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親友が密かに署名した婚前契約書  作者: 朧月 華


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第42話 「無能」の演技の真相

蓮の母親、雅美の死が、健太郎による巧妙な殺人であった可能性が濃厚になったことで、私の心に抱いていた蓮への漠然とした違和感は、確信へと変わりつつあった。彼は、本当に「無能な放蕩息子」だったのか?


私は、蓮のこれまでの行動を、一つ一つ、パズルのピースを繋ぎ合わせるように再評価し始めた。

彼が夜遊びに出かける時、私は彼の瞳の奥に、いつも深い孤独の影を見ていた。彼の笑顔は、どこか寂しげで、私と過ごす時間の中に、時折、彼が、私には理解できない、遠い何かを見つめているような瞬間があった。あの頃の私は、それを彼の繊細さや、連城家という重圧によるものだと考えていた。しかし、今、それらは全て、彼が演じていた「仮面」の一部だったのではないか。


森本先生にも、蓮のこれまでの経歴を徹底的に調査するよう依頼した。連城グループの御曹司でありながら、彼は目立った成功を収めておらず、むしろ多くの事業に失敗し、健太郎から叱責を受けていたという記録が残されていた。しかし、その「失敗」一つ一つが、どこか不自然なほど、完璧な「失敗」であることに、森本先生は気づいた。


「林さん、蓮さんの投資記録を精査しました。確かに、表面上は失敗しているように見えますが、その資金の動きを追うと、巧妙にリスクを回避し、連城グループの別の事業への布石となるような、間接的な投資が行われていることが分かりました。例えば、蓮さんが失敗したとされる海外でのM&A案件。その直後に、健太郎氏が関与しない形で、別の企業が同地域で成功を収めていました。まるで、蓮さんが捨てた駒を、別の誰かが拾って利益を上げたかのような……」


森本先生の言葉に、私の頭の中で、新たな絵が浮かび上がった。蓮は、健太郎の監視下で、敢えて「無能」を装い、表面的な失敗を繰り返すことで、健太郎の警戒心を解いていたのだ。そして、その裏で、健太郎に気づかれないよう、別の目的のために、資金や情報を動かしていたのではないか。


彼の完璧な「放蕩息子」の演技。それは、健太郎の信頼を得るためであり、同時に、健太郎が彼の行動を予測できる範囲内に置くための、巧妙な策略だったのだ。夜遊びと称して出かけるのも、私を欺くためだけでなく、彼自身の秘密の活動のための時間でもあったのかもしれない。


そして、葉子の存在。蓮の秘書であり、私の目の前で不遜な態度を見せていたあの女。彼女は、健太郎の忠実な部下の一人だ。蓮の不倫相手として彼女を選んだのも、単なる感情的なものではなく、健太郎の監視の目を欺くための、計算された選択だったのかもしれない。葉子に私への敵意を抱かせ、彼女が私を憎むことで、健太郎は蓮が私を本気で愛していないと信じ込んだのではないか。そして、蓮が葉子と密会することで、健太郎は蓮が「ただの女好きの馬鹿息子」だと確信し、彼を自由に泳がせていたのだろう。


(蓮さん……あなたは、どれほどの孤独を背負って、こんな恐ろしい芝居を続けてきたの……)


完璧な演技の裏側にあった、蓮の深い孤独と、母親を殺された憎悪からの復讐への執念。彼の心の奥底には、私には想像もできないほどの、暗く、冷たい炎が燃え盛っていたのだろう。私を欺き、不倫をしていたという彼の行動の全てが、今、健太郎への復讐という、巨大な目的のために行われた「演技」だったのだと、私の心は理解し始めた。


彼の真の顔を知った時、私の心に、彼への憎悪とは異なる、複雑な感情が湧き上がった。それは、彼に対する憐憫であり、同時に、この巨大な闇の中で、一人戦い続けてきた彼への、深い敬意だった。


私の直感は、もう間違いないと告げていた。蓮こそが、健太郎の支配する盤面で、虎視眈々と機会を窺っていた、もう一人の「執棋者」なのだ。そして、彼がこの混沌とした連城家で、今、何をしようとしているのか。その答えが、この物語の最大の反転となるだろう。


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