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死刑執行人への愛  作者: 逆さ藤


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「……ふーん」



 鬼原の手が伸びた。私の首にかかる。彼女の両手からミシミシと音が鳴り、だんだんと視界が狭まった。



「——もういいや、お前、死ねよ」



 ああ、そうか。


 私は死にたかった。だからあえて挑発したんだ。


 生きてたら、きっと中隊のことなんか忘れられただろう。私だって引きずってなんかいられない。忘れなきゃならないんだ。


 だけど、私は忘れるのが嫌だった。忘れて新しい人生、大尉としての人生が送れるとは思えなかったのである。


 豪勢な屋敷、大柄な女、それに絞め殺される、小さな私。


 惨めに死ぬのが私に一番お似合いだ。

 




 私が入った時、馬乗りになった鬼原がいた。


「鬼原!」


 私の声に反応したのか、鬼原が腰を浮かそうとする。隙だらけだ。私は彼女の鼻っ面に足を突き刺す。

 音、そして跳ね飛ぶ鬼原。私は奴の行方など気にせず、伯爵殿を覗き込む。



「うっ……。な、棗、棗!」



 ひどい姿だ。身体は傷だらけ、身につけていた軍服は破れ散らかしている。殴られた場所には内出血の跡があり、青や赤の痣は私の身体にぞくりとした電流を流した。



「ぜえぜえ……、なんだよ、朝右衛門。お前早すぎ」

「うるさい! 急患だ! さっさと治せ!」



 ふらつく足をどうにか動かして棗がこちらに寄ってくる。屋敷が広かったせいか、それとも棗の体力が無さすぎるのか。少なくとも軍務とかはこれ以降辞めさせておこう。使い物にならない。



「な、治せったって……。私には何も」

「私が見るよりお前が見るのが適切だ! さあ、やれ!」

「ああ、もう! 宮入大尉? 聞こえてますか?」



 吹き飛ばされた煙が晴れる。赤のシルエットがのぞいた。



「やっぱり邪魔しに来たか、狐珠朝右衛門」



 首をゴキゴキと鳴らしている。大した傷は負ってないようだった。



「宮入伯爵を返してもらう」

「やってみろ、クソガキが」



 鬼原が長い腕を振り回す。博徒頭の鬼原。確かにこいつは強い。狐族でも指折りだ。だけども——。



「せいっ!」

「ごぷっ」



 鬼原の突きを腕でかち上げ、ガラ空きの腹に拳を打ち込む。



「〜〜〜〜っ!」

「鍛錬が足らんな」



 隙をついたとはいえ、たかだか一発だ。それでも鬼原は腹を抑えて膝をついた。



「な、なんだ、お前……。刀がなけりゃ」

「死刑執行人は刀がなければ役立たず」



 這いつくばって上目遣いになる鬼原に、私は横凪の蹴りを見舞う。顔に入ったそれが鬼原の意識を飛ばした。



「——いつからそんな風に錯覚していた?」



 もはや鬼原には聞こえてないだろう。頽れた彼女はすでに失神していた。



「棗!」



 私が声を飛ばした。



「うるさいよ。わかってる、大丈夫かって言いたいんだろ?」

「その通りだ。ここにいるのは危険だ。さっさと撤収だ。宮入伯爵は」

「応急処置はした。ここじゃ無理だ」

「大丈夫なんだろうな」

「包帯ひとつないんだ。私の一張羅を犠牲にして治療しているんだぞ。それ以上求められても困る」



 棗を見る。彼女の言葉通り、袖がなくなっていた。



「早い方がいい。足止めを食らっただけでも危険だ」



 棗の言葉に私は頷く。


「帰るぞ」

「ああ、そうだ」

「残念だが、そうはいかねえな」



 聞きたくもない声が聞こえてきた。



「あんたらにゃもう少しここにいてほしいね。一緒に遊ぼうぜ」

「豆吉か」



 棗が心底嫌そうな顔でいきなり現れた男に言った。


 珍しい。いつもニヤついているか、慌てているかの棗の、嫌気全開の顔。メガネの奥から敵意満点の視線が豆吉という男に注がれていた。



「オウ、覚えてくれてんだな。仲良くしようぜ。棗せんせー」

「結構だ。君のような下品な奴と話したくもない。しかも忙しい」

「あららツレないねー。でも俺がお前らを逃すと思う?」

「一度逃してる」



 豆吉が首を傾げた。彼は手に刀があり、使い手であることは見てとれた。抜けた話し方でこちらを惑わしてくる。



「ああ、それね」



 豆吉が笑う。あまり気持ちのいい笑みではなかった。



「俺さ、昔っからこうでさ。チンピラっしょ、俺? まー、そんなもんでさ」

「ああ、そんな感じかい。実に面白い。あとで聞かせてくれ。今から帰るんでね」



 棗が宮入伯爵を担ぐ。その間も豆吉から目線は逸らさない。私も同じくだ。



「ちょいちょい。ワリィけど、ちょーっと残業してくんね? 今から自分語りすっから付き合えよ」

「残念。ここじゃ嫌だね。豪勢にすぎる。近衛軍の飲み会は皇都きっての安居酒屋って決まっているんだ」



 さっきからよく喋る。意外と相性はいいのかもしれない。



「棗」



 小声で話しかける。目線は切らないままだ。



「なんだい朝右衛門。あいつぶった斬ってくれるなら凄く嬉しいんだけど」



 なぜだか棗も同じように小声で応じた。



「宮入伯爵をよこせ」

「はい?」

「お前は無駄話をしてあいつを引き止めろ。なんなら酒飲んでもいいぞ。鬼原の屋敷だ、結構な銘酒揃いだぞ」

「何言ってんの?」

「いや……、意外と仲良さそうじゃないか。あいつと話、会うんじゃないか?」



 棗は心底見放したと言わんばかりの顔で私を覗いた。



「冗談にしてもひどい。あいつと二人だなんて——」



 バン、と音がする。棗の身体を引っ張り、後ろに引いた。



「な、な、な」



 棗は口を開け閉めしながら、尻餅をついている。



「ははは! あんた狐珠朝右衛門か! さすがだなあ絶対決まると思ったがあ!」

「そうだな。卑怯者の戦だ」



 飛びかかってきた豆吉。その手首を掴んで、それ以上刀身が我が身に近づかないようにする。目線を切った一瞬を全く見逃さなかった。なかなか容赦がない。



「私を知っていたか」

「そりゃそうだ。朝右衛門っていや蛮州の看板だものな! 陽螢山の麓に住んでいる死刑執行人!」

「十分だ」



 手首を握る力を強くして投げ飛ばす。




「逃げるぞ!」


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