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豆吉と火次は里の奥。一際目立つ大きな朱塗りの屋敷に連れて行かれた。
門構えは全て赤、柱も同じくだ。瓦だけ黒々としていて、そこここに金がかかっているのが目につく。
「お客人だ、いや、人質だな。恵様の命令を完遂したぜ。へへ、おい、しかしなんだな。伯爵様ってのは美人さんだ」
門番の二人、そこには三角耳の男女がいた。犬族? いや、狐、か?よくわからない。どちらもそれほどの違いがなかったからだ。
「豆吉……、さっさと行け。乱暴にしてどうする。連れてくるだけと命令を受けていただろうが」
男の方が呆れたように応じる。
「連れてきたじゃねえか。お前ら門の前で日がな一日ご苦労さん。ちったあ泥に塗れて働けばいいぜ。足腰がふらついてまともに歩けもしねえんじゃねえの」
豆吉の余計な言葉に門番の女が噛み付く。
「調子に乗るなよ。お前のようなチンピラ、代わりはいくらでもいるぞ」
「いねえから、俺と火次が襲撃したんだろうが。へっ、まあ、てめえらの相手なんぞしてられねえや。さっさと通しな」
喧嘩をふっかけられた門番たちは憮然とした表情だ。その時、門の裏側から声がする。
「二人とも、早く通してあげなさい。主人の時間は有限だ。無駄にしてはならない」
「おお、そうだそうだ。足止めなんぞしてんじゃねえ。日向ぼっこに精を出しておけ。干からびるまで水も飲むん
じゃねえぞ。ガワがいいだけで門番になってるのを忘れるな莫迦共」
なんとも仲が悪いことだ。昨日までいた朝右衛門の家の統率が取れていることを再認識してしまう。
腕を掴まれたまま、私は門を通った。先ほどの声の主は詰所のようなに座り、机の上の帳面に何か書き込んでいた。
門もド派手だが、屋敷を正面から見ると尚更凄い。大きな入り口、通路、襖。全てに手が込んでいて、傍にいる豆吉がひどく浮き上がっていた。
なるほど、ガワが悪いと苦労する。彼がいる場所は先ほどの野っ原が相応しく、こうした文明的、文化的なところにいると途端に山賊じみて野卑だった。
「ほらよ、ここでお待ちくださーい」
ぶん投げられたところはまた部屋だった。朝右衛門の屋敷の質素さは微塵もなく、客人用にあつらえられた机と椅子は扇国の文化が見て取れる。舶来品の豪奢さが目についた。 朱塗りや黒瓦の豪華さも、このちっぽけな大八洲には似合わない。ひどく大きな、地平線の果てでも目立って浮くような作りをしている。屋敷からしてそうなのだ。その中身も豪華さが維持されている。趣味人の分限者を思い浮かべた。絨毯の上に転がされた棗を見やる。
「おい、起きなさい。早く」
「ぬぬぬ」
「何がぬぬぬ、よ。変な寝言を言わないで」
「ぶは……」
口を大きく開けて息をついた棗が目を開けた。蛮州凱旋と息巻いていた何日か前にからかった着物が無惨に土煙に汚れている。
「アタタタ……、何があったんです? ここはどこ? 私は棗?」
「自分の名前くらい覚えてて」
「はあ、ええ……、でも、ここはどこなんです? 宮入大尉」
「知らないわよ。突き飛ばされてここまで連れてこられた。すごく唐突にね」
「そうなんですか。それで、車夫の犬族は」
言うかどうか迷ったが、私は言った。
「死んだ。というか、殺された。だから、私たちがここにいるって知らされてないと思う」
「うわ、最悪」
「どれが最悪?」
「まず、私の近くで死んだってのが最悪の一番、殺されたってのが二番」
「最悪が二つあるわ」
「考えたくもないです。本当に」
頭を抱える棗を見て、私の気持ちも沈んでいく。車夫に何かしらの感情を持っていたわけじゃないし、知り合いですらないが、目の前で死を目撃する衝撃はやはりある。
死という概念は非常に薄められて日常に溶け込んでいる。それは疑うべきもない。だが、一度こうして出てくるとやはり心にくる。
「どうします。どこの誰兵衛の屋敷ともわからんのでしょう?」
「何かいい案はある?」
「とりあえず」
棗は椅子を指差した。
「座りましょう。いい椅子だ。扇の物ですかな。そうして主人の迎えを待つ」
そう言って椅子に深く座り込む。私もそれを真似した。尻に優しい。人力車の物と違う。朝右衛門の屋敷の物とも違った。
「迎えられたらズドン、なんてことはない?」
それでも気が落ち着かず、私は口を開く。
「ないでしょう。何の益もない。どちらが襲撃対象なのか、はわかりませんが、きっと大尉でしょうね。伯爵殿です」
「令嬢だってのに……」
「庶民にはどうでもいいことですよ。そんなのは」
「まあ、いい。没落貴族で、親子仲も希薄。身代金目的なら貧乏人を脅してもどうしようもない。なのにここまでする理由は?」
わかるはずもない。私だってわからない。棗だって知る由もないだろう。
それでも慌てた頭を落ち着かせるためには言葉を重ねるしかなかった。上官としての振る舞いなら三流だろう。綺麗に洗ってもらった軍服だが、身につける私が三流だと実に見苦しい様かもしれない。
「さて、想像すると悪い予想ばかり浮かんでしまいますね。伯爵令嬢をおもちゃにする機会なんてそうそうないからやっちゃった……。これだと私は死んでいるはずですね、犬族と共に」
「あなたもおもちゃになる?」
「ご冗談を。栄養の偏りがあるキリギリスに男衆は興味がないでしょう?」
「どうかしら。趣味は人それぞれよ。それを気にしない殿方もいるわ。希望を捨てないで」
「……もし今、この屋敷にそうした奴がいるなら希望より絶望ですよ抱くのは」
「あら」
確かにそうだ。
「じゃ、拗ねないで」
「拗ねてません。医学的に考えてですね——」
凹凸のなさをえらく気にしている。この緊迫的な状況で、一服の清涼剤というべきか。余裕綽々じゃないからこそ、こんな妙なやり取りで頭が落ち着く。
棗も医学的に自身の身体つきについて熱弁していたが、それは押し開きの戸が開くまでだった。




