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死刑執行人への愛  作者: 逆さ藤


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 司令室に連れて行かれる。


 結局親の言うことに従わなければならない不自由さをまざまざと感じさせられた。父が陸軍中将で伯爵だからと言って近衛軍の司令部にあれこれ言える身分ではないはずだ。


 司令室は三階にあった。大した規模でもない近衛軍だが、どいつもこいつも出が良いからか、豪奢さはある。事実凱旋用に作られている面も多方にあるからか、着るものから働く場所に至るまで煌めいているように感じた。


 貴族大尉の彼女は司令部の戸を叩く。中から疲れ切った声がした。


 中に入ると黒い、しっかりと手入れされた肋骨服に身を包んだ壮年の男性がいた。全体的に言えば、丁寧の一言に尽きる見かけだ。派手ではないし奇抜でもない。ただ、長い年月をかけてそうした振る舞いを身につけたもの特有の余裕がある。



「司令、宮入大尉をお連れしました」

「結構。君、ご苦労だった。下がりなさい」



 気を置かなくていい同僚が下がると、とたん司令室の空気が居心地の悪いものと変わった。



「宮入大尉。すまないな、朝方から」



 低い声で司令が執務机に座りながら言った。その上には何枚かの書類が見える。整えられた白髪の下の顔はなんだか疲れていた。朝方から何があったのだろうか。



「はい」

「しばらく有給を取っていたな」

「はい司令。私用のために取りました」

「その間に君のお父上が来た。君の処遇についてだ」

「……」



 話が読めない。父が私に何か言うことがあるだろうか。


 私が扇から復員してめでたし。蛮州での一幕も、大山曰く私を案じていたとは言ったが、会ってもいないし普段の態度からそこまでのものでもないと思っていた。



「君は領地経営に興味があるのかな?」

「はい司令。特にありません」



 奇妙なやり取りだが、上官にいいえは許されないという軍特有の奇妙な風習である。



「なるほど。ただ、お父上はそうではないらしい。君の、宮野池への帰還を求めている」

「はい」

「近衛軍に駐屯地はない。本部しかないから支部もない。将来的に出来るかもしれんが今の君には関係ないな」



 どういうことなのだろう。まどろっこしい。私は結論を出来る限り急ぎたい性質だ。



「司令」

「っと、すまん。つまりだ。宮入伯爵殿は君を呼んでいる。その了承を取りに来た。だから宮野池に帰りたまえ」

「はい司令。しかし」

「もう決定だ。命令だ。さあ、さっさと荷造りしたまえ」



 この間帰ってきたばかりだと言うのに。皇都の屋敷の風通しくらいしたかったのだが。



「承りました。宮入大尉、帰ります」

「うむ」



 司令はそうだけ言って頷いた。やれやれだ。


 司令室から出てくると、なぜだか棗が居た。



「何故いるの?」

「何故でしょう? 当ててみてください」

「偶然」

「違います。同僚に聞いたんですよ。呼び出されたんでしょう? お父上に」

「どこから入ってくるのよその情報は」

「私はそれなりに古株ですもんで」

「だからあんたは幾つなのよ全く」

「あまり聞くもんじゃありませんよ。ふふふ。で、宮野池に行くんでしょう? お供します」



 なぜだ。



「あんたに命令は下ってないでしょうが。サボりに加担するつもりはないわよ」

「まあまあ。そんな目をしないで。実際、あなたはこないだ治療してようやく復帰したばかりです。傍に傷医がいるのは義務ですよ義務」

「義務ね、義務。よく言うわよ、サボり魔」

「失礼な。義務を遂行している立派な傷医です。何せ宮入伯爵家直々に認められているのです」

「言うんじゃなかったなあ……」



 私は頭を抱えた。多分私は褒め方が下手なのだ。


 言った時も悪かった。あそこで死んでいれば形にでもなったのだろうけど、なんやかんやと生き延びてしまったのだから仕方ない。


「言葉は口に戻りませんでね」

「わかったわかった。命令でももらってきなさい。近衛軍の許可が出れば許すわよ」

「言質取りましたからね」



 棗はニヤリと笑ってその場を離れた。どうせ言質を取った以上どうにかして命令を勝ち取るだろう。棗近衛少尉、宮入大尉への副官を任ずるとかそんな感じで。



「また戻るのか……」



 皇都と宮野池は遠いのだ。全く、病み上がりに受け取りたい命令ではなかった。




 

