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死刑執行人への愛  作者: 逆さ藤


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 案内された部屋にも同じように絨毯が敷かれていて、土足で入れと言われても躊躇するような豪奢さがあった。朱や橙で覆われた空間は膨張しているようにすら見え、部屋を広く見せるのを助けていた。



「ま、一献どうだ? ユーライアスのワインだ。ひどく高い上に大してうまくもない。海の向こうの連中、舌は肥えてないようだな」

「ユーライアス……」



 私はグラスをもつ。棗はびくつきながら、目の前のグラスに注がれた深紫のワインを母ーっとしながら見ていた。



「扇の彼方にある西方の国々。世界は広いね。こんな不味い液体に万金を積む間抜けがいるんだ」

「商船が水平線の向こう側から運んできたものね。敬意を表するのは商人より船乗りだわ。彼らの苦労がこの一杯に詰められている」

「ふーん……、お前さん、貴族にしては珍しい考えじゃねえか。じゃ、乾杯」



 グラスを打ち鳴らすやり方ではなく、掲げるようにする。私は鬼原のやり方そのままを真似た。

 口に入れると、滑らかな口当たりと芳醇な香りがする。大体のものを口に入れても私は似たようなことを言うだろう。不味くはない。むしろ美味い。



「どうだい? 値段を聞けばなお美味かろうよ」

「聞くのは遠慮しておきますわ。鬼原さん」

「お、鬼原さんか。そう言われるのは珍しい」

「あなたより下になった覚えはないので」

「違いない。本当なら、私はあんたに首をたれなきゃならないんだろうがな」



 私が望んでない。だから構わない。



「それで協力? 何がしたいの?」

「扇からぶんどった領土。あれを我々のものにしたい」

「は?」



 驚きを隠せない。棗も眼鏡の奥の目を開いた。



「海外領土があったって使い出はねえ。大八洲の領地だとしても、そこには扇の領民がいる。あいつらを教育はできねえだろ」

「それは私たちが考える領域じゃないわ。軍が関われる話じゃない」

「そこなんだな。執政府だって手に余る。海外領土をとっても、誰が認める。そこの田圃は明日から大八洲のもので、税金も大八洲に納めろ……。通じるわけがねえ。浮いた土地だ。しかも戦場だったせいでしばらくは無税。意味のない荒地に過ぎない」

「興味のわかない話ね」



 私は正直に言った。軍人には手に余る話なのは間違いなかったし、何よりそれを理解できたとしても関わるべきじゃなかった。


 私は貴族だが、その前に軍人だ。貴族は政治に関わることが多いが、じゃあ全員が手練手管に優れたというわけではない。軍人なんか政治に興味がないのが半分、興味を持っていても理解をしてないのがもう半分だ。


 何より政治と軍人の相性は悪い。私はそう勝手に思っている。


 何せ軍人の性分は戦うことで、そこに利益などはほとんどない。扇の領土を取ったとて、そこに利益が生まれるまでは莫大な赤字が生まれる。何年、何十年と時を待ちようやくトントンと言ったところか。膨大な血を流して奪い取っても、私たち世代が利益を享受できるかは微妙だ。


 私はそうした動きに興味はない。伯爵である父だって興味はないだろう。



「そこで私たち亜人の出番ってわけさ。伯爵殿」

「……」



 もういい加減訂正する気も失せる。どうやら世間やら社会やらは私が次期宮野池領主だと信じて疑わないようだった。



「私は狐族だ。亜人の代表格のうち、人と一番近しい」

「あなたが近しい? 邪魔な犬族を即決で殺す野蛮な従者を持つあなたが?」



 口を継ぐんだ。

「……手違いというやつさ」

「従者の振る舞いの責任は全て主人のものよ。乱暴な振る舞いで私の髪をわし摑みにした従者は、少なくとも紳士的と言い難い」



 継ぐ言葉が出てこないようで、私は畳み掛ける。



「狐族が何を行いたいかは知らない。だけど、軍人である私に国政に関わる話を持ってきたのは理解ができない」

「あんたがいねえと話になんねえんだ。英雄様がぶち上げてくれなきゃな」

「二度と私を英雄と呼ぶな」

「間違いなく英雄じゃないか。あんたの絵がどれだけ売れたと思う? 近衛軍に志願が殺到していると聞くぜ」

「だから何だ」

「あんたは近衛軍の象徴になったんだ。戦訓章持ちで、次期伯爵。戦場に行く必要もないのに行った。あんたを助けるために部下たちは皆盾になった。それくらい慕われてたんだな」

