第31話 健太郎の真意と冷徹さ
沙織は、床に崩れ落ち、嗚咽を漏らしていた。その瞳に宿るのは、絶望、そして健太郎への深い憎悪だけだった。蓮もまた、健太郎の冷酷な言葉と、第二条項の存在に、顔面蒼白で立ち尽くしていた。彼らは、健太郎の想像を絶する深謀遠慮の前に、完全に打ち砕かれていた。
「美咲、君もこれで理解しただろう。この基金は、単に君の母が遺した資産を守るためだけに作られたものではない。私が連城グループの資産を、そして『星核』技術を完全に支配するための、重要な仕掛けだ」
健太郎の声は、一切の感情を排し、冷ややかに響いた。彼は、私と沙織、蓮を交互に見下ろし、まるで実験動物を見るかのような視線を投げかけた。
「蓮は、私にとって唯一の嫡男。だが、その無能さは目に余るものがあった。私は、彼を成長させるための鞭として、この基金を利用しようとしたのだ。もし彼が私に背けば、その資産は基金によって縛られ、手出しできなくなる。そして、沙織、お前のような野心的な隠し子が出てくることも、想定内だった」
健太郎は、そう言って、嘲るかのように沙織を一瞥した。沙織は、健太郎の言葉に、屈辱に顔を歪ませた。彼女が健太郎を出し抜こうとしていたことなど、最初から全て見抜かれていたのだ。
「この第二条項は、お前のような連城家の血を引く者が、私の意に反して、不正に資産を奪おうとした場合に発動する。つまり、お前もまた、私の掌の上で踊る駒でしかないということだ、沙織」
健太郎の言葉は、沙織の心の奥底に、決定的な絶望を植え付けた。彼女は、健太郎を倒し、連城グループの頂点に立つという、長年の野望を打ち砕かれたのだ。
「そして、美咲。君は、この盤面を私が支配するための、重要な駒だ。君の母親が研究していた『星核』技術は、連城グループの未来を、そして私の野望を叶えるために不可欠なものだった。君の純粋さと、君がアークデザインの正当な相続人であるという立場は、この計画において、非常に都合が良かった」
健太郎は、私を見つめた。その瞳には、私への愛情など微塵もなく、ただ、私が彼の計画にとって都合の良い道具であるという認識だけがあった。私の心は、凍り付くような衝撃に襲われた。母の遺した基金も、私自身も、全て健太郎の手の中で操られていたというのか。
「私にとって、家族の情も、忠誠心も、全ては目的を達成するための道具に過ぎない。連城グループの繁栄、そして『星核』技術の完全な支配。それが、私の唯一の目的だ」
健太郎の言葉は、彼の冷徹な支配欲と、人間性を超越したかのような悪意を、私にまざまざと見せつけた。彼にとって、家族はただの駒であり、感情など、取るに足らないものなのだ。私は、この男の底知れない闇に、深い戦慄を覚えていた。母と蓮の母は、この男のために殺された。その憎しみと、同時に、この男が持つ巨大な力に、私の心は恐怖で震えた。
この書斎は、まるで健太郎という絶対的な支配者が君臨する、巨大なチェス盤だった。私たちは皆、彼の意のままに動かされる、ただの駒に過ぎなかったのだ。




