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死刑執行人への愛  作者: 逆さ藤


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「オウ、随分元気じゃねえの」



 豆吉、というやつの声だった。黒装束の頭巾を脱いだ顔を初めてみる。


 若い。


 金髪に切長の目。全体的に整った容姿だが、瞳に浮かんだ嗜虐的な感情が見えていた。門番の女が吐き捨てたチンピラ、という言葉が彼を表すのに一番適している。


 豆吉なんていう軽い名前も彼にはピッタリだった。背は高かったが。



「俺は気にしないタチだがね」



 その一言で、棗の顔が赤くなる。


「聞こえているなら、聞いてないふりくらいしろ」

「メガネの女は好きだぜ。頭が良さそうだ」

「話が通じないねえ。で、なんだ。伯爵殿と知っての狼藉か」

「オウ、そうだ。知ってての狼藉だ。早くきな、その理由だって知りてえだろ」



 来いよ、とばかりに、豆吉が後ろを親指でさす。



「逃げてもいいが、メチャクチャに乱暴されるのは覚悟しろよ。あんまおすすめはできねえな。俺はそれでもいいが」

「伯爵だぞ。お前が惨めに死ぬことになる」



 棗の声はいつものように飄々としていない。その様子を見て、豆吉は面白そうに口角を歪めた。



「いいね。あんた気に入ったよ。俺を見て怯えてねえ」

「チンピラに怯えるもんか」

「へへ、いい度胸だ」



 棗と私の周りに、豆吉以外の黒装束がつく。顔を出しているのは豆吉だけで、彼が統率者なのだろう。わかりやすくするために顔出ししているのかもしれない。


 廊下は広く、六〜七人以上が横に広がってもあまりあるくらいだった。ただ通る為だけの通路になぜここまでするのか理解が追いつかなかった。


 確かに、扇国のもののような感じだ。広くしなくてもいいものを広くし、見栄を張る。必要ないものを大きく見せて相手に対しての優越感を得るのは大陸仕様の交渉術の一つだった。屋敷からそうした姿勢をとることは、少なくとも大八洲の流儀ではなかった。


 大広間にあたるのだろうか。


 そこはおそらく、私の家の半分よりもよほど広いだろう。それくらいの広さはあった。



「オウ、連れてきましたぜ。なかなかの上玉です。どうですかね」

「ご苦労。下がれ」



 大広間の奥、椅子に気だるげに座っている女がいた。


 魅力的な、妙齢の女だ。私よりも年上だが、その顔には鼻筋を上下に分けるような切り傷が入っている。金髪で、三角耳。着ている着物はおおよそ扇の物で統一されていた。白の襦袢に、朱塗りの羽織。紅白で実にめでたい。


 手首や首飾りなど金色の装飾がそこここに散りばめられていて、本人の魅力もそれに負けていない。要するに目を惹く見た目だった。



「報酬は」

「任せておけ。お前の苦労に見合うものだ」

「どうも」

「早く下がれ」



 意外に可愛らしい声だ。見かけがかなり派手だから声が合わない。無理している風ではないから地声なのだろう。


 下がろうとした豆吉に、その奥で椅子に腰掛けている女はさらに声をかけた。



「豆吉よ」

「へえ」

「お前のやったこと、知っているからな」

「何です」

「派手なこと、慎むべし」



 それだけ言うと、豆吉の顔が青くなった。



「そ、それは」

「次はない。お前、わかっているな」

「む、無論で」

「火次のやり方を見習え。いいな」



 それだけ言われると、豆吉の下卑た面は歪み、整っている顔立ちが震え始めた。



「いいな」

「はは、はいいい……」



 情けない声だけ残し、豆吉は大広間から出て行った。



「さて、ま、釘刺しはこんなもんだな。あー、宮入伯爵? だったよな。宮野池の領主」

「どうも。それは父上だけど」

「随分と汚れているな。あんたの従者も」

「さっき下がった豆吉に聞いてちょうだい」

「そうか。では後で聞いておく」



 つまらなさそうに、頬杖をついたまま女は言った。



「それより、伯爵と知ってこの蛮行は何? 随分と慣れた手管ね」

「そうだな。ま、職業柄その手の問題は結構あってね。手荒なことは自覚してるよ。直す気は無いが」



 ヒョイ、と立ち上がると、女の背丈がかなり高いのがわかった。座っている時点で、段差があるから目線は彼女の方が高かったが、立ち上がると顕著な差が浮き上がる。朝右衛門より大きいかもしれない。



「とりあえずまずは自己紹介だな。オウ、鬼原恵。聞いたことあるか?」



 金髪の下、ギザギザした歯がのぞく。笑ったのだろう。荒っぽく後ろで高く纏めた髪が揺れている。よく見れば虎柄のように黒と金が混じり合っていた。


 棗が反応する。



「博徒頭の——」

「そっちの姉ちゃんはご存知か。だが、あんたに口開いていいなんて言ってないぜ。黙れさあ黙れ」

「ヒッ……」



 棗を一睨みすると、彼女は棒を飲み込んだみたいに黙りこくった。カタカタ震えている。

 まあ、仕方がない。朝右衛門で慣れているかもしれないが、朝右衛門が山を思わせるほど泰然とし、ゆったりとした印象を与えるのに対して、目の前の鬼原という女は火をそのまま具現化したような存在だ。軽く触っただけで火傷しそうなくらい危うい。軽く喋っているだけで棗と鬼原の格付けは終わってしまった。



「従者を脅さないでほしいわね」

「あんたほど度胸はなさそうだな。黙れと言って黙るんだから頭の良い奴ではある」

「褒められて光栄。話をさっさと進めて。私は気が立ってる。あなたよりよほどね」

「オウ、面通しは済んだ。だから通達する。あんたに協力してほしいんだ」

「協力?」

「ああそうだ。協力だ。あんたの力が必要なんだよ。扇国紛争の英雄様」



 頭の隅が熱くなる。


 帰還したばかりの病院を思い出す。


 ある日、天狗が新聞を差し出した。どうぞ英雄様、の一言と共にである。私は訝しみながらそれを受け取り、一面を見た際に仰天したのだ。



 名のある画家、新聞社の下請け絵師が私の絵を描いていた。近衛軍の軍旗を掲げ、ピストルを携えて突撃の先頭に立つ姿。


 唖然とする私に、若い天狗の女性がときめいた目をこちらに向けていた。


 花押をお願いしてもいいですか?


 私はそんな無邪気な彼女の顔にどう返したのだろう。きっと無表情だった。憧れにどう返せばいいのかもわからなかった。


 それ以降、私は英雄という言葉から逃げた。立派な振る舞いはできない。頭の隅に浮かぶのは砲弾を受け、機関銃で耕された地面、そこに胡麻粒のようにばら撒かれた私の部下たちの姿だ。



「……何が言いたいの?」

「英雄様の戦いのおかげで、扇の領土が獲れた。広江の周辺一〇〇キロを租借。これは大八洲開闢以来の快挙だ。大陸領土を取り、開港済みの港町まである」

「そうらしいわね」



 私にはわからない。政治のことなど知らない。出来る限り単純な軍人でありたかったし、貴族将校が出来るのは煌びやかに味方を鼓舞するくらいだ。


 政治がしたいなら政界に入るか、軍人を極めて政治的圧力がかけられるほど権力を持てばいい。私にはどちらもない。 



「冷ややかだねえ。おい、場所を変えよう。ゆったりと喋ろうじゃねえか。ここはあまり話すのに向いていないからな」

「わざわざ呼び寄せておいて?」



 それに対しては何の反応もなかった。

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