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親友が密かに署名した婚前契約書  作者: 朧月 華


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第25話 蓮の仮面と健太郎の野望

ドアが激しい音を立てて開け放たれた瞬間、部屋の空気が一変した。数名の警官が、制服のまばゆい光を伴って、室内に踏み込んできたのだ。彼らの鋭い視線が、美咲、沙織、そして蓮を捉える。私の心臓は、高鳴りながらも、どこか冷徹に、この光景を見つめていた。


「通報により参りました。何かトラブルがあったようですが」


警官の一人が、厳しい声で問いかけた。沙織は顔面蒼白になり、足が震えている。蓮もまた、呆然と立ち尽くしていた。彼らは、まさか私が本当に警察を呼ぶとは、想像していなかったのだろう。しかし、私には一片の迷いもなかった。


「はい、トラブルです。私は林美咲。ここにいる蘇沙織氏と連城蓮氏は、私を騙し、私の母が遺した会社『アークデザイン』を不正に奪い取りました。さらに、私の母の死にも関与していると自白しました。これは明らかな詐欺罪、そして殺人教唆、あるいは共謀にあたります」


私は、警官たちに向かって、感情を排した声で淡々と告げた。私の言葉に、警官たちの表情が驚きに変わる。殺人という言葉に、彼らは一瞬、身構えた。沙織は私を睨みつけ、蓮は顔を覆った。彼らが、私をただ泣き崩れるだけの無力な女だと思っていたことが、私には痛いほど分かった。


「美咲、嘘よ! あなた、何を言っているの!?」


沙織が、必死の形相で叫んだ。彼女は、もはや自分の置かれた状況の深刻さを理解しているようだった。蓮もまた、ようやく我に返り、警官たちに向かって何かを言おうとする。


その時、警官の一人のスマートフォンが鳴った。彼は一瞥するなり、顔色を変え、すぐに敬礼して電話に出た。


「はい、こちら警部補……は、はい! 承知いたしました! 直ちに……」


短い会話の後、警官は電話を切り、その表情は明らかに動揺と困惑に満ちていた。彼は、私と沙織、蓮を交互に見比べた後、他の警官たちに、指示を出した。


「失礼いたしました。上からの指示です。この件は、一度、持ち帰って詳細を確認しろ、とのことです。今日のところは、これ以上の介入は控えるようにと」


警官の言葉に、私は眉をひそめた。持ち帰る? これほどの告発がありながら、介入を控えるというのか。沙織は、その言葉を聞くや否や、私を嘲るかのような、しかしどこか安堵したような笑みを浮かべた。蓮もまた、呆然とした表情で、状況を理解しようと努めている。


(健太郎……)


私の脳裏に、連城健太郎の顔が浮かんだ。これほど迅速に警察の動きを封じることができるのは、連城グループの総帥である彼しかいない。彼の持つ権力と、裏のネットワークの恐ろしさを、私はまざまざと見せつけられた。この戦いは、私が想像していた以上に、深く、そして巨大なものだった。


警官たちは、何かを言いたげな様子だったが、上からの命令には逆らえないとばかりに、沙織のマンションを後にした。ドアが閉まり、再び静寂が訪れる。しかし、その場の空気は、先ほどまで以上に張り詰めていた。


「美咲、見たでしょう? 健太郎さんの力を。あなたは、健太郎さんには逆らえない。私たちも、彼の駒でしかないのよ」


沙織は、そう言って、再び冷笑した。しかし、その瞳の奥には、どこか諦めにも似た影が宿っていた。


蓮は、沙織の言葉にも反応せず、ただ虚ろな目で私を見つめていた。彼の表情には、今、計り知れない疲弊と、深い諦念が刻まれている。その顔は、私がかつて知っていた、優しく、しかしどこか孤独を湛えた蓮の顔に戻っていた。


そして、美咲の脳裏に、健太郎の言葉が鮮明に響いた。「蓮は、無能な嫡男として世間に知られるよう、私が仕向けた」。沙織の告白は、彼の言葉と一致していた。


健太郎は、蓮の放蕩ぶりを許し、むしろ奨励してきたのだ。それは、蓮を「無能な嫡男」として周囲に認識させることで、連城グループ内部の警戒を解き、彼自身の裏での計画を、誰も邪魔することなく進めるためだった。蓮は、健太郎にとって、ただの操り人形であり、自分の野望を隠すための便利な仮面に過ぎなかった。


彼の真の目的は、連城グループを、さらに盤石な、揺るぎない帝国へと拡大させること。そのためには、どんな犠牲も厭わない。そして、その巨大な野望を可能にする、ある「技術」への異常な執着が、彼を突き動かしていたのだ。


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