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ヤンデレはハイスぺの特権です!低スぺ男からの執着とかホラーでしかないのでやめてください

作者: こじまき
掲載日:2025/11/06

王宮。芝生と芝生の間にある外廊下を掃きながら、リリアは思う。


異世界で「王宮仕えのメイド」というモブに転生したとて、ひょんなことから王太子やら王太子の側近であるハイスぺ令息やらに見初められてキラキラライフのはずだったのに、なぜひたすら床掃除のスキルだけが上がっていくのか、と。


王族の居住棟や高位貴族たちが頻繁に出入りする執務棟の担当であれば、キラキライケメンとお近づきになるチャンスもあったかもしれない。


しかしここは「王宮の裏」と呼ばれる使用人たちの居住棟である。メイドたちの間でも押し付け合いになる場所であり、キラキライケメンが来るはずもない。


それはもういい。諦めた。ただ仕事をこなし、たまにメイド仲間と王都でのカフェ巡りや外食を楽しんで、モブな人生を生きていく。それはそれで楽しいじゃないか。


だがしかし。


「あ、リリア!やっぱり会えた。ここに来たら会えると思ったんだ!だって僕と君は前世からの恋人で、もはや運命だから」


甘ったるい嫌な声。最近自分の周りをうろちょろしている低スペック男・ライオスだ。魔力ゼロ、一応貴族だが家柄はパッとしない、仕事はできないうえに真性のサボりときている。


勝手に「前世からの恋人」を名乗ってくるが、リリアの前世は彼氏いない歴=年齢の喪女だったので、完全な勘違いである。


しかもリリアはいつもここを掃除しているのだから、来たら会えるに決まっている。偶然でも運命でもなんでもなく、日常に鎮座する当たり前なのである。


「リリアもいいかげんにわかってよ。僕たちは運命だって」


いいかげんにわかってほしいのはこっちである。低スペ勘違い男からの執着はまじで迷惑だから、と。


「ライオス様、いつも申し上げているように私は…」と言いかけると、「わからない子には、身体にわからせるしかないな」と顎クイされた。


あまりいいものを食べていないのだろう。たるんだ肌はぎとつき、毛穴が見える。


そういう気障なセリフは、彫刻のように美しい顔と韓流スターのような陶器肌で言ってくださる?


「異世界まで来て、なぜキモイ男の毛穴を凝視せねばならないのだ」と思わず顔が歪んだとき、彼のかさついた唇が迫って来た。


こっちのほうが立場が弱いからって、調子に乗りやがって。丁寧に断っても通じないなら、ガツンといくしかない。


「ふざけんな!低スペからの執着とか、ホラーでしかないんだよ!」



ーーー



「ふざけんな!低スぺからの執着とか、ホラーでしかないんだよ!」


鼻に正拳突き。ガツンと音がしてライオスはのけぞり、悶絶した顔で倒れ込む。鼻からはたらたらと鼻血が流れている。


リリアが「やっちゃった。どうしよ」とつぶやいた瞬間、廊下の影から金糸で刺繍を施された紫紺のローブがふわりと現れた。


黒髪に冷たい紫の瞳。ランデンブルグ公爵の当代であり王国最強の魔導士でもある、ハーゲンだ。なぜ低スペの吹き溜まりにハイスペ中のハイスペが。いや、今はそれどころではない。その目には「拳を握りしめたリリアと鼻血を流すライオス」が映っているのだ。現行犯である。


「ひっ…筆頭魔導士様。これは正当防衛で…」

「わかってる」


冷たい外見からは想像もつかない、意外に温かな、楽しんでいるような声。


「あ…その…お目汚しを申し訳ございません。この低スペゴミはすぐ片付けますので」

「ふふ。その必要はないよ」


「俺がやっておくから」という声と同時に、ライオスの身体は浮き上がり、「魔導士様!リリア!」という叫びとともに空の彼方へ消えていった。


「…すごい」

「そう?これくらい簡単だよ。姿を消すことに比べたらね」


ハーゲンは、魔塔への近道としてこの「王宮の裏」をしょっちゅう通っているのだと説明した。メイドたちに物欲しそうな艶かしい目で見つめられるのがうっとうしいので、ここを通るときはいつも姿を見えなくしているらしい。


「いつも君があの男に絡まれているのを見て、気の毒だなと思っていたんだ。そしたら今日は面白いものを見せてもらった」


ハーゲンはおかしそうに笑う。


「ところで、”低スぺからの執着とか、ホラーでしかない”ってどういう意味?」


リリアはかいつまんで、しかし力説する。ヤンデレ萌えは「財産・家柄・能力・容姿などに優れたハイスぺ男子からの愛」であればこそ成立するのだと。「低スペな男からの執着」などコンテンツとして成立しないのだと。


