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第12話 美咲の絶望

私は、沙織の豪華なマンションの、冷たい床に膝をついていた。目の前では、蓮と沙織が互いの腕を絡ませ、私の絶望を嘲笑うかのように寄り添っている。彼らの瞳に宿る冷酷な光は、かつて私に向けられた温かい眼差しとは似ても似つかないものだった。私の愛した蓮は、もうどこにもいない。そこにいるのは、私を巧妙に欺き、母の命と私自身の人生を弄んだ、冷たい策略家だった。


私の頭の中は、まるで嵐の後の海のように、真っ白になっていた。思考は停止し、ただ胸の奥から湧き上がる、耐え難いほどの激しい痛みだけが、私の意識を現実に引き戻す。母の死。アークデザインの略奪。蓮と沙織の共謀。全てが、あまりにも残酷で、あまりにも現実離れしている。


喉からは、もう声すら出なかった。ただ、込み上げてくる嗚咽を必死で噛み殺すことしかできなかった。全身の力が抜け落ち、指先は氷のように冷たい。私は、自分がどれほど愚かで、世間知らずであったかを痛感した。彼らの巧みな嘘と策略の前に、私はあまりにも無防備すぎた。


沙織は、私を見下ろしながら、蓮の肩に頭を預け、嘲るような笑みを浮かべた。その姿は、かつて私を励まし、支えてくれた親友の面影とは、あまりにもかけ離れていた。彼女の瞳の奥には、私への憐憫と、そして勝利の陶酔が混じり合っていた。


「美咲、もう諦めた方がいいわ。あなたには、私たちと戦う力なんてないのよ。お母様の会社も、もうあなたのものじゃない。蓮さんの妻という地位も、もうすぐ失うことになるわ」


沙織の声が、私を嘲笑うかのように響き渡る。その言葉は、私の心の奥底に眠っていた、わずかな希望すら、完全に打ち砕いた。私は、全てを失った。愛する夫を、信頼する親友を、そして何よりも、母が命懸けで守ろうとしたアークデザインを。


私は、マンションを飛び出した。エレベーターを降り、エントランスの自動ドアを潜り抜けた時、私はもう、歩くことすらできなかった。足が、鉛のように重い。


雨上がりのアスファルトに、ひざまずく。冷たい地面の感触が、私の体に僅かな痛みを与えた。夜空には、ぼんやりと月が浮かんでいたけれど、その光は、私には届かない。私は、この巨大な裏切りを前に、まるで掌サイズの無力な子供のように感じられた。


(お母さん……私、どうしたらいいの……)


母の最期の言葉が、再び脳裏に響き渡る。「美咲……沙織を……信じるな……」。あの時、私がもっと賢ければ。もっと強く、もっと疑い深い人間であれば。そうすれば、母も、アークデザインも、そして私自身も、こんな悲劇に見舞われることはなかっただろう。


私は、込み上げてくる自責の念に、胸を締め付けられた。この冷たい夜の街で、私はただ一人、震え続けるしかなかった。絶望の淵。私の人生は、真っ暗な奈落の底へと落ちていくのだろうか。もう、誰も信じられない。この世界に、私を救ってくれる存在は、もうどこにもいない。


私の瞳から、止めどなく涙が溢れ出した。それは、悲しみや悔しさだけではない、魂の奥底から湧き上がる、純粋な絶望の雫だった。私は、全てを失い、完全に打ち砕かれた。私の、完璧なはずだった人生は、この瞬間、完全に終わりを告げたのだ。


しかし、その絶望の底で、私の心の奥底に、微かな、しかし確かな火花が散った。全てを失った者だけが持つ、純粋な、底知れぬ怒り。このままでは終われない。このまま、彼らの思い通りにさせてたまるか。


私の心に、冷たい復讐の炎が、静かに、しかし力強く燃え上がり始めた。それは、感情的な憎悪だけではない、母の魂を汚し、私を裏切った者たちへの、厳正な裁きを求める、静かで、冷徹な炎だった。


私は、もう泣かない。この怒りを、彼らへの報復へと変える。私は、この裏切りの真実を、私の手で暴き出すのだ。


私の足は、もはや彷徨うことをやめ、固く地面を踏みしめた。この場所で、私の人生は終わりではない。ここからが、私の本当の戦いの始まりなのだ。


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