第26話 「星核(スターコア)」技術の開示
警察が去った後の部屋には、重苦しい沈黙と、沙織の嘲り、そして蓮の虚ろな眼差しだけが残されていた。私は、健太郎の底知れない権力に、改めて戦慄を覚えていた。しかし、同時に、その強大な力が何のために使われているのか、その核心に迫りたいという強い思いが湧き上がっていた。
「沙織、あなたも健太郎の駒だと言ったわね。そして、健太郎がアークデザインを欲しがったのは、『核心特許』のためだと。それは一体、何なの?」
私の問いに、沙織は一瞬、眉をひそめた。彼女は、その核心に触れられることを、あまり好まないようだった。蓮もまた、沙織の言葉に、ゆっくりと顔を上げた。彼の瞳に、僅かな動揺が走る。
「美咲、それは……あなたが知るべきではないことよ。健太郎さんが、どれほどそれを欲しているか、あなたには分からない」
沙織は、そう言って、私の質問をはぐらかそうとした。しかし、私は諦めなかった。この「核心特許」こそが、母の死、そしてアークデザインを巡る全ての陰謀の鍵を握っている。そう直感したからだ。
「教えて。私の母が命懸けで守ろうとしたものが、何だったのか。それが、あなたたちの私を裏切った理由なのでしょう?」
私の真っ直ぐな視線に、沙織は観念したかのように、深く息を吐いた。彼女は、まるで重い秘密を吐き出すかのように、ゆっくりと口を開いた。
「アークデザインが持つ『核心特許』。それは、単なるデザイン技術なんかじゃないわ。美咲さんのお母様、芳美さんが研究していたのは……『星核』と呼ばれる、膨大なエネルギーを生み出す技術なのよ」
沙織の言葉に、私は息を呑んだ。「星核」。その神秘的な響きに、私の頭の中に、あの母のデザイン画に描かれていた抽象的な図形が、鮮明に蘇った。母がかつて言った「この会社は、未来を守るための大切な鍵」という言葉の真意が、今、恐ろしい形で繋がっていく。
蓮もまた、沙織の言葉に、ゆっくりと顔を上げた。彼の表情には、私と同じく、驚きと、そして深い苦痛が刻まれていた。彼もまた、この「星核」技術の存在を知っていたのだ。そして、それが彼の心に、深い影を落としていることが、私には見て取れた。
「『星核』は、平和利用されれば人類の未来を拓く、まさに夢の技術よ。既存のエネルギー問題を全て解決できるほどの、無限の可能性を秘めている。しかし……」
沙織は言葉を切ると、私と蓮を交互に見た。その瞳には、深い諦めと、そして恐怖の色が宿っていた。
「……悪用されれば、甚大な破壊をもたらす、両刃の剣のような技術なの。健太郎さんは、それを兵器転用しようと目論んでいる。連城グループを、世界を支配する絶対的な存在にするためにね」
沙織の言葉は、私の頭の中に、衝撃的なビジョンを呼び起こした。母が、平和な未来を夢見て研究していた技術が、健太郎の手にかかれば、世界を破滅へと導く兵器になる。その恐ろしさに、私の全身に悪寒が走った。母は、この技術が悪用されることを、何よりも恐れていた。だからこそ、私に「未来を守る鍵」と、そう言ったのだ。
蓮は、沙織の言葉を聞くと、その場に崩れ落ちるかのように、深く息を吐いた。彼の瞳には、深い悲しみと、そして過去の苦痛が入り混じっていた。彼もまた、この「星核」技術が持つ、恐ろしい側面を誰よりも理解しているようだった。そして、その技術を巡る健太郎の野望が、彼の人生に、どれほどの深い傷を負わせてきたのかが、私には痛いほど伝わってきた。
私の目の前で、連城グループの巨大な闇の、その核心が今、露わになった。