「ちなみに、俺はハイスぺ?」

「もちろんです!筆頭魔導士様はすべての条件を満たしたハイスペ中のハイスぺでいらっしゃいます」

「つまり、俺の執着なら、君をドキドキさせられるということ?」

「ええ、それはもちろん。筆頭魔導士様はヤンデレ特権をお持ちですから」


両拳をきゅっと握りしめるリリアに、ハーゲンはくすっと微笑む。


「じゃあ俺、君に執着しちゃおうかな?」


ハーゲンはリリアにちょっと顔を近づけた。しかしリリアは「待て」というように、彼の顔の前に手のひらを出した。


「筆頭魔導士様、大事なことをお伝え忘れておりました。胸の奥底から湧いてくる、抑えようと思っても溢れて漏れ出てしまう愛と嫉妬と独占欲…それがあってこそのヤンデレ執着なのです。ヤンデレ執着は”ちょっとやってみようかな?”というような、お試しでできるようなものではございません」

「でも俺は…」

「私のようなモブ中のモブにとっては、こうやって筆頭魔導士様に気にかけていただき、助けていただき、気安くお話をさせていただいたことだけでも身に余る幸せです。ですから、どうかお構いなく」


リリアは箒を自分なりにキリリと持ち直して、ハーゲンに頭を下げる。ハーゲンは「おもしろい女を見つけた」というような顔で微笑んだ。



ーーー



それからというもの、ハーゲンは廊下を掃くリリアの前で、頻繁に姿を見せるようになった。


あるときは姿を消したままリリアに声をかけ、彼女がビックリした顔を見てくすくす笑う。あるときは落ち葉をすべて魔法で集めてあげる。反対にリリアがせっかく集めた落ち葉を風でめちゃくちゃにして、笑いながらいなくなってしまうこともあった。


今日は彼女の前で姿を消して見せ、「どこにいるか当てて」と目隠しなしの目隠し鬼で遊びたいらしい。


「ハーゲン様、こんなの無理ゲーじゃないですか。影も消えてしまうのに」

「だからおもしろいんだよ」

「おもしろがっているのは、ハーゲン様だけですよね?」


リリアは腕を広げて見当違いの方向でハーゲンを囲い込もうとして見たり、やみくもに腕を振ってハーゲンの身体に当てようとしたりする。


「そっちじゃない。全然違う」

「もう…っ!やけくそっ!」


うしろから声が聞こえたような気がして、振り向きざまにギュッと身体の前でハグをするように腕を閉じたら、逞しい身体が腕の中におさまった。


「…捕まえた?」

「捕まっちゃった」


ハーゲンはすうっとリリアの腕の中に姿を現す。顔が赤い。「申し訳ありませんっ」とリリアが腕を離そうとすると、ハーゲンの腕がリリアの身体を包む。


「リリア、あったかくていい匂いがする」

「ハーゲン様、あ、あの…」


ハーゲンは身体をかがめて、リリアの頭にキスをして、大切そうに髪を撫でる。


「俺、リリアのこと好きだと思う。執着しているかはわからないけど、抱きしめたいしキスしたいし、名前を呼ばれたら嬉しいし、何よりリリアに触れると今までにないくらいドキドキする」


陶器のような滑らかな肌に、彫刻のような顔。顔はキレイなのに身体は逞しくて、髪もツヤツヤ。家柄は良くて魔法の能力は王国一。ハイスぺ中のハイスぺなのに、モブと楽しそうに遊んで、身体に触れたら少年のように顔を赤くしている。


「ハーゲン様、そのスペックでその台詞はずるいです…好きになっちゃいます」

「好きになってよ」


リリアがこくんと頷くと、ハーゲンはリリアを即退職させ、自分の屋敷に連れ帰った。恋人としてさまざまな行事に並んで出席するようになるわけだが、そのたびにハーゲンの眉間の皺は深くなった。


国王の別荘で賑やかしく開かれたガーデンパーティーから抜け出し、生け垣の影で深い深いキスをする。


「んっ…ハーゲン、急にどうしたの」

「テネルツバッハ伯爵令息がリリアに色目を使ってた。だからあそこから離れないといけなかったんだ」

「考えすぎだよ。挨拶してくださっただけでしょ」

「そんなことないよ。こんなに大きな俺の目の色の指輪をつけてるのに、目に入らないなんてありうる?こっそり殺しておこうか?それとも家ごと潰す?」

「物騒すぎるってば。ハーゲンならどっちも本当にできちゃうんだから、冗談でもそんなこと言うのはやめて」

「どうして?リリアは俺の恋人なのに、あんな目で見てくるあっちが悪い。それとも何?リリアは彼の肩をもつの?彼とどういう関係?」


今や立派なハイスぺイケメンによる執着である。


「関係も何も、あるはずないでしょ?こんな素敵な恋人がいるのに、どうやって他の男性に目移りできるって言うの?目移りできる方法があるなら教えてほしいくらいだよ」

「なに?目移りしたいの?」

「あっ、今のは単なる言葉のあやで…っ!んっ…」


キスが糸を引く。嫉妬のあとには「君は俺の運命だ」「俺がどれだけリリアを好きか、わからないなら身体に教えてあげる」と囁かれる溺愛の夜が待っているので、リリアも彼を嫉妬させて愛されることを楽しんでいた。


