第40話 蓮の不在と美咲の探求
沙織の同盟提案を保留し、母の遺した手帳を読み込む日々の中で、私の心は蓮の存在へと吸い寄せられていった。あの夜、沙織のマンションで、健太郎と沙織の裏切りを目の当たりにし、顔を覆い震えていた蓮。彼は、父親と親友によって、全ての真実を暴かれ、打ち砕かれたように見えた。健太郎が逮捕され、沙織が連城グループの新たな権力掌握に動き出すという、まさに連城家が混沌の渦に飲み込まれている今も、蓮は私の目の前に現れなかった。
(蓮さんは、今どこで、何をしているのだろう……)
私は、蓮の不在に、奇妙な違和感を覚えていた。彼は連城グループの嫡男だ。たとえ父親が逮捕されたとはいえ、何らかの形で動きを見せるはずではないか。しかし、彼はまるで、この巨大な権力争いから、自ら身を引いたかのように、姿を消してしまったのだ。その不自然なほどの沈黙が、私の心に新たな疑問を投げかけた。
私は、母の手帳を読み込む傍ら、森本先生に蓮の行方を探るよう、密かに依頼した。しかし、彼の行方は杳として知れず、連城グループの誰もが、彼の居場所を把握していないようだった。あるいは、彼らが知っていても、私に教えようとしないだけなのか。その可能性は、私の胸に冷たい不安の波を広げた。
沙織は、健太郎の逮捕を機に、連城グループ内部での権力固めを急速に進めていた。彼女は、健太郎の失脚を喜ぶ勢力と結びつき、次々と健太郎派の幹部を排除していった。その手腕は、恐ろしいほどに冷静で、迅速だった。彼女の行動は、彼女が単なる復讐者ではなく、連城グループの頂点に立つという、強大な野心を実現するための、周到な計画を実行していることを物語っていた。
「美咲、あなたも早く決断すべきよ。このままでは、健太郎派の残党が、あなたを危険視して動き出すかもしれない。連城グループという巨大な空白を狙う輩は、国内外にいくらでもいるのよ」
沙織からの催促の電話は、日に日に頻度を増していった。彼女の言葉は、私への忠告でありながら、同時に、私を同盟へと誘い込む巧妙な脅しでもあった。私は、その言葉に、わずかな焦燥感を覚えた。確かに、このまま何もしなければ、私自身もアークデザインも、再び危険に晒される可能性がある。しかし、沙織の言葉に安易に乗ることは、もっと大きな危険を招くかもしれない。
私の心は、沙織の同盟を受け入れるか否かという葛藤に加えて、蓮の真意を探るという新たな使命を抱えていた。私は、蓮が本当に全ての真実を知らなかったのか、それともまだ何かを隠しているのか、自分自身の目で確かめなければならないと強く感じていた。
もし蓮が、私と同じように健太郎の被害者であるならば、彼もまた、この盤面で戦うべき存在だ。しかし、彼が私を欺き、その裏で自身の復讐計画を進めていたとしたら……。その真実を知らずして、私はこの戦いを終わらせることはできない。
私は、この混沌とした状況の中で、私自身の道を、私自身の意志で選び取ることを決意していた。沙織との同盟を選ぶのか、それとも蓮の真実を暴き、彼と新たな道を模索するのか。あるいは、どちらにも頼らず、私自身の力でこの巨大な闇に立ち向かうのか。
私の選択が、この物語の行く末を決める。私の直感は、この盤上にまだ隠された真実があり、蓮の不在こそが、その最大の鍵を握っていると囁いていた。