 皇都から宮野池までは馬車だった。乗り心地のいいものでもないが、歩くより数段マシだ。毛布さえあれば尻が痛くなることもない。



「どう思う? 私にいよいよ用なんかないはずなんだけどね」

「鬼原が行方不明らしいです」



 私の言葉を切り捨てるように棗の声が響く。



「鬼原が? あの後から?」

「そうらしいですね。あれだけの醜態です。ついでに私の証言も実に役に立ったのでしょう」

「あんた証言なんかしたのか」

「まあ、あれだけの事をやらかしたわけです。中央にそのまま伝わるわけもないですがね。そこあたりは宮入伯爵が手を回したんでしょう」

「父上は変に存在感が出てきたわね。このまま宮野池の皇帝にでもなるつもりかしら」

「事実、皇都以西では最上位の爵位があったんじゃありません?」

「そうなんだけどさ。にしてもそんな振る舞いをして目をつけられない?」

「わかりませんねえ」



 変に目をつけられるのが一番怖い。貴族の障壁とも言える関係が波を打って襲いかかってくる。


 反乱を疑われる家と仲良くしていた家は、自分たちが潔癖であると証明するために苛烈な制裁を打ちがちだ。



「私兵部隊なんか作っちゃってさ。そりゃ、先祖の失態の責任を取るにしても真面目すぎない? 私の代になったらどうするのよ」

「それを考えるのが伯爵の仕事なんでしょうよ」

「全員粛清。なかったことにする」

「……冗談ですよね」



 棗の目が疑いで染まる。



「それが一番手っ取り早い。私は私で宮野池の領民を守る義務がある。もし反乱でも疑われて苛烈すぎる制裁だの鎮圧だのされてみなさい。蛮州にも手がかかるわよ。私たちも三棟梁も処刑される。そんな思いはありませんと証明するにはそれしかない」

「いや、そうかもしれませんが……」

「ありえない嫌疑で族滅された例なんていくらでもある。ただ、これはあくまでも最悪の例ね。手っ取り早いだけで確証もない。そこまでしても最終的にお取り潰しなんかの例もあるしね」



 歴史を紐解けばこうしたものの繰り返しなのだ。変に力を持ちすぎるとややこしい。権力とは諸刃の剣だ。持ちすぎると碌なことにならないし、執政府も気にしなくてはならない。


 現状別に反乱の意思などはないし、晩秋で起きた出来事はあくまで蛮州の事だ。それでも最悪の事例は知っておかなくてはならない。知りませんではすまない。


 馬車の中で私は悶々と考えていた。一手しくじると領民全てがなくなる可能性だってある。



「頼みますよ、宮入大尉。私、大尉のところに再就職考えているんですから」

「まじ?」

「近衛軍より給料良さげでしょ?」

「あの屋敷見てよく言えるわね。皇都廃墟愛好会の会員だったわよね、あなた」

「それに、私だって疲れるんです近衛軍は。ほら、亜人ですから私は。身分を偽るのもいつまで持つかわからないし」

「うーん」



 うめいた。別に嫌な話ではないし、現状没落寸前の貴族によくも厄介になろうとするものだと思ったが、考えてみれば棗からすればいい就職先なのかもしれない。おそらく大八洲で唯一亜人を差別しない爵位持ちだ。



「ところでなんの亜人なの?」

「なんだと思います?」

「蛇」



 言った後、無いなと思った。



「ハズレ」

「でしょうね。あんた蛇っぽくないもん。狸?」

「違います。なんでそんなんばっかなんですか。もっとあるでしょ、私にぴったりなやつ」



 狸がぴったりだと思ったが違ったのか、という思いしかないのだが。


 まあ、朝右衛門の傍流という話をしていた気もするから、狐か何かなのだろう。狐珠、なんて名字からして狐じゃないとおかしいなんて気もしていた。



「わかんない。狐でいい? 狐ってことにしよ。うん、それでいいから」

「ちょっとちょっと。ほんと、気になりません? 私が何族かとか」

「私の頭ん中は宮野池の領民でいっぱいなのよ。ほら、黙った黙った。適当な本でも呼んでなさい。傷医でしょう。勉強しなさい」

「むう」



 これ以上からかってもしょうがないと見たのか、棗は黙った。私も毛布の上に座り込んであれこれと考えを巡らせる。そんな事をしているうちに馬車は宮野池に着いたのだった。

 




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