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死刑執行人への愛  作者: 逆さ藤


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 前を行く人力車の後ろ側を見ながら、棗は納得していないだろうな、と思った。どう見てもさっきのは茶番である。



 ただ、私は茶番は茶番で大切だとも思っていた。私が扇国の戦場で二〇〇人の中隊員にぶちまけた演説だってそうだった。その茶番に付き従い、私以外の全てがなくなってしまったのだった。


 だからこそ、私は茶番を汚すことができない。茶番だ、と笑うことなんかできない。


 なぜなら、彼ら彼女たちはその茶番で死んでしまったのだから。



「はは」



 私は笑った。


 きっと必死で走る車夫は気づかなかった。


 私の笑いも。


 そして、横から近づく影にも。



 最初は傾くだけだった。何か小石に車輪が当たったのだと思った。蛮州の道々は一部の邑や集落を除けばこうしたもので、石畳などの贅沢品は少ない。だから人力車は揺れるものだという道理があった。



 だが、その傾きが一瞬で横だおれになる。目の前が横倒しになり、車夫が何かに押し倒されたのが見えた。


 衝撃が走る。


 健脚を見せてくれと言ったことを今更後悔した。かなりの速さで走っていたから、その衝撃も相当なものだ。



「こいつだ」



 髪が引っ張られ、顔を覗かれる。


 犬族? 



 いや、わからない。確かに頭の方には三角耳のような出っ張りがある。ただ、それは頭に巻かれた頭巾でわからない。口元も隠されていて人相が全く知れなかった。



「犬族は殺せ。邑に伝われば面倒だ」

「こいつはどうします?」



 ぐったりした棗を抱き抱えたもう一人が言う。



「近衛軍だろ? ……ああ、連れてけ。戦訓章持ちだ。丁重に扱えよ」



 うめき声がわずかに聞こえた。それと肉を貫く銃剣の音も。

 



「あ、あんたらはなんなのよ。こんな、こんな——」

「黙ってな宮入のお嬢さん」



 抗議の声を上げようとして、頭巾と黒装束の男たちが先んじて喋る。



「あんた、知ってて」

「ああ、知ってるんだ。知っててやってるんだ。だから黙れ」



 しゃがれ声を出しながら、私の身体を縛る。棗は失神しているのか、何もしない。


 抵抗するのは簡単だ。伯爵令嬢として舌を噛むべきかも知れない。


 だが、私にはできない。


 卑怯でも生きなければ常世に向かった中隊員に顔向けができない。だから私はされるがままだった。唯一。



「最後にひとつ。髪は掴むな。貴様らが触れる安い髪ではない」



 とだけ言った。


「髪に貴賎もあるか」



 棗を抱き抱える男が言う。


「掴むな。貴様は低俗だ。私の髪ほどの価値もない」

「へえ、大したもんだ。さすが伯爵様ってわけだ」

「さっさと連れて行け」



 痛みを堪えながら私はグイグイと頭を振られる。髪を引っ張られては振り払えない。従うしかないが、棗よりよほど雑に動かされる。



「丁寧にしろ。私は」

「伯爵様だな。人間様のよ。さっさと歩け」

「歩いてる。お前が合わせろ」

「なんで人質に合わせなきゃなんないんだよ。ほら、さっさと来い」



 男が歩けと言っても、踏み荒らしただけの草原や斜面に過ぎない。


 私は一応軍人で、近衛軍の中でも最精鋭のはずだ。戦訓章持ちは近衛軍にはほとんどいない。それでもこの足元は堪えた。




「貴様らは」

「ああ、わかったわかった。もう少しで里だ。すぐ喋れる」



 髪から手を離されるが、腕を持たれて引きずられる。棗は失神していたからもう一人の男が丁重に運んでいた。


 クソが。こっちは伯爵令嬢だぞ。



「ついたぞ。おい、令嬢様。ここだ」



 水の流れる堀割りと橋。その奥には朱塗りの門構え。門番の連中は頭に三角の耳があった。瓦がしっかりと並んでいて、富裕層の別荘地のような風格のある里だった。道にはなんと石畳があり、その脇には夜間でも照らせる吊し行燈が連なる。



「ここだ……って」

「はは、朝右衛門殿の屋敷は外れの方だ。本来の蛮州、その州都を見ずに帰るなんてもったいねえぜ、伯爵様」

「お前」

「豆吉だよ、豆吉」

「は?」

「悪かったな。ほれ、伯爵様。今から手を離すぜ。お前、だなんて言わないで言ってみな、豆吉」

「何が豆吉だ!」



 大声が出た。


 目の前で殺された車夫。彼らにどれだけの家族があったのかもわからない。それでも、ニヤついている目の前の黒装束に殺されていいはずがなかった。



「っと、そんなにつっかかんなよ。犬が二匹死んだだけだろうが」

「貴様……っ」

「おら、うだうだする時間は終わりだ。おい、火次。さっさと行くぞ。もっと適当にもて」



 後ろに続く黒装束に声をかける。火次と呼ばれた方は答えもせず、担ぎ方も変えなかった。


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