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死刑執行人への愛  作者: 逆さ藤


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「——っ」



 矢が地面を穿つ。

 弓——。



「貴様らっ!」



 銀次が吠える。何かを投げつけ、瞬時の後に悲鳴が聞こえた。



「俺の決闘を邪魔するな、雑魚ども!」



 哀れな奴らだ。援護しようとしたのに一喝され、悲鳴の主に関しては生きているかも分からない。銀次の剛腕ならば石を投げるだけで十分な殺傷力がある。



「鬼原の元に戻れ! お前らなどいらんっ! 去ね!」


 気配が消える。囲んでいた者たちが去ったようだった。


「余裕だな……」



 私は息をつく。剣技の鍛錬を怠っていたつもりはなかったが、銀次には敵わない。昔からそうだ。体力は奴の方が上だ。



「お前との決着が、雑魚の一撃では寝覚めが悪い」

「随分と、余裕を、かましてくれる」

「すでに息をつくなど鈍ったな」

「お前ほど暇じゃないからな」



 その言葉を言い終わると同時に銀次の一撃が来る。私はギリギリで防いだ。



「そうだな。お前はいつだって忙しい。俺など相手にもせん」



 連続での攻撃。刀を握る手が痛い。


 失敗したな。


 銀次の膂力はすでに私など凌いでいる。そんな相手の攻撃を防御するのは無謀だった。


 後ろに下がる。銀次が空振った。


 ここで振り下ろせば。


 少なくとも怯むだろう。だけど、それに何の意味がある。



「甘い」



 重い剣だと言うのに、銀次は疲れている様子すらなかった。土に埋まった切先を持ち上げ、余裕な風だ。



「今振り下ろせば、少なくとも俺は傷ついた」

「……意味がないだろう。お前を殺す事は出来ん」

「その甘さが命取り——」



 銀次が黙った。


 私が投げた刀が彼の足を突き刺したからだった。



「なっ——」

「ここまでだ銀次。勝負はお預けだ」

「おのれ逃げるか! 朝右衛門、卑怯!」

「そうとも逃げる。次はもっと明るい場所でやろう。周りに観衆を入れると尚良いな」

「朝右衛門!」



 私は後ろで叫く銀次に背中を向けた。息が乱れる。鈍ったな、と銀次は言ったが、まさしくその通りだった。扇から帰ってきてからと言うもの心が乱れてしょうがない。


 宮入殿のせいだ。


 誰だって心が乱れるだろう。


 あんなものを見せられれば——。


 私は息を整え、夜の闇が支配する森を走り始めた。とりあえずは棗を探さなくては。



 

「あう……」


 私はついに足を止めた。四人の小隊長。それに引きずり込まれるかのように歩を進めていたが、ここでようやく足を止めることができた。


 どこだろう。周りが見渡せない。


 周りにあるものといえば、赤。


 足にある感触は絨毯。



「あ……」

「オウ、さすがだな中隊長。行軍は得意ってなわけだ」



 癖のある金髪、それを高くくりにしていて背の高さが強調されている。鋭い目にギザ歯が笑みの中に覗いた。紅い着衣は扇のものだろう。


 博徒頭、鬼原。



「なかなか大変だったぜ。こいつを使わざるを得なかった。随分とま、宮入伯爵はとんでもないお転婆様だな」



 コロコロと長い指を弄び、その中にある煙管をいじっている。笑みは讃えていたが、じゃあ油断しているかと言われるとそうじゃなかった。


 むしろその逆。


 友好的な雰囲気は微塵もなく、貼り付けた笑みの裏には憎悪の感情すら見えた。



「あんた……」

「ああ、そうだ。宮入伯爵、あんたに見せなきゃならねえもんがある。そんな思い入れのあるもんじゃねえだろうけどさ。見てやってくれよ」



 ツカツカと歩み寄り、絨毯の上にくず折れている私の前に、頭巾があった。



「……へ?」


 いや、頭巾じゃない。


 それには中身があった。


「——っ‼︎」

「火次だよ。お前が逃げ出してしまったからさ。私は自分の言葉の責任をとって八つ裂きにしてやったんだ」

「うっ、ぐっ」


 頭巾には血がついている。中身の端っこ。首筋は無理やり捻り切ったように荒々しい。


 私は喉の奥に酸っぱいものが込み上げてきていた。


 吐くことはなかったが、直視は出来ない。したくない。



「いや、お前見ろよ。こいつがこうなったのは誰のせいなんだ? お前が逃げなければ私は有能な部下を殺さなくたって良かったんだぞ? それがお前、当事者が見なくちゃだめだろ?」

「お、お前が」

「はは。ああ、そうだな。でも、この際お前をどうしようかと思ってるよ。扇の領土は私が独力で奪い取ってもいいだろうさ。お前がいれば、まあ、便利かと思ったがよ。どうせ人間どもが寄り集まっても私に勝てねえ」



 扇の装束を纏い、高いところから私を見下ろす。


「じゃあもういいかってな。お前は用済みだ。ご苦労さん」

「用済み……」

「さっさと殺すのももったいねえ。伯爵様は美人さんだ。下僕どものおもちゃにして、壊れるまで遊ぶってのはどうだ? 素敵だろ?」

「ふ、ふざけ」

「ふざけてねえな、別に」


 笑みが消えた。照明の灯りが彼女の顔に影をつくる。



「宮野池はいずれ私たちのモンになる。どうせ既定路線だ。今の領主は私たちを止められねえ。そうしてそこを元に、蛮州と広江に領土を広げるんだ」

「莫迦げている!」

「そう思っておけよ。宮野池は私のモンだ。せいぜい白旗の準備をさせとけ。ま、お前にゃ関係のねえ話よ。おもちゃのお前には」



 胸ぐらを掴まれる。ぐいいとあげられると足はぶらついた。首が閉まる。



「うぐっ」

「ちび伯爵。お前の貧相な身体を嬲ったって大した楽しみでもないだろうよ。せいぜい暇潰しだ」

「いい加減にしろ莫迦! そんな事、絶対に許さないぞ! がっ……」

「いいね、そそるね。……せいぜい壊されないように抵抗しろよ」



 首を絞めた後、パッと手放した。一瞬身体が浮き、尻から落ちる。



「ひ」


 どぼっ、という音と共に私の身体は再び宙に浮き——。



「げうっ!」



 絨毯の上に叩きつけられた。



「鞠みてーだな。はは」

「ぐうううっ……」

「ほら、次だよ次」



 鬼原の手が私の腕を掴み、引き上げた。彼女は煙管を口に咥え、余裕綽々だ。私は足がつかず、全体重が肩にかかる。


「くっ」

「ははっ、伯爵様を叩ける機会なんてそうないからな! 楽しませてもらうぜ宮入」



 目の前に星が舞う。両方の頬が熱くなった。口がきれ、血が伝う。

 私の視界が一回転し、背中に衝撃がくる。数瞬遅れて痛み。私は思い切り息を吐き出した。




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