第32話 「粛清」の宣告と予期せぬ展開
健太郎の冷徹な言葉は、書斎の空気を凍り付かせた。沙織は完全に打ちのめされ、床に崩れ落ちていた。蓮もまた、顔面蒼白で、虚ろな目をしている。彼らの絶望は、健太郎の絶対的な支配力の証だった。私自身も、健太郎の周到な計画と、彼の底知れない悪意に、深い恐怖を感じていた。
「さて、茶番はこれで終わりだ」
健太郎の声が、静かに、しかし断固として響いた。彼は、ゆっくりと上質なスーツの内ポケットからスマートフォンを取り出した。その指が、画面を軽くタップする。
「お前たち二人は、私の計画を混乱させようとした。連城グループの秩序を乱し、私の野望を阻もうとした。その代償を払ってもらおう」
健太郎の瞳は、沙織と蓮を冷酷に見据えていた。それは、まるで邪魔なゴミを処分するかのような、無慈悲な視線だった。私の心臓が、激しく高鳴る。彼は、一体何をしようとしているのか。
「今ここで、お前たちを『粛清』する」
健太郎の言葉は、まるで氷のように冷たかった。彼の口から出た「粛清」という言葉に、私の全身に悪寒が走った。彼は、本気で二人を排除するつもりなのだ。
その時だった。
ドアの向こうから、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。健太郎が呼んだ、連城グループの警備と弁護士チームだろう。彼らがこの場所で、沙織と蓮を、文字通り「粛清」するつもりなのだ。私は、その恐ろしい現実に、震えを禁じ得なかった。蓮は顔を覆い、沙織は悲鳴を上げそうな口元を必死で押さえている。
ドアが、ゆっくりと開いた。
しかし、そこに現れたのは、健太郎が予想していた連城グループの警備チームだけではなかった。先頭に立っていたのは、見慣れない制服を着た数名の男たち。彼らの表情は厳しく、その手に持った書類は、まさしく逮捕状を示していた。彼らは、健太郎の顔を見るなり、鋭い視線を向けた。
「連城健太郎さん、ですね。経済犯罪捜査隊です。あなたを、不正競争防止法違反、私的流用、そして過去の違法技術実験に関する疑惑で、任意でご同行いただきたい」
警官の一人が、その場で健太郎に詰め寄った。その言葉に、健太郎の顔色は、一瞬にして凍り付いた。彼の瞳には、これまでの冷徹な光ではなく、信じられないものを見たかのような、強い衝撃と、困惑が浮かんでいた。
「な、何を言っている! 貴様たちは、私の指示を待っていたはずだ! 反乱か!?」
健太郎は、怒声を上げた。彼は、まさか自分が警察によって拘束されるとは、夢にも思っていなかったのだろう。彼が呼んだはずの警備チームは、なぜか後方に控えたままだ。
その時、警官たちに続いて、一人の男が部屋に入ってきた。連城グループの警備チームの制服を着ている。彼は、健太郎を見るなり、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「連城総帥。残念ですが、あなたの命令は、すでに無効です」
男の言葉に、健太郎の顔がさらに歪んだ。彼の瞳は、その男を憎悪に満ちた視線で睨みつけた。
そして、その警備隊の男が、私の隣に座り込み、まだ呆然としている蓮に、そっと目配せをした。蓮は、その目配せの意味を理解したかのように、ゆっくりと顔を上げた。彼の瞳の奥には、私にはまだ理解できない、しかし確かな光が宿っていた。
私の中で、何かが音を立てて崩れ落ち、同時に、新たな、想像を絶する真実が、ゆっくりと姿を現し始めた。健太郎が支配する盤面は、まだ続いていた。だが、その盤上で、新たな「執棋者」が、静かに、しかし確実に動き出していたのだ。




