第13話 絶望の底からの覚醒
森本先生の弁護士事務所の冷たい空気が、私の体中に絡みついたまま、私は茫然自失として、夜の街を彷徨っていた。母が命懸けで守ろうとしたアークデザインが、沙織の巧妙な罠で奪われたという事実は、私の心を粉々に打ち砕いた。蓮と沙織、二人に裏切られた痛みは、私の魂を深く抉り取った。
「お母さん……私、どうしたらいいの……」
喉の奥から、押し殺した嗚咽が込み上げてくる。沙織のマンションを飛び出してからの記憶は、断片的な夢のようだ。母の「沙織を信じるな」という警告が、今、耳元で鮮明に響き渡る。あの時、私は母が病のせいで意識が朦朧としているのだと、何の疑いもなく思っていた。まさか、それが、未来の私への、命がけの警告だったとは。
私は、アスファルトの上に膝をついた。冷たい地面の感触が、私の体に僅かな痛みを与えた。自責の念が、私の胸を激しく締め付ける。なぜ、私は母の言葉に耳を傾けなかったのだろう。なぜ、こんなにも世間知らずで、人を信じやすい、愚かな人間なのだろう。自分自身への怒りが、込み上げてきた。
絶望の淵。私は、この巨大な裏切りを前に、まるで掌サイズの無力な子供のように感じられた。蓮に裏切られ、沙織に騙され、母の遺産を奪われた。私は、全てを失った。このまま、私の人生は、真っ暗な奈落の底へと落ちていくのだろうか。
しかし、その絶望の底で、私の心の奥底に、微かな、しかし確かな火花が散った。全てを失った者だけが持つ、純粋な、底知れぬ怒り。このままでは終われない。このまま、彼らの思い通りにさせてたまるか。
(母さん……あなたが命を懸けて守ろうとしたものを、私がこの手で守り抜く。あなたを殺した者たちに、必ず償わせる……!)
私の心に、冷たい復讐の炎が、静かに、しかし力強く燃え上がり始めた。それは、感情的な憎悪だけではない、母の魂を汚し、私を裏切った者たちへの、厳正な裁きを求める、静かで、冷徹な炎だった。私は、もう泣かない。この怒りを、彼らへの報復へと変える。私は、この裏切りの真実を、私の手で暴き出すのだ。
私の足は、もはや彷徨うことをやめ、固く地面を踏みしめた。この場所で、私の人生は終わりではない。ここからが、私の本当の戦いの始まりなのだ。冷え切った体を引きずり、私は無意識のうちに、アークデザインのオフィスへと足を向けていた。母の魂が宿る場所へ。そこへ行けば、きっと、何かが見つかる。私を、この闇から救い出す、光が。