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死刑執行人への愛  作者: 逆さ藤


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39/51

39

 



 にっこり笑った顔、四つの顔が私の目の前に浮かんだ。


 ありえない。私の手は朝右衛門の裾を掴んでいる。なのに。


 それは私が率いた中隊に所属していた小隊長たちだった。



「徳間、双葉、蔦屋、三矢……」



 

「どうして、あなただけが」

「痛いよ……中隊長」

「冷たい、寒い……」

「助けて」



 徳間の顔が溶けた。


 双葉の頭が弾ける。


 蔦屋の目から眼球が飛び出た。


 三矢の顎が外れて舌がむき出しになる。


 それを見た時、私は声ならぬ声を上げた。



 

 気づけばどこともわからぬ場所だ。



 夜の闇はどこまでも暗く、私の視界を明らかにしてくれない。



「どうして、どうして」



 私の周りには何かの声が響いていた。小隊長たちは私から離れない。そうして両耳を塞ぎ、目を塞いでも四人の声も、四人の顔もなくならなかった。


 ああ、そうだ。


 こいつらは扇の大地の一部になった。きっと徳間の肉も、双葉の脳みそも戦場でぶちまけられた後、飲み込まれてしまったのだ。


 だから、まともに帰ってこれない。身体もない。頭の、それも一部だけ。


 私を憎むんだろう。無謀な突撃を、真正面で、先頭で走っていた私だけが生き残った。小隊長たちはどこにいたんだろう。固まって突撃したのは私が怖かったからだ。クソ度胸を見せて陣地に突撃するだけ。それも先頭で。


 命令だったからやった。


 そんな理由が通用するなんて思っていない。


 だが、私の部下。すでに冥府への行軍を始めた一個中隊二〇〇人。


 それは私の命令でいなくなったのだ。上からの命令を莫迦正直に受諾して、反対もしなかった。



「そうとも、あの兵隊たちの命はまだ扇にある」



 何の声だ。



「お前を待ってる。なあ、宮入大尉。宮入中隊長」



 誰の声だ。



「こいつらも、お前がいたら寂しくない。お前が指揮を取ればいい。扇を我々のものにすれば、お前は中隊長だ。いつでも墓参りができる。いつでも、お前はこいつらと一緒だ」



 そうか。

 そうなのか。

 私は、まだ中隊長でいられるのか。



「オウ、こちらだ。頑張って走れ。中隊長」

 

 

 伯爵殿がいない。裾を払われたと思ったら狂奔したように声が離れていった。


「棗っ!」

「ち、違う。どこかに行ったんだ。振り払われた」

「——っ」


 情けない声が聞こえ、怯え切ったような奴の顔が現れる。星明かりも遮られていて人間の伯爵殿に足元が見えるとも思えない。


「お前、なぜ伯爵殿を追わなかった!」

「ヒィッ!」


 怒鳴った後、無理を言ったと反省した。確かに無理だろう。戦闘力皆無、とまでは言わないがこの場に置いては応急処置以外に期待していない。



「……いや、いい。まずは伯爵殿を追おう」

「その必要はない。朝右衛門」



 女の私より低い声。ばさりと音がして、松明が投げ込まれる。いきなり明るくなり、目が痛い。


 松明の近くに、銀次がいた。



「しつこい奴だ」

「お前より、俺が強い事を証明する」

「じゃあ認めてやる。お前は私より強い」

「言葉では納得できん」

「書状にしてやる。字にすれば残る。残そうとすれば永劫にも」

「字は読めん」

「そうか、そうだったな」



 狐族でも珍しい白に近い銀髪、赤目。それが疎まれて実の親に捨てられたと聞く。名前も適当に銀次。


 見様見真似で剣を振り、それを繰り返して道場でも屈指の使い手になった。


 私は腰だめの刀の鯉口を切った。いつでも抜けるようにしておく。



「お前は文盲のままか」

「そうだ。剣のみでいい。お前に勝てば俺が蛮州一だ」

「そんな事に私は興味がない」

「俺は興味ある」

「……」



 否定しようがない。そして言葉を重ねる暇もない。今にも伯爵殿が捕まるかもしれない。そして、銀次は言葉で退けられる相手ではない。



「……棗、走れるか?」

「無理だ朝右衛門……、囲まれてるよ。周り」

「お前を守りながら勝てる相手では——」



 火花が散った。私より背が低いからか、下からの薙ぎ払い。咄嗟に鞘で受けた。火花が散るのは割れたからだろう。



「話は終いだ」

「——っ」



 棗の言葉を信じるなら、周りに何人かいるのだろう。銀次を退けても他がいる。数の力は強い。


 薙ぎ払いの後には横薙ぎの一閃がくる。刀を立て、鎬に合わせた。腰を入れた一撃に、不安定な姿勢で耐えられない。転倒するより転んだ方がいい。



「棗っ! とにかく走れ! 走るんだ!」



 銀次を相手にするより、まだマシだろう。この森を一刻も早く抜けなければ——。



「だ、だめだよ、朝右衛門——」

「黙れ! 走るんだ意気地なし!」



 棗の尻を蹴り上げる。泣きそうな声がして、走っていった。



「お優しいことだ」

「お前もな……」



 銀次は棗になど興味がないように顎をしゃくった。



「お前はいつも余裕綽々だ。だから鼻につく」



 銀次の声には余裕がない。



「俺は剣しかない。それでいい。俺は単純なのが好きだ」



 銀次の声には複雑な思いが絡みついている。



「朝右衛門、俺は、お前を——」

「もういい。黙れ」



 私は銀次の言葉を遮り、刀を彼に叩きつけようとする。火花が散り、甲高い音がしてそれを防がれた。



「キエッ!」



 声と共に、切先が触れ合う。銀次の豪剣に、私の刀が押されると彼は微笑った。



「お前が邪魔だ」



 銀次が静かに言う。



「そうか!」



 私には余裕などない。銀次の豪剣を受け流し、唐竹割を避けるので精一杯だ。銀髪が星に煌めき、血のような美しさがある。


 もし、文盲だと周りに分かっても、銀次を莫迦に出来る者などいない。


 切先を払い除けた。その脇を、何かの白い光が通り抜けた。




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