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死刑執行人への愛  作者: 逆さ藤


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「顔色、悪いですな」



 棗はあっけらかんと言った。階級も位階も違う上、何なら彼女は亜人なので私より何もかも下とも言えたが、私はその適当さを許している。命の恩人であるから何も言えない。



 父は任命したのち、そそくさと出ていった。ついて行こうとしたが、「来るな」の一言で切って捨てられた。



「とんでもない重責を背負わされた」

「何です? 新しく昇進するとでも?」

「大隊長の方が楽しそう……というか、もう軍務に戻れないかも。そんな暇もなくなるし」

「へえ?」



 眼鏡の奥の目が困惑に染まる。



「蛮州三棟梁の一人になる、みたい」

「大出世ではありませんか」



 すぐに帰ってきた返事は喜びに満ちていた。



「あんたが喜んでどうするのよ」

「ぜひ副官にしてください」

「図々しいわね」

「私にもチャンスです。数少ないチャンス。しかも人生で何度もないようなものですよ。図々しくならなきゃ嘘ですよ」

「簡単に言うなあ……」



 私は困惑している。宮野池の肝煎りだから大丈夫、と父は言うが蛮州に置いて、宮入家をそんなに信頼を勝ち取っているかはわからないのだ。大山の事もある。あまり歓迎される気はしなかった。



「この際、朝右衛門が統治すればいい」

「ダメですよ、あいつは。前に出たがらないし、柄じゃない」

「私よりマシでしょう?」

「あなたにとっても大チャンスですよ。偉くなれる」

「なりたくない」

「なるしかないんです。蛮州が荒れると当然宮野池も荒れる。それをほっといたら中央が荒れるからほっとけない。統治が危うくなれば宮入はお終いです。ではありませんか?」



 わかったような事を言う。とはいえ、棗の話は事実だ。追放しても隣人はいる。隣人の不始末を放っておくと私たちに飛び火する。


 私はため息をついた。



「朝右衛門に頼りましょう。そうしなくちゃ碌でもないことになる。あんたも来なさい。副官。近衛軍にはゴリ押す」

「さすが宮入伯爵。よくわかってらっしゃる」

「黙れ。不穏分子だらけの場所に行くの。あんたの一張羅を犠牲にしてもらうからね」



 そう言うと、棗はひどく嫌そうな顔をした。



 

 とはいえ、現状鬼原のやらかしで荒れ気味の蛮州に行くのはゴメンである。それに、私は一応三棟梁の一人だ。だから宮野池の近くに朝右衛門を呼び出す。


 その案を話すと棗からは苦笑いが帰ってきた。



「それはよくないんじゃないですか?」



 棗は懐疑的な目を向けてきていた。



「何でよ」

「相手は同格です。それを呼び出すってのはやはり良くないですよ。メンツに関わるってもんです。だめですよ」

「ええい、じゃああんたが行く? 私はいやよ。鬼原一派がゲリラになってたらどうするの? もう腹をぶち破られるのはゴメンなのよ私は」

「私だって嫌です」

「あんたが怪我したらあんたが自分を治すことね」

「冗談でしょ。まあまあ宮入大尉、実際はそう頭を悩ます事はないです。呼び出すのだからだめなのです。蛮州統治のやり方を学びたいと名目をでっち上げてですね」

「ふむ、あんた結構頭いいのね。続けて」

「傷医はバカではなれませんでして、はい。それでしっかりと教えてくれるように客人として遇すのです。そうすれば相手だって蛮州を荒らしたいわけでもないから食いついてくる。何より朝右衛門とは面識があるわけですから尚更ですよ。しかも副官は末席とはいえ親戚なのですから」

「それでいい、天狗を呼びなさい。それ採用」



 

 幸運というべきか。朝右衛門はすぐに応じてくれた。向こうも鬼原一派の残党などを鎮圧したり慰撫したりと忙しいはずだが、案外早めに応じてくれたのはありがたい。


 朝右衛門は青い着物姿で、犬族の力車に乗り付けてやってきてくれた。可能な限り急いでくれたようであった。



「お呼びだてと聞いて馳せ参じました。狐珠朝右衛門」



 真面目なやつだ。自己紹介なんかされなくても知ってるのだが、そうしなければいけないと感じている真面目さが、大きな体に似つかわしくなくておかしみを出している。宮野池に程近い蛮州の館。場所を探してくれたのは大山だった。なぜこうも立派な建物があるのかと聞いても何も答えてくれないあたり、この館がそうしたものだと理解してしまい、あまりいい気分ではないが致し方ない。



「よく来てくれました。もてなします、狐珠朝右衛門様」



 私と棗は館の門の前に出て頭を下げる。小柄な二人が揃って、大柄な朝右衛門に頭を下げるのは側から見れば滑稽だったかもしれない。向こうからは困惑が感じ取れたが、それは付け込みやすい隙だった。


 困惑気味の朝右衛門に、棗が腕をとるかのようにそばによっていった。



「ささ、朝右衛門様。どうぞこちらに」

「棗」

「まあ、下僕の名前を覚えて頂けるなんて恐悦至極にございますれば」

「実に気持ち悪いからやめてくれ」

「あらあら、野蛮な亜人の頭目は言葉を知らないと見えますね」



 即ボロを出すな莫迦。実際、気持ち悪いのは事実なんだから受け入れろ。



「宮入殿もです。私に頭を下げる必要なぞ」

「こちらは教わる側なのです。教えてくれる方に敬意を払わねばいけません」

「慣れないなあ……」 



 素が出たように頭を掻く朝右衛門に私は吹き出した。ま、誰も見ていないわけだからざっくばらんでも構わないだろう。



「形式はここまで。じゃあ今日は教えてね、狐珠朝右衛門殿」

「ええ、はい。とはいえ、教える事なぞ」

「そうした卑下は良くないわ。あなたはそれで良くても、柴原さんや乃木君が嫌がるでしょう。主人は部下にとって誇れる人でなくては」

「……参りました。では本日はお願いいたします。宮入殿」




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