第38話 母の研究資料と「星核」の深層
森本先生との秘密の相談を終え、私は再びアークデザインのオフィスへと戻った。冷たい部屋の空気だけが、私の心を落ち着かせる。私の選択は、沙織との同盟ではない。しかし、この巨大な陰謀の中で、私自身の道を切り開くためには、まだ知らなければならないことが山ほどあった。
私の視線は、部屋の隅に山と積まれた、母の研究資料へと向けられた。芳美が命懸けで守ろうとした「星核」技術。健太郎が兵器転用を目論み、母の命を奪った、その恐ろしい技術の全てを、私は理解しなければならない。それは、母の遺志を継ぐ者としての、私の使命だった。
私は、資料の山の中から、最も古く、そして重要な手記と思われるものを手に取った。それは、母が大学時代から研究を始めていた、初期のノートだった。丁寧に書かれた数式、複雑な回路図、そして、まるで詩のような、母自身の考察が記されている。
「星核は、無限の可能性を秘めたエネルギー源。しかし、その力は、使い方を誤れば、人類に破滅をもたらすだろう。私たちは、この力を、決して悪用してはならない。これは、未来への、神聖な誓いだ」
母の文字は、強く、そして清らかだった。その言葉一つ一つから、母の倫理観と、科学者としての純粋な探求心、そして未来への深い願いが伝わってくる。彼女は、単なるデザイナーではなく、真に人類の幸福を願う科学者だったのだ。
私は、時間を忘れ、母の資料を読み漁った。
そこには、「星核」技術の理論だけでなく、そのエネルギーを制御するための具体的な設計図、そして、それが持つ圧倒的な破壊力が、詳細に記されていた。あるページには、母自身が記した、実験中の事故に関する記述があった。
「星核の不暴走実験に失敗。制御が困難。このままでは、人類にとっての希望ではなく、破滅の引き金となる」
その記述は、健太郎が初期に行っていた「違法技術実験」の一端を垣間見せるものだった。母は、この危険な技術が悪用されることを、何よりも恐れていたのだ。だからこそ、健太郎の手からこの技術を守ろうと、命を懸けて戦った。
私は、母が遺した資料の中から、さらに別の手帳を見つけ出した。それは、母が、彼女の親友であり、沙織の母である女性と交わした、秘密のメモだった。そこには、二人の母親が、健太郎の兵器開発計画に気づき、それを阻止するために秘密裏に協力していたことが記されていた。
(お母さん……沙織のお母さんと……)
私の心に、新たな真実が波のように押し寄せた。二人の母親は、親友であり、共犯者であった健太郎の暴走を止めようとしていたのだ。そのために、命を落とした。沙織の母親の死も、やはり事故ではなかったのだ。
そして、その手帳の最後のページに、母の震えるような文字が記されていた。
「美咲……この星核の真の力は、まだ誰にも理解されていない。しかし、悪用されれば、必ず世界を破滅へと導く。これを守り抜くのが、私の、そしてお前の使命だ。そして、もし私に何かあったら、信じるべきは……」
そこで、文字は途切れていた。ペンが力尽きたかのように、擦れてしまっている。母が、最後に信じるべきだと書き残そうとした名前は、一体誰だったのだろう。蓮か。それとも、私の知らない、別の誰かなのか。
私の心臓は、激しく脈打った。この手帳は、母の遺言であり、私への最後のメッセージだった。私は、この「星核」技術を、母の願い通り、平和のために守り抜く。そのためには、健太郎、そして沙織の野望を阻止しなければならない。そして、私自身の目で、この盤面の真実を、全て見極めなければならない。




