第22話 健太郎との邂逅と利用
ドアを叩く音は激しさを増していたが、沙織はもはや、それに動じることなく、私に向かって自身の過去を語り続けた。その瞳には、私への懇願と、そして健太郎への深い憎悪が宿っていた。
「私が大学を卒業する頃、健太郎さんは、私の存在を知ったわ。彼は、私を連城グループの人間として認めるどころか、まるで邪魔な存在であるかのように、秘かに接触してきた」
沙織は、皮肉な笑みを浮かべた。
「彼はね、私の聡明さと、彼と同じ野心を見抜いたのよ。私を連城家の一員として迎え入れるのではなく、連城グループの傘下にある企業に就職させ、海外留学という名目で、遠く離れた場所で、自分の手駒として育てることを選んだわ」
美咲の心に、衝撃が走る。沙織が海外留学に行ったのは、健太郎の指示だったというのか。そして、大手商社で頭角を現したという輝かしいキャリアも、全て健太郎によって仕組まれたものであったと。
「私は、健太郎さんの計画の駒だった。いつか連城グループに取り入るための、ただの道具。彼に利用されていることは、重々承知していたわ。でも、それが、私と母が長年望んだ、連城家に一歩近づくための唯一の道だった。だから、どんなに屈辱的でも、私はその駒として動き続けたの」
沙織の声には、長年抱えてきたであろう、深い苦痛と諦めが混じり合っていた。私は、彼女の言葉に、複雑な感情を抱いた。彼女は私を騙した悪女だ。しかし、同時に彼女もまた、健太郎という巨大な存在に利用され、翻弄されてきた被害者である。その事実に、私の心のどこかで、理解と、そして僅かな憐憫が芽生え始めていた。
「美咲、あなたに近づいたのも、健太郎さんの指示だったわ。彼が、あなたがアークデザインを継承したこと、そしてその会社が、彼の計画にとって重要な意味を持つことを知った時、私に命じたの。『林美咲と親交を深め、彼女を連城家に取り込め』と」
沙織の告白に、私は息を呑んだ。あの大学時代の友情、私が母を亡くした時に親身になってくれた優しさ、そして蓮との結婚を心から祝福してくれた言葉の全てが、健太郎の指示による、偽りの演技だったというのか。私の心の奥底が、再び凍り付いていくような感覚に陥った。
「私が、あなたに『婚前財産契約書』への署名を勧めたのも、全て健太郎さんの計画の一部よ。彼は、あなたに有利に見せかけることで、あなたを油断させ、母の会社の支配権を奪うこと。そして、その会社を連城グループに組み込むこと。それが目的だった」
沙織は、唇を噛み締めながら続けた。
「あなたを騙すのは、私にとっても辛かったわ。本当に、心からそう思っている。でも、そうしなければ、私自身と、私を育ててくれた母の長年の夢を、完全に捨てることになってしまう。連城家に入るための、唯一の道だったのよ」
沙織の瞳には、私への憐憫と、そして自身を正当化しようとする必死の光が宿っていた。彼女は、私という存在を、健太郎の計画を実行するための「踏み台」とし、同時に自分自身が連城家に入り込むための「足がかり」として利用したのだ。その言葉は、私の心を再び深く傷つけたけれど、同時に、この裏切りの背後に、健太郎という巨大な悪意が存在することを、改めて突きつけた。
ドアを叩く音は、もう間近に迫っていた。そして、足音が、まさにこのドアの前で止まった。




