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話はありきたりな領地経営というものだった。意外ではある。私はメモをとりながら朝右衛門の話に頷いていたりした。
「蛮州特有のものは意外に少ないのね。天狗が免許制とは」
「若いのは無理をするものです」
「機関銃の前に出るのかしら」
「——無謀と勇敢は違うものです」
む、としたように朝右衛門は言い、居住まいを正した。
「宮入殿、少し別の話をしてもよろしいですか」
「何?」
「扇にいた頃の話を少々」
「戦場での話?」
「……ええ」
私も居住まいを正す。
「あー……、私、昼食の打診でもしてこよっかなあ」
「そうしてくれ、蕎麦が食いたい」
私も、と言うと棗はいづらくなったのかすぐに部屋を出て行った。
「犬族の従者長の薫陶はすごいわね」
「ええ、そのお言葉、伝えておきます」
「ありがと、それで、何?」
「あなたは鬼原に幻術をかけられた。その時見た光景を教えていただきたい」
「……趣味が悪いわね。あまり思い出したくもない記憶よ」
「失礼なのは承知しています。ですがそこをお願いしたい」
「私は中隊長だった。四人の小隊長がいて、その後ろに部下たちがいた。死んだ小隊長が私を責め立てた。これくらいでお願いしたいわね」
思い出したくもない、幻術にかけられていた時の記憶。徳間、双葉、蔦屋、三矢。四人は皆顔が崩れたり身体が損壊したりしている状態に変わり、私に恨み節を吐いていった。
「彼女たちは将校服を着て居ましたか?」
「妙な事聞くわね。そりゃ当然、着てるわよ。みんな少尉だったし」
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「大丈夫?」
「これで納得できたと言う事です。その、あなたを救う時の話をさせていただきたい」
※
砲撃が隙間を開け始めていた。他の隊の突撃が功を奏したのか、それともただの弾込めを行なっているのかは定かじゃない。
狐珠朝右衛門は震える身体をどうにか抑えた。ああ、クソッタレ、どうしてこんな大きな身体に生まれてしまったのやら。亜人の中でも突出し大柄な肢体は戦場では命取りだ。今日ばかりはからかい尽くしていた棗が羨ましく思える。
「——行くぞ」
それでも震えを見せるわけにはいかない。部下が怯える。そしてそれを誤魔化す話術もない。私の部下である犬族たちは軍帽の下で怯えた眼を隠さない自由を行使していた。
八つ当たりでもしてやりたい。
ただ、それが許される状況でもなかった。弾込めの最中なのだとしたらいつ砲撃が再開されるかもしれない。そうなればさらに苦しみが長引くだけじゃなく、さらなる痛みが同胞を襲うのだ。
同胞、同胞だろうか。
私たち亜人を蛮州という片隅に押し込んだ人間たち。未だ差別感情深い蛮州以外の領民たち。それらに慈悲の一撃を下すこの任務に志願者はかなりいた。意味のない暴力を下して溜飲を下げたいという事だろうか。
後ろ暗い話だ。それでも私に命令が来たのは、大八洲中に知られるこの名前が元凶なのだろう。
死刑執行人狐珠朝右衛門。受け継がれてきたこの名前のせいで、朝右衛門が被った風評被害は数えるのも莫迦らしいくらいだった。
指揮官としての責務として、朝右衛門は先頭に立つ。仕事だ。だけどやりたくない。
(ひどいものだ……)
人が人の形を為していない。発展した技術がこの光景を作り出したのだとしたら、果たしてそれは正しい事と胸を張れるだろうか。
「ひどいもんすね」
佐分がたまらなくなったのか声を出した。軍帽で隠れているが、その下にある耳は震えているに違いなかった。
「ああ、本当にな」
「爺様がこれを見たら卒倒しますよ。愚か也人間、とでも言うかも」
「お前の爺様はいつまで生きてるんだ。もう百をとっくに超えているだろう? 私は何度も祝いを贈っているんだぞ。先代の朝右衛門を知っているのはあの人くらいだ」
「サア……? 爺様は俺が生まれた時から爺様ですよ」
どうでもいい話でもしなければ狂いそうだ。砲撃がこちらを向いていないうちに、介錯してやらなければならない。気の重い話だった。
(全く……)
心の中で毒づきながら死体の山をかき分けて進んだ。一個中隊が突撃したが、砲撃と機関銃の掃射によって何人も肉塊になっていた。生き残りがいても、死にかけていたら殺すしかない。後方に送ってもイタズラに苦しみを延ばすだけだ。
足を掴まれた。
「おっ、うわ」
悲鳴にならなかったのが不思議だった。見栄だろうか。
靴を握られて朝右衛門は足を止めた。それでもその身体の主人はすでに事切れかけていた。
「……」
口がない。顎が飛ばされていて、上半身しかなかった。腰から下は消え失せていて、砲撃により焼き切られたのか血や肉すらなかった。
「ああ、わかったよ」
朝右衛門は嫌だった。何か恨み言でもいい。言い残して欲しい。それなら気にしなくて済む。
目は口ほどにも物を言うってのは本当だな、クソ。




