第6話 蓮の変貌と謎の秘書
アークデザインの経営状況が逼迫していくのと時を同じくして、蓮の私に対する態度も、まるで春の雪が溶けるように、少しずつ、しかし確実に変化し始めた。以前は仕事が終わるとすぐに帰宅し、私の他愛ない話にも優しく耳を傾けてくれた彼が、次第に遅い時間にしか戻らなくなったのだ。
「悪い、美咲。今夜は少し残業になりそうだ」
そう告げる彼の声には、以前のような甘さや、私を気遣う響きが薄れていた。電話の向こうからは、常に忙しないオフィス音が聞こえてくる。最初は純粋に「頑張っているんだな」と彼を労う気持ちでいたけれど、それが週に何度か、そしてほぼ毎日のように続くようになってからは、私の心に小さな棘が刺さったような痛みが走った。
夜、私が寝室の窓から煌めく夜景を眺めていると、マンションのエントランスに彼の車が滑り込むのが見えた。しかし、彼が私を起こさないよう、音を立てずに寝室に入ってくる足音は、まるで私たちの関係に忍び寄る「秘密」の足音のようだった。ベッドに横たわる彼の背中からは、以前のような温もりは感じられず、まるで壁のように冷たく、遠く感じられた。
ある日の夕食中、蓮のスマートフォンが震えた。彼がテーブルに置いたそれを、ちらりと見ると、画面には「葉子」という名前が表示されていた。蓮は一瞬、顔色を変え、慌てて私から隠すようにその電話を取った。
「もしもし……ああ、葉子。そうか……わかった。すぐに向かう」
短い会話の後、彼は私に一言「急な打ち合わせが入った」とだけ告げ、席を立った。葉子。彼の秘書の名前であることは知っていたけれど、夜遅くに個人的な電話が入り、蓮が私に説明する間もなく急いで出かけていくのは、あまりにも不自然だった。私の胸には、小さな不安の種が蒔かれた。
蓮の私への関心も、目に見えて薄れていった。以前は、私の髪型の変化や、新しい洋服にもすぐに気づき、優しい言葉をかけてくれた彼が、最近では私がどれほど身なりを整えても、何も気づかないかのように振る舞う。私の話に耳を傾けることも少なくなり、会話の途中で携帯電話に視線を落としたり、上の空で頷くだけになった。
「あのね、蓮。今日、アークデザインでね、新しいプロジェクトの企画が……」
「そうか。それは良かったな。……ああ、ちょっと悪い。今、緊急のメールが」
彼の言葉と行動が、私から離れていくのを感じるたび、私の心は深く傷ついた。私たちがかつて分かち合った深い絆が、まるで糸が切れた凧のように、宙に漂い、どこか遠くへ流されていくような気がした。
そんな中で、蓮の秘書、葉子との接触が増えた。彼女は、蓮のスケジュールを管理するだけでなく、私生活にまで口を挟むような態度を見せるようになったのだ。ある時、蓮のシャツにシミを見つけた私が、新しいシャツを用意しようとすると、葉子は私の目の前で、不遜な態度で言った。
「奥様、社長の好みは私が一番よく存じておりますので。もう新しいものをご用意しております」
その声には、私に対する敬意など微塵もなく、むしろ蓮のそばにいるのは自分であると主張するかのような、挑発的な響きがあった。彼女の瞳は、私をまるで無力な存在であるかのように見下していた。私には、彼女の蓮への執着と、私に対する敵意が、手に取るように分かった。しかし、蓮は葉子の言動に全く気づかないかのように振る舞い、私に注意を促すこともしなかった。
私の心に抱いた疑念は、日に日に大きく膨らんでいった。蓮の夜の外出、謎の電話、葉子の不遜な態度。それら全てが、私たちが築き上げてきた幸福な結婚生活に、暗い影を落としていく。かつて彼の隣で感じた安堵と温もりは、どこか遠い幻のように思えた。私の直感は、この美しい楽園が、すでに大きな亀裂を抱えていることを告げていたのだ。




