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死刑執行人への愛  作者: 逆さ藤


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「……お前、伯爵か」

「そうだ、貴様。私は宮入家次期当主、宮入穂乃果。貴様、こんなことをしてタダで済むと思うなよ!」

「宮入——」



 闖入者に対して、銀次は何かを考えるように首を傾げた。少しばかりの時が流れる。変な時間だった。



「ああ、勇武で知られる。お前が次期当主、か」



 銀次は舐めるような目を向けた。



「チビだな」

「口を慎め」

「いや、小さい。お前、本当に宮入の次期当主か」

「そうだ」

「お前が、本当に」



 時間を稼ぐ。それしかできない。だが、ここは相手の陣地なのだ。援軍が来るのは相手だけであり、こちらは三人。しかも二人は戦闘不能。


 勝てない。


 どう足掻いたって勝ち筋がない。



「ふうむ……」



 私の傍で、首を抑え、必死で止血を行っている朝右衛門が目に入った。



「お前に勝てば、俺は勇武の家を超えたということか」

「——ッ!」



 目。


 銀次の鋭い眼光と、白に近い銀髪。その二つが合わさり死神のように映った。


 銀次の刀。それは朝右衛門のものだろう。振り上げる。


 ああ、終わりだ。


 終わりなのだ。


 せめて私だけが死ねば。


 私だけが死ぬならば、まだ諦めがつく。


 私の目には銀次の刀が目に入る。


 いや、朝右衛門。



「うがあああああっ!」



 ついていた膝を必死に動かし、銀次に縋り付くような突進。私のような小柄な人間だって全身で必死に行うとやはり違った。大声をあげ、全身の力を爆発させた突進は銀次の足につき刺さり、彼の軸を少しずらした。



「っ!」



 たたらこそ踏むが、銀次だって達人級の使い手だ。そんな簡単にいかない。



「こんにゃろうっ! 崩れろ!」



 棗。


 彼女は殴り飛ばされていたが、いつの間にやら意識を取り戻していたらしい。ひび割れたメガネの奥、私たち人間と色味の違う瞳はいつもと違って真っ黒に染まっていた。



「雑魚どもめっ。縋り付くな!」

「うるせええええええええ!」



 私が銀次の足を持ち、棗は首あたりに組みついた。それでも崩れない。崩しきれない。棗の髪を掴み、私を振り払うために足を伸び縮みさせる。


 棗の腕が銀次の首に回される。小柄な彼女の短い腕ではとても絞め落とすのは無理だ。銀次の太い首はそんなものではとても気絶させられない。


 私が足を持ち上げようとする。



「——ふん!」

「な……」



 銀次が足を自ら高々とあげた。その足にしがみついていた私は簡単に持ち上げられる。


 ——うそだ。軽いとはいえ必死の人間が二人もしがみついているんだぞ。


 身体が旗のように靡いた。銀次の足が勢いよく地面に突き刺さる。


 一拍置かれて、衝撃。


 私は足から手を離した。離さざるを得なかった。あの衝撃でそこに耐えるのは不可能だった。



「外したか」



 外した……。


 ああ、と思った。生きているのは運がひどくいいだけだと思い至った。


 本来なら、足と地面の間に私がいたのだろう。鬼原との戦いで痛めた腹。いや、そんなものなんか関係ない。たとえ完璧な状態で立ち向かったとしても無理だ。一発で即死だ。砲撃後のような窪みが銀次を中心に出来上がっていた。



「消し飛ばすつもりだったのだが」



 銀次は顔色ひとつ変えずに言った。



「……化け物め」



 私の声は震えている。



「ああ、よくそう言われる。褒め言葉だろう」



 その通りだ。賞賛より恐れが勝っているだけだ。


 棗も当然吹き飛んでいた。運が良かったのだろう。あの衝撃の中心にいたが、せいぜい少し飛ばされるだけで済んだ。銀次のような恵まれた身体のない我々では彼に、いや、彼の衝撃にすら勝てない。



「宮入の勇武はこんなものか?」

「……そうよ」



 一応悔しがっては見る。


 勇武、か。


 今の宮入家のどこに勇武があるだろうか。


 現当主は無気力で怠惰だ。本来の次期当主になるはずだった私の兄が夭折してからは尚更だった。


 愛情が薄い人。私の目から父はそう見えた。体格はいいが、勇武という割には母との口論ですら勝ったところを見たことがない。


 母は父をやり込め、宮野池の経済の中心にはいるが、勇武と称すには賢しすぎる。勇ましさに欠け、武など手習の経験すらないはずだった。


 そして私だ。私が最も勇武が欠けている。


 勇ましければあの場で死んでいたはずだ。


 武があればあの場の皆を守れたはずだ。



「ずいぶんとあっさり認めるものなのだな」



 銀次は刀を担いだ。また私の首に目を向ける。次こそ遠慮も油断もない一撃が来る。そして私はそれを止める術はない。


 詰みだ。終わりだ。




 

 最初その音を聞いた時、私は戦場にまた戻ったのかと思った。


 扇、あの忌々しい戦場。二度といきたくない場所。


 私は二〇〇人の中隊。それを置いてけぼりにして生き残った情けない指揮官だ。だからこそ地獄に赴くしかないと思っていた。そんな情けない将校にとって過去の戦場はまさしく相応しい地獄だ。


 ここで永遠に逃げ惑い、喚き散らし、助けを求めては身体を粉々に打ち砕かれるのだろう。当然の事だ。それだけ、当たり前のそれだけだった。



 ——高らかなラッパ。



 そして喊声。



「……?」



 きっとその場に、その庭にいた皆が呆気に取られたのだろう。一瞬の隙が生まれた。銀次はもはや討ち取ったも同然の三人に対しての興味より、その喊声が気になったに違いない。



「なんだ……?」

「棗、伯爵殿! 立つんだ!」



 呆然とした声の銀次、それを切り裂くような低音の大声が響いた。それは馬に鞭をやるのと同じ効果を私たちにもたらした。棗がいち早く立ち上がる。私の手を乱暴に、そして確かに掴んだ。



「ああ、くそ、くそくそ! もう二度と蛮州なんかに帰るもんか! 私は皇都で優雅に暮らすんだ! 戦訓章見せびらかせて遊ぶんだバーカ!」



 棗らしからぬ調子で、泣き叫ぶように彼女は朝右衛門の元に向かう。この際、一塊になりたかった。


 朝右衛門のそばなら、死んでもしょうがないと思えたのだ。それは母親に対しての無垢な全能感を持つ幼児と変わらなかった。



「撃てェッ!」



 誰かの声がした。連なる銃声と誰かの悲鳴が聞こえる。私は朝右衛門に縋り付いていた。棗も同じだ。



「朝右衛門……、血、血が……」

「……棗。お前の一張羅、借りるぞ」 

「返せよ……もう、二度とここに帰ってくるもんか」



 朝右衛門は私と棗を抱き抱えていた。首からは未だ血が垂れていたが、棗の着物を剥ぐことで包帯がわりにする。私の身体も棗の着物だらけだ。



「棗」

「なんです」



 お互い、いや三者三様傷だらけだ。私は内臓あたりがやばい。朝右衛門は頸動脈が傷ついている。棗はギリギリ軽傷かもしれないが、それでも擦り傷だらけだった。

 銃声は続いていた。塀の向こう。庭と外を分けるそこに軍服姿の兵隊が見えた。


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