした様子で、フォークを落とした。ついさっき思いついたことだったのか、深く考えていなかったようだ。
「え、えっと……魔物の素材……もう売っちゃったし……う、うーん……あ、魔石は売ってないです!魔石を持っていきましょう!」
「あー、魔導具の材料になるから?」
魔石とは魔力をため込む以外にも、属性の変換器もしている。魔導具の電池兼整流子なのだ。それだけ重要なパーツである反面、消耗品でもあえうので、村人に渡しても喜ばれるだろう。
因みに魔石と同じ役割を持っているのが、髪の毛だ。髪は魔力のタンクでもあり、そして魔力を魔法に変換する機関でもある。髪の毛は魔石であり、魔導陣でもあるのだ。
なお、別に髪以外にも体内にも魔力は留めておけるので、長髪=魔力が多い、とはならない。長さよりは毛量が大事だ。
「はい、そうですよ。ちょっとした魔導具くらいなら、誰でも作れますし、街が遠いので、村では色々自作してるらしいんです。だから、魔石を持っていったら喜ばれると思います」
「そっか、じゃあ、それを土産にして、挨拶に行こうか」
喋っている間に食事を終えたミーシャは席を立ち、魔石を保管してる箱を持って来た。大きさや形状で色々と値段が変わる。あまりにも高価なものは、売却用に取っておこうと、魔石を仕分け始める。
ウーノも自分の仕事として、皿を片付けるシンクに持って行く。しかしそれに気が付いたミーシャは、仕分けを中断して夫と同じ作業をしようと、トテトテと歩いてきた。
「あ、皿洗いは私がやりますから!ウーノさんは昨日みたいに……」
「いや、俺は魔石の見極めとかできないしさ。俺がやっとくから良いよ」
現状で家事くらいしか仕事の無いウーノにとって、これは存在意義を掛けた重要な命題だった。
「じゃあ、私が教えてあげます!夫婦なんですから、全部一緒にやりましょう、ね?」
しかしミーシャは、新婚間もない夫と少しでも近くに居たい。そんな甘えた笑顔で、ピッタリとウーノの側に寄る。
「はは、そうだね。分かったよ」
敵わないなぁ。ウーノは苦笑しつつ、魔法食洗器と化したミーシャの横で、皿を拭いたり食器棚に戻していく。
それが終わり、次は魔石の仕分けだ。テーブルを挟んで向かい合い。ミーシャはウーノに少し得意げにしながら、魔石の見極めポイントを教える。
「そんな感じで、濁ってなくて大きい方が、高価な魔石です!……あっ、そう言えば、何で魔石って言うんでしょうね?水晶っぽいし、魔水晶とかの方が、合ってる気がします」
教えてあげる、エッヘン!そう威張ってたと、指摘されるまでも無く自覚したミーシャは、昨晩のようにどこか気遣うような笑顔で、ウーノに質問を向ける。
本当に、気遣いが出来て良い嫁……いや、自分が婿に入った?しかしミーシャは自分の苗字を名乗っている……ともかく、自分の対等でありたいと言う要望を汲んで、気遣いしてくれる妻だ。
そんな優しさが嬉しいが、問題がある。ウーノはラシスカ語を知恵の実から習得した。名付けの起源など、一切知らないのだ。
「ごめん、由来は分からないなぁ。俺、ラシスカ語を話せるようになってから、まだ日が浅いし」
「はぅっ、そうでした!え、えっと、他に何か……」
無理して何か聞くことを探すミーシャに、ウーノは愛おしさがこみ上げながら。しかしふと、新しい疑問が思い浮かんだ。
「そういえば、『流れ水の民』っていうのも、不思議だよね。確かに旅する民族で、水の魔法も得意だけど……風の要素が入ってないじゃないか。むしろ風の方が、旅のイメージには合うし。『流れ風の民』とか、『水風の民』とかじゃないのかな」
「う、うーん……そうですね。考えたことなかったです」
「それに、『知恵の実』もさ。あれって、『知識の実』だよね?言葉と常識がインプットされるだけで、別に賢くなるわけじゃないし」
ウーノの指摘に、ミーシャは困ったように眉を下げた。
「う、うーん……名付けた人が、深く考えなかったんじゃないですか?昔のことですし……」
「でも、名付けには……言葉には意味がある、と思うんだよね。何か理由があるんじゃないかって」
