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親友が密かに署名した婚前契約書  作者: 朧月 華


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第37話 弁護士との秘密の相談

沙織との対話の後、私の心は決まった。私は沙織の同盟提案を即座に受け入れることはできない。しかし、連城グループという巨大な悪意と一人で戦うことも、無謀に等しい。私には、冷静な判断と、客観的な視点が必要だった。


私は、森本先生に連絡を取り、至急、秘密裏に会う約束を取り付けた。彼の事務所ではなく、人目につかない場所として、都心の外れにある静かなホテルのラウンジを指定した。私の心は、この混沌とした状況の中で、唯一、森本先生だけが、私に真実を、そして法的な道筋を示してくれると信じていた。


森本先生は、私の顔を見るなり、その目の奥に宿る複雑な感情を察したようだった。


「林さん、何があったのですか? あなたの表情から、尋常ではないことが伝わってきます」


私は、昨夜、沙織のマンションで起こったことの全てを、森本先生に語った。健太郎の逮捕劇、沙織が健太郎の隠し子であるという告白、そして、彼女が裏で健太郎を失脚させるための証拠を集めていたという事実。健太郎が私自身をも「事故」に見せかけて始末しようとしていた計画、そして、沙織の「星核」技術と連城グループの掌握を目的とした、私への同盟提案。


森本先生は、私の話を聞きながら、時折、深く眉をひそめ、真剣な表情で頷いていた。彼の目の奥には、驚きと、そしてこの事件の複雑さに対する、深い洞察が宿っていた。


「なるほど……壮絶な裏の顔があったのですね。蘇沙織さんの言うことが全て真実であれば、彼女もまた、健太郎氏の被害者であると同時に、極めて危険な人物であると言わざるを得ません」


森本先生は、腕を組み、深く考え込んだ。


「彼女の提案は、一見、あなたにとって最善の道に見えるかもしれません。健太郎氏という共通の敵を排除し、アークデザインを取り戻し、そして『星核』技術の平和利用を実現する。しかし、そこには計り知れないリスクが潜んでいます」


森本先生の言葉は、私の心の奥底にあった疑念を、より明確な形にした。


「まず、蘇沙織氏の真の目的です。彼女が母親の復讐という感情的な動機だけでなく、連城グループの権力掌握という強大な野心を抱いている以上、彼女がその目的を達成した後、あなたをどう扱うか、予測できません。再び裏切られる可能性も、十分にあります」


その言葉に、私の胸に冷たいものが走った。沙織は、私を一度裏切った人間だ。一度裏切った人間が、二度裏切らない保証など、どこにもない。


「次に、連城グループという組織そのものの危険性です。健太郎氏が逮捕されたとはいえ、彼の意を汲む者や、健太郎氏の計画に深く関与していた幹部が、グループ内部に数多く残っているでしょう。彼らが、美咲さんや、蘇沙織氏、そしてアークデザインを、新たな敵と見なし、攻撃してくる可能性も考えられます」


森本先生は、さらに厳しい現実を突きつけた。


「さらに、『星核』技術です。これほど危険で、しかし計り知れない価値を持つ技術は、連城グループだけでなく、国内外の様々な組織や勢力が狙っているでしょう。その技術を巡る争いは、健太郎氏が逮捕されたからといって終わるものではありません。むしろ、新たな火種となる可能性すらあります」


私の心は、沙織の提案への迷いから、新たな恐怖と、そしてこの巨大な闇の中での、私自身の無力さへの絶望へと傾きかけていた。


「林さん、彼女の提案は魅力的ですが、同時に非常にリスクが高い。あなたが彼女と組むということは、その野心と危険性を全て背負い込むことになります。今は、焦って決断する時ではありません」


森本先生の言葉は、私の心を縛り付けていた鎖を、一本一本、丁寧に解き放していくようだった。彼の言葉は、私に冷静さを取り戻させ、この混沌とした状況の中で、私自身の道を、私自身の意志で選び取ることの重要性を、改めて教えてくれた。


私の心には、まだ拭いきれない疑念と、しかし同時に、この盤面を、誰かの思惑通りに終わらせたくないという、強い反抗心が芽生えていた。私は、もう、誰かの駒では終わらない。


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