第48話 最終決戦の舞台
蓮からの隠されたメッセージを解読し、彼の真意を理解した私は、もはや迷いを振り切っていた。蓮は、この盤面を支配する真の「執棋者」だった。そして、彼は、その最後のピースを私に託したのだ。私の心に宿るのは、彼への複雑な感情と共に、母と雅美の無念を晴らし、健太郎の悪行を全て白日の下に晒すという、揺るぎない決意だった。
その日、連城グループの本社ビルは、不穏な静寂に包まれていた。健太郎の逮捕後、沙織が召集した臨時取締役会が開かれるのだ。沙織は、この会議で健太郎の失脚を正式に宣言し、自らが連城グループの新しい総帥の座に就くことを目論んでいた。彼女の計画は、表面上は完璧に見えた。
私は、森本先生と共に、その取締役会の会場へと向かった。私の服装は、黒のシンプルなスーツ。髪はきっちりと一つにまとめ、顔には薄化粧しか施していないが、その瞳には、もはや過去の無垢な令嬢の面影はなかった。代わりに宿るのは、研ぎ澄まされた知性と、この戦いを終わらせるという、確固たる意志の光だった。私は、もはや誰かの駒ではない。この盤面を動かす、もう一人の「執棋者」として、ここに立つ。
取締役会の会場は、重厚なオーク材のテーブルが中央に据えられ、連城グループの主要な幹部たちが一堂に会していた。彼らの顔には、健太郎の逮捕による動揺と、沙織の台頭への警戒、そして、自分たちの今後の身の振り方への思惑が複雑に混じり合っていた。彼らは、私を健太郎の元妻の連れ子と認識しているに過ぎず、この場に私がいることを奇異な目で見ていた。
沙織は、上座に座っていた。彼女は、深紅のスーツを身に纏い、その表情には、勝利の陶酔と、そして頂点に立つ者だけが持つ、冷徹な自信が宿っていた。彼女の隣には、連城グループの主席弁護士が控えている。沙織は、私を見るなり、わずかに口角を上げた。その笑みは、私への優越感と、そして「所詮、あなたは私には敵わない」という、確信に満ちていた。
「皆様、連城健太郎氏の逮捕を受け、連城グループは今、未曾有の危機に直面しております。しかし、この危機を乗り越え、グループをより強固なものとするため、本日、臨時取締役会を招集いたしました」
沙織の声は、会場に響き渡った。その声には、以前のような震えは一切なく、絶対的な自信と、統率力が漲っていた。彼女は、自身のこれまでの健太郎への反抗と、彼の悪行を暴いた功績を述べ、自らが連城グループの新しい総帥となるべきだと主張した。幹部たちの間には、賛同の頷きと、まだ疑念を抱いているような視線が交錯していた。
「私は、健太郎氏の逮捕に貢献しただけでなく、連城グループの腐敗を一掃し、新たな時代を築く覚悟でございます。そして、林美咲氏が持つ『アークデザイン』の『星核』技術は、連城グループの未来を、そして世界のエネルギー問題を解決する鍵となるでしょう。私は、林美咲氏と協力し、この技術を連城グループの管理下に置き、平和利用を実現することをここに誓います」
沙織は、そう言って、私の方へ視線を向けた。その瞳は、私に「私の同盟を受け入れろ」と、無言の圧力をかけていた。私は、沙織の言葉に、わずかに眉をひそめた。彼女は、まだ私のことを、彼女の計画に都合よく組み込める「駒」だと思っている。そして、「星核」技術を「連城グループの管理下に置く」と言った彼女の言葉には、母の遺志とは異なる、支配的な響きがあった。
私の心は、冷徹だった。沙織は、この盤面の半分しか見ていない。真の「執棋者」は、まだ姿を現していないのだ。この緊迫した状況の中、私は、蓮のメッセージの中に隠された、彼の「最後の指示」を待っていた。