ウーノがそう言うと、ミーシャはクスクスと笑った。
「ウーノさんって、詩人みたいなこと言いますね。ふふ、そういうところも、男らしくないです。あ、今のは貶してるんじゃなくて、褒め言葉で……ご、ごめんなさい」
「いや、分かってるよ。ありがとう」
ウーノは苦笑した。
この世界では、芸術や文学は完全に女性の世界だ。理屈で考える男には、感情を動かす芸術や文学が理解できない、などと言われる。鑑賞するだけなら特に何も言わない女性が大半だが、少数ながら鑑賞ですら生意気だと言う過激派もいる。
そんな世界で、ウーノを詩人みたい、と笑って言うミーシャは、ウーノの『生意気』にとても寛容な方だ。図書館であのドリルツインテールの淑女に言われていたら、男のくせに詩人気取りかと説教されていただろう。
先ほどの気遣いも含めて。改めて、ミーシャと結婚できて良かったと思う。うん、そして思ったことは、言葉にしておこう。
「えっと、その、うーん……」
質問作戦不発に続き、微妙に失礼なことを言ったと思っているミーシャは、何と名誉挽回で気の利いたことを言おうとグルグル考え込む。
そんな彼女に、ウーノは大きな笑顔で、口を開いた。
「俺、ミーシャちゃんと結婚できて、本当に良かったよ」
考え込んでいたミーシャの表情は、一瞬でデレデレに。風魔法のジャンプでテーブルを飛び越えて抱き着いてきた妻を、ウーノは何とか抱き留めた。
朝食後すぐにおっぱじめようとするほど甘々モードになったミーシャを、何とか宥めて。
二人は服装を整えると、魔導車に乗り込んで、森の細道を進んでいった。
「今までは、私一人だったので気にしてなかったんですけど……ウーノさんもいますし、魔物避けの魔導具、村までの道に設置しましょう。ふふ、やることが沢山ありますね」
「はは、ごめんね、ありがとう。俺も頑張るよ」
そんな会話をしているうちに、村についた。森から出てすぐの所に、魔物や夜盗の侵入を防ぐ柵がある。その中が、村の土地だ。
二人は昨日通った街道の方に魔道車を進めた。しばらくして、柵の無い場所、村の入り口にたどり着く。
『タイガ森寄り村』。人口100人ほどの村だ。
「お前は……森の魔女か。何の用だ?」
槍を手にした見張り番の女性が、訝し気にミーシャに問うた。ミーシャは魔導車から、魔法を使わずに縄梯子を使って降りる。余計な警戒をさせないためだ。
「えっと……あ、あの……わ、私、結婚した……んです。それで、その、報告と言うか、挨拶と言うか……」
「初めまして、夫のウーノです。妻がいつもお世話になっています。つまらない物ですが、土産の品も持ってまいりましたので、よろしければ村長さんに、ご挨拶をさせていただけませんでしょうか?」
人見知りを発動してつっかえつっかえになるミーシャを見てられず、ウーノも魔導車を下りて間に割って入った。
「……なんだ、お前、魔女に攫われてきたのか?この辺だと見ない顔立ちだな」
見張り番の女性は、ぶしつけにウーノの顔をじろじろと見た。
日本人のウーノは、多分東欧あたりのラシスカでは見慣れない顔のつくりをしている。街では人の出入りが激しいので特に目立たなかったが、村のように閉鎖的な場所だと目立ってしまう。
「なっ……ち、ちが……!」
「えーっと……西の方から来ました。魔物に襲われたところを、妻に助けてもらいまして、その縁で婚姻を結んだ次第です」
言葉に詰まるミーシャを抑えて、ウーノは事前に考えていた説明をスラスラとした。
ミーシャの役に立てる機会があって、少し嬉しかった。
「ふん、まあいい。土産ってのは?」
「魔石です。それなりの数があります」
ウーノが荷台の方を指す。あえて幌は被せていないので、雑多な魔石がゴロゴロと積まれているのが一目瞭然だ。
「ああ、確かに……いいだろう。よし、魔導車に乗れ。私が先導してやるから、付いてこい」
女性は入口のそばに控えさせていた、小さな魔導車に乗ると、手綱を打って村の中に進んでいった。ウーノとミーシャも乗って来た巨大な魔導車を操って、その後を続く。
