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朝右衛門は三つ編みの髪を肩にかける。病人がする髪型だが、彼女は健康そのものだろう。本来なら朝の茶など面倒極まりないだろうに、そんなことを感じさせない。
「柴原さんは起きてた?」
さっき聞いた厨房の主とかいう犬族の名前を言うと朝右衛門は苦笑いをした。
「厨房の主人だ。私なんかよりよほど早起きだし万事抜かりなしです」
「口」
「……起きてたよ」
命令で友達ごっこみたいな感じだ。あんまりいい気持ちはしない。
彼女に素直になってほしいのは確かだが、気楽な口調で喋る方がしんどいのならそれをやめさせてもいい。
棗に対しての態度と私に対しての態度が違うのは当然だ。そこを妬む必要もないのだが、やはり私じゃなく、伯爵という概念で私を見ているのだろう。
貴族らしからぬ私の方が本当は良くないのだろうな。そんなことを考えた。
「寝巻き姿で失礼」
抹茶を入れた茶碗を差し出す。茶道は不得手なようだ。
「私もよ」
お互い白の服だ。抹茶がこぼれれば犬族の従者長は頭を抱えるだろう。
「軍服姿しか見てなかったから分からなかった。私の顔など見せたくなかった」
「あなたの風習は知らないけど、宮入家ではお礼を言う時相手の目を見て言うの。布切れの向こう側に言う習慣は持ち合わせていないわ」
「……あなたに見せられるほど良い顔はしてない」
でかい目が困惑に染まる。そこまで卑下するような顔じゃない。
そりゃ化粧っ気がないから、顔を整える努力をしてないから鏡を見ても心踊ることもないだろう。。だが、素材がいい。大きな目が調和を崩しているが、じゃあそれが悪いとも言えない。特徴的と言えばわかりやすいか。
私は差し出された茶碗に口をつける。
「結構なお手前で」
お世辞だ。濃すぎる。
「お粗末様」
その通り。心の中だけで同意した。
「それで」
「それで?」
ポカンとした顔は、宮野池に生息する鹿のような顔だった。間抜けで、猟師はそれらを撃って生計を立てている。
「さっきの言葉よ」
「——そうだ。あんたを殺そうとした」
あっさりと認める。
「じゃあ私はなんで生きてるの? あなた、処刑人でしょう?」
「そうです——そうだよ」
「私は死刑囚?」
「違う」
はっきりと口にする。なんだか禅問答のようだ。こうか? そうだ、違う。なんだかおかしかった。正座したまま、朝右衛門は答えを続ける。
「確かに敵前逃亡は死刑ね。その指揮官なら尚更」
「あなたは勇者だ。兵を率いて機関銃陣地に立ち向かった。あの場で怯懦を抱いた者はいない」
「そんな勇敢な兵隊を潰した無能な指揮官を殺しに来たのがあなた?」
「違う」
「そうね、あなたは私を助けてくれたもの。危険を顧みず搬送してくれたのだから」
あの時砲撃は続いていた。機関銃陣地を潰すために。それとともに陸軍の大隊も突撃を開始していたはずだ。そこに彼女はいたのだろうか。
いや、ありえない。陸軍は徴兵と志願で成り立っているが、そこに亜人はほぼいない。志願は認められていないし、徴兵で来るのは郵便局員——要するに天狗——だけのはずだった。確かに戦時郵便を届ける任務の危険性からライフルの扱いも知っているし階級だってある。
「あなたは」
大きな手が私の目の前に出てくる。朝右衛門の手だ。剣を振っているからか、それともそれ以外の仕事があるのか、指の付け根に近い掌にはタコとマメができていた。




