第24話 基金設立の真意
ドアの向こうから聞こえる警察官の声は、もはや待機している様子はなく、今にもドアを破って突入してくるかのような勢いだった。沙織は、恐怖に顔を歪ませながらも、最後の告白をするかのように、必死に私に語りかけた。蓮は、沙織の言葉と、迫りくる警察の影に挟まれ、完全に思考停止状態に陥っているようだった。
「美咲、あなたは、あの家族信託基金が、あなたのお母様があなたを守るために作ったものだと思っているでしょう? 確かに、それも一面ではある。でもね、あの基金を最初に設立したのは、他でもない連城健太郎さんなのよ」
沙織の言葉に、私は息を呑んだ。私が母の遺した「最後の切り札」と信じていた家族信託基金が、健太郎によって設立されたというのか。私の頭の中は、激しく混乱した。一体、どういうことなのだ。
「健太郎さんは、連城グループの資産を、自分の意のままにコントロールするため、そして蓮さんの無能さへの牽制として、あの基金を設立したの。彼にとって、連城グループの資産は、何よりも優先されるべきものだったから。そして、あの基金には、林家、つまりアークデザインの資産を組み込むことも、最初から計画されていたわ」
沙織の声には、諦めと、そして健太郎への深い憎悪が混じり合っていた。彼女の瞳は、まるで過去の記憶を辿るかのように、遠くを見つめていた。
「彼はね、蓮さんを私と結婚させ、林家の資産を合法的に手に入れようとした。そして、その過程で、蓮さんがもし自分の意に背いたり、アークデザインの『核心特許』を手に入れる上で邪魔になるようなら、私を利用して蓮さんをも排除するつもりだったのよ」
「核心特許……?」私が問い返す。
「そうよ。アークデザインが持つ、健太郎さんが喉から手が出るほど欲しがっていた、あの『星核』技術のことよ。あなたの母が命懸けで守ろうとした、あの危険な技術……」
沙織の言葉に、私の頭の中で、点と点が線で繋がるかのように、全てのパズルが結合していった。母が残した「この会社は、単なるデザイン会社ではない。未来を守る鍵だ」という言葉。健太郎がアークデザインの資産を欲しがった本当の理由。そして、母の死。
「健太郎の計画に加担する中で、私は……私の母親の死も、健太郎が関わっていたのではないかと疑うようになったの。彼が、どれほど冷酷な人間か、私は誰よりも知っていたから。だから、私自身も、健太郎を出し抜き、連城グループの権力を手に入れるために、あなたを利用し、そして、蓮さんを利用したのよ」
沙織は、そう告白すると、私の顔を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、私への申し訳なさや、後悔のようなものはなく、ただ、自身の野望と、健太郎への復讐心だけが燃え盛っていた。
「私は、あなたを騙し、蓮さんと関係を持ち、健太郎さんの計画に乗るフリをしながら、裏では健太郎さんの犯罪の証拠を集めていたのよ。いつか、彼を失脚させ、連城グループの全てを、私が手に入れるために」
沙織の言葉は、私の心を再び大きく揺さぶった。彼女は、私を裏切った悪女であると同時に、健太郎という巨大な悪意に立ち向かおうとしていた、もう一人の復讐者でもあったのだ。彼女の母親も、健太郎の犠牲になったというのか。
私の脳裏に、あの古びた写真が蘇る。若き日の健太郎と、沙織の母、そして幼い沙織。あの写真に隠された、あまりにも深すぎる悲劇と、憎悪の連鎖。
その時、ドアが、激しい音を立てて開け放たれた。