見張りがいなくなって大丈夫だろうか?ミーシャの後ろに座るウーノが振り返ると、代わりの見張りが詰所から出てきた。
村、といっても色々と制度が整っているのだろう。ウーノは街とは違う、石造と木造が入り混じった異世界情緒ある村の風景を観察した。
重そうな角材を一人で軽々運ぶ、線の細い女性。何人かで集まって、魔導具の整備をしている男性たち。畑仕事をしている人は、あまり見当たらなかった。
ウーノのイメージでは、村=農村、だったが、思った以上に畑が少ない。森が近くにあることだし、魔物を狩って食料確保しているのかもしれない。
そうして進んでいくと、見張り番は一軒の家の前で止まった。村長の家、だろうか?他の家と作りは変わらないが、屋根上に双頭のドラゴンの旗が掲げられているのが、他との違いだ。
青地に黒いドラゴン。目だけだが黄色に輝く黒い双頭のドラゴンの旗。ラシスカの国旗である。
「これが、村長さんの家、ですか?」
「ああ、そうだ。村長!森の魔女が夫を連れてあいさつに来たぞ!」
ウーノの問いに答えると、見張り番はガンガンと扉を叩いた。
しばらくして、ギィと軋みを上げて、戸が開いた。
「ええい、強く叩くなと言ったじゃろうが……なんじゃ、森の魔女がどうした?」
年はいくつだろうか?深く刻まれたほうれい線からは60歳以上に見えるが、その割にはシャンとして姿勢も良いし、肌艶もある。身体強化魔法や回復魔法のおかげか、この世界の女性はみな若い印象を受ける。そんな若々しい老婆が、扉を開けて出てきた。
「結婚の挨拶だってよ。おい、お前ら、この人が村長だ。じゃあ、後は上手くやれよ」
そう言い残して、見張り番は魔導車を駆って去っていく。もうちょっと紹介してくれてもいいじゃないか、そう思わなくもないが、贅沢も言ってられない。ウーノは魔導車を下りて、村長の前に進み出た。
「初めまして、村長さん。この度、結婚させていただきました、夫のウーノと言います。妻が日ごろお世話になっております。こちらに、つまらない物ですが、土産として魔石を持ってまいりました。どうかお納めください」
「お、お納めください……」
挨拶をするウーノの後ろに隠れるようにして、ミーシャもおずおずと頭を下げた。
「んが?結婚?森の魔女が?ほお……しかし、魔女よ、お主、夫の後ろに隠れて情けないのう。そして、ウーノとやら。お主もお主で、妻の前に出しゃばって、差し出がましいぞや。男ならば、女の一歩後ろに控えんか。恥知らずめ」
街でも『男なら』と言われたが、村と言う保守的な場所の老人だと、なおさら女尊男卑思考が強いようだ。ウーノは無意識のうちに、握りこぶしを作っていた。
人見知りなミーシャのために代わりに自分が。そう思って前に出ていたが、自分の言動のせいで返ってミーシャの評価まで傷つけてしまった。ウーノはそのことを悔しく思いつつも、黙って頭を下げて、ミーシャの後ろに回った。
「あ、えっと……わ、私は確かに……あの、喋るの苦手ですし、情けないかもしれないですけど……ウーノさん……あ、お、夫は、私にはもったいないくらい、良くできた人です!悪く言わないでください!」
しかしミーシャは、やはりウーノを悪く言われるのが我慢ならないようで、人見知りでも村長に食って掛かった。ウーノはそんな彼女の対応が嬉しくて、嬉しいと思ってしまう自分が、少し情けなくなった。
どうしたって、ミーシャの横に立つのが難しい。それが腹立たしかった。
せめて少しでもミーシャを勇気づけよう、そう思ってウーノは後ろから、ミーシャの手をそっと握った。
一方で村長は、まさか反論されるとは思っていなかったようで、少し驚いた表情を浮かべた。
しかし、必死な様子で唇をかみしめるミーシャと、俯きつつ後ろから妻の手を握るウーノを見ると、表情を改めた。
「ふん……まあ、よかろう……魔道車は、そっちの方に寄せておくのじゃ。魔石の方は、後で人を呼ぶ。とりあえず、中に入りぃ。茶くらいはだしてやろうぞや」
村長はそう言って、新婚夫婦を家に招き入れるのだった。