「うるさい!」



 部下のことを口にした途端、私は頭に一気に血が上った。大声を出し、入軍基準ギリギリの小さな身体を熱り立たせた。


 机を叩き、席を立つ。



「お前には協力しない。何をするのか知らないが、きっと碌でもないことだ。私は絶対協力しないぞ」

「ふーん、なるほどね」



 余裕は少しも無くなっていない。むしろ面白そうに鬼原は唇を上げた。



「じゃ、絶対言う事を聞かせてやろう」

「あ?」



 長い腕が伸びる。何が起こったかわからない、そんな顔をして、胸ぐらを掴まれたのは棗だった。



「え——」



 膂力、なんていう話とは別物だ。ただ単純な質量。

 鬼原は二メートルを超えるほどの大柄な女。それに比べれば私も棗も子供のようなものだった。手のデカさだって顔ほどもある。


 それに抗うには棗はあまりにも無力だった。椅子からぶっこ抜くようにして引き上げ、机の上を飛んだ。そのまま胸元で捕まえる。



「棗!」

「ひっ、な、なに」



 棗からすれば晴天の霹靂だろう。自分には全く関係ないと思われた上官と博徒頭の舌戦。いきなり伸びてきた手が自分を飛ばす。


 何も反応できなくてもおかしくない。むしろ当然だ。



「へっへへ。お前細いなあ。しかも軽い。綿毛か?」

「な、なな」

「ほら、上官殿にけいれーい」



 棗をこちらの方に向かせる。鬼原が背中について、右手を掴み操っていた。腹に手を置き抱き寄せている。



「やめろ!」

「まあ、話を聞いてくれよ。席にもつけ」

「ふざけるな!」



 私は怒鳴る。鬼原は笑っていたが、その態度を不愉快だと思ったらしい。



「あっそう。じゃ、逆のけいれーい」



 敬礼をさせられていた棗の肘。本来の敬礼は肘を外に張る。それが内に入る。身体に長い手が巻き付いていて動けない。


 上腕が回って肩に激痛が走るはずだ。棗の顔が見る見る真っ赤になる。



「やめろと言ってるんだ! 鬼原! さもないと」

「ほーん、さもないと、何だ?」

「……っ!」



 武器はない。私が出せるものもない。そして膂力や体格からして勝てる道理もない。棗の顔はもう真っ赤だ。痛みに対して苦悶の声も聞こえる。



「伯爵殿ー、助けてくださーい」



 ふざけた声を出す。鬼原の顔は笑顔だった。


 彼女はようやく肘を内に極めるのをやめた。今度は手を離し、自由になった腕が棗の首にかけられる。



「やめなさい!」

「首に腕を回されてまーす。絞め落とされちゃうー。たすけてえー」



 棗はというと、苦悶の声を漏らしつつも自由になった右腕で肘打ちを入れている。なんの効果もないようだったが。



「がっ……、ごふ……っ」



 赤かった棗の顔は紫が混じり始める。



「伯爵さーん? どうする? 部下を見捨てる? ま、ここから逃すわけもねえがな」

「やめろ、やめろ……! やめて」

「簡単な話だ。言うことを聞け」



 可愛らしい声だ。口調と合っているとは言い難い。


 だけど、その声が私には恐ろしかった。


 悔しい。聞きたくない。だけど。


 棗は一応部下だ。今だけ従者でもある。直接の関係はないが、私の命の恩人の一人だ。見捨てられるわけがない。


 私は席についた。



「何座ってんだ? おい」



 素早い動きで鬼原が横に来る。長い足が一閃、私の身体を蹴飛ばした。



「ぐ……っ!」

「貧乏貴族でも伯爵と思ったから下手にでりゃ随分尊大じゃんよ。絨毯で十分だな、ちび」

「……」



 悔しさで涙が出そうだった。床に蹴り飛ばされ、私はそのままの姿勢で鬼原の顔を見るために見上げた。


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