第45話 母の遺品と秘密の手紙
佐々木が残したUSBメモリを手に、私はアークデザインのオフィスに戻った。蓮の部屋の監視カメラ映像。それは、彼が何者であるかを知る、決定的な手がかりになるかもしれない。しかし、私の心は、その映像を見る前に、まだやるべきことがあると告げていた。母の遺した手帳。そこに秘められた真実こそが、全ての答えの始まりなのだ。
私は、母・芳美の遺品が収められた古いアルバムを手に取った。色褪せた革の表紙は、長い年月と、母の温かい思い出が刻まれているかのようだった。アルバムをめくるたび、幼い頃の私と母の笑顔、父との楽しい日々、そして、若き日の母と、彼女の親友である沙織の母・雅美(蓮の母の名前が雅美だと、森本先生の調査で知っていた)が共に写った写真が次々と現れた。二人の母親は、いつも隣り合い、輝くような笑顔を浮かべていた。互いに信頼し、夢を語り合う、真の親友だったのだろう。
そのアルバムの奥深く、埃をかぶった薄い封筒が挟まっていた。中には、数枚の手紙と、小さな日記帳。それは、母・芳美が、蓮の母・雅美と、秘密裏に交わしていたものだった。手紙の封を破る私の指先は、小刻みに震えていた。そこに記された文字は、まさに私たちが求めていた真実を語っていた。
手紙の内容は、二人の母親が親友として、健太郎の「星核」技術の研究を共に行っていた初期の喜びから始まっていた。彼女たちは、その技術が人類の未来を拓く可能性を信じ、共に夢を追いかけていたのだ。しかし、やがて、健太郎の真の目的が、平和利用ではなく、連城グループの覇権を確立するための兵器開発にあることを知り、二人の間に深い亀裂が生まれていく過程が克明に記されていた。
『芳美へ。健太郎の目は、もう狂っている。彼は「星核」を、世界を支配するための道具にしようとしているわ。このままでは、取り返しのつかないことになる。私たちは、彼を止めなければならない』
雅美から芳美への手紙には、健太郎の暴走を止めるための、切迫した思いが綴られていた。母・芳美もまた、雅美に宛てた手紙の中で、健太郎が「星核」技術を巡って、倫理的な一線を越えようとしていることに深い懸念を表明していた。
『雅美。私も同感です。この技術が悪用されれば、人類は破滅に向かう。私たちは、決してこれを許してはならない。どんな犠牲を払ってでも、健太郎を止めましょう』
その手紙の最後の日付は、二人の「事故死」のわずか数日前だった。
私の心臓は、激しく脈打った。二人の母親は、親友として、そして科学者としての倫理を貫き、健太郎の悪行を阻止するために秘密裏に協力していたのだ。そして、そのために、健太郎によって命を奪われた。沙織の告白は、紛れもない真実だった。
手紙の他に、雅美の小さな日記帳も挟まっていた。そこには、蓮へのメッセージが記されていた。
『蓮へ。もし、この手紙を読んでいるのなら、ママはもういないでしょう。健太郎は、星核を悪用しようとしている。ママと芳美は、それを止めるために戦ったけれど、彼には敵わなかった。あなたは、ママの誇りよ。決して、健太郎の言いなりになってはならない。そして、もし美咲という女性と出会うことがあれば、彼女を何よりも大切にしてあげて。彼女の心には、芳美と同じ、純粋な光があるから。そして、いつか、この星核の真実を、あなた自身の目で確かめ、ママたちの無念を晴らしてちょうだい。それが、あなたの、そしてママの、最後の使命よ』
雅美の文字は、震えながらも、蓮への深い愛情と、健太郎への強い警告、そして未来への希望が込められていた。蓮の母は、自分の死を予見し、息子に未来を託していたのだ。
私は、手紙と日記を抱きしめ、嗚咽を漏らした。母と雅美の悲劇。そして、蓮が背負ってきた、あまりにも重い宿命。私の心は、悲しみと、そして、この巨大な闇を打ち破らなければならないという、強い決意で満たされた。
この手紙と日記は、単なる過去の記録ではない。それは、蓮が、長年「無能な放蕩息子」を演じながら、健太郎への復讐を計画してきた、その真の動機と、彼の深い孤独を物語る、何よりも雄弁な証拠だった。そして、私と蓮が、共に戦うべき、明確な理由を示していた。私の直感は、ついに確信へと変わった。




