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「何を話してたんです? 大尉」
日が高くなったあたりでようやく起きた棗に合わせて、私は朝食をお願いした。
「ねぼすけをどう起こすか」
その言葉を返すと棗はシュンとしていた。
朝餉はやはり豪華なものだった。柴原さんによろしくとそれらを運んできた二人の犬族に言うと、ポカンとした後に恐縮するように肩をすくめていた。
「朝はどうも……」
「きっと目が悪くなったのもそれね」
「読書は夜が本番でしてね」
「そうかもね」
「貴族の方は朝が早いですよね」
「ええ」
露骨に話を変えられる。棗もちくりとやられて気分がいいわけもないか、空気を変える意味合いもあったのだろう。
貴族は、と一纏めにされるのも納得だと私は思う。実際貴族の朝は早い。領民の暮らしを支え、自分たちの暮らしを支える領民に心を砕かなければならない。貴族とは働き者でなくてはならない——というお題目があるからだ。
それも最近怪しいものだと思う。きっとそれがあった時代は、貴族でさえ蝋燭代をけちらなくてはならない頃の理想なのだ。大八洲の大多数の貴族は夜を楽しむ。大規模な立食会も、皇族たちとの付き合いも全て夜だ。夜を楽しむ貴族——贅沢の極み。貴族はそれを競い合い、互いに牽制し、相手を呑み込み肥大化する。
私は無理だった。父にも無理だ。母——こちらは宮野池の商人の娘。つまりは庶民でありそうした贅沢を支える側と認識していたから開催には興味はあるが、じゃあ参加するかとはならないようだった。結局こんな具合で宮入家は大八洲では珍しい朝の早い貴族となった。
「あなたは昔から朝がダメ?」
「ええ、はい。そうですね。今も当直は喜んでやりますが。手当も出るし。ですけど朝まずめは嫌ですね。釣りなんか冗談じゃない」
がらり、と客間の戸が開いた。朝方の白襦袢は脱いでいて地味な萌葱色の着物に薄い灰色の袴に変えていた。
「聞こえていたぞ、棗」
「おはよう、朝右衛門。柴原さんの朝餉は優雅で、近衛隊総本部の食堂連中に紹介したいくらいだ」
「ああ、そうか。で、棗。昨日だいぶ従者長に絞られたそうだな。私は実に気分がいいぞ」
顔色ひとつ変えずに言うから喧嘩でも売ってるのかと思うが、棗の方は涼しい顔で返す。
「いいのかねえ、私はいいけど伯爵様が黙ってないよ」
「お前昔から変わらんなあ。そんなふうに言うから上のやつも黙ってお前を差し出すんだぞ。そうではないですか、宮入大尉」
私?
「ま、うまくやろうとして失敗しがちなんじゃないかしら?」
頭もいいし、要領も悪くはないはずだが、結局ツケ払いに泣く類だ。
「ええい、うるさいよ」
「何がうるさいだ。大体お前が傷医になれたのは従者長のおかげだろう。それがちょっと帰ってくればこうでは……。やつの寿命を縮めるような真似をするな」
幼馴染というが、なんだか親と子のようだ。差し詰め年配の従者長は祖父だろう。
棗は不貞腐れたように横を向いた。
「栄養が足りてないから凹凸もないんだぞ」
「は、はあっ? なに? なんなのさ? 私の身体つきに何か文句でもあるんですかっ?」
「好き嫌いが激しいじゃないか、お前。柴原も心配しているんだよ。人参だの大根だの食えないもんが多いから、近衛軍で大丈夫なのかって」
「なっ……」
棗の顔が赤くなる。
私は耐えきれなくなって吹き出した。
「棗」
「大尉、なんです。何笑ってんですか、ええ?」
「それ、もらおうか?」
手を差し出し、朝餉の膳に乗っていた大根の漬物とたくあんをもらおうとする。
「いーです!」




