30
朝餉が終わると、改めて礼を述べた。
昨日と同じ場所、同じ状況。形式に則ったつまらなさ。
だけど、それが礼儀というものなのだ。
「ええと、大義であった」
私は悪趣味なまでに煌めく金屏風の前で座り、膝をつけて頭を下げる朝右衛門に伝える。
「はい、光栄です」
これだけだ。昨日言ったようにあれこれと褒美をつけようと思ったが、狐珠には興味がないようだった。
私も流石にこれ以上どうこう言うのも失礼に当たる、と考えたので何も言わない。借りていた着物を返すと、軍服が綺麗になって帰ってきた。すごいもんだ。
「旅館?」
「別段このくらいは普通だ」
「普通じゃないと思うけどね」
なんのこともないように言う朝右衛門。私は驚きながら袖を通した。
門まで見送る朝右衛門を見ながら、私は一礼した。
「ここまで見送ってくれるあなたは大八洲きっての貴族ね」
「莫迦言わないでください。私はただの処刑人です」
「口調」
「いえ、こちらの方が気楽です。お元気で、宮入様」
そう言って、朝右衛門も一礼した。
「なかなか打ち解けてましたね。あれだけ喋れるのはすごい。あいつも嬉しかったんじゃないですか、宮入大尉」
途中の集落で、人力車の車夫を交代する間に棗は話しかけてくる。
「私としてはもう少しいてもよかったかな」
「なんでです?」
「あなたの弱点を握って、遠隔操作できるかなって」
「結構です。さっさと文明人に戻りましょう。ここは蛮州。蛮族の溜まり場ですよ」
ひどい言い草だ。とはいえ、蛮族と見られがちな亜人たちにも誇りがあり、矜持がある。それさえ持っていればこそ、棗の言葉もひとつの冗談として流せるのだろう。
周りの犬族は遠巻きだが、私たちに注目しているのがわかった。あまり歓迎すべき存在じゃないのはわかる。私たちが亜人になれてないのと同じように、亜人も人に慣れていないのだ。蛮州以外にほぼ見られない犬族はその傾向が顕著なのだろう。
「あ、あの、宮入、様?」
「ん?」
子供の犬族が話しかけてくる。何人かが徒党を組んでいて、子供ってのは集まるのが好きだな、なんて思った。
「宮入様は、領主様なんですか?」
モジモジと話しかける子供に、私は目線を合わせた。
「んー、うん。そうね、領主様」
実際はその娘に過ぎないし、領地だって継ぐかは不明だが。
「じゃあ宮野池の話、知ってる?」
「うちの領地の?」
先頭にいた小さな子が頷いた。
「鉄の馬が走るって本当?」
「塩が取り放題の湖もあるの?」
「陽螢山より深くて大きい海ってどんなの。ねえ?」
一人が口にすると、何人も口々に質問が飛んでくる。せがむように身体を近づける子や、ズボンを掴む子もいた。
「ええと、一人ずつ——」
「遊んで遊んで遊んで!」
「え——」
何人か集まっているのに気づいた犬族の子が、ますます集まってくる。気を許せると考えたのか、集まっているから安心だと思ったのかワラワラと家々から出てくる。もこもこの毛玉のようなものから、三角の耳が頭についているものまで様々だ。
「わーっ!」
「え、あっ! 待って、止まれ! うわーっ!」
雪崩のように子供が抱きついてくる。足が引っかかってこけた。
「僕が遊ぶ!」
「違うよ、私が球投げしてもらうんだ!」
「撫でてーっ!」
重い。いや、冗談ではない。
何せ、一人一人の体重はそれほどでもなくても、毛が絡んで目に入るわ、もこついているせいでぬいぐるみみたいだわで物凄い。それに力だって私より余程上だ。囲まれると逃げきれない。
「待ってって、ちょ。わわわ」
「こっち撫でて!」
「こっちもー!」
「わーっ! 離して、助けて!」
振り払って何人かポンと投げたが、それも受け身がうまくてすぐに集まってくる。やばい、のしかかられて、首。首が……。
「ガキどもっ! やめろ!」
「こ、こっちに来なさい!」
「はは、伯爵様! 本当に申し訳ありませんっ!」
そこまで追い詰められてようやく、大人の犬族がやってきた。子供達を引き離し、怒られる記憶が蘇ったのか、すぐに退散する。
「ゲホッ、ゲホッ」
閉められかけていた気道が元に戻り、私は慌てて息を吸い込み過ぎて咳き込んだ。その咳ひとつで周りが慄く。
「すぐに傷医を呼べっ!」
「邑長のところに運ぶんだ! 戸板もってこいっ!」
「ちょ、ちょっ。だ、大丈夫で——」
大騒ぎする犬族たちは私の言葉なんか振り切り行動を開始した。大丈夫と伝えようとしても、相手にしてくれない。あれよあれよと言うまに戸板に乗せられ、傷医らしき壮年の犬族がそばで脈をとる。
「うむ、脈は正常だ」
そりゃそうだろうよ。




