後送
私の隊は全滅。
その言葉を聞けたのは野戦病院に運ばれて一週間経った頃だった。
「まあ——私が言うのも憚られますが」
棗、という白衣を着た女性は言った。髪を整える余裕はないようで適当にしている。
長いような、それとも整えてないので長く見えるのかよく分からない。
凹凸があまりない身体に白衣を纏わせていて、そこには血液と泥が混じったような汚れがついている。
野戦病院はよく見ると大きな天幕だった。そこに申し訳程度の寝台とハンモックがある。
私は将校だからか、寝台は立派なものだった。軽業と書かれた札を首から下げた患者が私のそばに立っていた。
「……誰も生き残りはいないのね」
棗の言葉を切る。言いづらそうだ。私だって何も考えられていない。呆然と頭に浮かんだ言葉が出ただけ。
涙も出ない。多分、受け入れられてないのだろう。
喜び勇んだ出撃だった。近衛師団は皇主陛下を守る役割。そこに名誉はあっても、実戦は少ない。
この紛争への出撃はそうした実戦童貞——酷く下品な言い方だが、そうした不名誉の解消を目指すためもあった。
「残念ですが。しかし、貴女は生き残った」
「最悪ね。部下を殺して生き残る、なんて」
「宮入大尉」
さっと棗が言葉を入れる。
ああ、そうね。
兵を死地へ送り込み情けなく一人生き残ったとしても、それを嘆く自由は指揮官にない。
なぜなら、下士官も兵も将校に至るまで私を生き残らせるために死んだのだから。
事実は違う。だけど指揮官が一人生き残ったならばそう思うしかない。
棗はそう言うつもりだったのだろう。だから諌めた。私は首を下げる。顔を見て欲しくなかった。横にいる負傷兵の顔もだ。私を見るなと言いたかった。
彼の顔を見れば、自分の同僚を殺した無能と見えるに違いなかったから。
「……ええ、それでですね」
「それで? それでなんだと?」
「あまり絡まんでください。貴女は後送です」
「は?」
後送?
今こいつは後送と言ったのか?
「目は見えるようになるでしょうが少し視力は落ちるでしょうね。運がいいというか、後遺症が残るほどの怪我はありません」
「運が、いい……」
冗談かと思ったが、棗の顔は真剣だ。別にふざけている風でもない。
「ここでは貴女を治すことが出来ません。だから後送です」
「嘘よ、嘘。こんな怪我、すぐに——あ」
動揺した私がベッドから落ちかける。支えようにも手がうまく動かない。負傷兵がそこにいなければずり落ちていただろう。
「ほら、うまくいかない。ご自身も守れない有様ですよ。こんな最前線に貴女の仕事はありません」
「わ、私は将校よ。自分で戦うことなんかない。すぐにでも中隊を再編成して」
棗はため息をついた。
「少尉!」
棗は私を無視して隣の負傷兵に声をかける。
「おい、衛生兵。大尉殿に鎮静剤を。あと栗野一等兵。君は大尉殿の荷物を纏めろ」
この野郎、殴ってやろうか。
そんな思いは顔にだけしか出てこない。棗は白衣のポケットに手を突っ込んだまま周りに指示を始める。相手にするのも諦めたのだろう。
「わ、私。私は、私は——」
誰にも伝わらない。誰も相手にしないまま、私は寝台に沈み込んでいった。衛生兵の鎮静剤が効いたのか、疲れが来ていたのか、私はずるずると眠りについた。




