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死刑執行人への愛  作者: 逆さ藤


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 誰なんだろう。


 血が少なくなり、頭に回るもの自体が少ない。ただ、安心してだけいた。きっと大丈夫だ。


 銃声は続いている。耳が痛い。



「あなたはとても活躍してくれたわね」

「急になんなんですか」

「自身の着物すら包帯にする姿はまさしく傷医の鏡だわ」

「よく言いますよ」

「私たちが生きているのも、あなたのおかげね」

「なんです? また無理難題でも」

「宮入伯爵家の名を持って、あなたに感謝申し上げます」



 私は至極丁寧な口調を作り、言った。棗の顔は驚きそのものだった。



「後日、私そのものがお礼に向かいます」

「あ、あの」

「そして狐珠朝右衛門」



 私たちを包んでいる朝右衛門はどうにかという様子で私に目を向けた。



「……なんです」

「まずはお礼を」

「後でいいです」

「後がないかもしれない」

「いいえ、あります。私が作ります。大尉殿」



 初めて彼女の方から伯爵以外で扱われたような気がした。


 私たちの周りに気配がある。私は朝右衛門の腕を叩き、彼女の守りから脱した。


 庭を大勢が走り散らしたからか、土煙とライフルの筒先から出た硝煙が辺りを満たしていた。周りにいるのはおそらく陸軍だ。軍服はよく見慣れている。



「民間人か?」



 先頭にいたのは拳銃と軍刀を手にした将校らしき男性だった。いや、見覚えがあった。



「……あなたは」

「いや、民間人ではありませんな。宮入近衛大尉殿」



 そう言って敬礼をしたのは。



「——検問所の犬族?」



 詰所で私を笑った犬族だった。人の格好をしているが、彼には耳があったはずだ。そしてその出自のものは陸軍に入れないはずだった。



「覚えていただき光栄。いや、光栄です」

「何者なの?」

「今はやめましょう。安全なところに先導します。おい、天久と島瀬。早く大尉殿と」



 黒い制服に略帽を被った彼は後ろの部下に指示を飛ばす。こちらも黒の軍服を着た二人の部下が出てきた。どちらも犬族らしい。




「狐珠少尉と棗少尉を早く」

 

 その隊の連中はすぐさま私たちを後送した。全員が大なり小なりの怪我を負っていたものだから手間取っていたようだった。特に大柄な朝右衛門は二人がかりでなんとかという具合だった。



「皆、治療が必要です」



 集落にいた犬族の傷医だった。この間とは違い、丁寧な手つきで包帯を巻く。



「君も脈以外の話が出来たんだね」



 棗は寝ながら皮肉をいった。さっきまでまるで余裕がなかったが、今ではいつもの調子を取り戻している。


 屋敷の外にはご丁寧に陣まで張っている。まるで攻城戦だ。周りが市街地であることを除けば、ひどく扇の文化を意識している屋敷が城のようにも見えた。



「特に伯爵がひどい。五臓のどれかが破裂しているかもしれない」


 犬族の傷医は棗を無視してそう言った。



「それじゃあ、死ぬのかしら……」



 あれだけ腹に損傷があればそれも当然に思えた。



「それは大丈夫。私がいるんですよ。傷医の鏡たる私がね」



 寝かされながら包帯を巻かれた棗が続けた。



「褒めたのを後悔しそうになる。あまり公言しないでね」

「無理です。褒められると伸びる私ですよ」

「あーもう……」



 丁寧な姿など私には似合わないのだ。結局いつものがらっぱちな姿に戻ってしまった。



「それで、朝右衛門は」

「犬族の指揮官と話してますよ。あっち」



 棗が指差した先ではすでに立ち上がった朝右衛門が犬族と話していた。



「安静にしてください。脈が異常ですぞ」



 なぜだかその姿がひどく気に入らなかった。それでも何かを飲まされた私は一瞬先に昏倒してしまった。

  





「目覚めましたか」



 見覚えのある病室で私は目を覚ました。皇都だろうか。すぐそばの椅子で棗がいびきをかいていた。どうやら助けてくれたらしい。私の身体に痛みはなかった。ただ、動きづらかった。



 横には犬族の指揮官だった。名前は知らない。命の恩人だが、横にいるのは朝右衛門である方が嬉しかった。



「どうも」

「朝右衛門なら宮野池ですよ。御領主様にお目通するようです」

「……えっと、父のことかな」



 犬族の指揮官は頷いた。



「あなたは誰なの? ここは、皇都よね」

「ええ、天狗の親方に送ってもらいました。結構矜持のある人ですから説得には骨が折れましたがね」

「宮野池から遠いでしょうに」

「何、そこは天狗です。一っ飛びですよ」



 二つ目の質問には答えてくれたが、もう一つの質問が残っている。



「申し遅れました。独立第一連隊の大山です」

「聞いたことないな」

「あまり表に出る部隊ではありませんので当然かと。簡単に言えば御領主の私兵です」

「知らないわよ、私は」



 父がそんな連隊を組むような面倒をするとは思えない。あの無気力な父がそんなことをするはずがないという確信すらあった。



「宮入伯爵、ああ、義直様はあなたの身を案じておられます」

「冗談はやめて」

「もちろん冗談ではありません」



 大山の顔は大真面目だった。検問所でやる気なく詰所にいた顔とは大違いで、踵はきっちりとつけていたし背筋も伸びていた。



「亜人が陸軍にいたなんて聞いたことがないわ」

「それは当然でしょう。亜人は陸軍に志願することができません」

「じゃあ」

「ですから」



 頑なに信じようとしない私に焦ったさを感じたのか大山が声をぶった斬る。その断定的な声が大きかったのか、棗が椅子から転げ落ちた。


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