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一昨日、束帯で私たちを出迎えた邑長はまたしても青ざめていた。戸板に乗せられた近衛軍貴族将校。しかも軍服姿——正装であるから軍務の最中だと思ったようだった。
実際は礼服のひとつも持ち合わせず、礼儀として一張羅にしたらたまたま軍の礼装になっただけなのだが。
「な、何卒」
善良、という言葉を体現したような丸顔で、白髪が混じった邑長は両手を床につき、額を擦り付けてそれ以降何も言わなくなってしまった。
横には犬族の傷医。そして一応棗がいる。
「脈は正常だな」
犬族の傷医はそれしか言わない。確かに手首の動脈を触っている。そして私は健康だから、乱れると言われても困る。
「君はそれしか知らんのかい」
今回ばかりは棗に同意だ。
「脈は正常。体温平熱。呼吸乱れず。これなら大概悪くはならん」
「そりゃそうだがね……。それで、宮入大尉?」
「何よ」
「随分好かれてましたね」
「訳分かんないわよ。犬族ってのはああ言うもの? 急にワラワラやってきてむし団子になるとこだったわ」
その言葉に恐縮するように、邑長は身体を縮めた。
「別にあなたを責めてる訳じゃないわ。ええと」
「刑部と申します」
「刑部さん。可愛らしい尖兵をお持ちだと言っておきますわ」
貴族っぽい事も言いたくなる。ちょっと嫌味だったか。
「も、申し訳——」
「いや、言葉が悪かったですね。別段、怪我したわけではないのでそれはいいんです。犬族については何も知らないので」
「お恥ずかしい。子供の頃は警戒心が薄いのです。知らない人でも軽々とついていってしまう」
「確かにね」
「私が子供の頃には、大勢誘拐されたと言う話もあります」
「それは今もありそうですね」
「事実我々も気をつけているのですが、あまり親の方も気にしていないのです。大勢——双子や三つ子が当たり前、五つ子や六つ子も珍しくはないのが犬族ですからな」
流石にそれはすごい。
「それだけ生まれるのもたいしたものね」
集落、と言い、目の前の刑部も邑長と言われているが、大きさなら宮野池のどの街よりも人口が多そうである。これは人が少子化に陥っているのか、犬族が出産に対して甚だしすぎるのかどちらなのだろうか。
「いや、申し訳ないのは変わりません。大変、失礼いたしました」
「大丈夫ですよ。ともかく、あの子供達には寛大な処置を。そうね、宮野池の領主様の命令で知らない人について行かないように、と厳命。こんなところでどうでしょう」
「宮入様」
刑部は惚けたような顔を見せ、そう言った。
「あまり意味ないかもしれないけど、署名してもいい」
「滅相も。宮野池の領主様なら子供達にとって一番身近な殿様です。すぐに硯と墨を」
「どうも」
「さっきは失礼いたしました。宮入様」
刑部の家の前には犬族が何人か集まっていた。タバコを咥えているものもいる。その中心には人力車が二台いた。毛深く、筋肉質な車夫が二人片膝立ちで車のそばにいて、そんなことを言った。
車夫が続ける。
「すぐさま駅へとお送りいたします。足止めをしてしまい大変申し訳——」
「ああ、いや、いいんです」
「しかし」
私は手を差し出して、それ以上の言葉を止めた。何せいい加減食傷気味というか。謝られ過ぎて気分が悪い。あの子供達に、女の人に群がったらひどく怒られた、なんて記憶を持ってもらうのもなんだかな、という感じだし。
「大丈夫は大丈夫なんですよ。邑長が話をつけた。だから私はもうその事について何も言いません。それでいいんじゃないんですか?」
「それは、その」
「それより、足早に駅まで連れていってくれるというあなたの健脚をぜひ拝見したいです。さ、すぐさまいきましょう。棗」
「は、はい」
「素晴らしい傷医だったわね。彼らの迅速な対応で私は大事に至らなかった。そうよね。軍傷医であるあなたも脱帽ものだったわね」
「へ? いや」
——脈の事しか言わなかったじゃないですか。
そう言わせるまでに、彼女を一睨みして牽制する。
「素晴らしい対応だった!」
大声で制すと、棗はこくりとだけ頷く。周りの犬族たちは訝しさ半分、嬉しさ半分で私の言葉を受け取ったようだった。