朝ベッドで目覚めて、ハーゲンの穏やかで美しい寝顔を見ながら、リリアは小さくつぶやく。


「同じ台詞でも、低スペとハイスぺじゃ、全然違うんだよね…まじで」



ーーー



「じゃあ行ってくる。何か不便があれば全部執事のジルベストに言ってね」

「わかってる」


リリアはハーゲンの首に腕を回して、キスをする。


「ハーゲンなら大丈夫だろうけど、とにかく気をつけて行ってきてね。無事に帰ってくるのを待ってるから」

「うん。リリアが待っててくれるから、魔獣なんてすぐ殲滅して戻ってくる。戻ったら結婚の準備を進めよう」

「…うん」


ハーゲンが長いキスを終えて辺境への出張に出たあと、リリアは王都の街に出た。


メイド仲間でとりわけ仲の良かったアンナと会うためだ。ハーゲンはリリアがハーゲン以外と公爵邸の外に出ることを好まないが、ハーゲン付きではガールズトークなどできないというもの。そのためハーゲンの出張はいい機会だった。決して悪いことをしているわけではない。


アンナと待ち合わせたカフェに豪華な馬車で乗り付け、ハーゲンほどではないが見目の麗しい護衛騎士とともに店内へ。美しい庭に面したテラスに通してもらうと、先についていたアンナが目を丸くするのがわかった。


「服も宝石も最高級品ねぇ。聞いてはいたけど、こうやって見ると改めて驚くわ。本当に筆頭魔導士様の恋人なのね」

「なんの因果かねぇ」

「ふふっ。そういう物言いは変わってないんだね。安心した」

「ね、王宮のみんなは最近どう?元気にしてる?」

「それがさ、聞いてよ!アーデルハイドがね…」


「大丈夫だから。二人で話したいの」と騎士を下がらせ、誰の子かわからない子どもを妊娠して辞めたメイドがいるだの、誰と誰が結婚して誰と誰が別れただの、ワイワイと盛り上がる。話題はつきない。夢中で話していたら、自分の顔に影がかかったことも気づかなかった。


ねっとりした声で「リリア、僕の運命」と呼び掛けられるまで。


「ライオス…様…?」


どう見てもまともではない目の色。こけてカサカサの頬。バサバサの髪。おしゃれなカフェのテラスにいるにはあまりに不釣り合いで、リリアはぼんやり「ホラー映画のポスターってこんな感じ?」と考えてしまう。


ライオスのひび割れだらけの手に腕を掴まれ、現実に帰って来ると同時に、ドクンとリリアの心臓が跳ねた。


「リリア、危ないっ!」とアンナが叫ぶと同時に、ライオスがナイフを振り上げた。


終わりだ。刺されて死ぬ。さようなら二度目の人生。さようならハーゲン。愛してる。愛してくれてありがとう。そう思ってリリアは目をつぶる。


しかし痛みも衝撃も来ない。「ひぃぃっ」というアンナの、悲鳴にならない悲鳴だけが聞こえる。


恐る恐る目を開けると、自分の前に見慣れた紫紺のローブ。その先の地面には、バラバラになった「ライオスだったもの」が散らばっていた。


「リリアは見ないほうがいい。低スペのゴミだから、すぐ片付けるね」


ハーゲンはリリアを抱きかかえ、瞼を閉じさせ、その上にキスをし、ライオスだったものを魔法の炎で燃やし、転移魔法で公爵邸の寝室に戻る。その間、およそ一分。


「怪我はない?」

「うん…」

「だめじゃない。俺なしで外に出るなんて危ないよ」

「ごめんなさい」

「その指輪に、リリアの脈拍に反応して即座に転移できる魔法をかけておいてよかったよ」

「脈拍に反応…」

「そう。よく魔道具を使って恋人の危機に駆け付けるとか言うけど、危機って基準が曖昧なんだよね。だからリリアの脈拍が急上昇したら、俺がリリアの近くに転移できるようにしたんだ。そうしたらさ、もしリリアが浮気相手と会ってドキドキしてるときでも、すぐ来られるから」


ハーゲンの目と同じ色のアメジストから執着があふれ出し、リリアの全身を覆っていく。


「うっ…浮気なんて…!」

「わかってる。でも不安なの。リリアのことが好きすぎて」


ハーゲンの紫の目がリリアだけを見つめる。全てに恵まれた男が、ただひたすらにひとりの女性からの愛だけを求めている。これほど美しいことがあるだろうか。


「不安だから、安心させて?」

「…うん」


また喉が焼け付きそうになるほど甘い時間が始まる。深くて長いキスの合間、ハーゲンの腕の中でリリアは息を整えながら微笑んだ。


「ハイスぺのヤンデレって、やっぱり破壊力が違う」

「リリア、俺以外の誰にも、それを教えちゃだめだからね」


彼の囁きが、紫の瞳が、また彼女に触れる唇が、甘くて熱くて、少しだけ怖い。


その熱と震えがぞくぞくするほど心地よくて、リリアはもう彼から離れる気にはなれなかった。

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